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拉致問題  作者: ゆるうる
Case 3:学園
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日常

編纂の攻撃を振り切り、手腕楹咤、カナリヤード・ロックル、イグナ・プレッシュの3名は帰宅した。

「少女にも手錠をかけるのは気が滅入りますが失礼します」

そう言い、カナリヤードは手錠をかけた。

しばらく歩き、『実験長』と書かれた部屋に入る。


「おかえり〜」

「死んでないね」

その死んだ目見ないと落ち着かなくなっちゃった、と天城莱壽は付け加えた。

「......帰宅途中で襲われたんだけどな」


「あ、もう始まったんだ」

「早いなぁ」


「......あんたにとっては他人事か」

すると天城は、ソファに置かれていた制服を投げる。

「来週から学校行ってね」


「「…………は?」」

手腕楹咤とカナリヤード・ロックルの両名はその場で固まった。

「青春しようよ」

「君、まだ高2でしょ?」


「個人的にはもっと研究所にいてほしいんだけどねぇ」

「娯楽も必要かな、ってね」

気持ち悪いウィンクを浮かべ、天城は微笑んだ。


* * * * * *


「.........学校......か」

部屋に向かいながら考える。

学校。懐かしい響き。いや、懐かしいと言えるほど時間は経ってないはずだが。

この研究所には時計があるが、なぜか全ての時計において日付が記録されていない。

そのため、自分が今何月何日を生きているのかがわからない。


「......お兄ちゃん、学校いくの?」

ずっと静観していたイグナが口を開く。

「......らしい」

制服を見ながら答える。


黒と白を基調としたブレザー。

妙に高そうな生地。

胸元には、見たことのない紋章。


「学校って」

「普通のところ?」


「.......さぁ」

普通。

その言葉が、この国には一番似合わない。


静寂が訪れる。

遠くでは、まだ研究所の機械音が響いている。

白い廊下。監視カメラ。薬品の臭い。

ここに来てから、

“普通”なんてものを見た覚えがなかった。


「お兄ちゃん、友達できるかな」


「........」

少しだけ考える。

白透看枸(はくとう みるく)の顔が浮かぶ。

中学の頃。唯一いた話し相手。勇気を持って話しかけに行ったのを思い出す。


「できても怖いタイプしかいなさそう」


「?」

イグナは意味がわからなかったのか、小さく首を傾げた。


「お兄ちゃん、意外と似合ってる!」

イグナが着てみて!というので試着。白と黒が意外と似合ってるらしい。

''意外''と。いや、気にしてるわけではない。

研究所、というかこの部屋には鏡がないため、制服に着替えた自分を確認できない。

今自分はどうみられているのだろう。


「......自分が学校行ってる間、イグナはどうする」

「お兄ちゃんについてく......いきたいでしゅ」

ニコニコした後に急にか細い声になる。

表情を変えたつもりはないが、自分で間違えた発言をしたと思っているのだろうか。


「イグナ、あなたは私とお留守番です」

急に部屋の扉が開き、カナリヤード・ロックルがそう告げた。

「えぇ」


「でも安心してください。あなたは私が責任持ってお守りします」

「......絶対に、約束します」

カナリヤード・ロックルはいつになく真剣な顔つきで言った。


「ううん、ありがとメイドのお姉ちゃん!」

ニコッと笑った。その表情はこの国にいる少女とは到底思えない。

純粋な笑顔。


「......で、私がここに来たのはあなたに1つ質問するためです」

カナリヤードは手腕楹咤の方を振り向き、問いかけた。

「なんだ」


「あなたの......その力があれば、帝国を脱出することも容易いのでは?」

「..........」

「ドクターが急にあなたを学校に通わせるのも理解できませんが、あなたの考えも理解できません」


「......自分が何なのかわからない」

部屋の空気が少しだけ静かになる。

「日本に帰る方法も」

「今の自分が人間なのかも」


制服を見下ろす。

白と黒のブレザー。普通の高校生みたいな格好。

なのに。

数時間前、自分は黒い怪物を吹き飛ばしていた。


「今の自分を、日本に戻していいのかもわからん」

「…………」


「逃げたとしても、家族を殺される」

「正直時間が経って家族もどうでもよくなってきてる」


「だが、また普通に学校行って」

「普通に生きて」

「普通に笑えるのか?」

自分でも驚くくらい、冷静に言葉が出ていた。

「……できる気がしない」


カナリヤードは何も言わない。

「だから」

「少なくとも、自分が何なのか知り、それを理解するまでは」


「ここにいる、のかもしれない」


沈黙。

その後。


「……そうですか」

カナリヤードは小さく目を伏せた。

「では」

「今のあなたは、まだ人間です。死なない人間」


「……は?」


「自分が何者かわからなくなったとき」

「それでも悩めるうちは、人間です」

そう言い残し、カナリヤードはイグナの手を引いた。


そこから5日が経過した。5日間は複数の実験とイグナとの会話の繰り返し。

でもなぜか不思議と前ほどキツくは感じなかった。


実験が終わったら少女に痛みを話し、少女の痛みも自分に話してもらう。

互いにカウンセラーみたいなことをしているが、それで大抵のことはすーっとなくなる。

痛みでは表現仕切れない、何か。


「体の傷は消えるけど、心の傷は消えないって、ママが言ってた」

「......イグナも親がいたんだな」


「ママにはね、むのーりょくしゃ?えらーこたい?とか言われてポイってされちゃったけど」

「よくわかんない人に拾われた」


「お兄ちゃんが捨てられたら私が拾ってあげるからね!」

「.......そんな自信を持って言うことではない気がするが......いや、ありがとう......」

そんな複雑な感情を覚えつつ、いよいよ明日は帝国唯一の学校、『キドナク学園』の初日である。


* * * * * *


翌日。キドナク学園。

帝国唯一の教育機関にして、能力者育成の中心地。

想像していたよりも巨大だった。

場所は、西側区画・ヌーン。

西側は空港や港、鉄道などの物流を担う区域であり、カナリヤード曰く『海外向けに作られた表の顔』らしいが、それに相反するかのように設置されている。


「学校っていうより要塞.....だな」


高い外壁。監視ドローン。能力測定ゲート。

どう見ても高校とはかけ離れている。


「行ってらっしゃいませ」

研究所の車から降りると、

カナリヤードが静かに頭を下げる。


「......逃げないでくださいね」

「教師みたいなこと言うな」

そう返し、校門を見る。

——普通になれる気は、しなかった。


教室。

扉の前で数秒止まる。

中から騒がしい声。

笑い声。雑談。

全てが懐かしい。

なのに、もう自分のいた世界じゃない気がした。


「入れ」

教師の声。

扉を開ける。

一斉に視線が向いた。


能力者?

貴族?

色付きの髪?

異様な制服の改造。

自分が感じる“普通”の高校生なんて、一人もいない。


「今日から編入する手腕楹咤(しゅわん えいた)だ」

静寂。

「自己紹介を」


数秒だけ考える。

その瞬間。

一番後ろの席。

白い髪に黒い瞳。

白透看枸(はくとう みるく)が、満面の笑みで手を振っていた。


「やっほー、えいくん」

「…………」

あぁ、終わった。

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