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Memories  作者: あーちゃん


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8/10

思い出は消えない

人は過去を消すことはできません。


忘れようとするほど、思い出は心に残り続けます。


だから必要なのは、「忘れること」ではなく、「受け入れること」。


第8ページでは、悠真と美月がそれぞれの過去と向き合い、「思い出を抱えたまま生きる」という答えを見つけていきます。

あの日、公園で本当の気持ちを伝え合ってから、二人は少しずつ元の生活へ戻り始めた。


 朝になれば「おはよう」と言い合う。


 仕事へ向かう前に「気をつけて」と送り出す。


 夜には「今日もお疲れさま」と笑い合う。


 以前と同じ日常。


 けれど、その中身は少し違っていた。


 悠真は「どこにいる?」ではなく、「帰ってきたら今日の話を聞かせて」と言うようになった。


 美月は「大丈夫」と笑って隠すのではなく、「今日は少し疲れた」と素直に伝えるようになった。


 大きな変化ではない。


 でも、その小さな積み重ねが、二人の関係を少しずつ優しく変えていった。


 ある休日。


 悠真は一通の手紙を手にしていた。


 白い封筒。


 宛名は書かれていない。


 机に向かって何度も書き直し、何度も破いた。


 それでも今日は書こうと決めていた。


「陽菜へ」


 そう書いた瞬間、胸が少し熱くなる。


 もう届くことはない。


 返事も来ない。


 それでも書きたかった。


 今の自分の気持ちを。


 今まで言えなかった「ありがとう」を。


 ペンを握り直し、ゆっくり書き始める。


 ――陽菜。


 元気ですか。


 なんて聞いても返事はないよね。


 俺は今でも雨の日が少し苦手です。


 でも、昔ほどじゃない。


 理由は、一人じゃなくなったからです。


 大切な人ができました。


 最初は好きになるのが怖かった。


 幸せになることが裏切りみたいに思えた。


 でも。


 やっとわかった。


 陽菜を忘れないことと。


 幸せになることは違うって。


 陽菜と過ごした時間は、俺の宝物です。


 だから忘れません。


 でも、その思い出を抱えたまま、前へ進みます。


 ありがとう。


 あの夏、好きになってくれて。


 ありがとう。


 笑ってくれて。


 ありがとう。


 俺の青春になってくれて。


 そして。


 俺はこれから、美月と生きていきます。


 どうか見守っていてください。


 書き終える頃には、便箋が涙で少し滲んでいた。


 悠真は静かに封筒を閉じる。


 そのとき、背後から優しい声がした。


「書けた?」


 振り返ると、美月が温かい紅茶を二つ持って立っていた。


「うん。」


 悠真は少し照れながら頷く。


「読まないよ。」


 美月は笑った。


「これは悠真だけの手紙だから。」


 その優しさが嬉しかった。


 悠真は立ち上がる。


「一緒に行ってくれる?」


「もちろん。」


 二人は電車に乗り、陽菜が眠る墓地へ向かった。


 空は雲ひとつない青空だった。


 風は穏やかで、木々が静かに揺れている。


 墓石の前に立つと、悠真は深く頭を下げた。


「久しぶり。」


 小さく呟く。


 花を供え、線香へ火をつける。


 白い煙が空へゆっくり昇っていく。


 悠真は封筒を取り出した。


「読んでもいい?」


 もちろん返事はない。


 でも、そう聞かずにはいられなかった。


 便箋を開き、一文字ずつ読み上げる。


 途中で声が震える。


 涙もこぼれる。


 それでも最後まで読んだ。


 読み終えたあと、不思議と胸が軽くなっていた。


 今まで何年も言えなかった言葉。


 ありがとう。


 その一言をようやく伝えられた気がした。


 隣では美月が静かに手を合わせていた。


「初めまして。」


 小さく微笑む。


「私は白石美月です。」


「悠真さんの大切な思い出を、一緒に守っていきます。」


 悠真はその言葉を聞いて涙をこらえた。


 美月は陽菜と競おうとしていない。


 消そうとしてもいない。


