生活
みるくがこちらに向かって手を振っているが、この際どうでも良い。
「席だが、霧生の隣が空いてるしそこで」
「......わかりました」
教師役であろう大柄の男。生徒という立場なので一応敬語を使っておく。
教室の形は日本の大学に似ている。席は正面から見てちょうど真ん中あたり。
段差に気をつけ、霧生という女子生徒の隣に座る。
「......あなた、能技劇場で黒い怪物を倒してた人?」
「......さぁ」
「とぼけないで。お腹のナイフ、白と黒のメッシュに左腕のリヒテンベルク図形...間違えるはずがないわ」
「編入前に髪を染めず、おまけに夏服であることを後悔するのね」
良い気分がしないが、正論ではある。
「......ごめんなさい。名前がまだだったわね」
「私は霧生知那。よろしくね、手腕くん」
黒髪のボブに、灰色のベレー帽を取り、容姿端麗な彼女は挨拶をした。
「あぁ!霧生さんの隣いいな〜」
「わたくしもそこが!」
何やら複数の男女が霧生さんの元に集まっている。
いわゆるクラスの人気者、というやつなのだろうか。
「やめてちょうだい。私は目立つのが嫌なの」
冷たく言い放った。
「この学年はぶどう様とちな様の二強ですのよ!」
いかにもお嬢様っぽい口調で話す女子生徒。
「遅剣様は相変わらずドライっすね。そこが萌えるのかな?」
気づいたら目の前に紫色のポニーテールに謎のマフラー。
見覚えがある。紫琶葡萄だ。
能技劇場で見た時とは別人に見える。
「......あら紫琶さん。萌える、なんて表現はやめてほしいのだけど」
「あとあなた、こんな時期になってもマフラーをつけてるの?馬鹿じゃないの?」
「......私のお気に入りのマフラーを馬鹿、とはいただけないっすね」
横で視線がぶつかり合っている。なんだこの光景は。
「おい、そこまで。全員集まったし授業やるぞー」
「ワン先生!今日は何するの〜」
「今日は新しい生徒が来たからな。原点に帰って、能力科の授業だ」
「「「おおぉぉ〜!!」」」
生徒たちの歓声が上がると、目の前の黒板らしきものに文字や図が表示される。
率直に言って発達している。
「位置エネルギーは高さ、運動エネルギーは速さ」
「じゃあ能力エネルギーは?」
「はいはい!」
たくさんの生徒が挙手をしている。小中高ときて、自分はこの手を挙げるのが苦手だったのを思い出す。
「じゃあクロウリー」
「その人らしさ、です!その人の核となる部分が能力エネルギーである、とパンドラ氏は定義しました!」
「......あぁ、そうだ」
ここであることを思い出した。
『位置エネルギーは高さ』
『運動エネルギーは速さ』
『じゃあ能力エネルギーは?』
『その人の存在、核だよ』
カナリヤードの過去を覗いてしまったとき...だったか。その時に天城莱壽が言っていた。
「その人の核となる部分、と言っても抽象的ではあるが」
「生きているだけでエネルギーが生まれる。青白い静電気のようなものはそれだ」
「このエネルギーがあれば、自身が持っている''能力''を扱える」
ワン、という教員が人差し指から青白い光を生み出す。
「だがスマホの充電がなくなるように、エネルギーは使いすぎるとなくなる。要するに枯渇する」
「このクラスには枯渇しないやつもいるらしいがな」
ワンは自分の目を見て少し微笑みを浮かべた。
「あと、エネルギーに関連する現象を語らなければな」
「——それは再構築だ」
「破壊の先に辿り着いた、限られる者しか扱えない代物だ」
またも、ワンは目を瞑りながらニヤっとした。
「再生や治癒など、回復とは異なる」
「肉体や記憶、無機物にも干渉し、名の通り元に戻るという形だな」
「定型文があるが、種類が多いから各自で確認してくれ」
「まあ全部扱える奴なんていないと思うがな」
「再構築を定義したのは、ヴァンパイア・フランケンシュタイン」
「知らない者はいないと思うが、200年前にパンドラが生み出した脅威的な存在」
「——吸血鬼だ」
吸血鬼か。到底この世に存在するとは思えないが...
「フランケンシュタインの影響で夜棺が生まれ、パンドラを崇拝するイカれた集団ができたというわけだな」
「まあこの話は俺自身も語りたいことがあるから今度な」
なるほど。エネルギーの謎は大体解けた気がする。
自分の青白いエネルギーは制御ができないんじゃなくて、枯渇しない。
いや、枯渇しないという表現は若干違うのかもしれない。無制限、か?
溢れる寸前まで水を注がれたコップのようで、ほんの少し揺らすと中身が零れ落ちる...みたいな感じか。
「......今日はここまでにするか。あとは自習」
「それと編入生。終わったら俺のとこまで来い」
そう言い終えると、ワンはこの場を後にした。
大方、学園の案内でもしてくれるのだろう。
「......ワン先生が自習を指示するとか、珍しいわね」
「そうっすね。あの人脳筋に見える割に配慮できる」
そんな会話をしている2人をよそめに、目の前のタブレットの使い方がわからずあたふたしていると。
「......手腕くん、タブレットの使い方教えてあげましょうか」
「......たのむ」
支給されているタブレットの使い方を優しく教えてもらい、自習の時間が終わった。
* * * * * *
——ガラッ。
授業終了の鐘と同時に、教室の扉が乱暴に開いた。
「あれ!あの人じゃない?」
「そうですよ!」
「え〜めちゃくちゃイケメンじゃぁぁん」
「お前か、能技劇場の化け物」
クラスのわいわいした空気が止まる。
廊下側。制服を崩した数人の生徒。
腕に謎の模様。異様な殺気。
霧生知那と紫琶葡萄が同時に小さくため息を吐く。
「……」
「こうも複数人でうちのクラスに来られると困るのだけど。暴犬さん?」
靴音を立てながら、霧生知那は彼らの前に立った。
「......そっちじゃなくてアドベンチャーの方にしてほしいもんだな」
「ま、お前は性格とビジュ良いから挑発も見逃してやる」
「俺が見にきたのは化け物の方だ、わかる?永遠の2番目さん?」
「......黙りなさい」
さっきの余裕そうな表情から一変し、顔が強張っている。
それをスルーし、自分の席の前にやってきた。
厳つい顔つき。首には首輪を模したタトゥー。目は紫色でカラコンをしている。
「……で?」
暴犬、と呼ばれていた男が笑う。
「実際どんくらい強いわけ?」
「……知らん」
「は?」
「自分でも、まだよくわからない」
一瞬だけ。教室の空気が静まる。
暴犬の目が細くなる。
「……そりゃ厄介だな」
「この学園は、優秀な家系やら、国への家族の貢献度やらクソみたいな値でクラスを分けてやがる」
「なのに、自分のことすらよくわかってなさそうなこいつがエリート扱いか......ウケるな」
失笑に近い笑みを浮かべている。
「じゃあズラかるか。いつか殺してやるよ」
そういうと、暴犬とそれを取り巻く複数人は出ていった。




