第9話「焼却機工――点火!!」
「ぐっ……うあぁっ……!」
「な、なんなんッスか、この音っ!」
「頭が、痛い……っ」
「ノア!? 一体何が……――!?」
ノアだけじゃない。
ロイにバルトール、グレン隊長やセリス副隊長までもが一様に頭を押さえて苦しんでいる。
原因は、この耳触りの悪い歌声にあった。
「歌声に魔力が込められてる! あの瘴樹、まさか魔法が使えるの!?」
瘴樹が魔法を使うだなんて、そんな話は聞いたことがなかった。
魔素と魔力は似て非なるものだ。魔力を持たないはずの瘴樹には、魔法を使えるはずがない。
そもそも、瘴樹に魔法を使うだけの知能なんてあるのかしら?
わからない……けど、あの瘴樹には何か特別な秘密があるのかも――。
「――って、今は考察してる場合じゃないわね。急いであの歌声を止めないと……!」
いくら私に魔法の耐性があるとはいえ、この歌声を聞き続けるのは多分マズい。
実際、少しずつだけど体が重くなってきているような気がする。
ほとんど呪詛のような歌声は、間違いなくあのエルフの口から発せられている。
つまり、あの首を斬り落としてしまえば、この歌声も止まる……はずだ。
「もしダメだったとしても、全部燃やしてしまえば済む話よ!」
「ラァアアアア――!」
走り出した瞬間、歌の音量がさらに増した。
声は空気を揺らし、魔力を伝達する媒介となる。
強烈な音圧が降り注ぎ、その場から動くことができなくなった。
「か、体が重いっ……! 足が、上がらない……!」
このままじゃ奴に近寄るどころか、押し潰されて動けなくなる。
早くあいつの口を塞がないと……!
「ミレイ、ア……さんっ! ここは、俺にまかせて……ほしいッス……!」
「だ、ダメよバルトール、そんな状態じゃ――!?」
瘴樹の太い根が地面を這ってしゅるりと伸びる。
根はバルトールの足に絡みついて、その体を安々と持ち上げた。
そして、バルトールのことをまるでゴミを投げ捨てるみたいに、遥か彼方へと投げ飛ばした。
「おわぁああああぁあああああああ!?」
「バルトール!?」
投げ飛ばされたバルトールは、バラッツ王国の高い外壁さえも飛び越えて、あっという間に見えなくなった。
安否不明どころか、どこに落ちたのかさえわからない。
ただ、無事では済まないだろうということだけは、ちゃんと理解できた。
「よくもバルトールを……っ! ――焼却機工、出力最大ッ!!」
焼却器が駆動して、蒼い炎を吐き出した。
炎が刃に帯びたあと、さらに天高く伸びていく。
刀身より何倍も長くて巨大な炎の剣が完成した。
体が重くて動けない?
だから何よ。
……近寄れないなら、ここから斬ればいいだけよ!
「最大火力の炎熱の刃、防げるものなら防いでみなさい! ――《蒼炎の太刀》!!」
振り下ろした焼却器に連動して、蒼炎の刃が閃いた。
蒼白い尾を引く斬撃は、大気を焼き焦がし瘴樹の体を斬り裂いた。
「……え? この手応えって……」
そういうことだったのね……。
草原に蒼い火の粉が舞い散る。
視界を埋め尽くす黒煙が晴れたとき、思わずため息をこぼしてしまった。
首を狙ったはずの一刀は、ほんのわずかにズレていた。
「声で炎を受け流したのね……。瘴樹のくせに、随分と器用じゃない」
「ラッ、ラァ……――!」
肩からお腹までをバッサリと斬られた瘴樹が、呻くように喉を震わせた。
エルフの体からは、緑色の体液がとめどなくあふれ出ている。
「もう少し私に剣の腕があれば、太刀筋を修正することもできたんでしょうけど……ま、とりあえず厄介な歌は止まったからよしとしましょうか。――みんな、調子はどう?」
「あぁ……まだ少し体は重いが、槍は握れる。戦闘に支障はない」
「私もどうにか……っとと!」
「あらら、ノアちゃん大丈夫? キツイなら休んでてもいいのよ?」
「いえいえっ、ご心配なく! これくらいでへこたれていては、第六小隊の名折れですから……! ミリィ先輩、今度は私もお手伝いします!」
「頼りにしてるわ。でも危なくなったらすぐに下がって。いいわね?」
