第二十六話 ~弟子の研究目標~
一瞬、ぼーっとした。
………そして、よく考えてからナフェリアの肩に手を置く。
「まあ、その気持ちは嬉しいけど………危ないからな。なにより、そういったことは先生の仕事だ」
「私から見ればお前も弟子だがな」
「ある程度は自分で研究進んでる弟子だからいいんですよ。成果だしてますし」
「ああ。雑に使っても問題ないところは評価しているぞ」
「………あれ?俺、適当に放り込まれるのかな?」
師匠のその扱いはさておき。
こういう危険なことは弟子に任せるようなものじゃないのだ。それにほら、俺は死んでも死なないし。
「そう、ですか………」
「気持ちは伝わったけどな!まずはほら、自分の研究目標とか色々決めてからだぞ!基礎も大事だし、相手はもっと長く、深く研究している相手な訳だからOB狩りを行う時は事前準備をだな………」
「そもそもの話として、命核解者の戦闘能力はそれ即ち研究成果だ。研究を長くやっている人間であればあるほどに、持ち得る戦力も多くなる。その理論から、OBを狩り取るときはその狩人に選ばれる人間は必ず、そのOBよりも長く研究をしている人間が選ばれるのだ。私のようにな」
「………?”冥府の医者”って、そんなに長く研究してるんですか?」
「ああ。計測されている限りは研究自体、四十年前から始めている」
「………結構長いですね。んー、先達かぁ」
四十年も研究をしている相手となれば、命核解者の中ではなかなかの熟練者だ。
特殊な人間、俺や師匠みたいな不老不死に近づいたものは寿命の概念を超越しているわけだが、多くの人間はもちろん普通に死ぬのがこの世界だ。
寿命の長い種族はあるが、そういった人々は命核解者になることは殆どない。大体、過去の命核解者が迷惑行動をしているせいで嫌ってるからな。
まだ命核解者と魔術師がそう大差がなかった時代だと、かなり好き勝手やっていたらしいから。それを規律ある存在に変えていったのが”金貨銀月”の創始者達な訳だが、まあそれもまた過去の話ってことで。
「それよりもだ。君は武装を作れ。まずはそこからだ」
「………一応、構想はあるんです。ただ一朝一夕には行きませんね」
「どれ、話してみろ。アドバイスしてやる」
「えっとですね、辰砂と―――と。そうだ。師匠、丁度いいのでナフェリアの研究目標の設定、手伝って上げてくださいよ。才能は保証しますよ?」
うん。実をいえば俺は普通の研究目標設定をしていないので、ナフェリアの参考にはならないのだ。
だって俺は、ヴィヴィのために不老不死の研究のみを主題としていた。それは命核解者の根元研究テーマであり、普通の命核解者はその主題テーマのほかに副題を持つ。
副題こそがその命核解者個人だけのテーマであり、味、個性といえるものになるわけである。
根元研究だけを行った俺は邪道中の邪道だ。まあ、根元を求めるのが邪道っていうのもそれはそれで変なんだが。
でも、至るための道をすっ飛ばして結果、つまりゴールに突っ込んだわけだから、ヘンっていうのも理解できるんだが。
「研究目標………です、か?」
「ああ。ような、何がしたいのか―――何が、知りたいのか。何を作りたいのか。それを決めるんだ」
「幽かな少女よ。いいか、研究テーマとは祈りだ。そして研究とは祈りに至るための願いであり、祈りを達するための手段だ。全て、全てがテーマから始まり、帰結する。心して決めろ」
「先生は………何を?」
「ん、んっ………んー」
弟子として聞いてくるナフェリアの視線に思わず顔を逸らす。
ええ、はい。俺はその質問に答えられないんですよ。何故かは師匠が代弁してくれてます。
「そこの馬鹿はそのテーマを決めなかった。祈りを持たず、手段だけを使い、結果を為した。あてにならんぞ」
「それはどういう………?」
「気にするな。さて少女よ。………お前は、何をしたい?」
美しく煌めく左右で色が違う瞳。それでナフェリアをじっと見つめる師匠。
こういう時の師匠の瞳は、綺麗でもあるけどちょっと怖い。全部、本当に心の中まで見透かされている気になる。
―――いや、見透かされてるんだけどな。
「私が………何をしたいか………ですか………」
ぼやくと俯いて、言葉を反芻する。
ま、そうだよなぁ。急に何がしたいのかを聞かれて答えられる人間はそうはいない。
