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金錆びた臭いをかき消すように焦げた臭いが風に流れる。パチパチと火の粉を散らし、立ち昇る炎の赤が夜の帳を塗り替え、砦だけでなく周囲の街まで焼いていく。
勝敗はすでに決した。だというのに侵略者の蹂躙は止むことなく、むしろその勢いを増した。振り被られる刃が向かう先は砦を守る騎士だけに止まらず、戦う術を持たぬ住民にまで及んだ。道理のない蛮行に敗走を余儀なくされた騎士たちは憤り抗うが、多勢に無勢。それでも住民を避難させようと懸命に奔走したが、一人二人と倒れ、ついに一人となった。
走るには重い鎧を脱ぎ捨てて軽装になったその身は傷を負い、炎の色に負けぬほど紅く染まっていた。結い紐を失くした長い髪は乱れ、額から流れる血で視界は濁る。満身創痍で駆け続けた騎士は森の入り口で足を止めた。逃げることをやめた。人の訪いを拒む闇深き森の奥、その先に住まう一人の魔女を想うが故に。
このまま森へと逃げ込めば、侵略者は騎士を追って来る。それらは何かの弾みで森の奥へとたどり着いてしまうやもしれぬ。どこの誰とも知れぬ人の子を、澄み切った緑の空気を血の臭気で穢した人の子を、殺すことも見捨てることもせず、治療し家へ帰してくれた素直ではないが心優しい魔女が住まう深淵の森。
その場所を蹂躙されることは、それだけは許せなかった。
だから、月色の髪と翡翠の目を持つ騎士は森に背を向けた。彼を追って来た侵略者へと向き直り、森を、グレンの魔女を守る為に、今一度重い剣を構えた。
弓を引き絞る音が耳に届く。その音に己の終わりを悟った騎士は笑う。
「どうか健やかに、我が愛しき魔女殿」
無数の風切り音を聞きながら、ついぞ本魔女には告げられなかった言葉を零す。
「それは初耳だ」
聞こえるはずのない凛々しくも艶やかな声に、伏せかけた目を見開いた騎士の翡翠の目が、夜闇の風に翻る赤を映す。街を焼いたどの炎よりも色鮮やかな焔の赤、彼にとって何よりも貴い天鵞絨の赤薔薇。
信じられない光景に、この場にあってはならぬ者の姿に驚愕し、無慈悲に飛来する刃の雨から誰よりも愛しき者を守ろうと手を伸ばす。
そんな騎士の恐怖と焦燥を背に受けながら、彼の魔女はパチンと優美に指を打ち鳴らした。
「爆ぜろ」
聞いたことのない冷たい声が風切り音を越えて耳に届いた直後、空が焼けた。




