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「あっはっはっはっはっ」


 女にしては低いハスキーボイスが高く響き、煙管が吐き出す煙は波打ち揺れる。顎を反らして高らかに笑ったかと思えば、腹を抱えてくぐもり笑う。誰がどう見ても大笑いしているシエンの魔女に人の子は瞬き、グレンの魔女は無愛想に茶を飲む。


 魔女集会、そこに人の子の姿があるのはグレンの魔女がいるからである。西の国が滅びた戦で人生二度目の窮地に陥った人の子は、彼女の手により救われ呪われた。


 グレンの魔女の師の形見、輪と輪を繋ぐ鎖が別離を許さず、繋がれた二人を同じ時に縛るその呪物。九死に一生の混乱の最中、説明も相談もない強制事後承諾でそれを指に嵌められた人の子は、不老不死の仲間入りを果たすこととなった。


 強引、傲慢、我が道を行く。そんな言葉が脳裏に浮かぶ衝撃的な笑い話を、それの何が悪いと言いそうな顔したグレンの魔女から直接聞かされ、シエンの魔女は笑いの海に飲み込まれた。あまりにも豪快に笑われて人の子はどうしていいのか困り、グレンの魔女へと翡翠の目を落とすが、彼女はマイペースにカップを傾けている。


「っふ、はははっ……ま、まさか飯炊きの為に呪物を使う者がいようとは……っ」


 ほんのり甘酸っぱいではなく、がっつり食欲。散々貢がれ奉仕されていたにしても、一体どこに比重を置いて考えているのだと呆れを交えてシエンの魔女が笑い始めてからどれほど経ったのか。ようやく笑い声以外の言葉を紡いだシエンの魔女に焼き菓子を摘むグレンの魔女は淡々と答えた。


「愚を連ねる二つ名には似合いだろう」


 魔女の二つ名には幾つかの意味がある。グレンの魔女ならば紅蓮と愚連、シエンの魔女ならば支援と紫煙といったように、扱う(まじな)いや魔女の性質で二つ名は付けられ、それは書いて字の如く体を表す。愚を連ねると書く彼女は、程度の差はあれ面倒事に縁があり、いつも何かしら問題を起こしている。それ故に実力はあれど多くの魔女たちに遠巻きにされ、魔女集会では大抵ぽつりと一人きりだ。彼女の二つ名を気にせず構うのはシエンの魔女くらいなものである。


「……っふふ、そう皮肉ることはなかろうて。孤独に焦がれた其方に付き添うものが現れたのだ。実に愉快なことさな」


 くつくつと収めぬ笑いに身を揺らすシエンの魔女の言葉が引っ掛かり、人の子はグレンの魔女を見る。しかし翡翠の目を捉えたのは鋼色ではなく、鋭く細い魔女の視線。興味深そうに、けれど地を這う虫を見るようなシエンの魔女の視線を受け、人の子は身を強張らせる。


「月に翡翠。成程、縁が結ばれる訳よなあ」


 口角を上げた笑みは妖艶で、身に纏う煙が蠱惑的な香りを放つ。人心を惑わせる妖しく恐ろしい魔女の姿に人の子は目を逸らすことも出来ずに立ち竦む。


 煙管をふかし、吸い込んだ煙を緩やかに吐き出したシエンの魔女は何食わぬ顔で茶を飲む鋼色へと視線を移す。


「其奴の血に面倒くさがりが巡っておらねば良いなあグレンの」


 隙を見せればぷちりと潰されてしまいそうな幻視をさせるシエンの魔女の視線が外れ、息を吐く人の子には何のことかわからぬ話だが、話を向けられたグレンの魔女は空にしたカップをソーサーに戻し、ぽつりと答えた。


「お師様の飯は不味かった」


 何処から出てきた飯まず話と瞬くのは人の子だけで、同じ言葉を聞いたシエンの魔女はゆるりと瞬き、煙管を咥え微笑んだ。


「ふふっ、そうさなあ……。あれは途方もなく不器用であったからなあ」


 ゆらゆらと煙が儚く揺れて流れる。記憶をたどるシエンの魔女の目は懐かしそうに、けれど何処か切なさを秘めて細められた。


 永遠を自ら手放したグレンの魔女の師をシエンの魔女は悼んでいるのだろうか。そう思わせる表情には同時にグレンの魔女を慈しむものがあることに人の子は気付き、事の詳細はわからなくとも頬を緩めた。が、「(なれ)」と低く聞こえたハスキーボイスが甘く冷ややかに耳を穿つ。


 テーブルに着いたシエンの魔女は立ったままの人の子を見上げているというのに、遥か高みから見下ろされている気がしてならない視線に人の子は固まる。


「妾の名には死縁の二つ名もある故、よぉく覚えておいで」


 ふぅっと軽く吹き付けられた煙に蛇の如く体へ巻き付かれ、睨まれる蛙の気持ちを知った人の子はにこやかに見上げてくるシエンの魔女へとぎこちない首肯を返す。表向きの言葉もだが、その裏に込められているグレンの魔女に何かあらば覚悟せよと聞こえるそれに人の子は生きた心地がしない。


 すぐ傍らで展開される不穏なやり取りを意に介さぬ様子で見送っていたグレンの魔女は無言で席を立つと、身を翻し硬い靴音を響かせる。共にテーブルに着いたシエンの魔女に退席すら告げず歩き出した彼女の後を人の子は戸惑いながら追う。


「息災でなグレンの」


 背に向けられた柔らかい音にひらりと手を上げた焔の赤へシエンの魔女はぷかりと煙を吐き出した。




 鬱蒼とした森が穏やかな風に揺れて梢を鳴らす。深く濃い緑に覆われた道なき道、人も獣も寄り付かぬ森の奥底へとグレンの魔女は人の子は連れ歩く。


「魔女殿は、孤独を求めたのですか?」


 一歩先を行く彼女を見つめ、人の子は問う。面倒くさいが口癖のグレンの魔女だが、問いには必ず解を示すが故に。解を待ち向けられ続ける翡翠の目に、はあっと一つ息を吐いたグレンの魔女は鋼色を緑の天蓋へと投げた。


「置いて逝かれるのは一度でよい」


 その答えに人の子は何も問わなかった。寂しげな声だけで、充分だった。


「帰るぞ、ファルナー」


 一歩先を行くグレンの魔女は振り返る。月色の髪の向こうにある翡翠の目を見上げ、嫋やかな手を伸べる。細い指を飾る赤に、人の子は対になる赤を重ねた。


「……はい、共に帰りましょう。我が愛しき魔女殿」

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