第三十八話 ~道筋を拓く~
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「本音を言えば、現場検証がしたいけどな」
そんな独り言を零すのは、真夜中の家の地下室の中だった。
今日は研究はお休みだと宣言し、師匠もナフェリアも部屋に戻って眠りについている。ちなみに俺は不老不死なので、本来は眠る必要はない。極論を言えば何かを食べることも、呼吸すらなくても生きていくことは出来るのだ。勿論息が出来ないというのは死ぬほどの苦痛だけどな。あと眠らないと寝ぼけるので結局寝た方が効率は良い。不老不死の身体にもっと慣れ親しめば別だろうがな。
さて、そんなことはどうでもよく。
「現場、現場………命核解者にとって実物があることは全てにおいて益となる。逆にそれが無けりゃあ大損害だ」
その点、今回のOBというのは良い立ち回りをしているといえるだろう。時間をかけて研究を進めるということは、各地に痕跡こそ残せど一度過去となってしまえば、実物の検証は出来なくなる。
命核解者………研究とは即ち科学だ。例え魔術より生じた闇の術法であったとしても、科学とは本来分類し、知り教え、探ることの総称なればこそ、命核解者の本質は永遠の研究者、科学者である。
そして、だ。科学であれば―――当然、物がなければ知ることは出来ない。実例、実物、実際。現実に散らばる存在を時間を代償にして拡散させることにより、自らの足取りを辿り難くする。
これが、今回のOB探しの肝なのだろう。
俺たちはOBを探すために、墓を見聞した。多少の痕跡はあってもそれは足取りを辿るには遠いもので、それだけを証拠に世界の中から一人だけを見つけ出すというのはあまりにも難しいだろう。
………ま、こんな風に難しい点を幾つも並べたところで意味はない。問題の大きさを明確にすることは大事だけど、それで問題が解決することはないからな。
命核解者の足取りは一歩一歩確実に。近道はなく、遠回りの道だけが溢れる………だが、進み続ければいずれは辿りつく。足を動かすことをやめさえしなければ。そして、取りうる手段を見逃さなければ。
「手はあるさ。必ず追いつける。そして………どうやらこれは、俺にとっても見過ごせない問題でもあるらしい」
更には、残された時間ももう少ないだろう。九相図解明により生み出される不老不死の形態、”死なずの死人”。
かつて大々的に行われた呪われた研究、ゾンビ研究にも似たその悪夢が完成するまでの刻限は、思った以上に近い。そしてまったくもって残念なことに、これは予測ではない。
一度だけ相手からすれば想定外の事態である、追う側との接触。俺はそのタイミングで、相手が作り上げようとしているものの完成形を理解できた。そして、あの時の完成度がどの程度であったのか、もだ。
魂が育ち切れば、面倒な事態になる。フェツフグオル全体が震撼する様な、そんな大事件に。そうなれば、まあ………ヴィヴィを起こすのも先送りになっちゃうしな。うんうん、仕方ない、仕方ない。
仕方ないから―――久しぶりに、本気のオルトルートってやつを見せてやろうかね。
「あいつとの戦いと、それからヴィヴィのために不老不死を目指したとき以来、か」
なんにせよ、目的と道筋を定めた。後は突き進むだけだ。弟子のためにも、本気でやらないとな。
んじゃあ、まあ。
「まずは」
調合した薬液の中にとっておきを放り込む。
一瞬泡立ったそれは、淡い蒼の薬液へと変じ、窯の中のそれを掬って慎重にガラス瓶の中に移した。
更に、作業机の上にある片眼鏡を弄り、改良を行う。
視界に関して有用さを発揮するこの眼鏡だが、前々からもっと改良できる点はあると思っていたのだ。いい機会である、ついでに効果時間に関しても手を打ってしまおう。
「道筋はいつだってある。だって、それを作るのが俺たち命核解者だからな」
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地下からの扉を開く。気が付けば朝日が差し込んでいた。結局オールしてしまった。
