第7話「ガチで燃えてるじゃないッスか!?」
バラッツ王国は領内にいくつかの鉱山を保有しており、そのどれもがタリスマンの採掘地として有名だ。
アルバリンド公国とも盛んに交易が行われており、私たち焼却師団にとって非常に身近な国である。
――そんなバラッツ王国が、突如として押し寄せた大量の瘴樹を相手に必死の抵抗を試みていた。
「うっひゃー、マジですんごい数ッスね! あれ全部瘴樹ッスか!?」
手網を握るロイの後ろでバルトールが驚いた……いや、楽しそうに叫んだ。
飛竜に乗ってバラッツ王国へと急行した焼却師団第六小隊は、上空から地上の様子をうかがっている。
暗くていまいちわかりにくいが、地上を蠢くあの黒い影の集団は、どこからか現れた瘴樹の群れで間違いない。
パッと見ただけでも百体以上はいる。
これだけ大規模な瘴樹の発生は前例がない。
瘴樹が森から出てくるだけでも珍しいのに、一体何があったのかしら……。
「はっ、ちょっ、え!? マジッスかあれ!? ガチで燃えてるじゃないッスか!?」
「あれ、もしかして魔炎じゃなくて普通の火? バラッツ王国って瘴樹の対処法を知らないんですか?」
呆れ気味に言うノアに、ロイは真顔で首を振った。
「そんなはずはない。バラッツ王国にだって焼却師はいるはずだ。きっと何か事情があったんだろう」
「それで余計に被害が増えてりゃ世話ないですって」
――瘴樹に普通の火はご法度。
子どもでも知ってる常識だ。
その理由は単純にして明快。
二次災害を引き起こすからだ。
「あーあー……。もうほとんど地獄絵図ッスよ、これ」
バラッツ王国は周囲を高い壁に囲われている。
その内側では、すでにあちこちで火の手が上がりはじめていた。
火柱となった瘴樹が数体、街の中を走り回っているからだ。
瘴樹を普通の火で焼こうとした場合、全身が完全に焼け落ちるまでおよそ三~五分ほどかかる。
その間、奴らは当たり前のように走り回り、あらゆるものに火が燃え移る。
これが本当に酷いというか、悪夢としか言いようがない。
だったらバラバラに切り刻んで薪にでもしてやればいい――と思う人もいるだろう。
でも残念ながら、それも悪手だ。
活動中の瘴樹を無闇に損壊させてしまうと、魔素が体から漏れ出てしまう。
漏れた魔素は草木を汚染し、新たな瘴樹を生み出してしまう危険性がある。
実際そのせいで森ごと焼き払うしかなくなってしまった事例が過去にあった。
そこで、焼却器の登場だ。
魔炎であれば、魔素を燃やして分解・焼却することができるため、瘴樹の駆除が驚くほど楽に済む。
加えて、魔炎には魔素や魔力以外には燃え移りにくいという性質もある。
おかげで二次火災に怯える必要はほとんどない。
至れり尽くせりというか、都合が良すぎるというか……。
焼却器が開発される以前は、さぞかし大変だったことでしょう。
「隊長、どうしますか?」
「作戦に変更はない。俺たちは先行している第三、第四小隊の連中と分散して、城壁の外にいる瘴樹の大群を片付ける。とにかく数を減らすぞ」
「侵入を許してしまった瘴樹への対処はどうするんですか?」
「そっちは第二と第七小隊にまかせちゃって大丈夫よ。私たちは私たちで、思いっきり暴れちゃいましょ♪」
「わ、わかりました……!」
「降下したらすぐに焼却器に火を入れろ。長期戦になる。タリスマンの魔力残量には常に注意しておけ」
「了解!」
「そんじゃ、一番手はいただきッス!」
「なっ、おい待てバルトール!」
まだ高度を下げている途中にも関わらず、バルトールは生身で飛竜の背中から飛び降りた。
「そぉおおりゃああああッス!!」
拳を地面に叩きつけながら草原のド真ん中に着地。
魔炎と土煙が舞い上がり、周囲の瘴樹をまとめて吹き飛ばした。
バルトールの両手には、籠手型の焼却器が装着されている。
