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最終話「あなたは一体、どんな風に燃えるのかしら」

夜が終わり、朝がおとれるまでの狭間はざま時刻じこく


バラッツ王国からほど近い森の中、闇夜にひそんでいた人影が慌てた様子でひた走る。

まるで住処すみかを追われた獣のように、一目散に逃げている。

黒いマントが木の枝に引っかかるたび、まわしそうに舌打ちをした。

それでも彼女は走るのをやめようとはしない。

きっと追跡者ついせきしゃから逃げ延びるまでは、死んでも足を止めないと思う。


だから、私は――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「なっ……!?」

「――そこまでよ」


周囲を取り囲むあおいい炎が、逃亡者とうぼうしゃの行く手をさえぎっている。

普通の人間であれば燃え移る心配のない魔炎まえんを前にして、彼女は足を止めざるを得なかった。

なぜか?

決まってる。

()()()()()()()()()()()()()


「道案内ご苦労さま、ネーヴェ。あとでおやつ食べさせてあげるわね」

「ニャ~♪」

「さて、そろそろ観念かんねんしたらどうかしら。瘴樹しょうきを操ってバラッツ王国を襲った首謀者しゅぼうしゃさん。あぁ、それともちゃんと名前で呼んであげましょうか。ねえ――グリューネ・ナトゥア」

「……………………」


 彼女は無言で振り返った。

 エルフにしては珍しい黒髪の隙間(すきま)から、暗い山吹色やまぶきいろの瞳で私のことを強くにらみつけた。


 グリューネ・ナトゥアといえば、エルフの界隈(かいわい)では悪い意味で有名だ。

 人間の(いとな)みを悪だと断じ、文明の発展を否定し、異種族との関わりをすべて拒否しようとしていたらしい。

 これが単なる個人の主張で(とど)まっていたのなら、誰も彼女を迫害(はくがい)するような真似はしなかっただろう。

 だけど……彼女はある日突然、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ――あるべきものをあるべきカタチに。

 ――すべてを灰に()すことでしか、自然への贖罪しょくざいたされない。


 そんな戯言ざれごとのたまって。

 もちろん、そんな彼女の暴挙ぼうきょを他のエルフたちが許すはずもなく――。

 グリューネ・ナトゥアは、永久えいきゅうにエルフの森から追放された。


 ……はずなのに、まさかこんなところで会うなんてね。


「……いつ気づいた?」


 彼女の第一声は、とてもシンプルな質問からだった。


「おかしいと思ったのは、街中の瘴樹(しょうき)が普通の炎で燃えているのを見たとき。誰かが意図的に瘴樹を誘導して火をつけたとしか思えなかった。バラッツ王国の焼却師たちもかなり驚いた様子だったし」


 瘴樹に侵入されたのではなく、何らかの方法で瘴樹を街中に招き入れたあとで、瘴樹に火をつけて街中に放った……そう考えれば辻褄(つじつま)が合う。

 なにより彼女はエルフだ。

 魔法を使えば、そのくらいのことは造作もないはず。


確信かくしんしたのは、瘴樹しょうきと一体化したエルフをったとき。あれ、魔力で作ったハリボテでしょ。魔法を遠隔えんかくで発動するためにはそのほうが都合が良かったのよね?」

「…………っ」

「そもそもの話、瘴樹がひとつの目標に向かって集団で行動すること自体ありえないのよ。誰かが裏で糸を引いていない限りはね」


 グリューネは目に見えて動揺した。

 犯人はお前だと言わんばかりに、焼却器しょうきゃくきの切先を突きつける。


「他にもいくつか理由はあるけど……面倒だし、答え合わせはこれくらいでいいわよね? ――そろそろ大人しく死んでちょうだい」

「ま、待て! 貴様の話は単なる推論すいろんでしかない! 私が犯人だという証拠しょうこはどこにもないはずだ!」

「はあ? あきれた……あなたの魔力を辿たどってここまで追って来たっていうのに、まだそんな言い訳をするつもり?」

「ぐっ……ならば動機どうきは!? 私があの王国を襲う理由はなんだ!?」

「知らないわよそんなこと。第一それを知ったところであなたを殺すことに変わりはないわ」


 即答そくとうする。

 だって本当に興味がない。

 どうせ焼却師団しょうきゃくしだんの活動を邪魔じゃまするためとか、タリスマンをうばって魔法に利用するつもりだったとか、そういうくだらない目的だろう。

 ……まあでも、このまま殺してハイ終わりっていうのも、たしかにおもしろくない。

 仕方ないから、少しだけ時間をかせがれてあげるとしますか。


「あなたの体、魔素まそ汚染おせんされているんでしょ? そのマントも身を隠すためじゃなくて、変色した肌の色を隠すため。そりゃそうよね。緑色の肌をしたエルフなんて、人目についたら迫害はくがいどころか処分しょぶんされかねないもの」

「き、貴様っ……私を侮辱するつもりか!」

瘴樹しょうきあやつる方法は、魔素を媒介ばいかいに魔力を飛ばして命令を出してるとか、多分そんな感じじゃないかしら。洗脳魔法せんのうまほうの応用か、もしくは植物操作しょくぶつそうさの魔法でも代用だいようができるかもしれないわね……」

