予感
「名前、イグナ・プレッシュ......」
手腕楹咤とカナリヤード・ロックルは控室に移り、赤髪の少女の話を聞いていた。
「年齢は」
「10歳......たぶん」
少女は俯いたまま答える。
「......能技劇場を盛り上げるため、子供が投入されるのは珍しくありません」
「ですが、生存した場合——廃棄対象になります」
沈黙。
イグナが小さく震えている。
「.......せっかく生き残ってるのに死なせるのか」
「なぁ」
手腕楹咤は、カナリヤードを見る。
「“あんたは”どうしたい」
「......私は、命令に従うだけです」
「ドクター及び研究所の判断に——」
「違う」
少しだけ声が強くなる。
「そういうのじゃなくて」
「.............」
「あんた、昔」
「助けられなかっただろ」
その瞬間。
カナリヤードの指先が、ぴくりと止まった。
「自分はあんたの過去を知ってる」
「意味もなくこの少女を助けたりなんかしない」
「...........わた、しは」
カナリヤードの口が止まる。
「たすけたい......です、この子を」
手腕楹咤は表情を変えず、わかったと言った。
「じゃあこの子は保護する」
「無能力者なら、反発することもないやろ」
「しかし......ドクターが許可するかどうか」
「それは知らんが、自分の部屋ならいいだろ」
「罠は除去してほしいが」
「あなたの部屋で保護するのですか?」
「......あぁ、なんか問題あるか?」
カナリヤードが沈黙していると、控室の扉が軽い音を立てて開いた。
「やっほ〜」
白衣を揺らしながら、ドクターこと天城莱壽が入ってくる。
「いやぁ、最高だったよ」
「観客の脳汁の出方がいつもと違った」
「.............」
手腕楹咤は無言で睨む。
「あれ?」
「その子まだ生きてたんだ」
イグナがびくっと肩を震わせた。
「この子、自分の部屋で保護する」
「は?」
カナリヤードが目を見開く。
天城は数秒固まったあと、急に吹き出した。
「アハハハハ!!」
「なにそれ、家族ごっこ?」
「..........」
「別に」
「死なれると気分悪いだけ」
「へぇ〜」
天城は興味深そうに目を細める。
「ま、いいんじゃない?」
「捨てる予定だったんだし」
「..........」
カナリヤードは無表情を貫いているが、憎しみを隠せないのが手腕楹咤には伝わっている。
「ただし条件」
天城は笑ったまま、人差し指を立てる。
「ちゃんと“言うこと聞けるなら”ね」
その瞬間。
“従え”という感覚が、脳裏を過った。
カナリヤードは一礼をし、天城は後ろを向き歩き出した。
「あーそうそう」
「僕やることあるから、先にゴミ連れて帰っててよ」
「......承知、しました」
扉が音を立て閉まった。
どこか重苦しい空気が流れていた。
「車行くか」
* * * * * *
扉を閉めた天城莱壽は、携帯電話を取り出し歩きながら電話をかけた。
「彼を学園に連れていく。テストを受けさせたい」
「彼にもっと、殺してほしいんだ」
『......三例目がパンドラ様に対抗できるとリーダーは仰るのですカ!』
「......それはわからないけど、こっちから刺客を送れば良い話になるんじゃないかなーってね」
「我々はパンドラ様の復活を望んでいる。手腕楹咤にテストとして君たちと戦ってもらう、どうだい?」
『まあリーダーがそれで良いのであれば良いのですヨ!』
「他の3人にもコンタクトを入れておくか、編纂ちゃんもう切っていいよー」
そう言うとすぐに電話を切った。
* * * * * *
今日の能技劇場が終わり、ノクスを出る頃にはすでに夜になっていた。
それでも人通りは絶え間なく続いている。さすがは栄えている街と言ったところか。
「また無免許運転かよ」
そう言いながら、手腕楹咤は車を走らせた。街のネオンが窓に流れていく。
イグナは疲れてたのか、後部座席ですやすやと眠っていた。
「........なぁ」
手腕楹咤が前を見る。
「従え、って言った時」
「なんであんたあんな顔したんだ」
助手席に座っていたカナリヤードの目が少し細くなる。
「.........わかりません」
「あなたが、能力者ではない別の何か......に見えたからです」
「......一瞬だけ」
「逆らえないと思いました」
「.............」
「あなたは他の能力者とは決定的に違う部分があります」
「今日、それを実感しました」
声が夜の暗闇に消え、走行音だけが響き渡った。
その瞬間。
——ビリビリビリィ!!!
紫電が道路を焼く。
手腕楹咤はハンドルを切る。
ドゴォン!!!!
数秒前まで車がいた場所が爆ぜた。
「え」
「なんで襲われるんだ......?」
冷静を装いつつ焦りが隠せない声が出る。
「あなたが化け物だからでは?」
「それで納得できるか」
車の横。巨大な魔法陣が展開されている。
その中心。
電線の上に、一人の男が立っていた。
顔は全身の紫色の服に紋章のようなものがある。
縫い跡みたいな模様。異様に長い指に右手で杖のようなものを握っている。
「こんばんは!」
「編纂、と言っておきましょう!」
編纂、と名乗る男はとびっきりの笑顔を浮かべた。
「.........」
「リーダーの命令により」
「手腕楹咤くんの性能を確認に来ました!」
「性能確認って」
「自分はゲーム機じゃねえぞ」
「あははは!」
男が杖を動かす。
瞬間。
空中に複数の魔法陣。
雷撃。炎。水。氷。
「いや盛りすぎだろ」
「右に避けてください」
カナリヤードが静かに指示する。
「あと私の足を支えて」
「だからなんであんたは冷静なんだよ」
手腕楹咤は片手でハンドルを握ったまま、カナリヤードの脚を支える。
カナリヤードはどこからか弓を持ち、窓を開け、構えた。
青白いエネルギーを纏いながら......
「私、実は弓道を習ってたんですよ」
「——ンッ!」
ドンッ!!!
細い雷光が、夜を一直線に裂いた。
「あっ」
編纂の肩が吹き飛ぶ。
しかし男は笑っていた。
「いいですね!」
「茶髪のメイドさんは良い資料、文献、原稿になりそうです!」
「…...気持ち悪いですね」
カナリヤードが言ったその瞬間。
手腕楹咤の中で、何かが切り替わる。
「うるさい」
カナリヤードの足を掴んでいた片手を放し、そのまま前を向きながら銃の形にする。
「バン」
——ドゴォォォォォン!!!!!!
道路ごと、魔法陣が消し飛んだ。
静寂。
「……は?」
編纂の声が、初めて揺れる。
「あ、ちょ、待ちなさ!」
——ブォォォォン!
窓を閉め、速度を上げその場を後にした。
「ぐ、は……」
「なるほど……!」
編纂は青白いエネルギーを纏いつつ、血を吐きながら笑っている。
「こりゃ確かに」
「化け物だ!」
そのまま、身体が黒い霧になって消える。
「もう追ってこないでしょう」
カナリヤードが呟く。
「......普通に怖いんだけど」
「なんなんだあいつ」
「……おそらく」
「夜棺の人間です」
「は???なんだそれ」
「端的に言えばパンドラ復活派」
「......帝国が最も警戒している集団です」
「......急に世界観重くなったな」
カナリヤードは窓の外を見る。
「あなたは」
「世界から狙われる可能性があります」
車は、夜の帝国を走り続けていた。




