第二十八話 ~共同墓地のスカラベ~
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枯れ葉と乾燥した樹木が足の下でぱきりと音を立てる。
ここは第五外縁共同墓地、通称”幽世の淵”。人は最期は自然に帰る物だ、という概念のもと、都市の中でも最も深く緑を作り上げているこの広大な場所の地下には、無数の亡骸が埋まっている。
「辛気臭い場所だ。あと土臭い」
「そりゃ土葬が主ですからね、土の匂いが強いのは仕方ないかと。あと辛気臭いはなんか違う」
フェツフグオルを始めとしたこの世界の都市形態、発展城郭都市は基本的には人工物が多い。もちろん道路とか建造物には切り落とし、さらには削って加工した石や、外から運んできた土などが使われているが、それらはあくまでも人間が手を加えた物であり、都市の外部にあるような原生林とは全くの別物だ。
持ち運ばれるときに危険な寄生生物や擬態生物がいないかしっかり確認されているし、更にはその際に命核解者の道具なども使われていて、都市内部に入る頃にはもう自然のそれとは言い難いからな。
庭や公園なんかもそうしたものばかりだ。観賞用の植物は小さいものが多く、都市の中では森というものは殆ど見れない。………唯一、この共同墓地を除いて。
「私、共同墓地は………始めてです………」
「お、そっか。俺は割と都市の中を歩き回ってたから来たことはあるけど、あんまりしょっちゅうはこないなぁ」
「お前は特に墓参りする用事もないが故だろうよ」
「あはは、その通りです」
ヴィヴィはなんだかんだ言ってもまだ生きているし、当然お墓はない。俺自身は天涯孤独の身だしな。
「さて。雑談に興じるのもいいが、OB探しもせねばな」
「はーい」
「は………はい」
もちろん本題を忘れていはいませんよ?
OBの痕跡探し………さてさて、顔も知らない相手を探すとなると気分は探偵だが、相手は道を踏み外した命核解者だ。ただの犯罪者よりも危険な存在であるため、あまり気を抜くことは出来ないな。
一旦、ナフェリアの手を放して捜索に没頭する。
「目を凝らせ。僅かな痕跡も見逃すな。OBを狩り取るのが探検家ではなく私たち命核解者であるのは、単純な尻拭い以外にも同じ命核解者だからこそ痕跡を見つけられるという前提があるからだ。私たちが見つけられなければ、他の誰にも追いかけることは出来ない」
「成程、そうなんですね………」
確かに、戦力だけで考えれば凄腕の探検家を雇うだけでもいい。秘密裏に処理するのであれば外聞も大して気にする必要もない。
にもかかわらず、OB討伐に俺たち命核解者を使うというのはそういった理由があったからなのか。
………まあ、研究をするものだからこそわかる痕跡っていうのは確かにある。
獣が獣を追いかけることが得意なように。草食動物が草木の判別に特化しているように。
今、この場で必要なのは研究者の眼というわけだ。
「さて、オルトルート。君はこの場から何が見える」
「そうですねぇ。取りあえずあそこ。死者を掘り起こした跡が見えますね」
「………え?ど、どこですか………?」
「あれ、あそこ。土の色が若干違うでしょ。薬品を使って隠蔽した跡があるけど、色で誤魔化しただけだな、これ。表層の草木が地面の中に混じれば土の性質も僅かに変わる」
まあ一番は死者を掘り起こした、つまり土の中から死体を取り除いたことによる他の墓地との性質差の方が大きい気がするが。
土の酸性濃度とか調べればもっとはっきりするだろうが、まあそこまでする必要はないか。
「つうか、他にもいくつか掘り起こした跡が見えますね。あっちのは結構風化してますけど」
「そうだな。ところでオルトルート、これを見てみろ」
「………?」
師匠にそう指示され、視たのは名前が刻まれた墓石だった。
その名は、リルフェリア・ホーグヴィアン。
「知り合いですか?」
「知らん。………風化具合から見て相当前だな」
「墓石がってことですよね」
「ああ」
そう言いながら、師匠は服の下から小瓶を取り出し、地面に注ぐ。
垂れた液体が数滴、地面の土の下に吸い込まれていくと、すぐさま植物が生み出される。
………青い花を咲かせる、鉱石の花弁を持つ未知の花。命核解者によって生み出された道具だろう。
「地面の下に何が在るかを調べるための道具だ。生み出された物によって土の性質や地下の鉱脈などを判別できる。数滴だけだと精々表層の確認位だがな」
「花が咲く時はなにがあるんですか?」
「何もない時だ」
「………なるほど」
何もない………つまり、遺体すらないということ。
他の場所はまだ、掘り起こした跡が確認できるがもうその判別すらつかない程の過去に掘り起こされた場所もあるということなのだろう。