「!? な、なぜそんなことまで――」

「わかるのかって? そりゃわかるわよ。だって――()()()()()()()()()()()()()()()()

「……………………は?」


 意味がわからない、とでも言いたげな表情のままグリューネは固まった。


「何をそんなに驚いているの? あなたにできるんだから、私にもできて当然でしょ?」

「ふ、ふざけるなッ!! あれは肉体を魔素にむしばまれた私だけが使える特別な力だ! 貴様のようなただのエルフにできるわけが……」

「うるさい」


ザシュッ――。

逃げられないように、焼却器でグリューネの左足の太ももを焼き斬った。

肉のげるにおいが鼻をつく。


「はっ――ぎゃあぁあああぁあああああああぁああああ!!!?」

「何が特別な力よ。こんなもの、魔素に触れたことのあるエルフなら誰にだってできるわよ。まあ、私は肌が緑色になるのが嫌だからやらないけど」

「ふ、触れただけで……だと? そ、そんなバカな話があってたまるかッ! 魔素は魔力と違って、構造も性質も何もかもが異質なエネルギーだ! 触れた程度であれの本質を理解できるわけが……」

「はい。――これで満足?」

「――――――――」


 グリューネは絶句ぜっくした。

 私の手のひらには魔素をはらんだ黒い風が渦を巻いている。

 そよ風程度の何の役にも立たない代物(しろもの)だけれど、彼女を黙らせるには十分だったらしい。

 数秒の沈黙ちんもくのあと、グリューネはこれまでよりもさらに声を荒げて怒りをあらわにした。


「なぜだ……!」

「はい?」

「なぜ貴様は人間の味方をする! なぜ焼却師しょうきゃくしなどやっている! 貴様ほどのエルフが、なぜ……!!」

「好きだからよ」

「……何?」


 特別な理由なんてない。

 この感情を説明はできない。

 ただ私は、自分でもどうしようもないくらい――


「――瘴樹しょうきを燃やすのが好き。いさましく燃え盛る、あのあおい炎のきらめきが好き。だから私は焼却師になったの」

「……し、正気か? そんなことのために森を捨てて、人間どもに(くみ)しているというのか!?」

「そうよ。悪い? ていうか、あなたにだけは言われたくないわよ。永久追放までされたくせに」

「私はあるべき自然を取り戻そうとしているだけだ! それに、瘴樹はこの世界の自浄作用(じじょうさよう)によって生まれた存在で、この世界の命の均衡(きんこう)(たも)つために必要不可欠な……」

「はい、時間切れ――」


 どすっ。

 焼却器(しょうきゃくき)の切先をグリューネの胸に突き刺した。


「がはっ……!」


 血を吐いたグリューネの心臓に、ぼうっと蒼白い火が(とも)る。

 その火はやがて、彼女の体の中を駆け巡り、熱を(うば)って燃え上がった。


「あ、あぁああ熱い、あついィ……! 体がっ、アツいィいいい!?」


 魔炎は、魔素と魔力に反応してよく燃える。

 そして今、グリューネの体には魔素と魔力……その両方が共存している珍しい状態だ。

 私は、地面をのたうち回る彼女に対して微笑みながらささやいた。


「あなたは一体、どんな風に燃えるのかしら」

「ぐぅうッ……うあぁあああああァアアアア……!!」


 グリューネは助けを求めるように手を伸ばした。

 けれど、その手が掴めるものは何もなく。

 自らの命が燃え尽きるその時まで、彼女は孤独のまま死んでいった。


「うーん、これはこれで悪くないけど、やっぱり瘴樹(しょうき)を燃やしたときの炎がいちばんね」

「ニャニャッ。ニャー!」

「はいはい、わかってるわよ。みんなに黙って抜けてきちゃったからうまい言い訳を考えておかないと……。瘴樹の残りを片付けてきたとかで大丈夫かしら。あー、でもそれだとバルトールがまた文句言い出しそう。まったく、なんであの高さから投げ飛ばされたくせに左腕を骨折しただけで済んでるのよ、あいつは。いくらなんでも頑丈(がんじょう)すぎない?」

「……ニャー」

「ん? どうして本当のことを話さないのかって? ……いいのよ、こんなことみんなは知らなくて。ただちょっとめんどくさい思想に染まったエルフがいたってだけの話なんだから。それに……」

「ニャー……?」

「……なんでもないわ。――さあ、帰りましょうネーヴェ。きっと今頃ロイが腹を立てて待ってるわ。ネーヴェも一緒に怒られてちょうだいね」

「ニャニャッ!? ンニャー!」


 なんでわたしまで!? と、驚いたネーヴェが抗議(こうぎ)した。


「残念でした。私に協力した時点であなたも立派な共犯者なのよ」


 私は爪を立てるネーヴェをなだめながら、その場から足早に立ち去った。

 焼け焦げた地面からは、小さな芽が顔を出していた。

これにて完結です。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

よろしければ感想や評価などいただければ幸いです。

それでは、また次回作でお会いしましょう。

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