窓際
友達と他愛のないことを話しながら歩く廊下。
ふと目に入った、別の教室の中。窓際の椅子に座って、ひとり静かにお弁当を食べている、一年前の友人。
いやなものを見たと思って目をそらして忘れようとした。
目が覚めた時、私は廊下を歩いていた。記憶にないほど静かで、窓から差し込む光は見たことのないほど明るくて、外が見えなかった。
これはきっと夢だと思った。
私の手は私が知っている自分の手より一回り小さくて、私が履いている上履きは、私が記憶していたよりも私の足を強く締め付けていた。
ペタペタと歩く音が奇妙に響く。遠く聞こえる人々のざわめきが、本当に聞こえてくる音なのか、自分の頭が状況を補完して鳴らしている音なのか判別がつかない。
白く古い壁に触れながら歩く。ざらついている。不規則な模様の小さいでこぼこが続く壁紙。妙に硬い。
なんで今さらこんなことを思い出すのだろう。
歩いていくと、見覚えのある教室が左手に見えた。三年四組と書かれたクラスプレート。私の記憶の限り、一番クラスの仲がよかったときの学級だ。それぞれが高校受験という異なる目標に向かって進んでいく年だったにもかかわらず。
その教室の窓は曇りガラスだった。一枚だけ少し隙間が空いていて、私はそこから中を覗いた。
私から一番遠いところ。窓際の席で、窓の外を眺めているひとりの人物がいた。
私はそれが誰か思い出せなかった。
見なかったふりをして、そのまままた廊下を歩き始めた。
すぐ先にはまたクラスプレートがあった。そこにも三年四組と書かれていた。
同じように窓が少しだけ空いていて、ちらっと見ると、同じ場所、同じ体勢で座っている子がいた。
仕方ないかと思って、私は閉ざされた教室のドアの取っ手に手をかけて開いた。それは重かったが、ガラガラと大げさな音をたてながら開いた。
その子は、そんな大きな音に反応することもなく、じっと外を眺めていた。外の景色は光が反射して私には少しも見えなかった。
「ねぇ。ひとりなの?」
私はそう言った。その子はゆっくりと振り向いた。
顔は渦になっていた。泥のように色の混ざった真っ黒な顔の中心は白く濁っていて、絶えずうごめいていた。私は体の芯から冷えるような感覚を覚え、無意識的に後ずさりをしたとき、後ろの地面が消えなくなっていることに気づいた。私は慌てて何かを掴もうとするが、掴んだ教室のドアも、窓の縁も、私が触れると同時に崩れ落ちて、無に帰した。私は目をつぶった。
暗闇に閉ざされていく世界の中で、私は自分の身体が宙に浮き、どこまでも落ちていく感覚に身を委ねた。
目を開くと、私はまた廊下の真ん中に立っていた。私はまたその道をまっすぐ歩いていく。すぐに、三年四組の札が見えてくる。
少しだけ空いた窓の先は、見覚えのある教室。その子は変わらず窓の外を眺めている。あの子の顔はなんだったのだろう? 何を意味していたのだろう。なぜ世界は崩れたのだろう。
私は何かを考えようとしたけれど、それを妨げたのは物音と視線だった。教室とは反対側、外に面した窓の方から何かが私を見ている。
「だ、誰?」
自分の声は震えていた。振り返るのが怖かった。返事はなかった。
静かに。ゆっくりと。私は、薄目を開けて体ごと振り返った。
私はまた廊下の真ん中に立っていた。誰が私を見ていたのかはわからなかった。
結局私はこの廊下を再び歩き始める他なかった。
三年四組のプレート。その先の、少しだけ空いた窓。きっとその先の景色は同じ。ひとり寂しく窓の外を眺めている自分と同じ制服を着た子がいるだけ。
そう思ってちらっと見た時、私は驚きのあまりめまいを感じて、思わず窓の縁を掴んだ。その時、廊下に響いた小さな物音には、聞き覚えがあった。
窓の向こうにあったのは、教室ではなく廊下だった。その廊下を挟んだ向かいには教室があって、その教室を覗いている『私』がいた。
「だ、誰?」
私はしゃがみこんで隠れた。私の頭は混乱していた。
廊下のはじまりに戻ってきて、私はふと振り向いた。ずっと続く廊下は、まったく同じ景色に見えた。
