実験
わいは兵士に連れられ、大きく黒い建造物のなかに入った。
黒い建造物の周りには電気を纏っている黒い風車、黄色い光を放っているタンクや電柱のようなものがあり、ここがただの建物ではないことがすぐわかった。
兵士が建物の入口で顔認証でスキャンをすると、AIが自動音声で告げる。
「テンハンドレッド・オッド・アルティメット様であることを確認致しました。どうぞお進みください」
「よし」
薄暗い灯が付いている道をまっすぐ進む。
ずっと体が痛い。
『実験長』という看板がある扉の前に立つと、ここで兵士に制止される。
「ドクター、失礼します」
「入っておいでー」
扉を開ける。
中には、さっきわいを暴行した茶髪メイドと白髪で白衣を着た若い男がいた。
「血まみれの日本人、もうたくさん見たから慣れちゃったねーリヤくん」
「そうですね」
「.........」
嘲笑うようにそう言った。
「それじゃあ、俺はここで失礼します」
「白髪少女の身柄が拘束されたとのことで応対してきます」
「おっけ、おつかれテンくん」
兵士が去る。
ドクターという白髪の男は、なぜかわいの財布と学生手帳を持っており、名前を確認した。
「手腕楹咤くん、ね」
「高2か〜、青春真っ盛りだねぇ」
「好きな子とかいる時期だぁ」
そして二人は、血まみれで腹にナイフが刺さったわいをじっと見ている。
「痛そうだねぇ」
「......別に」
「君、怒らないの?」
「怒ったら何か変わるんですか」
「凡族、ドクターにその口の聞き方はやめなさい」
この茶髪メイドに余計な一言を言うと何されるかわからないので、ひとまず黙っておくのが良いか。
「..........」
「まあいいや。自分が天城莱壽。この研究所の実験責任者。それでこっちが」
「カナリヤード・ロックルと申します。お見知り置きを」
このドクターは日本人なのか。
「それではご案内します」
カナリヤード・ロックルに連れられ、長い通路を歩く。
壁一面に並ぶ黒い扉。
その小窓の向こうには、ベッドに拘束された人間が見えた。
子供。老人。兵士。
共通しているのは、全員生気がない。目が死んでいるように見える。
「驚かないんですね」
「驚くことでs...なんやろか」
「関西弁を雑に入れるのはやめてください。不愉快です」
「...........」
外を経由し、別館のような場所に着いた。
その先に大きい扉。ここも顔認証になっている。
扉が開く。消毒液の臭い。
だが手術室というより、巨大な発電施設に近い気がする。
天井から何本もの白いケーブルが垂れ下がり、青い液体が流れるガラス管が脈動している。
机にはビーカーから小さく煙が上がっており、紫色の液体が見える。
中央には、人一人が固定できる銀色の台。
拘束具だけが、新品みたいに綺麗だった。
「では、ここに」
「もし逃げたらほんとに殺しちゃうかもしれません」
無表情のなかに静かな笑みが見えた気がした。
器具に体を預ける。ガッチリ拘束される。
その後、カナリヤードは扉を開け消えていった。
『じゃ、始めるねー』
どこからかドクターの声が聞こえた。
次の瞬間。
右腕と左足に太い注射針が突き刺さった。
「——っ!?」
赤黒い液体。ワクチン。
それが体内へ流し込まれていく。
熱い。
血が沸騰するみたいに熱い。
骨の中を針で掻き回されるみたいだった。
「や……め……!!」
『まだ一本目だよ』
カナリヤードは手腕楹咤をただただ目視している。
しばらくワクチンの投与が続き、これで5本目。
骨格が内側から押し広げられる。
筋肉が裂け、再生し、また裂ける。
皮膚の表面から黒い汗のようなものが噴き出した。
「はぁ......はぁ.........」
いや汗じゃない。皮膚の凹凸、体毛、角質、毛穴に至るまでありとあらゆる不純物が体に引っ込んでいく。
髪の根元が焼けるように熱い。
黒かった髪の一部が白く変色していく。
色素が死んでいる。いや違う。作り変えられている。
『適合者特有の色抜けか。綺麗だねぇ』
——うああああああああっ!
ドクターが言い終わった後、近くで誰かの叫び声が響いた。
「隣の被検体、停止しました」
「おっけー、次行こー」
軽いやり取りを終えると、手を叩き
『ふむふむ。ワクチンで身体そのものがキャパオーバーになることはないみたいだねー』
ドクターと同じ部屋で様子を監視しているカナリヤードが疑問を発する。
「ドクター。先の実験でもデータを送りましたがこの凡族は痛覚への耐性が比較的高く、逆に精神的な耐性...特に孤独への耐性が弱く感じます」
「そうだね。同じこと思ってた」
天城が笑った。
「久しぶりにあの貫くドリル、使ってみるか」
急に天井から機械音。
巨大なアームが降りてきた。
先端には巨大な螺旋状の刃。ドリルだった。
「……まって」
カナリヤードが遠隔で拘束具を強く締める。
『却下です』
ドリルが回転を始めた。
耳障りな高音。
次の瞬間。胸部に衝撃。
刃が肉を裂き、骨を砕き、そのまま腹、脚、床まで一直線に貫いた。
視界が白く弾ける。声も出ない。
痛覚だけが脳を焼いていた。
『おお、生きてる』
ドリルでの結果をドクターに報告する。
『首も試そうか』
一瞬機械が外れる。
直後。何かが首元を掴んだ。グリッと鈍い音。
視界が横倒しになる。
理解した時には遅かった。
自分の身体が、首から下だけ拘束台に残っていた。
「……ぁ」
「取れたね」
気づいたら天城が笑いながら目の前にいた。そのまま片手で頭を持ち上げる。
まるで果物でも持つみたいに。
「遊んできな」
ドクターはガラス窓の奥に顔をキックし、遠くの収監されている部屋に顔が投げ込まれる。
檻の奥にいた人間たちが、飢えた目でこちらを見る。
次の瞬間。床に叩きつけられる。
視界が凄まじく回転していく。
「ほら!こっちやゴミ!」
投げられる。
「これが本当の死体蹴りやでぇ!」
蹴られる。
「キャッチしてみろカス!」
掴まれる。
「こっち投げろボケナス!」
投げ返される。
「気持ち悪いボール」
目を細くし、汚物を見るような目で小さい少女が言った。
笑い声。
悲鳴。
全部聞こえる。
意識だけが切れない。
首を刎ねられているのに死ねない。
なんで。
なんで死ねない。




