第2話「アマリリス」
ロイはエレンの体を抱きかかえると、もと来た道を引き返した。
その背中を守るように、花の瘴樹に切っ先を向けた。
「それにしても、花の瘴樹ってのも変な呼び方よね。……仮にだけど、〝アマリリス〟って名前はどうかしら」
「*********!」
了承か、それとも拒絶か。
どちらにしても、言語化不能な叫び声にいちいち耳を貸す必要はない。
「べつにいいわよ。私は好きに呼ぶし、報告書にも好きに書くから。花だろうがなんだろうが、斬って燃やせば同じですってね――!」
跳ぶように地面を蹴って前に出る。
まずはとにかく、アマリリスの懐に潜り込まなきゃ。
あの大きさだ。接近してしまえばこっちのもの。
アマリリスは近寄ってくる外敵に対して無数のおしべで迎撃した。
ムチのようにブンブンと振り回されるおしべを、足を止めずに斬り捨てる。
おしべの動きも斬った手応えも、何もかもが気色悪い……!
「やぁあああああ!」
「*********!」
人間でいうちょうど脇腹のあたりを撫で斬ると、束になった茎が裂けて、中から黒い液体がこぼれ落ちた。
「攻め手は緩めない。このまま一気に押し切る……!」
庭木を剪定するみたいに、アマリリスの手足をザックザックと切り刻んだ。
本体から切り離された枝や茎が、魔炎によって焼却される。
その様子が、いつもの瘴樹のときとは明らかに違った。
鮮烈で華蓮な美しい蒼炎が、煌々と燃えては消えていく。
まるで夜にだけ咲く花みたい――。
「あぁ、とってもきれいだわ……! もっと見たい。もっと見せて。あなたの全部を――私が燃やし尽くしてあげるから!」
焼却器の魔炎がさらに勢いよく燃え上がった。
すると、アマリリスは切断された枝の先から謎の液体を噴射した。
水……?
「――いや違う!?」
鼻を突く異臭に嫌な予感がして、その場から全力で飛び退いた。
足元に生えていた草や落ち葉が、液体をかぶってぐずぐずに溶けてしまっている。
「溶解液……傷を負ったときの奥の手ってところかしら。凶悪だけど、当たらなければどうってことは……って、え?」
その時、突然アマリリスの花弁の内側から、ポンっというかわいらしい音と共にいくつもの種子が射出された。
視界を埋め尽くすほどの大量の種子が、風に運ばれる綿毛のように落ちてきて――。
一斉に爆発した。
「なっ――がはっ!?」
連鎖する爆発。
爆発の衝撃で私の体は吹き飛ばされ、近くの木に背中を強く打ち付けた。
受け身を取ることはできなかった。
「痛ったぁ……。種子が爆発するなんて、さすがに予想外……」
ひとつひとつが小さいとはいえ、数が数だ。
耐熱性の隊服を着ていなければ、今頃全身が焼けただれていた。
……油断した。アマリリスのことを見くびってた。
ほとんどの瘴樹は、植物としての機能を用いた攻撃手段しか持ち合わせない。
枝とかツタとか葉っぱとか、誰もが想像できる範疇だった。
でも花であるアマリリスにとっては、種子も攻撃手段のひとつなんだ。
もしかしたら、あの種子から新たな瘴樹が育つなんてこともあるかもしれない。
「ふふ、 考えただけでゾッとするわ。植物なら植物らしく、大人しく地面に生えてなさいよ……!」
私は何も考えていないフリをして、再び真正面から突撃した。
さっきの出来事を繰り返すように、アマリリスが種子をばら撒く。
私の行く手を遮るように、大量の爆弾が降り注ぐ。
回避は不能。――回り込んでいる時間はない。
防御も不能。――そもそも焼却器では防げない。
だったら……全部まとめて、吹き飛ばす!
「――《突風よ、疾走れ》!」
焼却器に魔力を流し、風魔法を頭上に向けて撃ち出した。
逆巻く魔炎が大気を孕み、小さな嵐を巻き起こす。
風に乗った種子たちが、流されるままに飛んでいく。
そして、母であるアマリリスのすぐそばで爆発した。
「*********!?」
自爆したアマリリスが悲鳴のような雑音を響かせる。
排出されてから一定時間で爆発するという読みは、どうやら正解だったみたい。
自分の攻撃手段が逆手に取られるなんてこと、アマリリスは想定していないでしょうね。
ボロボロになったアマリリスが、頭から蜜を滴らせた。
私にはそれが、口から血を吐いているようにしか見えなかった。
「楽しいピクニックはこれでおしまい。土に還って眠りなさい! ――はああああああッ!」
振り下ろした焼却器の刃が、アマリリスの垂れ下がった頭を根本から刎ね飛ばした。
「***、******……!」
頭を失ったアマリリスの巨体を魔炎が包み込んだ。
メラメラと。
ギラギラと。
気高く燃える蒼い炎が、夜空に届きそうなくらい燃え上がる。
「なんてきれいなのかしら……」
同じ焼却師の人間にはとてもじゃないが聞かせられないセリフをつぶやいて。
煌々と燃える蒼い炎を見つめながら、甘い吐息を漏らした。
――さて、と。
「アマリリスの焼却も終わったことだし、私も戻ってあの子の無事を確認しようかしら――」
結局、ロイは間に合わなかった。
まあ、私が負けるはずがないし、その心意気が嬉しかったからあとでお礼くらいは言ってあげよう。
そういえば、ノアは今回バルトールと一緒なんだったっけ。
ノアがあの熱血バカに振り回されてないか心配だわ。
「あっ、服に穴が開いちゃってる……。セリスに言って、また新しいのを支給してもらわないと……」
などと独り言を口にしながら歩き出そうとした時――。
「ミャー……」
「え?」
何か、か細い鳴き声のようなものが聞こえた気がした。
……気のせい?
