案内
「失礼します」
その後いくつかの授業を受け、お昼になり、職員室を訪れていた。
ワンは職員用の椅子に座っている。
「......あぁ、改めて自己紹介をしておこう。俺がお前のクラスを持ってるワンハンドレッド・オッド・アルティメットだ」
アルティメット...?それにテンと同じ苗字。
「......あんた、もしかしてどこかで会ったことあるか」
この時、勘づいた。
ワンは手腕楹咤を帝国に連れ去った一人である。
「.......さぁな」
そっけなく返す。
軽く会話をし、さっき暴犬とやらがクラスに来たことを話した。
「......それはまぁ災難だったな」
「......暴犬、ガルム・バイオロー」
「2-3のリーダーだな」
「2年生は3クラスある。2-1、2-2、2-3」
「ここまでは普通の呼び名だ」
「だが一部の連中は、1組をエリート、2組をユージュアリー、3組をスクラップと呼ぶ」
「現にここの学長が率先して使ってる」
「終わってるだろ?」
「否定はしない、、な」
「......お前、本来なら経歴的に3組行きだ」
「日本でも平凡な場所にいたっぽいしな」
「だが、能技劇場の件で評価が跳ねた」
真剣な表情で自分を見る。
「この学校の1組は、だいたい生まれやセンスで決まる」
「皇族、貴族、英雄の家系、ドクターの研究機関直属」
「お前みたいな外様と、もう1人を除いてな」
「もう1人...自分と似たやつがいるのか」
初めて、他人に興味を持った瞬間だった。
カナリヤードにも、イグナにも多少気を配ってはいる。
だが、それは“守る”とか“放っておけない”に近い。
純粋に、「知りたい」と思ったのは初めてだった。
「......そいつ、どんなやつなんだ」
ワンは少しだけ口角を上げる。
「会えばわかる」
校舎の案内もできるしな、とワンは付け加えた。
* * * * * *
ワンに案内され、校舎を巡る。
「ここは日本でいうところの中高一貫校だ。学生の未熟者どもは寮で暮らしている」
ワンが指差す位置に巨大な寮がある。
近くにはこの国に見合わない大きな公園も見受けられる。
少し移動し、食堂に案内される。
「ここが学食だ。今はお昼ってのもあって多くの生徒で賑わっている」
あれ食べよー、〇〇さんはー?などの声が聞こえてくる。
注文や配膳は全て機械で行われているようで、テンポよく進んでいる。
「お前もなんか食べてきたらどうだ?」
「......いや、味がしないからな...」
カナリヤードが出す食事は多少摂取しているが、結局味がないので空腹だろうがどうでもよくなっている。
「......そうか」
ワンはそう返すと何も言わず、食堂を後にした。
しばらく歩き、別校舎に移る。
目の前に現れた扉を開ける。
そこには、体育館に観客席が付いたような巨大な場所。
天井は吹き抜けになっている。
「ここは全天候特化型スタジアムだ。能技劇場のとは別。学園専用のものだな」
「学年集会や特別な祭典、実技試験なんかで使われる」
スタジアムの真ん中で解説をしていると、すぐその場を後にした。
次はその横にあるエレベーターに乗るようで、ワンは最上階のボタンを押した。
カーン、という鐘のような音ともに、エレベーターが開く。
「......屋上は昼休憩と放課後のみ開放される」
屋上には人工的な芝生がついており、伸び伸びとしている生徒が見受けられる。
「いた、あいつ」
「そういえば席隣だったな」
いやあんたが案内したんだろ、と突っ込みたくなったがそれは良い。
黒い髪のボブに黒い瞳、灰色のベレー帽。
同じクラスの隣人である霧生知那は体育座りで座っていた。
周囲の生徒たちから、少しだけ距離を取るように。
「......あら、ワン先生に手腕くん」
彼女はこちらに振り向くと、座ったまま軽く会釈をした。
「午後の授業は単位あんま関係ないからサボって霧生と話しててもいいぞー」
「俺担当じゃないし」
そういうと、ワンはその場を後にした。
「はぁ、皇帝候補であろう人間があんな雑で良いのかしら...」
「で、用もないのに私のところに来たの?」
「いや......さっきタブレットの操作を教えてくれたのは助かった、礼をだな」
「なんだそんなこと......」
数秒だけ沈黙。
「......1つ聞いていいか」
「?」
「ワンが言ってた」
「自分と似たやつ」
霧生知那の目が少し細くなる。
「......あんたは何者なんだ?」
深く考えず、ストレートに聞いてみる。
「......それはこっちのセリフかしら」
「あなたは何者なの?」
「..........」
「先に聞いてきたのはあなたでしょう?」
「なら交換条件よ。あなたのことを教えなさい」
そういうと立ち上がり、制服の内側から小型ナイフを取り出した。
刃先だけをこちらに向ける。
目立ちたくない、とか言いながらこういうことをする度胸はあるのか。
「......わかった、急に聞いて悪かった」
芝生の上に立ち、太陽を見つめる。
「少し自分の話をしよう」
そういうと小型ナイフをしまい、体育座りに戻った。
話を聞く態度をとっている。
「......自分は、少し前までただの日本人だった」
「どこにでもいる、平凡な日本人」
じっと、手腕楹咤の目を見つめている。
「朝起きて」
「学校行って」
「帰って」
「本読んでゲームして寝る」
「そんな感じだった」
これが、自分の当たり前で平穏な世界。
「でも腹にナイフが刺さり」
「毎日違う機械に繋がれ」
「わからない能力に振り回され」
「......気づいたら、誰かが吹き飛んでた」
「......急に重くなったわね」
「ほら、自分は話した」
「......私がそんな雑な説明で納得できるとでも?」
こちらにむすっとした表情を浮かべている。
「......最初は」
「怖かった」
「でも、今は恐怖より未知のものに触れている」
「自分が何をしたくて、そもそも何なのか」
自分、という抽象的で曖昧な存在。
「......でも、そうやって悩めるのなら」
「まだあなたは人間っぽいわね」
その言葉が、カナリヤードの言葉と重なる。
『今のあなたは、まだ人間です。死なない人間』
『……は?』
『自分が何者かわからなくなったとき』
『それでも悩めるうちは、人間です』
悩めるうちは人間、か。
風が吹く。人工芝が揺れ、知那のベレー帽が少しだけ傾いた。
遠くでは、誰かの笑い声。
昼休みの喧騒が、屋上まで薄く届いている。
なのに、ここだけ妙に静かだった。
「......羨ましいわね」
霧生知那はぽつりと呟く。
「自分が何者か悩めるなんて」
「私は、そんなこと考えてる余裕なかったもの」
「........?」
彼女は膝を抱えたまま、校庭を見下ろしていた。
「私、元々はこの辺の人間じゃないの」
「研究所が建つ前の...」
「——貧民街の出身よ」




