日常
編纂の攻撃を振り切り、手腕楹咤、カナリヤード・ロックル、イグナ・プレッシュの3名は帰宅した。
「少女にも手錠をかけるのは気が滅入りますが失礼します」
そう言い、カナリヤードは手錠をかけた。
しばらく歩き、『実験長』と書かれた部屋に入る。
「おかえり〜」
「死んでないね」
その死んだ目見ないと落ち着かなくなっちゃった、と天城莱壽は付け加えた。
「......帰宅途中で襲われたんだけどな」
「あ、もう始まったんだ」
「早いなぁ」
「......あんたにとっては他人事か」
すると天城は、ソファに置かれていた制服を投げる。
「来週から学校行ってね」
「「…………は?」」
手腕楹咤とカナリヤード・ロックルの両名はその場で固まった。
「青春しようよ」
「君、まだ高2でしょ?」
「個人的にはもっと研究所にいてほしいんだけどねぇ」
「娯楽も必要かな、ってね」
気持ち悪いウィンクを浮かべ、天城は微笑んだ。
* * * * * *
「.........学校......か」
部屋に向かいながら考える。
学校。懐かしい響き。いや、懐かしいと言えるほど時間は経ってないはずだが。
この研究所には時計があるが、なぜか全ての時計において日付が記録されていない。
そのため、自分が今何月何日を生きているのかがわからない。
「......お兄ちゃん、学校いくの?」
ずっと静観していたイグナが口を開く。
「......らしい」
制服を見ながら答える。
黒と白を基調としたブレザー。
妙に高そうな生地。
胸元には、見たことのない紋章。
「学校って」
「普通のところ?」
「.......さぁ」
普通。
その言葉が、この国には一番似合わない。
静寂が訪れる。
遠くでは、まだ研究所の機械音が響いている。
白い廊下。監視カメラ。薬品の臭い。
ここに来てから、
“普通”なんてものを見た覚えがなかった。
「お兄ちゃん、友達できるかな」
「........」
少しだけ考える。
白透看枸の顔が浮かぶ。
中学の頃。唯一いた話し相手。勇気を持って話しかけに行ったのを思い出す。
「できても怖いタイプしかいなさそう」
「?」
イグナは意味がわからなかったのか、小さく首を傾げた。
「お兄ちゃん、意外と似合ってる!」
イグナが着てみて!というので試着。白と黒が意外と似合ってるらしい。
''意外''と。いや、気にしてるわけではない。
研究所、というかこの部屋には鏡がないため、制服に着替えた自分を確認できない。
今自分はどうみられているのだろう。
「......自分が学校行ってる間、イグナはどうする」
「お兄ちゃんについてく......いきたいでしゅ」
ニコニコした後に急にか細い声になる。
表情を変えたつもりはないが、自分で間違えた発言をしたと思っているのだろうか。
「イグナ、あなたは私とお留守番です」
急に部屋の扉が開き、カナリヤード・ロックルがそう告げた。
「えぇ」
「でも安心してください。あなたは私が責任持ってお守りします」
「......絶対に、約束します」
カナリヤード・ロックルはいつになく真剣な顔つきで言った。
「ううん、ありがとメイドのお姉ちゃん!」
ニコッと笑った。その表情はこの国にいる少女とは到底思えない。
純粋な笑顔。
「......で、私がここに来たのはあなたに1つ質問するためです」
カナリヤードは手腕楹咤の方を振り向き、問いかけた。
「なんだ」
「あなたの......その力があれば、帝国を脱出することも容易いのでは?」
「..........」
「ドクターが急にあなたを学校に通わせるのも理解できませんが、あなたの考えも理解できません」
「......自分が何なのかわからない」
部屋の空気が少しだけ静かになる。
「日本に帰る方法も」
「今の自分が人間なのかも」
制服を見下ろす。
白と黒のブレザー。普通の高校生みたいな格好。
なのに。
数時間前、自分は黒い怪物を吹き飛ばしていた。
「今の自分を、日本に戻していいのかもわからん」
「…………」
「逃げたとしても、家族を殺される」
「正直時間が経って家族もどうでもよくなってきてる」
「だが、また普通に学校行って」
「普通に生きて」
「普通に笑えるのか?」
自分でも驚くくらい、冷静に言葉が出ていた。
「……できる気がしない」
カナリヤードは何も言わない。
「だから」
「少なくとも、自分が何なのか知り、それを理解するまでは」
「ここにいる、のかもしれない」
沈黙。
その後。
「……そうですか」
カナリヤードは小さく目を伏せた。
「では」
「今のあなたは、まだ人間です。死なない人間」
「……は?」
「自分が何者かわからなくなったとき」
「それでも悩めるうちは、人間です」
そう言い残し、カナリヤードはイグナの手を引いた。
そこから5日が経過した。5日間は複数の実験とイグナとの会話の繰り返し。
でもなぜか不思議と前ほどキツくは感じなかった。
実験が終わったら少女に痛みを話し、少女の痛みも自分に話してもらう。
互いにカウンセラーみたいなことをしているが、それで大抵のことはすーっとなくなる。
痛みでは表現仕切れない、何か。
「体の傷は消えるけど、心の傷は消えないって、ママが言ってた」
「......イグナも親がいたんだな」
「ママにはね、むのーりょくしゃ?えらーこたい?とか言われてポイってされちゃったけど」
「よくわかんない人に拾われた」
「お兄ちゃんが捨てられたら私が拾ってあげるからね!」
「.......そんな自信を持って言うことではない気がするが......いや、ありがとう......」
そんな複雑な感情を覚えつつ、いよいよ明日は帝国唯一の学校、『キドナク学園』の初日である。
* * * * * *
翌日。キドナク学園。
帝国唯一の教育機関にして、能力者育成の中心地。
想像していたよりも巨大だった。
場所は、西側区画・ヌーン。
西側は空港や港、鉄道などの物流を担う区域であり、カナリヤード曰く『海外向けに作られた表の顔』らしいが、それに相反するかのように設置されている。
「学校っていうより要塞.....だな」
高い外壁。監視ドローン。能力測定ゲート。
どう見ても高校とはかけ離れている。
「行ってらっしゃいませ」
研究所の車から降りると、
カナリヤードが静かに頭を下げる。
「......逃げないでくださいね」
「教師みたいなこと言うな」
そう返し、校門を見る。
——普通になれる気は、しなかった。
教室。
扉の前で数秒止まる。
中から騒がしい声。
笑い声。雑談。
全てが懐かしい。
なのに、もう自分のいた世界じゃない気がした。
「入れ」
教師の声。
扉を開ける。
一斉に視線が向いた。
能力者?
貴族?
色付きの髪?
異様な制服の改造。
自分が感じる“普通”の高校生なんて、一人もいない。
「今日から編入する手腕楹咤だ」
静寂。
「自己紹介を」
数秒だけ考える。
その瞬間。
一番後ろの席。
白い髪に黒い瞳。
白透看枸が、満面の笑みで手を振っていた。
「やっほー、えいくん」
「…………」
あぁ、終わった。