ま、必要なことだ。背後に抱えた荷物を部屋の机の上に置くと、ナフェリアの部屋の扉が開く音が聞こえた。
「おはよう………ございます………あれ?ルートちゃん、寝てないんです、か………?」
「ああ。おはようナフェリア。ちょっとやることがあってな。………あ、おはようございます、師匠」
のっそりと師匠の部屋の扉も開く。
振り返り挨拶をすれば、師匠の蛇にも似た目が俺を射抜いていた。
「ふむ。後は歩くだけか?君は、本当に決めたら速いな。その素早さは成程―――天才すら置き去りに出来るわけだ」
「師匠にはお見通しなみたいですが、まあ、そうです。………OBを見つける目途、立ったよ、ナフェリア」
「………ま、ぁ!すごいです、先生………!」
「あー、いや。偶然もあるけどなぁ」
ナフェリアがいることは、必然なのかもしれないが。………あと、後でナフェリアに謝ることがあるので、今回の一件が終わったらちゃんと言わないとである。
「それよりも、だ。多分、索敵したらそのまま戦闘になる可能性が高い。素直に投降してくれればいいけど、これだけ慎重に、そして悪辣に研究をしていた相手だ。そんなことはないだろう」
「………悪辣、です、か?確かに死体を使っていた………というのは、分かってます………けど」
「悪辣だよ。間違いなくな。仮に善性からなる研究だとしても、俺とは相容れないことは確実だ」
「………ルートちゃんが、そこまで言う相手、なんですね………」
「ああ」
命核解者だからな。なるべく俺は物事をはっきり言うようにしている。
俺たちは迷える羊では無く、術を探る黒山羊だ。迷い苦難するのではなく、苦難し探すものなのである。
そういうスタンスがあるうえで、俺は宣言する。きっと、この先に出会う今回のOBのことは、きっと大嫌いだと。
………同じ匂いがするんだよなぁ、あの”伯爵”と。
「おい、話が逸れてるぞ。戦闘になるということは、武装を持って行けということだろう」
「あ、はい。そうなんですよ。まあ俺は武装を所持していなんですが、代わりに」
机の上に置いた雑多な物の中から、幾つかの物品をナフェリアに渡した。合計は六つで、薬品が納められた小瓶が三つと、空っぽに見える小瓶が一つ、巻物が一つ、そして丸薬が一つだ。
相手がどんな手を打ってくるか分からないからな。対応力重視で色々と持ってきた。
だが、説明は必須だろう。
「その三つの小瓶はそれぞれ、自分の周りに盾を展開できる。けど、蓋の色合いによって盾を構成する材質が違うから注意な。あと蓋が空く………というか、空気と触れるとそれは反応を開始する。割れ難い硝子で作ってはあるけど、注意するように」
万物融解剤の調合次第ではこんな風に、ちょっとしたギミックを持たせることも出来るのだ。
現象発生液に見えるあれは、実際はすぐにでも反応できるようにと調整された、非常に存在の不安定な発現用の万物融解剤の塊なのである。不安定といっても、それは命核解者の道具だ、空気以外では絶対に発動しない。
慣れた人ならきちんと鍵と錠、発生液同士を混ぜて武器とするが、まだ弟子になりたてのナフェリアにはそれは難しい。なにせ、発生液全てを把握してないと間違えるからな。
間違えれば現象発生は行われない………つまり、土壇場で無防備を晒すことになる。それは、危険が過ぎるからな。今回は簡単な調整を施したわけだ。
「空の瓶は膨大な量の大気を閉じ込めてある。これも蓋を開けばオッケーだ。で、巻物は閉じ紐を解けばいい。閃光が走る。………で、最後。丸薬な」
これは、ちょっとした奥の手だ。必ず切り札となる。
耳元でその説明をすると、ナフェリアは困惑した表情を浮かべた。
「それは、どういう………」
「分かるさ、その時になればな。だって、ナフェリアは―――天才だからな」
俺とは違って。そして、師匠はヴィヴィと同じ。
ふ、と力を抜いて笑うと、片眼鏡をつけ、さらに籠手やらベルトやらを見に纏う。
それらに数多くの薬液類や道具を取り付けると、この身体の大きさに新調した、自作ブーツを履いた。
「よし。………それじゃ、行こうか!」




