第1話「焼却師ミレイア」
――森が燃えている。
ある日突然、私の生まれ育った森は、私の帰る場所ではなくなった。
魔素に蝕まれた木々たちは、瘴樹と呼ばれるバケモノになった。
瘴樹は魔素を撒き散らし、森から命を奪っていく。
この森はもう、死んでいる。
魔素に侵された森を救う手段は存在しない。
森の外からやってきた人間たちが、多分、そんなことを言ったと思う。
――故郷の森が燃えている。
メラメラと。
ギラギラと。
蒼い炎が、森ごと瘴樹を焼き尽くす。
みんな帰る家を失って、愛する家族も失って。
泣いたり、怒ったり、途方に暮れたりしている。
けれど、私は――。
「……きれい」
あの蒼い炎の輝き――美しいと、そう思った。
◆◆◆
「ミレイア! 新手の瘴樹がそっちに行ったぞ!」
「了解……!」
あれから十二年が経った――ある日のこと。
アルバリンド公国の東……ヴァイスハイトの森の奥地で大量の瘴樹が発生したとの報せが公国に届けられた。
これを速やかに焼却すべく、私たち焼却師団第六小隊が派遣され、現地にて作戦行動を開始――。
遭遇した瘴樹を片っ端から焼き尽くしている最中だ。
「ギ、ギギッ……!」
大木が軋んだような唸り声が耳に届いた。
瘴樹は自身の根を足として、器用に走り回ることができる。
死角から現れたこの瘴樹も、足をバネのように弾ませながら一直線に向かってきている。
葉を揺らしながら全速力で走る木なんて、気味が悪いにもほどがある。
私は、握り締めた剣を正眼に構え――叫んだ。
「焼却機工、点火――!」
剣の鍔に埋め込まれた魔宝石が光を放つ。
構えた剣の刀身に蒼い炎がぼうっと宿り、荒々しく燃え上がった。
これが、瘴樹を焼き滅ぼすための武器――焼却器。
私たちの仕事道具だ。
「ギギッ、ギィイイィイ――!!」
瘴樹は両腕を伸ばすように、二本の太い枝を突き出した。
一直線に伸びるそれは、素早く突き出された槍のようで、だからこそ軌道が読みやすかった。
「ふっ――!」
鋭く尖った枝先が頬をかすめたが、問題はない。
所詮は瘴樹。
本能に従って動いているだけのバケモノに、私を捉えられるはずがない。
「はぁあああッ!」
横に振り抜いた焼却器が、瘴樹の幹を真っ二つに両断した。
魔炎と呼ばれる蒼い炎が燃え移り、瘴樹の体から魔素を食らい尽くしていく。
炎上した瘴樹は、やがて真っ白な灰となって崩れ落ちた。
「焼却完了――」
血を払うように剣を振り、纏った魔炎を消火する。
その間に、茶髪の青年が血相を変えて駆け寄ってきた。
同じ第六小隊の焼却師――ロイ・ロズワルドだ。
「無事かミレイア!?」
「私は平気。大した個体じゃなかったから。そっちはどう?」
「俺のことなら心配無用だ。誰かさんのお陰で、まともに戦ってすらいないからな」
「ふーん。サボってないでちゃんと仕事したら?」
そう言うと、突然ロイが怒り出した。
「お・ま・え・が! ひとりで勝手に突っ走った挙げ句、視界に入った瘴樹をすべて焼却していったからだろうが!!」
「だって、それが私の仕事だから」
「だとしてもだ! もっとこう、足並みを揃えて連携を取ったりだなあ……!」
そこまで言って、ロイは大きなため息をこぼした。
怒るだけ無駄だとわかったのか、眼鏡をスッと掛け直した。
これが彼なりの精神統一の仕方なのだと、最近になってようやくわかった。
ロイ・ロズワルドは、ロズワルド家の長男で、私の友人にして仕事仲間。
焼却師は二人一組での行動が基本であり、それは功績や失態も同じ。
相棒である私の手柄はロイの手柄でもあるはずなのに、私がひとりで瘴樹を片付けると、ロイはいつも不満そうな顔をする。
……何がそんなに不満なのか、私にはよくわからない。
「……とりあえずお前が無事ならそれでいい。ノアとバルトールは第四小隊の援護に向かったこと。俺たちもひとまず隊長たちと合流しよう。『根源』の捜索はその後で――」
「きゃああああああああああああ!!」
「!?」
その時、どこからか少女の悲鳴が聞こえてきた。
まだ逃げ遅れた人がいる……!
私はとっさにロイを見た。
すると、ロイの視線は迷いなく北東のほうを向いていた。
人並み外れた聴覚の持ち主であるロイには、今の悲鳴がどこから聞こえてきたのかがはっきりとわかっていた。
「ミレイア、悪いが合流は後回しだ。すぐ動けるか」
「問題ないわ。先行するから付いて来て!」
ロイの応答を待たず走り出す。
草木をかき分け、大岩を飛び越え、大木をぐるりと回り込む。
巨大なアスレチックのような森の中を全速力で疾走しながら、とにかく北東に向かって突き進んだ。
そして――、
「――いた!」
遠く、木々の隙間からわずかに見えた。
森の奥地にも関わらず月の光が差し込む広場のような空間に、さっきよりも巨大な瘴樹と、瘴樹のツルに縛られているエルフの少女がいた。
「いやぁ……だれか、たすけてっ……!」
「ギギギィイイイッ――!」
瘴樹は泣き叫ぶ少女の体をゆっくりと引き寄せている。
魔力を豊富に有しているエルフは、奴らにとってご馳走も同然。
その血と魔力を吸い尽くすまで、瘴樹は少女の体を弄ぶ。
いけない、このままじゃ間に合わない……!
