第二十七話 ~OB捜索開始!~
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「ということで今日からOB狩り、始めていくぞー」
「は、はい………!」
「ああ。頑張れ」
師匠はもうちょっとやる気持ってください、元を辿ればあんたが受けた仕事でしょうが。
などと心情では思いつつ。まあ俺の思考回路程度は把握されてるだろうけどな。
それはともかくとして、さてさて―――OB狩りか。
「俺、初めてなんですよねぇ」
「命核解者であることを隠していたのであれば当然だな。君にとってもいい機会だろう。なに、研究を進めればそのうちOB狩りを任されることもあれば、逆に狩られる対象になることもある。一度狩人として動いていれば、狙われた際にも動き方が分かる」
「そこまで危険な研究しないですけどね」
「………危険かどうかだけでは指定対象にならんよ。どれだけ安全な研究していても、”金華銀月”から見た結果が厄介であれば、狩人が雇われる」
「純然たる人の組織ってやつですねぇ………まあ、命核解者なんてそんなものか」
人の業を詰め込んだような職業なので。
生命の理を無視して不老不死を作り出し、その副産物として自然の現象、神秘を人の技へと貶める―――とは、魔術師の談だったか。
実際の話として、山や森を神と崇めていた時代は命核解者の存在によって明確に終わりを告げた。大地の怒りと称された火山の噴火や、神が鳴ると名が付けられた雷は原理が解明可能となり、再現までできる始末。
神秘の時代は終わり、かつては魔術師だけが行えていた自然現象の再現を人間はいとも簡単に行えるようになったのだ。
「そのせいで魔術師と命核解者はとにかく仲が悪いんだけど」
正確には魔術師側が徹底的に嫌っているって感じ。命核解者側?ああ、魔術を使用する際に使用される魔力という力の解明に興味津々だよ。
………命核解者の中にも、魔力を持っており魔術を行える人間もいるけどな。魔術師として生きるのではなく、命核解者として魔力を道具として研究を行う者どもだが、大体は魔術分野での落ちこぼれが多いとされている。
されて、いるんだが………稀に、規格外の怪物もいる。魔術師として最強クラスの腕前を持ちながらに研究に没頭する、命核解者の研究というものを逆に魔術の領分に取り込もうとしている存在が。
魔術師からも恐れられる、人間をとっくに辞めた、本当に怪物としか言えない人間だったモノ。
もちろん、命核解者からも怖がられている。
「先生………まずは、どうしましょう………?」
「ん、あー。そうだなぁ」
もう会う事もない怪物のことを頭から引き剥がし、師匠の方をちらりと見る。欠伸してた、うん。
教えてくれる気はないようだ。まー弟子歴も長いし、俺も見た目はともかく、結構な歳だからな。
こういう場合も、自力でできるようになれってことだろう。面倒くさいから丸投げしてる感もあるけど。
―――さて。
捜索対象であるOBの名前は”冥府の医師”だったか。命核解者が公で名乗る名前というのは研究に絡んだものが多い。研究自体は秘されるものであり、誰にも明かさないが、自分はこんなすごい研究をしているんだぞってことは知らしめたい子供みたいな心理である。
冥府、と付いているからには恐らくは研究のテーマには死者や魂という概念が付きまとっている筈だ。魂に関しては良くわからないが、死者であるというのであれば研究材料は限られてくる。
即ち病人、墓地に眠る死人、ちょっと飛んで墓守か?
墓守は墓地を守る生者だが、死者と深く接しているというのは魔術的に見れば何かしらの意義は生まれるだろう。俺は魔術師ではないため、その辺りは分からないが、冥府の医師が魔術を用いた研究をしている可能性も考慮した。
「となると、まずは共同墓地に行ってみるかぁ」
「ぼ、墓地………ですか………?」
「ああ。命核解者は研究を重ねるために、数多くの研究材料を必要とする。当然、森に入って手に入らないようなものであれば、人間の領域から手に入れるしかない。………死者となれば、手に入れられる場所は限られてくるからな」
「なる、ほど、です………墓地、墓地です、かぁ………」
目を泳がせているナフェリア。あれ、もしかしてこれって。
「………もしかして、怖い?」
「ふぇっ!?………あ、えと。いえ、あの………」
「―――フ。まあ、女児ならば墓地を怖がるのは仕方がないだろう。しっかり守ってやれよ、センセイ?」
「”センセイ”の部分に失笑が混じってる気がするんですが!?」
「夜闇を怖がって私の腕にしがみ付いていた昔のお前が頼られる側になるのを見ると………」
「はーい!!お黙りですよ師匠!!」
「足が動かなかったお前を引き摺るのがどれだけ面倒だったことか」
「それについてはごめんなさい!」
なんだかんだ言って丁寧に扱ってくれましたけどね!!結局面倒見がいいんだよなぁ師匠!!
「………まあ。あの頃も今となっては懐かしい、か。動かぬ体を不便と感じたこともあるだろうが―――あの身体こそを求める日もいつか来るかもしれないということを、君はしっかりと理解しておけ。本来の身体を、命を自然の元へと帰すことが出来た肉体を」
”不老不死など、碌なものではない。私は不老の時点で、随分な孤独を味わったよ”
とは、かつての師匠の言葉だ。
幼き日の俺の膝を撫でながら語った師匠の言葉を俺はずっと覚えていた。
………確かに、下半身が付随であるというのは大変ではあったが、それでも………きっと、ヴィヴィがいなかったら俺はあの身体を捨ててはいなかった。自分の肉体だ、多少なりとも愛着はあるし、あの傷も決して嫌なものじゃなかったから。
今はこうして健常者として動けるけど、この不老不死の………死ぬことが出来ない身体になったことが幸福なことかどうかは、分からない。
「………?先生、アリス師匠、何の話でしょう………?」
「こっちのことだ。それよりアリス師匠か、その呼び名は良いな。実に気に入った」
「アリストテレスの前三文字でアリス、かあ。かなり可愛い名前になりましたね」
「私は常に可愛いだろうが」
「それは事実ですが自分で言わないください」
可愛い上に綺麗なの、世の中の女性の恨み買いますよ。しかも年取らないし。
あ、それは俺も同じだった。なにせ俺の身体は俺が世界一可愛いと認める初恋の相手を基に作っているんだからな。ちょっと差があるけど。
「話が逸れた。さっさと共同墓地に行くぞ。ナフェリア少女、オルトルートの腕にしっかり捕まっておけよ」
「は、はい………!」
「おっと予想以上のがっしりホールド、とと………」
ナフェリアの方が背が高いから体のバランスがね、ズレちゃうよね。
「普通に手を繋いでいこう。それでいいか?」
「………はい、お願いします、先生………」
「ん。任せろー」
ナフェリアの左手を俺の右手で掴み、歩き出す。向かう場所はフェツフグオルの第五外縁、かつての第六外縁崩壊事故の後に新設された共同墓地だ。
原生生物に墓を荒らされないように、この世界の墓地は最遠外縁の内部に作られているのが常である。昔は第六外縁にあったんだけどなぁ、第六外縁は崩壊しちゃったからなぁ。………俺のせいだけどなぁ、いや俺だけのせいではないけどなぁ。
「………というか第五外縁の共同墓地、結構遠いんだよな」
「道中で辻馬車を雇う。なに、行動資金は報酬とは別に分捕ってある」
「うーん、流石師匠としか言いようがない」
このしたたかさ、見習わないとなぁ。
ということで馬車を幾つか使用しつつ、俺たちは第五外縁へと向かったのであった。




