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拉致問題  作者: ゆるうる
Case 1:実験
6/21

絶望

その時。拘束台に残された自分の身体が痙攣していた。

指先が床を掻く。何かを探すように。

壊れた断面。砕けた神経。裂けた肉。

それらが勝手に動き出す。


「.........来た」

天城が目を細める。

手のひらで身体に触れ、囁く。


「命令を与える」

「——再構築(さいこうちく)せよ」


その瞬間。天城莱壽の目が青白く光る。

手腕楹咤の身体の周りに、細い、現実にはあり得ない魔法陣のようなものが発現した。

青白く光る。首の断面から白い筋が伸びた。


神経。

血管。

骨。

肉。


全てが糸みたいに絡まり合い、元の形を作り直していく。

まるで肉体や細胞がその形状を理解しているように。

輪郭が削ぎ落とされるように整っていく。


——ビリッ。


「おっと」

天城が再構築された肉体に触れようとした瞬間、白い火花が弾けた。

静電気のような軽い衝撃が指先を走る。


「……なんだ?」

モニターの数値が乱れる。

振り切れる。警告音。

『エネルギー値、測定不能』


数秒の沈黙。

そして。天城は笑った。


「ははっ、最高じゃん」

白々しい笑みを浮かべる。


「いいねぇ。能力エネルギーを研究して」

「未知のものに出会えた」

その未知への探究心が、研究者である天城莱壽の内側をさらに燃え上がらせる。


「壊すほど完成度が上がる」

「君、さいっこうに当たりだよ」

モニターを眺めながら、口元を歪めた。


「この警報音......妙ですね」

コツコツ、と靴音を立ててカナリヤードが拘束具の前に立った。


「この凡族のエネルギーが測定不能と判定されたことと関係があるのではないでしょうか」

「そうだよねぇ、リヤくんもそう思うよねぇ」

「左様です」


天城は拘束台の再構築された手腕楹咤を見る。

まるで新しい玩具(おもちゃ)を見つけた子供のように。

「もっと()()を使って色々見たい」

指を指し、好奇心に満ちた表情をしている。


「とりあえずリヤくんは周りの掃除でもしといてー、そろそろ彼起きるだろうからねぇ」

「承知いたしました」


その瞬間。

「うあああああああああああああああッ!!!」

「あっあっぁっあ......」


自分の首を触る。

ちゃんと繋がっている。感覚もある。

呼吸がある。理解できない。


「オェェェェェッッッ、、、」

吐く。


「うわああああなんでなんでぇっ、あああえええっ」

泣く。


「え、えへへへへ、あはは」

笑う。


「あああああああああああああああああああ」

壊れた。


白目を剥き、叫んでいる。手腕楹咤の精神はとっくに崩壊していた。

暴れているため、拘束具がガタガタと音を立てている。

その様子をカナリヤード・ロックルはじーっと見つめていた。


「はぁ、うるさいです凡族」

首筋に手を添える。


——ブォンッ!


「——ッ!」

空間が歪む。

その衝撃——

意識が落ちた。


意識を失った手腕楹咤を見下ろしながら、天城は満足そうに笑った。

「精神崩壊も正常反応だねぇ」


白衣のポケットに手を突っ込む。

「起きるまで監視お願いね、リヤくん」

「承知いたしました」


「ドリルと再構築で不死身の肉体になったのはわかったけど」

「また壊してみたいからねぇ」


カナリヤードは無言で頷いた。

天城は踵を返し、鼻歌混じりに部屋を出ていった。

実験場が静かになる。血の臭いが残る。

床に散らばった血液や嘔吐物を見下ろし、小さくため息をついた。


「汚いですね...」

嘔吐物や血液が散らばった場所にマーキングをし、指を鳴らす。

空間が歪む。

散乱していた血痕が一箇所に集まり、まとめて消えた。


数時間後。重い瞼がゆっくり開く。

知らない天井。消毒液の臭い。

反射的に首元に手をやる。

繋がっている。感触がある。鼓動もある。


「......ッ」

息が乱れる。


「起きましたか」

横を見る。椅子に座っていたカナリヤードが本を閉じた。


「......なんで」

喉が震える。


「なんで、、生きてる、、んや」

「あなたが死ななかったからです」

意味のない答えだった。


「......帰して」

「あなたがここに来てしまった時点で不可能です」

淡々と告げる。

「ここから先、あなたはキドナク帝国および研究所の管理対象になります」


ベッドから起き上がる。

足元がふらつく。

カナリヤードが支える。意外なほど優しく。

「歩けますか」


「......」

「一つ伝え忘れていました。あなたのお腹のナイフですが」


そう言われ、腹を見ると。

あの時刺さったナイフが固定されていた。コンクリートのように。

「ドクターによると再構築した結果」


「血管や細胞等があなたを今の形状で理解してしまったらしく、そのナイフはあなたが不死身でなくならない限り、取れることはありません」

「え.....は?」

再構築?形状?不死身?何を......?


「要するに、これから一生あなたはナイフがお腹に刺さっている状態で生きていくんです」

「あ、え.....」

今にも泣きそうになりながら、絶句した。


「また叫んだら気絶させますよ?」

「.........」


「それでは部屋までご案内します」

長い廊下を歩く。再びあの黒い扉が並ぶ。

悲鳴。叫び声。笑い声。

全部聞こえる。


カナリヤードが一つの扉の前に立った。

そこは日本人には馴染み深い洋風の扉。

鍵を開けると、

「どんな時も油断してはいけません」

「それでは、失礼します」


部屋はビジネスホテルくらいの大きさ。

血まみれの靴を脱ごうと一歩踏み出すと、


——イタッ


鋭い痛み。足裏に画鋲が刺さる。

思わず片足を上げた。

床を見る。玄関一面。無数の画鋲。


「.......は?」


静寂。痛み。

腹にはナイフ。

首には切断の記憶。

足裏には画鋲。

手腕楹咤は理解した。

ここには休息がない。

当たり前の日常すら、罠であることに。


膝をつく。目の前にはダンボールのようなもの。

そこにはエサ、と書かれている。

中を開けてみようとすると......


「うあああああああああああああああああ!!!!」


咄嗟にダンボールを手放し、子供のように泣き喚く。

なかには血まみれの人骨。その指には、手腕楹咤の学生手帳が握られていた。

体には、蜘蛛の糸も絡まっている。


「ああああああああああ!あああああ!」


そして突如、天井のスピーカーから音声が流れ始める。

『ルームサービスだよー』

「ああああああ!」

泣きながら、スピーカー部分を見る。


『また明日、実験しようねぇ〜』


この日、手腕楹咤は知った。

絶望とは、死ではなく終わらないことである、と。

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