 思い出ごと受け入れてくれている。


 その優しさが、何より嬉しかった。


 墓地をあとにすると、美月が言った。


「私も。」


「行きたい場所がある。」


 悠真は静かに頷いた。


「行こう。」


 二人が向かったのは、美月が幼い頃よく通っていた小さな公園だった。


 古いブランコ。


 錆びた滑り台。


 今ではほとんど人もいない。


 美月はブランコへ座った。


「ここね。」


 小さく笑う。


「泣きたい日は、いつもここへ来てた。」


 悠真は隣へ座る。


「家では泣けなかったから。」


「お母さんに見つかると。」


「また怒られる気がして。」


 ブランコが静かに揺れる。


「だから。」


「ここだけが。」


「泣いてもいい場所だった。」


 悠真は何も言わなかった。


 ただ隣で揺れていた。


 しばらくして、美月は小さな紙袋を取り出した。


 中には、一冊の古いノートが入っていた。


「これ。」


「私の日記。」


「小学校から高校まで書いてた。」


 表紙は色あせている。


 何度も開いた跡がある。


「読む?」


 悠真は首を横へ振った。


「読まない。」


「どうして?」


「それは美月の大事な思い出だから。」


 美月は少し笑った。


「ありがとう。」


 ノートを胸へ抱く。


「昔はね。」


「このノートを読むたび。」


「苦しかった。」


「でも今は。」


 空を見上げる。


「頑張ってたねって思える。」


 悠真も空を見上げた。


 過去は変えられない。


 でも、過去を見る自分は変えられる。


 そのことを、二人は少しずつ知り始めていた。


 帰り道。


 二人は手を繋いで歩いた。


 言葉は少なかった。


 でも、それで十分だった。


 同じ景色を見て。


 同じ風を感じて。


 同じ未来を歩いている。


 その事実だけで心は満たされていた。


 夕暮れの街。


 信号待ちをしていると、小さな男の子が転んだ。


 泣きそうになっていたその子へ、母親が駆け寄る。


「痛かったね。」


 優しく抱きしめる。


「でも大丈夫。」


 その光景を見ながら、美月が小さく言った。


「いいな。」


「うん。」


「私も。」


 少し笑う。


「私も、そんな家族を作りたい。」


 美月のその一言は、夕暮れの街に溶けるように静かだった。


 悠真は隣で信号が青へ変わるのを見つめながら、小さく頷いた。


「作ろう。」


 それだけだった。


 大きな約束ではない。


 「絶対に幸せになる」とも、「何があっても大丈夫」とも言わなかった。


 ただ、一緒に作ろう。


 その言葉には、今の二人にできる精一杯の覚悟が込められていた。


 二人はゆっくり横断歩道を渡る。


 握った手は、以前よりも少し自然だった。


 強く握るわけでもない。


 離れないように力を入れるわけでもない。


 互いを信じるような、穏やかな温もりだった。


 家へ帰る途中、商店街の花屋の前で美月が足を止めた。


「見て。」


 小さな鉢植えを指さす。


 淡い紫色の花が風に揺れていた。


「きれい。」


 悠真もしゃがみ込む。


「名前、何だろう。」


 店先に立っていた店主が笑顔で答えた。


「ルピナスですよ。」


 美月は嬉しそうに微笑んだ。


「かわいい。」


「育ててみる?」


 悠真が聞くと、美月は少し考えて頷いた。


「うん。」


「でも。」


「ちゃんと育てられるかな。」


「枯れることもあるよ。」


 悠真は優しく言う。


「でも、そのたびにまた育てればいい。」


 その言葉を聞いた美月は、少し驚いたように悠真を見た。


「変わったね。」


「そう?」


「前なら。」


「枯れないように心配ばかりしてた。」


 悠真は照れくさそうに笑う。


「確かに。」


「でも。」


「枯れることを怖がって植えなかったら。」


「花は一度も咲けない。」


 その言葉は、花の話でありながら、人生そのもののようだった。


 二人はルピナスの鉢植えを一つ買った。


 家へ帰ると、ベランダの日当たりのいい場所へ並べる。


「ここなら朝日も当たるね。」


「うん。」


「水は毎日?」


「店員さんは土を見てって言ってた。」


「じゃあ。」