私はまた歩き始めて、左手に見えた三年四組と反対側の窓に体を寄せた。そちらの窓には、隙間は空いていなかった。私はその窓に触れても開けようとしても開かないことを確認した。曇りガラスで、強い光が差し込んでいて、向こう側は全く見えなかった。
私は、結局また三年四組の方を窓の隙間から覗いた。そこには廊下があった。そして廊下には窓を覗く私が立っていた。その廊下の先にはまた別の廊下があった。その廊下にも私が立っていた。
今度は驚かなかったから、物音は立てなかった。私が見ている私も、静かだった。その先の私も。
どこまで遠くを見ても、三年四組の教室は見えなかった。
合わせ鏡みたいだ、と私は思った。
もしそうなら、きっとここで振り返ったとき、窓の向こうの私たちもみんな一斉に振り返って、きっと振り返った別の私の背中が見えるのだろうなと思った。
でもその想像は外れていた。
振り返った先にあったのは、三年四組の教室。
そして私の目の前にいたのは、一番窓際に近い席に座って、ひどく寂しそうな目でこちらを見ている、私だった。
廊下を歩き続ける私は、ひとり寂しく教室の外を眺める私の視線の先にいた。
二年の時に仲が良かった友達のことは覚えていない。名前も、顔も。
でも、三年生の時、私はその友達が私に話しかけてくれるのをずっと待っていたことは覚えていた。
三年四組は、仲がいいクラスだったけど、私はずっとひとりぼっちだった。いじめられていたわけでも、仲間外れにされていたわけでもなかった。でも私は、二年の時に仲が良かった友達のことばかりが気になって、新しい友達を作ろうという気がなかったから、無口でひとりが好きなタイプの人として皆から認識されてしまったのだ。
別にそれが嫌だったんじゃない。ただ……クラス替えのたびに、人と人の距離が離れるたびに、それまで積み上げて友情や思い出が何もなくなって、新しい人間関係に夢中になっていくことしかできないなら、このサイクルに、この繰り返しに、いったい何の意味があるのかって思って、ひどく失望したのを覚えている。
どうせ三年生になってから仲良くなったって、高校はみんな別々になる。その高校で、どうせ三年経ったら離れ離れになる人たちと仲良くなるために必死に騒ぐの? 自分を表現して、相手を理解して、そんな空しい努力を繰り返すの?
あんなに仲良くなったのに、新しい場所にいったら、別の人のことの方が大事になるんでしょ? じゃあ今、なんであなたたちのことを大事にしないといけないの?
布団の上で目が覚めた時、なぜ私はまだ自分の心が壊れていないのか不思議に思ったけど、その理由はすぐに分かった。
誰も私を騙さなかったから。永遠で確実な友情など、誰も私の前で見せびらかしたりしなかったから。
私は誰かに期待せずに済んだから、誰かに手ひどく裏切られることもなかった。
もし私にどこかのタイミングで親友と呼べるような友人ができていたら、その友人が私の優先順位を落とした時に、私はそれにひどく絶望して、二度と立ち直れなくなっていただろうと思う。
私はそれくらいに弱い人間で、ここまで奇跡的に生きてこれたのだと思うと、私はこの壮絶な幸運に感謝したくなった。
私は強くなった。ひとりで生きられるようになった。私には私の道があり、それは誰かに手を引いてもらえるようなものではないから。いくら寂しがっても、泣きわめいても、私の周りには誰もいないし、誰もいるべきじゃない。それが肉体と魂のレベルで深く理解できたことが、今も私がこの大地に立てていることの理由だとしたら。
私は、私が得そこなったすべての貴重な機会と経験に、その幸運と幸福の欠如に、感謝する義務があるように思えた。
あらゆる価値あるものの欠如は、それもまたひとつの大きな危機を避けられたという意味で、ひとつの幸運であろうということ。
手を伸ばせば届く距離になかったことが、私に友人などこれまでひとりもいなかったということが、どれだけ私のこの繊細過ぎる心を守ってくれただろうか。
たとえわずかでも私の孤独を真の意味で癒してくれる人物が現れなかったという事実が、私の生涯続く孤独をどれだけ耐えやすいものにしてくれたことだろうか。