戦いの間、焼却器は拳を覆うように変形し、魔炎を纏って瘴樹を殴り飛ばすことができる。
機動力・打撃力に優れる反面、極めてリーチが短い。
固い樹皮に覆われている瘴樹に対しても有効打になりにくいのだが、バルトールの身体能力があれば、それらは誤差の範疇でしかなかった。
……殴った瘴樹が内側から弾け飛ぶなんて、もはやパンチと呼んでいいのかわからなくなるわ。
ひとまずバルトールのおかげで悠々と着陸することができたので、ねぎらいの言葉を送ってあげることにする。
「露払いご苦労さま。血の気が多いのはいいけど、私の獲物まで取らないでよ」
「いくらミレイアさんの頼みでも、それは約束できかねるッス!」
「なら、早いもの勝ちってことで文句ないわね?」
「お、いつもの勝負ッスね? ふふん――今日こそ俺が勝たせてもらうッスよ!」
私の背後に接近していた瘴樹をバルトールが右の拳で殴り飛ばした。
べつに気づいていなかったわけでもないのに、恩着せがましくこっちを見るんじゃないわよ。
グレン隊長が巨大な斧を抱えながらため息をこぼした。
「はしゃぐなバカどもが。獲物ならいくらでもいる。取り合う前にやることをやれ」
「ラジャーッス!」
「それじゃあ取りこぼした敵はよろしく、ロイ」
「俺はお前の小間使いじゃないんだが……。まあ、お前は好きに暴れればいいさ。頼れる後輩もいることだしな」
「はい! 私がバッチリ援護するので、ミリィ先輩は思う存分やっちゃってください!」
「ふふ、ありがとノア。それじゃあ――お言葉に甘えるとしましょうか!」
言いながら、前方の瘴樹を斬り捨てる。
蒼い炎が舞い散るたびに、私の気分も舞い上がっていく。
さあ、より美しく、より激しく燃え上がりなさい――。
「みんなまとめて、きれいに焼いてあげるから!」
それからは、激しい戦闘が続いた。
次から次へと襲いかかってくる瘴樹を六本の焼却器が蹴散らしていく。
私は瘴樹の群れの中を縦横無尽に駆け回り、手当たり次第に焼却器を振るった。
斬って、刺して、貫いて。
焼いて、燃やして、灰にする。
バチバチバチッ――と、瘴樹の焼ける心地いい音があちこちから聞こえてくる。
あぁ、本当に……いつまででも聞いていたくなる。
「さすがミリィ先輩! 私も負けていられません……!」
ノアの構える弓型の焼却器から矢が放たれた。
矢じりには魔炎が灯っていて、瘴樹に命中すると激しく燃え上がった。
ノアは背負っている矢筒から素早く次の矢をつがえると、連続で瘴樹を射抜いていく。
「お見事。また腕を上げたみたいね」
「えへへ、これでも第六小隊のひとりなので! 私の目が黒いうちは、ミリィ先輩には指一本触れさせません!」
「頼もしい限りだわ」
そうこうしているうちに、瘴樹の数もかなり減ってきた。
はじめは森をまるごと相手にしてるような感覚だったけれど、今は雑木林くらいに思えた。
「……この例えはさすがにわかりにくいかしらね……」
「何か言ったか?」
「いいえ、何も。だいぶ数が減ってきたなと思っただけよ」
「そうッスね。ミレイアさんはさっきので何体目ッスか?」
「五十体くらいじゃないかしら? 数が多すぎて段々数えるのが面倒になってきたわ」
「俺もッス」
「うそつけ。お前はいつも適当だろうが」
「そ、そんなことないッスよロイさん! 俺だって途中まではちゃんと数えてたんスから!」
「途中までじゃ意味ないだろ」
「ぐふうっ! いや、それはそうッスけど……!」
「はいはいふたりともそこまで。――そろそろ本命のご登場みたいよ」
瘴樹の群れの中に、ひときわ異彩を放つ瘴樹がいた。
巨人のような大きな体に、頭には赤い花が咲いている。
アマリリスだ。
私が焼却したあの瘴樹が、今度は三体咲き誇っていた――。




