第三十七話 ~ナフェリアは、俺の弟子~
「………」
その言葉に思わず黙り込む。
命核解者という存在は、多くは人の世に何かしらの益を為すモノ共だ。というよりは、本来が人格の破綻している人間が多いため、そうして利益を生み出し続けなければ社会の表舞台から駆逐されてしまう存在である。
そして、その中でもどうしても自分の利益だけのために暴走するものがいて、その自浄作用として俺たちみたいなOB狩りを請け負ったものがいる。
………狩るものがいるということは、狩られる者がいるということ。そして、狩られるものは、狩られるに足る理由を持つ。例えばそう、多くの人間を殺戮の渦に巻き込むといったような凶悪なことをしたならば。
加害者がいれば被害者もいる。犠牲になった人というのは必ず、この世に一定数いるのだ。
「それは………犯人は?」
「まだ捕らえられていません。惨殺の後、生き残っていたのは五歳のナフェリア一人だけでした。命核解者である従妹夫妻………ナフェリアの親が作った隠し部屋に隠されていたのです」
「一人、ナフェリアのお姉さんは?」
寝言でそう言っていたのを思い出し、聞いておく。
叔母さんは静かに首を振ると、ため息交じりに話を続けた。
「いいえ。死体こそ見つかりませんでしたが、大量の出血が見つかりました。確実に、生きてはいないと」
「―――両親の方は?」
「首を刈り取られた状態で見つかりました。従妹も、そしてその夫も実力のある命核解者であった筈ですが」
余程強力な武装を持つ命核解者が襲撃したのか、或いは。
どうであれ、確かにそのような過去があり、それを知っている身とすればナフェリアが命核解者を目指すことに難色を示すのもわかる気がするな。
それになることも、そしてなった後も付きまという危険性を認識しているが故である。だが、それでも俺はナフェリアは命核解者になるべきだと思うのだ。
「………命核解者の才能っていうのは、ちょっと特殊なんです。師匠もそうですが、思考能力が常人とはちょっと違う回路を描いている。天才肌っていいますが、その極端な例って言ってもいいですね」
「なるほど、そうなのですね。………それが、どうしたのでしょう?」
「思考の仕方が普通の人と違うということは、見えるものも理解できる範囲も常人の中には納まらないということです。本人は人の世の中で息苦しさを覚え、周りの人間は………異物感を隠しもしなくなる」
只の人として生きることを望んだヴィヴィが、やはりできなかったように。命核解者として強烈なまでの才能を持つ人間は、それ以外の道を選ぶのは難しい。
「その道だけを目指せ、とまでは言いません。ですが、考え方などを学ぶために、少しだけでも命核解者として生きることは必要だと思いますよ」
己の身を守るために、な。
才能を持つことは不利益ではないが、有利に働くだけではないなんてのは周知の事実。結局のところは才能の使い方だが、方法すら知ることが出来ないまま、才能だけを持って人の世に埋もれるっていうのは本人にとっても辛いだろう。
「―――ナフェリアのことは命を懸けて、守ります。どうか」
「私の弟子は、一度決めた約束事は必ず守る質だ。信じていい」
「………名高きアリストテレスに信用されているとは、貴女も変わった命核解者なのですね」
「どうですかね。俺は凡人なんで、残念なことに」
変わり者っていうならまあ、その通りかもしれないけど。少なくとも人の道のやや外側、あぜ道程度を進んでいるのは間違いないわけだし。
「はぁ………分かりました、どちらにせよナフェリアの意思を無視はできませんからね。ナフェリア、貴女は―――命核解者になりたいのでしょう?」
「………はい………私は、ルートちゃんの元で、学びたい………です」
「なら、ええ。好きになさい、ただし」
叔母さんが立ち上がると、傍に控えるナフェリアの頬を両手で挟んだ。
「安全第一!身の安全を必ず守って、危ないことは避けて!そして………偶には、戻ってきなさい。いいですね?」
「………はい」
一瞬驚いた様子のナフェリアだったけど、発せられる言葉を聞く度に小さく頷き、しっかりと叔母さんの瞳を見つめる。
ちょっとだけ、その様子が羨ましい。直接の両親というわけでは無くとも、ああしてしっかりと繋がれた絆、まさに親子関係とでも言うべきものが生まれているという事実は、そう簡単に得られるものではない。
天涯孤独の身となれば尚更に、その様子に多少の心情も湧き出るというものだ。
「一応言っておくと、同じ街ですし、簡単に戻れますよ」
「そうだとしても!旅立ちゆく我が娘を送るときは………こうなるものなんですよ」
「そ、そういうものですかー」
流石に親としての気持ちはまだ、分からないな………。ハナさんなら共感するのだろうか。
脳内に和服を着た美しい恩人の姿を思い浮かべ、視線を元に戻す。
「それでは、オルトルートさん。そして、アリストテレス様―――ナフェリアのことを、お願いします」
「はい。任せてください」
そうして、家出少女だったナフェリアは家族公認の弟子となった。
家族の絆は大事にするべきだ。その縁が手の中にあるうちに。失ってからではもう、大事にすることすらできない。
俺の場合は、最初からなかったけどな。そして、事例として絆が最初から歪んでいることだって―――あるのだ。
隣の師匠を見る。師匠の家族構成とかは勿論、知らない。なにせ、只の人であった自分は遥か過去である。それでも、家族を忌避する様な言葉を発したことはなかったはずだ。寧ろ、どのようなものであれ縁は大事にしろと、そういってくれていた筈である。
人嫌いであることと人との繋がりを大事にすることは、相反することのようで実は競合しないのだという。師匠は人嫌いだけど、それでも………こうして、弟子である俺をなんだかんだ大事にしてくれているし、そうしてくれたから俺は今も生きている。
ならば、それと同じようにナフェリアのことを見守らないとな。それが先生………師匠の役割だ。
「それじゃあ、帰ろうか」
「は、い………ふふ、帰りましょう………家から、家へ」
「私は眠い。オルトルート、背負え」
「ぐぉ、言いながら飛びつかないでください」
しかも椅子から器用にジャンプしやがって。人様の椅子壊れちゃうでしょうか。
「えっと、それでは」
「………」
ナフェリアの叔母さんに顔を向けると、静かにそして丁寧に腰を折っているのが見えた。良い親御さんだよなぁ、本当に。
微笑んで、俺も頭を下げる。そして、部屋を出ると執事服を着た屋敷の使用人が俺たちを先導してくれた。
三人分の息遣いを引き連れて、ヴェルゲンフラットの屋敷を出る。変わらず三人で、家に戻るのだ。正式となった弟子と、俺の師匠と共に。
さて、明日からはまたOB探索だ。さらに気を引き締めて、頑張りましょう。
………幸か不幸か、一つ気になることが出来たことだし、な。