だけど、師匠が真っ先にこの場所に目を付けたってことは何か意味があるんだろうなぁ。
………師匠やヴィヴィ、そしてナフェリアは命核解者の才能がある。才能がいらない筈の命核解者がもつ才能というのは矛盾したようにも思えるが、確実に存在するのだ。
思考回路、或いは世界を見聞し、理解する能力。細かいこと、常人では気が付きもしない事柄を認識する能力。思考の糸を繋げることが出来るというそれ。
俺はそれを持たないために、師匠が何を思って今、この墓石に目を付けたのかは分からないが、思考の端にしっかりとメモしておくことにしよう。
「ん。いや、違うか。もしかして、このお墓が一番最初に掘り起こされた………?」
「だろうな」
「一体、何故………」
口元に手をあて、考え込んでいるとちょっとだけ不機嫌そうに顔を顰めている師匠の顔が見えた。
視線の先はやはり、墓石だ。師匠がそんな顔を浮かべるなんて珍しいが、さて。
なにがあったんだろうか。なにに、気が付いたんだろうか。
「あ、あの………先生?」
表情の理由を探っていると、後ろからナフェリアに声をかけられた。
一旦思考を取りやめると振り向き、首を傾げる。
「おー、ナフェリア。どしたー?」
「………えっと、ですね………これ、なんでしょう?」
「どれどれ」
ナフェリアの手に乗せられているのは、何かの石だ。いや、材質自体は触ってみればわかる通り、何の変哲もないただの石材。
………だが、その形が少々特殊だった。
「ほう?スカラベか」
「古代の砂漠都市で信奉されてた甲虫ですね。あれ、でもフェツフグオルにスカラベって生息してないですよね?」
「聞いたことはないな。誰かが持ち運んでいれば別だが」
「………誰か、ですかぁ」
―――スカラベ。
再生と復活の象徴とされる甲虫だ。かつて存在した古代都市において太陽として扱われ、生命を現すものとしても知られる。
そういえばかなり前にその古代都市の遺跡で、このスカラベのミイラが発見されたっていう話を聞いたことがあるけどな。虫のミイラっていうのはちょっと珍しいから、覚えていたのだ。
さて。そのミイラは数体見つかり、幾つかは競売にかけられたという。より正確にいえば盗掘に合い、保護される前に売り捌かれたという方が正しい。
………虫のミイラ、それもスカラベという特殊な甲虫から取ることのできるエリクシールというのは一体何なのか。
「虫は虫って割り切るのも、命核解者の世界では難しいからなぁ」
魔術的に意味を持つのであれば、命核解者が融解剤の調合を操作すればエリクシールが取り出せることもある。あるいは、そのミイラが―――もしも、ただの昆虫では無くて、特殊な力を持つ原生生物だったとしたら?
「な、何かお役に立てますか………?」
「うん、すっごく役に立ったよ、ナフェリア。でも、よくこんなの見つけたなぁ。どこにあったんだ?」
「えっと………その、お墓の、下に」
「―――ん、なんだって?」
一瞬、言葉の意味が通じなくなって訊き返す。
「は、はい………その、お墓の下に何かあるなって感じて………この人のお墓を掘り起こしたんです………」
「墓石をひっくり返したってこと、だよな?」
「はい………あ、でも、大丈夫です………多分、怒られはしないので………誰もいないですし」
師匠に目配せして、ナフェリアが掘り起こした地面に先程の液体を垂らす。生まれたのは、リルフェリア・ホーグヴィアンの墓の上のものと同じ、青い鉱石の花弁。ナフェリアが言う通り、この墓石の下にも誰もいない。
………ナフェリア。もしかして、君―――死者と、
「いや。うん………本当によく見つけてくれたな、ナフェリア。いい子だ―――他に、何かあるってみんなは言っているかな?」
「い、いえ………」
ナフェリアが再び、俺の手を握る。
強く、震えている様子は、本当にこの場が怖いんだろうなって気持ちを強く伝えてきた。
ナフェリアはなにか………そう。死者というものと深く関りがある少女なのだろう。だが、確実に言えることもある。
この子は、繋いだ手から伝わるように熱があって、怖い場所でも、よく分からないことでも俺たちのために尽力してくれる、まごうことなき人であり、そして。
可愛い可愛い、俺の弟子だってことは、変わらない。
………ナフェリアの才能の原点はもしかしたら、死者というものと関係しているのかもしれないけどな。その成長に関しては先生である俺の腕の見せ所である。
「そういうことか、ふむ。オルトルート、何もないなら戻るぞ。OB捜索の鉄則、無理な深追いはしない、だ。綿密な準備と確実性も取って事に当たる―――木乃伊取りが木乃伊になるのは嫌だろ」
「はーい」
「は、はい………」
手に持ったスカラベの石像を上空に放り投げ、手で掴む。
そのスカラベの背には、不思議なことに獅子の頭蓋が象られていた。




