第4話「工房の床は冷たくて気持ちがいいんです。」
焼却師団の敷地内には、大きな工房が建っている。
工房では主に焼却器の整備と開発が行われていて、空に向かって伸びる煙突からはいつも黒い煙を吐き出している。
入る前からじっとりとした熱気を感じつつ、私は入口の取っ手に手をかけた。
「ノアー、焼却器のメンテナンスはどう……って、またここで寝ちゃってる……」
私とロイが工房に足を踏み入れると、第六小隊の専属整備士、ノア・シュミールが床の上で大切な金槌を抱いたまま眠っていた。
くるりと丸くなって寝ている様は、まるで冬眠中の小動物みたい。
「ノア……起きてノア。こんなとこで寝たら風邪ひくわよ」
「んあ……? あー、ミリィせんぱぁい……おはよーございましゅー……」
「はい、おはよう。また徹夜したの? 体に悪いからやめなさいっていつも言ってるのに」
「ふわぁ~……。えへへ、焼却器をいじってるとつい時間を忘れちゃって。それに、工房の床は冷たくて気持ちがいいんですよー……って、あれ? いま何時ですか!? もしかしなくても朝ですよね!? 私どんだけ寝ちゃってました!?」
「安心しろ、もう昼前だ」
「全然安心できませんけど!? うぅ、思いっきり寝坊しちゃった……って、ロイ先輩!? どうしてロイ先輩までここに!? わ、私の寝顔を見ていいのはミリィ先輩だけなんですからねっ!」
「公衆の面前で寝顔を晒しておいてよくそんなことが言えるな。まったく、お前の徹夜グセいつものことだが、適度に休め。せめて食事はちゃんと取れ」
そう言って、ロイは持っていた荷物を手渡した。
「わっ、これ差し入れですか!? ありがとうございます! ロイ先輩ってホントまめですよねぇ。気が利くっていうか、周りのことをよく見てるっていうか」
「そ、そんなことはない。これくらい普通だ。同じ隊の人間として、お前に体調を崩されると俺たちが困る」
「あ、照れてる」
「照れてなどいない!」
「それよりノア、焼却器の整備はもう済んでる?」
「あ、はい! ちょっと待っててくださいねぇ――」
ノアはパッと起き上がると、後ろの作業台に置かれていた私の焼却器を持ってきてくれた。
「ミリィ先輩のご要望通り、焼却機工の出力を調整しておきました。タリスマンも質がいいものに交換しておいたので、前より二段階は魔炎の火力を上げられます」
「本当に? 自分で言っておいてなんだけど、こんなに早く改善してくれるとは思ってなかったから嬉しいわ」
「ふっふーん、これでも『神匠』とまで言われたおじいちゃんの孫ですから。あ、でも使い方には注意してください。出力を上げ続けると排熱が追いつかなくてオーバーヒートしちゃうので。使うのはここぞという時だけでお願いします」
「了解。他には何かあるかしら」
「えーっと、重心の位置を少しだけ手元のほうに下げました。以前よりは軽く振れると思います」
「重心を……。ちょっと試しに振ってみてもいいかしら」
「どうぞどうぞ。周りには気をつけてくださいね」
「わかってる」
工房の真ん中で焼却器を構え、振り下ろす。
刃が空を切った瞬間、ピタリと焼却器を静止させる。
確かにノアの言うとおり、いつもより振り回される感覚がない。
焼却器の重さがそのまま手元に収まって、次のアクションに移りやすい。
まるで焼却器が手足の一部になったみたい。
「いい感じよ。私の好みにピッタリ」
「当然です。ミリィ先輩を想って仕上げた一品ですから。焼却機工の出力調整に関しては、実際に使ってみて慣れてください。先輩なら問題ないはずです」
「わかったわ。――ねえノア、今度の休みに美味しいスイーツでも食べに行きましょうか」
「ホントですか!? ミリィ先輩からお誘いいただけるなんてっ……絶対行きます! たとえ当直任務だろうとなんだろうと、このノア・シュミール、必ずや馳せ参じてみせます!!」
「おい、そろそろ俺の焼却器も出してほしいんだが」
「あ、ロイ先輩まだいたんですね。はいはい、ロイ先輩のはこちらですどうぞー」
「扱いに差がありすぎるだろ!?」
ロイは自分の焼却器を受け取ると、隅々までその状態をチェックする。
「焼き付いていた排熱口まで清掃してくれているとは、いつもながら丁寧な仕事だ。感謝する、ノア」
「どういたしまして。ロイ先輩のことは苦手ですけど、自分の焼却器を大切にしているところは、ちゃんとリスペクトしてますから」
「そうか。いい整備士に巡り合えてアグニスも喜んでいることだろう」
「もしそうなら、私もすごく嬉しいです。いつか焼却機と話ができるようになったらいいんですけどねぇ」
「そうだな。俺もいつかアグニスの声を聞いてみたいものだ」
長槍型の焼却器をなでながらニヤニヤと笑うふたり。
焼却器に名前を付けたりとか、友人のように話しかけたりとか……正直、私にはよくわからない感覚だ。
でも、無理に理解する必要はない。
ただそういう人もいるんだって、受け入れるだけでいい。
……価値観の違いなんてものは、生きていればいくらでもあることよ。
「アグニスの焼却機工は安定性重視で調整しておきました。ロイ先輩は無茶な使い方をしがちなので、万が一にも故障して暴発したりしないようにという、私なりの優しさです」
「了解した。戦い方の選択肢が増えそうだ」
「いや、ちゃんと槍として使ってくださいね?」
「そのつもりだが?」
真顔でそう答えたロイに、ノアは小さくため息をこぼした。
「そ、そういうことですからふたりとも、くれぐれも無茶だけはしないでくださいね。焼却機が壊れたら私が完璧に直しますけど、ふたりが無事で帰ってこないと意味ないですから」
「大丈夫よ。私、殺されても死なないから」
「そういうセリフは俺たちじゃなくて、バルトールの奴に聞かせてやってくれ」
「あの人は無茶をするのが仕事というか、好き好んで危険に首を突っ込んで行く人なので……」
酷い言い草だが、そのとおりなので否定できない。
「……ところで、そっちの白猫が例の猫ちゃんですか……?」
「ええ、そうよ。ネーヴェっていうの。ほら、あいさつしてあげて」
「ニャーン」
「きゃあああー! か・わ・い・い~~~♡」
ノアはしゃがむどころかその場にごろんと寝っ転がって、おそるおそる手を伸ばす。
ビックリしたネーヴェがその手にポンと手を乗せると、ノアは嬉しそうに破顔した。
……うーん、さすがにこの有様をよその小隊には見せられないわね……。
「時間だ。仕事に戻るぞ」
「またねノア。ちゃんと部屋に帰って寝なさいよ」
「はい! いってらっしゃいませ! ネーヴェちゃんもまたね~!」
「ニャ~」
手を振るノアに見送られながら、私たちは工房をあとにした。




