第三十六話 ~ナフェリアの家~
息も絶え絶え………というのは違うか。
まあぜぇはぁと呼気を荒げているのは事実であったが、どちらかといえば突発的な出来事に慌てふためいたという方が正しいだろう。
さて、そんな風にして扉を思いっきり開け放ったのは、三十路に差し掛かろうかという金髪の女性であった。
「貴女、いつもいつもそんな風にぼうっとしてて、存在感薄くて………!心配したじゃないの!!」
「あ、え、っと………ごめんなさい、叔母様………」
「………無事戻ってきてくれて、良かったわ………。それで、あなたたちは?」
女性―――ナフェリアに叔母様と呼ばれた女性が俺たちの方に視線を向ける。若干の不信感を覗かせているのはまあ、そりゃそうだよなぁ。
なにせきちんとした服装をしているナフェリアとは違って、俺たちは庶民丸出し………いや、師匠は庶民とかそういう次元ですらないし、軽く不審者である。見た目は少女の姿なのが救いかもしれない。
それにしても、傍流ということでナフェリアと血の繋がりはある筈だが、随分と印象も見た目も違う人だと思う。貴族となれば血も多数広がるものだし、そういうもんだと片づけることも出来るが。
「あー、えー。なんというかな………ナフェリアの命核解者の先生に当たります、オルトルートっていいます。こちらは………」
「そのオルトルートの師匠だ。名はアリストテレス。久しいな、ヴェルゲンフラット」
「え?………アリ、ストテレス………ですって?!」
「………だよなー」
俺の名前がスルーされるのも、師匠の名を聞いて驚愕するのも。ところで余談であるが、この世界でアリストテレスの名を騙ろうとする人間はそうはいない。その理由は二つあり、一つは不用意にアリストテレスの名を使うと、その名と技術を強奪―――もとい、第三者的立場でくだらないことに役立てようとする数多の組織が現れて誘拐やら殺害やらを企むためである。”名を騙れば千の組織に狙われる、自殺するには最適だ”と揶揄されて久しい程である。
次に、もしもその偽物が本物の師匠に出会ったら………死よりも酷い目に合うと有名だからである。こう見えて師匠は生粋の、古からの命核解者だ。研究のために人間性を放り捨てている人種である。
やろうと思えば、脳みそだけ取り出して身体全体に意識を張り巡らせたまま、臓器の一つ一つを潰し、その痛覚を何百倍にして痛めつけることも出来る。それだけの技術と設備、今までの研究による成果があるのが俺の師匠なのだ。
ということで………こうして名乗った場合、師匠のことを疑う人間は少ない。逆に名を騙った偽物の場合でも、名を騙って生き残っているという時点でそれなりの猛者扱いにはなるしな。
「”不朽の鋼鉄人形”や”浮き上がる重力池”の製作者の………」
「懐かしい玩具の名前だな。今では随分とバージョンアップしてるぞ」
どちらも師匠の傑作武装と呼ばれるものですね、はい。
決して消滅することのない、”再生する鋼”を用いた自立駆動兵器”不朽の鋼鉄人形”。そして指定座標の重力を自在に設定することのできる多局面戦略兵器”浮き上がる重力池”。このあたりは師匠が自身の研究とは別に戦う様に作り上げたものなだけあって、その機能はえげつないの一言に尽きる。
万を超える軍勢も、この一つの武装に太刀打ちすることすらできない。
「と、とりあえず………中でお話を。ナフェリアも、それでいいわね?」
「はい………先生、アリス師匠。まずは………中へ」
「あいよ。ほら師匠、行きますよ」
「ああ」
やや身体を引いて、関わりたくないものに触れるようなナフェリアの叔母さんと共に、広大なお屋敷の中へと足を踏み入れた。
***
「なんてこと、ナフェリアが………命核解者になんて………」
外から見れば城のような風貌の屋敷も、その内側はきちんと人が住みやすいように手入れされたものとなっていた。
歩きやすいように敷かれた絨毯の通路の両脇には、かつて命核解者が作り出した長時間灯りを灯し続ける発光灯。同じく古の命核解者の発明品である、大衆に向けて作られた傑作品の一つ”温度を喰う貝”によって室温も居心地の良いように維持されていた。
幾つもある部屋の内、応接間だという場所に案内された俺たちはナフェリアの叔母さんから紅茶を出してもらい、話を進めていた。
「………押しかけ弟子でしたけど、でもナフェリアの才能は天性のものです。磨いてみれば、きっと彼女自身のためにも良いかと思いますよ」
「………申し訳ありませんが、オルトルートさん。娘よりも年齢の低そうな貴女に、ナフェリアの才能を見抜くことが出来るのでしょうか」
「あー、見かけは少女のそれですけどね、これでも俺は意外と歳重ねてるんです。命核解者の見た目の年齢は当てになりませんよ。そこの師匠だって………痛いです師匠、脇腹蹴らないで」
「ま、私の弟子は才能はないが、それでも限りなく天才に近い凡人だ。教えることについては問題あるまい。第一、命核解者の真理に行きついたものの一人だぞ」
「………真理?」
「完全たる不老不死」
「ちょっと師匠?!」
なにさらっと暴露してるんですか、俺の重要な秘密!ナフェリアにも言ってなかったのに!!
「どうせすぐに知れる。遅いか早いかだ」
「そうだけど!でもせめて自分で言いたかった!!」
「些事だよ、些事」
本当もうこの人はよー………。
「不老、不死………。それに、辿りついたと?貴女が?」
「―――はい。何ならここで首もぎってみましょうか?治りますよ」
「え………だ、だめです、ルートちゃん………!そんなの、痛いですよ!」
「冗談冗談。ナフェリアの家を血塗れにするわけにもいかないしな」
ま、やろうと思えば噴き出した血まで全部戻せるけどな。その辺りは臨機応変だ。どうせ俺の身体から不老不死のエリクシールは絶対に取り出せない。血が地面とか床に残っていても問題はないし、逆に回収しても害はない。
「………そう、ですか。辿りついたもの………」
「うん?」
ナフェリアの叔母さんの視線が、手元のカップへと移る。何か含みの在りそうな言葉だが、はて。
「この子の、ナフェリアの実家の話は、もう聞きましたか?」
「いや、聞いてないです。ヴェルゲンフラットの傍流の家系出身だとは」
「………ナフェリア、話してもいいかしら」
「私は………全然、大丈夫です。ルートちゃんもアリス師匠も、信頼してますから………」
「そう。そうなのね」
三十路近くの、色気のある美貌。そこに薄く刻まれ始めた皺が少しだけ深くなった。
一瞬うつむいたナフェリアの叔母さんはカップを口に近づけ、唇を潤すと、ソーサーに空になったそれを戻した。
「この子、人を見る目は確かです。というよりは物事を見る目は、ですかね。なので、命核解者になるのを許すか許さないかはさて置き、まずはナフェリアのことを知っていただきたいのです」
「はい」
「ふふ、真っ直ぐな深緑色の瞳………命核解者にしては、純真です。さて」
彼女の、深い色味を持つ碧眼がゆっくりと動き、俺を見る。
「では、話しましょうか。―――ナフェリアの本当の家は、家族は」
妙齢の女性にしては薄い色合いのルージュ。それが引かれた唇が、同じようにゆっくりと動いた。
「………命核解者によって、惨殺されているんです」