「私は………」
おや、と思う。ナフェリアが空色の髪を揺らして、顔を上げる。
………存在感の薄い少女の瞳は、髪と同じ透明な空の色。淡く輝く薄い蒼。
しかし、瞳は意思を持って、確かに輝いていた。
「私は、どうしても………会いたい人がいます。私は、私の研究は………そのために………」
「成程。では、どうやって出会う。状況を設定し、手段を明確にしろ」
「―――状況。肉体喪失………手段………魂魄剥離………ううん―――呼び戻し………?」
「ほう。そういうことか」
「えーと?」
師匠は何かわかっているらしいが俺にはさっぱりだ。天才同士の会話ってこういうことなのかな。
「はい………魂の解明………魂魄の定義及び物質化………私の研究テーマは、それです」
「おやまぁー。また、大変な研究を選んだなぁ」
命核解者の研究において、魂というものは確実に存在している。俺だって、元の身体から魂を吸いだしてこの肉体に移動させているのだから。
だが、存在しているからといって、それに触れられるとは限らない。そもそも、見ることすら叶わない。
魂の定義自体、曖昧だ。あると仮定しなければ成り立たないためあるものとしているだけであり、逆にいえば存在を否定することが出来ないからあるというしかない、という状況なのである。
悪魔の証明、というものに近いらしいけどな。
―――例えば。とある命核解者が限りなく人間と同一なホムンクルスを作った。クローンではないものの、人間と同じ成分と同じ肉体年齢を与え、年月と労力をかけて成長をさせた。
肉体は間違いなく人間のもの、それこそ脳から血液に至るまで完全に。
臓器機能、脳機能が完全に動いていることも確認されているらしく、肉体的には確実に人として生きている筈のそのホムンクルスはしかし………目覚めることは永遠になかった。
赤子から作り上げたそれは人口の子宮から生まれ、人間と同じように成長を重ねたはずなのに。
命核解者はその研究を以て、人間には魂があると定義した。存在証明などどこにもないが、それでもあると定義しなければ、ホムンクルスが動かなかった理由が不明になるから。
………その研究者の名は”ハルトマン”。魂を追い求めた遥か過去の命核解者だ。
「私からしても凄腕だったハルトマンですら辿りつけなかった境地に挑むか。面白いな、やってみるがいい」
「………ハルト、マンさん………?」
「ああ………良い女だったよ。実に、頭が良く、身体的な相性もばっちりだった」
「………師匠、あの。もしかして関係持ってました?」
「―――ははは」
あ、この笑い方は質問を誤魔化すためのやつだ。長いこと一緒に居るから分かるんだよなぁ。
ハルトマンって史実だと男っていわれてたけど、女の人だったんだな。まあ、髪が長く、すらっとした美形の人間で生涯独身だったとされているし、見た目の特徴から女でもおかしくない。
似たような人としてパラケルススも女性みたいだったと言われてるけど、あっちはちゃんと男だったらしい。師匠の談である。
「苦難の道になるだろうが、少なくともその祈りに近づくことは間違いない。………ああ、それとオルトルート」
「はい?」
「OB狩り、ナフェリア少女も参加させろ。それが、お前と彼女のためになる」
「………危険ですよ?」
「阿呆、君のその身体は何のためにあるんだ」
―――確かに、そうだけどさぁ。
「分かりましたよー、しょうがないなぁ」
「………え、えっと?」
「―――OB狩り、手伝ってくれるかな、ナフェリア?」
師匠がそういうなら、多分何か意味があるんだろう。その方が、きっと研究の足しになる何かが。
偉大なる遥か先達である、師匠の忠告は聞いておくべきだ。俺はなんだかんだ言っても五十年も研究していない若造なのだから。
天才ですら、ないしな………。
「は………はい………!が、頑張ります………!」
と。そんな風にして、夜は更けていく。
さあ、OB狩りか。師匠という心強い人がいるにせよ、なかなかに大変そうなことに巻き込まれたなあ。頑張らないとだ。
「まあ。本格的な調査は明日からにして………とりあえずご飯を食べてしまうとしますか」
英気を養うってやつである。俺不老不死だから別に食わなくても勝手に養われるんだけどな、英気。