「はい!」
「お前たち、のんびりしてる暇はないぞ。奴がまた歌い出す前に仕留める! 全員、ありったけを振り絞れ!!」
「「「「了解!!」」」」
グレン隊長から細かい指示は一切なくて。
ただ各々がやるべきことをやるために動き出した。
私とロイがほぼ同時に駆け出したタイミングで、前方にセリス副隊長が躍り出た。
「お姉さんが道を作るわ。ミレイアちゃん、ロイくん、しっかり付いてきてね!」
「はい!」
「お願いします!」
「――ァアア……ッ」
瘴樹が大きく口を開けた。
再び歌い出すつもりだ。
「そうはさせません! 焼却機工――点火! 飛っべぇえええーーー!!」
弓型の焼却器から炎の矢が放たれる。
ぴゅん、という風切音が通り過ぎたあと、魔炎を灯した矢が瘴樹の左半身を吹き飛ばした。
「ギャァアアアアアッ――!?」
「ナイスよノア! あとで膝枕してあげる!」
「ほ、ホントですか!? きゃあー! お風呂に入って準備しなくちゃ!」
瘴樹の下半身……大木の幹から無数のツルが伸びてくる。
うねうねと動き回るせいで、剣で斬ろうにもなかなか狙いが定まらない。
だというのに――、
「よーし、今度はお姉さんの出番ね!」
セリス副隊長は二本の短剣を顔の前で構えると、すべてのツルを一息でなます切りにしていた。
他を寄せ付けない神速の剣は、間近で見ると驚嘆の一言に尽きる。
使用している焼却器は、短剣型で、しかも二刀流。
圧倒的な速度で次々と繰り出される斬撃は、私の目でも追いきれない。
上へ下へと切先が翻り、鮮やかな弧を描く。
その美しくも苛烈な剣舞には、思わず見惚れざるを得なかった。
「たまにはカッコイイところも見せないと――でしょう、グレン?」
「お前に言われるまでもない。焼却機工――点火ッ!!」
グレン隊長が叫び声をあげ、斧型の焼却機を振りかぶった。
巨大な刃が回転し、蒼い火花を散らした。
「喰い千切れ――《噴炎の竜》!!」
焼却器で地面を砕くと蒼い溶岩のしぶきが勢いよく吹き上がった。
大地の裂け目から魔炎の竜が姿を現し、瘴樹の体に食らいついた。
メキメキッ――と固い樹皮を噛み砕く音が響く。
実体を伴わない炎の牙が、瘴樹の体を内側から焼き崩す。
「ラァ、アアア……ッ!」
瘴樹はかすれた声で痛みに悶える。
ここまでやっても焼却するにはまだ足りない。
だったら……!
「ロイ、あれをやるわ!」
「あれが何かは知らんが、いつでもこい!」
巨大な瘴樹を焼却するには、それだけ大きな火力が必要になる。
みんなの力を借りて、それでもまだ足りないというのなら。
私とロイ……ふたつの焼却器をかけ合わせて、魔炎の火力を最大以上に引き上げる!
「やぁあああああああああああ!!」
「うぉおおおおおおおおおおお!!」
剣と槍、二本の焼却器が瘴樹の体に突き刺さった。
その瞬間、焼却器に組み込まれたタリスマンが一際大きく輝いた。
残っていた魔力を全部使って、魔炎の火力を限界を超えて引き上げる!
「「燃えろおおおおおおおおおおおおおおおおおお――!!」」
「ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!?」
歌声は断末魔に取って代わり、炭化した瘴樹の体はぼろぼろと崩れ落ちた。
草原に落ちた残り火が、夜風にあおられて揺れている。
「……いい火加減だったわね」
「黒焦げで食えたもんじゃないがな」
「ぷっ、ふふ……! たしかにそうね……あはは……!」
まさかロイの口からそんな冗談が返ってくるとは思わなかった。
私が笑うと、つられてロイも笑い出す。
そしてひとしきり笑ったあと、焼却器をかつんと打ち合わせた。
「お疲れさま。いい動きだったわよ」
「そっちこそ。相変わらず無茶苦茶だった」
「何よそれ、褒めてるつもり?」
「お前にはお似合いの褒め言葉だろ?」
「どこがよ」
もう、たまには素直になればいいのに……。
黒ずんだタリスマンに月明かりが反射して、きらりと光り輝いた。
かくして、バラッツ王国防衛戦は静かに幕を下ろしたのだった。