 美月は笑う。


「二人で育てよう。」


 悠真も笑った。


「二人で。」


 その夜、夕食を終えたあと、二人はアルバムを広げた。


 学生時代の写真。


 旅行の写真。


 初めて一緒に撮った写真。


 プロポーズの日の写真。


「このとき。」


 美月が笑う。


「私、泣きすぎ。」


「うん。」


「目が真っ赤。」


「でも。」


 悠真は写真を見つめる。


「すごく綺麗。」


 美月は照れて笑った。


 ページをめくる。


 まだ空白のページがたくさんあった。


「ねぇ。」


 美月が指を止める。


「この先。」


「いっぱい増えるかな。」


 悠真は静かに頷いた。


「増やそう。」


「喧嘩した日も。」


「仲直りした日も。」


「何でもない日も。」


「全部。」


 アルバムは、幸せな日だけを残すものではない。


 泣いた日も。


 迷った日も。


 支え合った日も。


 全部が思い出になる。


 だからこそ、価値がある。


 美月はそっとアルバムを閉じた。


「思い出って。」


「増えるんだね。」


「うん。」


「消えないだけじゃなくて。」


「今日も増える。」


 悠真は微笑んだ。


 その言葉を聞いた瞬間、陽菜との思い出も、美月との思い出も、どちらも同じ心の中にあることを自然に受け入れられた気がした。


 どちらかを消す必要はない。


 新しい思い出が増えることで、古い思い出が薄れるわけでもない。


 大切なものは、大切なまま残り続ける。


 数日後。


 二人は結婚式場へ向かった。


 担当プランナーが笑顔で迎える。


「いよいよ準備ですね。」


 美月は少し照れながら頷いた。


 会場を歩く。


 チャペル。


 披露宴会場。


 庭園。


 白いバージンロード。


 陽の光がステンドグラスを通して床へ落ちていた。


「きれい。」


 美月が小さく呟く。


 悠真はその横顔を見つめた。


 あの日。


 未来が怖いと言っていた自分。


 幸せになる資格なんてないと思っていた美月。


 そんな二人が今、ここへ立っている。


 奇跡みたいだった。


「悠真。」


「うん。」


「ありがとう。」


「何が?」


「ここまで。」


 悠真は首を横へ振る。


「一人じゃ来られなかった。」


「俺も。」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 帰り道、夕焼けが街を赤く染めていた。


 美月が立ち止まり、空を見上げる。


「今日も終わるね。」


「うん。」


「でも。」


 悠真は続ける。


「また明日が来る。」


 その言葉に、美月は静かに微笑んだ。


 昔なら、「また明日」は怖い言葉だった。


 失うかもしれない未来だった。


 でも今は違う。


 明日が来る保証はない。


 だからこそ。


 今日を大切にしたい。


 その積み重ねが未来になる。


 二人は手を繋いだまま歩き出す。


 空には一番星が輝いていた。


 過去は消えない。


 傷も、涙も、後悔も。


 でも、それらはもう二人を縛る鎖ではなかった。


 大切な人を想う気持ち。


 生きてきた証。


 そして前へ進む勇気。


 それらすべてが「思い出」という名前になり、二人の心を静かに支えていた。


 思い出は消えない。


 だから、人は前へ進める。


 そう信じられるようになった二人は、夕暮れの道をゆっくりと歩き続けた。


 その先に待つ、新しい人生へ向かって。

第8ページでは、悠真と美月が「過去を忘れる」のではなく、「思い出を抱えたまま生きる」という答えにたどり着きました。


陽菜への感謝、美月の幼い頃の傷、二人が流した涙──そのすべてが、今では未来を支える大切な思い出になっています。


思い出は、人を過去へ縛るものではなく、今日を大切に生きる力にもなります。


次の第9ページ「今日を生きる約束」では、結婚式の準備、家族へのあいさつ、新しい暮らしを通して、二人が「未来を約束する」のではなく、「今日を大切に生きる」と誓う姿が描かれます。


物語はいよいよ、感動のフィナーレへ向かいます。

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