第3話「焼却師団はアットホームな職場です」
「……で、その時助けたのがその猫だと」
「はい」
「ニャーン」
――ヴァイスハイトの森での任務から二日後。
アルバリンド公国に帰還した私とロイを待っていたのは、グレン隊長からのお説教だった。
独断専行は控えろ、単独での瘴樹との戦闘は避けろ、報告はもっと密にしろ……等々。
湯水のようにあふれ出るお言葉の数々を、ロイは真面目に、私は不真面目に聞き流した。
グレン隊長の話は長いというか、ねちっこい。重箱の隅をつつくように過去の失敗を掘り起こしつつ、的確に痛いところをついてくる。
私たちを心配して言ってくれているのはわかるのだが、こう同じことを何度も言われれば誰だって嫌気が差すもので。
唯一の救いは、隊長の隣に立つセリス副隊長が「がんばって~♪」と微笑みながら励ましてくれたことだけだった。
……助けてはくれなかったけれど。
小一時間ほど経って、ようやく説教が終わったかと思えば、今度は説明を求められた。
隊長の机の上でお行儀よく座っている、この白い猫について――。
「この子はケット・シーという妖精です。膨大な魔力を持っていて、私たちの言葉を理解できるだけの高い知能があります」
「……そうなのか?」
「ニャッ」
隊長の問いに対し、彼女は小さく鳴いて前足をあげた。
そして二本のシッポで『◯』を作ってみせた。
そのとおり――とでも言いたいのだろう。
「ふむ……尾が二本ある以外は、ただの白い猫にしか見えんがなぁ」
「ちなみにですが、この子のことはネーヴェと呼んであげてください」
「それがお名前なの?」
「はい、私が名付けました」
「ニャン」
ネーヴェが誇らしそうに頷く。
頭が良くて、愛嬌もある。本当に賢い子ね。
セリス副隊長が「ネーヴェちゃんはいい子ね~♪」と、ネーヴェの体をなで回す。
その様子を、グレン隊長が横目でじーっと見つめていた。
「隊長もなでますか?」
「……いや、俺はいい。――ひとまずネーヴェのことはお前にまかせる。あとで正式に保護対象として申請しておけ」
「え、いいんですか?」
「まさかあの森に帰すワケにもいかんだろう。お前に懐いてるようだし、助けたからにはちゃんと面倒を見てやれ」
「――了解。お気遣い感謝します」
「礼はいらん。ネーヴェもいいな? 仕事の邪魔はするんじゃないぞ」
「ニャー!」
「わかった――って、言ってるみたいです」
「ハッハッハ、俺にもそう聞こえたよ。――さてと、それじゃあここからが本題だ。例の新種の瘴樹、アマリリスについてなんだが……」
「何かわかりましたか?」
食い気味なロイの質問に対して、グレン隊長は肩を竦めて苦笑した。
「いいや、さっぱりだ。ミレイアとの戦闘の痕跡以外、アマリリスに関する新しい情報は特に得られなかった。ミレイアの報告にあった赤い花がないかも探させはしたが、それらしい花はどこにもなかったそうだ」
「そうですか……」
魔素に汚染された花がアマリリスになったのだとしたら、汚染される前の花が必ずどこかに咲いていたはず。
まさかあの広い森の中でたった一輪しか咲いていなかった、なんてことはないと思う。
だとしたらアマリリスは一体どこからやって来たのか。
……謎は深まるばかり、ね。
「まったく……ネーヴェといいアマリリスといい、今回の件はイレギュラーなことが多すぎる。とりあえずアマリリスのことは焼却師団全体で共有する。またいつ同じ個体が現れるとも限らんからな。お前たちも常に気を張ってろとは言わんが、頭の片隅にぐらいは置いておけ」
「はっ」
「それからミレイア。お前の実力は俺もよく知っているが、あまりひとりで無茶はするな。少なくとも、お前の背中を守ってくれるヤツに迷惑をかけるんじゃねえ。わかったな?」
「……了解」
「大丈夫よミレイアちゃん。何かあれば私がサポートしてあげるから。グレンだって、本心ではふたりのことをすっごく心配してるんだから。あまり深く考えすぎないでね」
「はい……って、え?」
「おいセリス! 余計なこと言うんじゃねえ!」
「だって本当のことじゃない。昨日だって、報告書に目を通しながら『なんだ、やればできるじゃねえか……』って、嬉しそうに呟いて――」
「だぁあああッ! やめろやめろ!! それ以上余計なこと口走りやがったら減給処分だからな!?」
「え~、それってパワハラじゃない? 隊長がそんなことしていいのかしらー?」
「ぐっ……好き放題言いやがって……! 大体お前は昔っからなあ……!」
と、ふたりは毎度おなじみの痴話喧嘩……もとい、口喧嘩をはじめてしまった。
グレン隊長とセリス副隊長は、同じ村の出身の幼なじみだ。
昔から頑固で不器用だったグレン隊長を、セリス副隊長が陰ながら支えてあげていたんだとか。
まさか同じ時期に入団して、同じ隊に配属されるなんて……と、以前セリス副隊長が嬉々として話してくれたことを思い出した。
……なるほど。これがいわゆる、腐れ縁ってやつなのね。
エルフの自分には、ついぞ縁のない言葉だ。
「とにかくだ! お前たちは仲間を頼るってことを覚えろ。いいな?」
「なるべく善処します」
「肝に銘じます」
「よし、わかったら二人ともさっさと仕事に戻れ。あと焼却器の受け取りも忘れるなよ」
「はっ。それでは、失礼します」
「ネーヴェ、おいで」
「ニャー」
敬礼してから、私たちは隊長室を後にした。
扉を閉めてすぐ、
「……悪かったな」
と、ロイが謝罪の言葉を口にした。
「どうしてロイが謝るのよ。悪いのは全部ひとりでやろうとした私。でしょ?」
「それは俺が足手まといだからだろう?」
「そんなことは――」
ない、と言おうとしたのに、ロイはくるりと背を向けてしまった。
「……すまん、お前を責めているわけじゃないんだ。今の話は忘れてくれ。――焼却器を取りに行くんだろう。早く行くぞ」
そう言って、ロイは何事もなかったかのように歩き出した。
私はその背中をすぐに追いかけることができなかった。
その場に足を止めたまま、ロイの後ろ姿をにらみつけて、聞こえないように呟いた。
「……お人好し」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ、何も――。背が高くて羨ましいなって思っただけ」
「何だそれ……」
小走りにロイに追いついて、その隣を同じ速度で歩こうとした。
すると、ロイは自然と歩く速さを緩め、私の歩幅に合わせてくれた。
思わずロイの顔をまじまじと見つめてしまう。
……こういうところがずるいのよね……。
「お前だってエルフにしては背が高いほうだろう」
「エルフにしては、ね。……はぁ、もっと体を鍛えようかしら。腹筋をバキバキにして、両腕もムッキムキにするの」
「いいんじゃないか? 筋トレするなら今度いいメニューを教えてやるぞ」
「……本気にしないでちょうだい……」
冗談通じないんだから……。
私が呆れてため息をこぼすと、ロイは真顔で首を傾げたのだった。