「ロイ!」
「見えている! お前はそのまま突っ込め!」
その言葉に従って、私は地面を蹴って加速した。
ロイはその場で立ち止まると、手に持った長槍型の焼却器を構えた。
槍の穂先から魔炎が勢いよく燃え上がる。
ロイはこの距離から、あの瘴樹を撃ち落とすつもりでいる。
できるのかなんて、いちいち確認するまでもない。
ロイなら当てる。絶対に――!
「アグニスの槍よ、醜悪なる異形を焼き貫けッ――!」
一条の流星となった焼却器が、夜闇を切り裂いて飛翔した。
渾身の膂力で投擲された長槍は、障害物の存在しないわずかな隙間をかいくぐり、瘴樹の体をいともたやすく貫通した。
「ギィイイイッ……!?」
狙いは完璧。威力も十分。
さすがはロズワルド家の神童……と言ったところかしら。
穿たれた大穴は火で炙ったみたいに黒焦げで、瘴樹の体はボロボロと焼け崩れていく。
同時に、少女を拘束していたツルがしゅるりと解けた。
「え、あっ、きゃあああああ!?」
「よいしょ……っと」
落ちてくる少女の体を受け止める。
そしてお姫様抱っこしたまま、なるべく笑顔で話しかけた。
「もう大丈夫よ。怪我はない?」
「は、はい……。だ、大丈夫です……」
「そう、間に合ってよかった。よくがんばったわね」
「……お、お姉さんは、だれですか?」
「私はミレイア。見てのとおり、エルフの焼却師よ」
「し、焼却師……?」
首を傾げる女の子に、私は誤魔化すように微笑んだ。
この子が知らないのも無理はない。
焼却師の九割以上が人間で、エルフやドワーフなどの他種族は全体の一割にも満たない。
当然と言えば当然の話。
一体誰が好き好んで、同族が暮らす森を焼き払う職に就くというのか。
……まあ、そんな頭のおかしいエルフがここにひとりいるんだけどね。
あとから追いついてきたロイが、槍を回収して戻ってくる。
「よくやったミレイア。いつもこれくらい指示通りに動いてくれると助かるんだが……まあ、今日のところはよしとしよう」
「あっそ」
珍しく素直に褒めたかと思ったら……余計な一言が多いんだから。
「子どもに怪我はないな? 魔素による汚染は?」
「どっちもなし。縛られてたところが少し赤くなってるくらい」
「そうか。無事で何よりだ」
「あ、あの……。わたし、ひとりで立てますから……」
「あぁ、ごめんなさい。足元が悪いから気を付けて」
恥ずかしがる女の子を地面に立たせる。
彼女はロイを見て、何か言いかけてやめた。
遠慮しているのか、それとも上手く言葉にできないのか。
ロイは彼女の前に膝をつくと、いつもより三割くらい優しい口調で話しかけた。
「キミ、名前は?」
「……エレン……」
「よし、いいかエレン。これからキミを安全なところまで連れて行く。キミの家族が今どこにいるかわかるか?」
「わ、わかんない……。途中まで一緒だったんだけど、わたしだけみんなとはぐれちゃって……道もわかんなくなっちゃって……それで……っ!」
「そうか……よくひとりで頑張ったな」
ロイが頭をなでると、エレンはぽろぽろと涙をこぼした。
ほっとしたら涙腺が緩んじゃったのね。
本当に、無事でよかった。
「ミレイア、ひとまずこの子を拠点にまで連れて戻る。その後で、お前は隊長たちと合流してくれ」
「了解」
「あ、あの……お姉さん……わ、わたし……!」
エレンが何か言おうとした――その時。
バキバキバキィ……と、木々がなぎ倒されるような音が森の中に響き渡った。
私たちは、まったく同時に振り返り、その場から動くことができなくなった。
ドシン、ドシンと足音のような地響きを轟かせて、ソレは闇の中から近づいてくる。
ひっ……と、エレンが私の服の裾を掴んだ。
目をそらすことを許さない禍々しい気配。
恐怖と緊張に支配されて、手足が言うことを聞かなくなる。
「おい、ミレイア……俺たちは悪夢でも見ているのか?」
「あら、最近の悪夢は随分と迫力があるのね。知らなかったわ」
大木をなぎ倒して現れたのは、通常の瘴樹とは異なる何か――。
見た目の第一印象は、とにかく大きな赤い花。
全体像はほとんど巨人のそれだった。
頭には巨大な花弁があって、いくつものおしべがまるで触手のように蠢いている。両腕は枝葉で、両足は根っこ。体はいくつもの茎が束になって形成されているみたい。
全長はおおよそ五メートル。
花の香りと魔素が混ざり合ったような激臭は、思わず鼻を塞ぎたくなるほどに強烈で。
いや、そもそもの話――。
「花の瘴樹だなんて聞いたことがない……! これじゃあ瘴樹じゃなくて瘴花じゃないか!?」
ロイの言いたいことはよくわかる。
私も同じ気持ちではあったけれど、妙な納得感もあった。
樹木が瘴樹になるんだから、草や花だって瘴樹になってもおかしくない。同じ植物なのだから。
逆にどうしてこれまでそういった例がなかったのか、むしろそっちのほうが不思議なくらいだ。
……とはいえ、今はこの状況を切り抜けることが先決よね。
何も言わず、ふたりの前に出て焼却器を構える。
「ミレイア?」
「私が囮になるから、ロイはその子を連れて帰還して」
「ば、バカを言うな! あの瘴樹の力は未知数だ! いくらお前でも危険過ぎる!」
「エレンとあなたを守りながら戦うよりはマシよ。いいから――早く行って」
「……っ! ……わかった。彼女を送り届けたらすぐに戻る。それまで絶対に死ぬんじゃないぞ」
「えぇ、期待しないで待ってるわ」