「ニャー……」
いいや、気のせいなんかじゃない……!
「……こっちね!」
疲労も忘れて、無我夢中で駆け出した。
早く、早く、早く……!
弱々しい気配を探りながら、全速力で森の中を疾走する。
アマリリスが通ってきた道を辿ることで、ついにその場所を発見した。
「はぁ、はぁ……っ。何よこれ……黒い、泥?」
そこにあったのは真っ黒な泥沼。
底が見えず、生気もしない。
見ているだけで鳥肌が立つ。
おそらくは、魔素が溜まってできたもの。
「そうか、ここがこの森の『根源』なのね……」
『根源』とは、この世界に開いた底なしの穴。
穴からは生命を蝕む毒……魔素があふれ出て、瘴樹を生み出すきっかけになっている。
これまでいくつもの『根源』を焼いて塞いできたけれど、こんな風に魔素が溜まっているのは見たことがない。
そして、信じられないことがもうひとつ――。
「あれは……!?」
泥沼の中心に、一匹の黒猫が横たわっていた。
息も絶え絶えで、今にも沈んでしまいそう。
二本のしっぽが助けを求めるように左右に揺れた。
「ミィー……ミィー……」
「待ってて、いま助けてあげるから!」
私は、命の次に大切な焼却器を放り捨て、泥沼の中に足を踏み入れた。
べっとりとした気持ちの悪い感触が、太ももの辺りにまでのぼってくる。
大丈夫。どうってことない。
ただちょっと、めまいと吐き気がするだけ。
このくらいなら、問題ないっ……!
重たい足を持ち上げて、一歩ずつ黒猫に近づいていく。
――なぜ、焼却師になどなってしまった……!
「……っ!?」
その時、頭の中で忌まわしい声が蘇った。
魔素による精神の汚染か……!
記憶の奥底に沈めていたものが浮き上がってくる。
――里が燃えたのは貴様のせいだ!
――炎を見て笑う悪魔め……!
――お前さえいなければ、皆、平和に暮らせていたはずだったのに!
うるさい。責任を私にだけ押し付けるな。
魔法を使う代償なんて、みんなわかってたことでしょうが。
――エルフのくせに焼却師になりたいだァ? 笑わせんな。
――お前らのせいで瘴樹が増え続けてるんじゃねえのか。
――他人の痛みがわかんないようなやつに、人助けなんてできんのかよ。
うるさい。私の道は私が決める。
生まれや種族で決められる生き方なんてクソ食らえだ。
魔炎が好きで何が悪い?
私がエルフで誰が困る?
この長すぎる命が少しでも誰かの役に立つのなら、私は――。
目の前にある小さな命を――私は絶対に諦めないッ!!
「もう、少し……! あと……ちょっと……!」
最後の力を振り絞り、黒猫に向かって手を伸ばす。
わずかに届いた指先が、黒猫の体を汚泥の中からすくい上げた。
やった、などと喜んでいる暇はない。
高濃度の魔素を浴び続けた黒猫の体は、すでに衰弱しきっていた。
「ミィー……」
私の腕の中で、猫が小さく鳴いた。
諦めたような悲しい声。
もういいよ、と言われているみたいで……なんだか無性に腹が立った。
「ダメよ、生きることを諦めないで……!」
黒猫の体をそっと抱きしめる。
冷たい体を温めるように。
弱々しい胸の鼓動を起こすように。
私の魔力を直接この子に注ぎ込む。
「大丈夫。あなたは私が助けるから――」
黒猫の体に、蒼い炎が灯った。
熱くはない。
むしろほんのり温かくて心地いいくらい。
蒼い炎は、黒猫の体から少しずつ魔素を取り除いていく。
まるで汚れが洗い流されるみたいに、毛並みが本来の色を取り戻す。
こぼれ落ちた炎のカケラが、泥沼の表面に燃え広がる。
水面に落ちた魔炎は魔素を焼き硬め、元凶である『根源』の穴を塞いだ。
黒に染まっていた猫が本来の姿を取り戻す。
雪原のように真っ白な毛をぶるりと震わせて、
「ミャー!」
と、元気よく鳴いた。
「お礼を言ってるの? ふふ、きれいになってよかったわね」
なでてあげると、ゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らした。
すりすりと私の体に頭をこすりつける仕草が愛らしい。
「ミレイア」
猫のかわいさに癒やされていると、後ろから聞き慣れた声が私の名前を呼んだ。
振り返ると、そこにはロイが立っていた。
ロイは肩で息をしていて、額からは汗が滴り落ちている。
……急いで駆けつけてくれたのね。
なのに、彼の表情は私の無事を喜んでいるものではなかった。
「ミレイア……お前、焼却器なしで魔炎を起こすことができるのか!?」
ロイは、ひどく驚いた顔でそう言った。
誤魔化せるような雰囲気じゃない。
何よりロイには嘘をつきたくなかった。
手元を見れば、白猫が首を傾げていた。
「ニャー?」
……まあ、仕方ないか。
観念した私は、いたずらっぽく人差し指を一本立てて、
「みんなにはナイショにしてね?」
と、いたずらっぽく笑うことにした。
続きは鋭意執筆中です。
ある程度書き終わったらまとめて投稿予定なので、
★や感想などよろしくお願いいたします!




