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「西で戦がある。数日で収まるだろうが場所が近い。用心おしよグレンの」
あの日と同じようで異なる言葉の強さ。魔女集会でシエンの魔女が西に住まうグレンの魔女へと注意を促したその日から数日、人の子が訪れない。近頃は二晩と空けずに訪れていたというのに、四度の晩を数えても人の子は訪れない。
いつだったか人の子が森から帰って行くのに、彼女は黒い毛玉を付けたことがあった。使い魔である黒い毛玉は人の子がどこから森へ入り、どのようにしてグレンの魔女が住まう家へたどり着くのかを対である白い毛玉を通じ、報告してくれた。
人の子が暮らしているのは、彼女が住まう森からほど近い西の王都、その守りの要である砦。人の子は砦の騎士であった。それも結構偉い。
人の子らにとって彼女たち魔女の存在は、恐れ虐げるもの――ではなく、お伽噺の存在である。悪戯盛りの子供に「悪いさをすると魔女に食べられてしまうよ」などと言って聞かせる。その程度のものだ。
存在すらも不確かな、けれど確かに存在する魔女に、国を守る偉い騎士である人の子は何を思っているのだろうか。戦の最中の西の国、その騎士である人の子は、グレンの魔女に何かを求めたのだろうか。
一人では静かすぎる家の中、暇な時間を持て余したグレンの魔女はそんなことを考え、この家を訪う人の子の様子を思い返す。
彼女の住み家までの道中で採った野花で手土産の菓子を彩り、ノックを聞き扉を開くグレンの魔女へと挨拶を述べてそれを差し出す。家の中に入ってからは台所で持ち込んだ食材を手際よく調理。美味いとも不味いとも言わない彼女に給仕をしながら共に食事をし、食後の茶を飲み帰って行く。
以上だ。何かを求められたことなどない。一度も。貢ぐばかりの人の子に、今更ながら何をしに来ているのだと疑問に思うグレンの魔女だったが、チィと耳元で白い毛玉が鳴いたのに目を見開いた。
「落ちた。砦が落とされたのか?」
白い毛玉に問いかける彼女の口から出てきたのは人の子がいるはずの場所が、戦の最中の西の国、その守りの要である砦が陥落したという内容。それは森から帰って行く人の子に彼女が気まぐれに付けた白い毛玉の対、黒い毛玉が伝える現在だ。
砦が落ちた。では、その砦の騎士である人の子はどうなったのか。知らず握り締めた手が震えるのにグレンの魔女は気付かない。ただチィと鳴く白い毛玉の報告に耳を傾ける。聞き逃してはならぬと神経を研ぎ澄ませて。
「敗走。追われて……森へ。そうか、近くにいるのだな」
チィと鳴き報告を続ける白い毛玉を労い撫で、グレンの魔女は硬い靴音を室内に響かせた。家中に散りばめたこういう時の為のものを手に取り、普段は身に着けぬポーチに放り込む。傷薬、包帯と取り出し、鋼色はベッドチェストの木箱を捉える。
「っ、わかった!」
急かすようにチィと鳴いた白い毛玉の報告にグレンの魔女は身を翻し、慌ただしく家を駆け出る。開けっ放しのベッドチェストの中には木箱だけが残されていた。




