余白
「......自分がやったのか」
一部が半壊し、崩れた観客席からまだ煙が上がっている。
スタジアムを見て、手腕楹咤は今にも信じられない気持ちになった。
「忘れてた」
そう言い、蜘蛛の糸で瓦礫に固定していたイグナをお姫様抱っこで抱える。
「ごめん、辛い思いさせたね」
「..........」
少女はまだ呆気にとられているようだった。
反対側では兵士がダンプカーで静かに脈打つ黒塊や死んだガイズを運んでいく様子が見られる。
「アンコール!」
「アンコール!」
「アンコール!」
何やら観衆が騒ぎ立てているが、それを無視してゲートに向かった。
腹のナイフはまだ熱を帯びている。
ゲートの奥へ行き、観衆の姿が見えなくなる。
「.......理解できません」
目の前にいたカナリヤード・ロックルは手腕楹咤を見て、そんな言葉を口にした。
「.......自分もわからん」
——ッ!
直後、カナリヤードはどこからか取り出したナイフを刺してくる。
「ぁわっ」
手腕楹咤はそれを見切り、咄嗟にイグナから手を放す。
ナイフを左手で受け止めた。
血が飛び散るのと同時に青白い火花が音を立てる。
「.......あんたの言う通り警戒を緩めたつもりはないんだけどな」
涙を浮かべつつ、カナリヤードはナイフを左手から外し頭を下げた。
「失礼しました。無礼をお許しください」
「私が思っているより、あなたは強くなってしまったようです」
「……いい」
気づけば、口が動いていた。
「なら、自分に従え」
「…………ぇ」
カナリヤードの表情が止まる。
まるで、何か別のものを見たみたいに。
「あなたに……従う……?」
その瞬間。
自分でも、背筋が寒くなった。
(……なんだ、今の)
言おうと思って言ったわけじゃない。
なのに、“命令した”感覚だけが残っていた。
「......お兄ちゃん、モンスターなの?」
横目でそれを見ていたイグナが口を挟んだ。
「......知らんしわからん」
「でも、助けてくれた」
「..........」
自分がなんなのか、沈黙する。
「その赤髪の少女は......」
カナリヤードが少女を見て問いかける。
「......さぁ?なんでここにいるのか聞いてなかったな」
そう言いイグナの目を見る。
* * * * * *
専用の特別観覧席。
少女を連れ、手腕楹咤がゲートを出る様子を見ていたエルティーナ・イーヴン・アルティメット、オブバース・バックリアーの2名はその場で硬直していた。
唯一その場で微笑んでいる天城莱壽は、ぼそっと。
「いや〜、すごいものを見たねぇ」
「.........」
無言で特別観覧席を後にしたエルティーナは、エンペラーキャッスルに向かった。
玉座の間。その奥に封印されている黒い箱。
ここにいる者はただ一人。
「お前のペットの活動停止を確認した」
「Stoping」
「ほーん」
小さい黒い箱から声が聞こえる。
「......やっぱりー?気配がなくなったから、薄々は気づいてたけど」
「てことでそろそろこの窮屈な箱から出してくれな〜い?」
「黙れ。誰が出すものか」
「ちぇっ」
手腕楹咤が黒塊と呼んでいた名の通り黒い塊。誰がどう見ても完全な人外であり、モンスターと答えるだろう。それは紫色の服とポニーテールが特徴的なこの怪物が生み出したものだった。
「パンドラ。私がわざわざ来たのはお前のペットの話をしに来たのではない」
「お前が惨めな箱に封印されて今年で10年だ。私も当時死に物狂いでお前と戦ったのを覚えている。なのに200年前からお前は歳を取らず、その戦争も未だ謎のままだ」
「そんなにうちのこと好きなん?なら出してよ」
「……なぜ、未だに4代目皇帝が存在しないと思う?」
「さぁ?てか無視?」
どうでもいいと感じているようだ。
「全部、お前のせいだ」
パンドラは数秒黙る。
そして。
「……あー」
「そんな引きづらなくてもよくなーい?」
エルティーナの目が冷える。
「200年前と10年前、お前は世界を壊しかけた」
「だから封じられた」
「それだけだ」
「仮に私がこの箱から出たとして、やることないけどね〜」
(あのマスターマインドだけは許さないけど)
「......どうだかな」
* * * * * *
座席に座っていた白透看枸は、スタジアムのアンコールの歓声に乗っかっていた。
「えいくんアンコール!!!!!」
そんな少女の言葉はもちろん届かず、ゲートを出る手腕楹咤を見つめた。
「ちぇ、まぁえいくんのレベルはわかったしいいか」
「14歳のとき、クラスで話しかけてくれたときからずっと見てる。えいくんだけをね」
微笑む。それはただの恋する乙女か?
「すみません。少々お聞きしたいことが」
「.......なにかな...なんでしょうか」
「私、帝国兵のテンハンドレッド・オッド・アルティメットと申します」
「あなた、灰色の髪の日本人を見ませんでしたか?」
「昨晩に監視を避けて逃げたようで」
「......さぁ、わからないですね」
みるくは白けた顔で答える。
「そうですよね。ご無礼を」
「あなたの横顔がその灰色の少女に似ている気がしたもので」
「......私じゃないですよ。髪色違うし」
失礼しました、と言うとテンはスタジアムの群衆に消えていった。
「チッ、芝居しながら探すのもだりぃ」
* * * * * *
天城莱壽はエルティーナが立ち去った後、オブバース・バックリアーと会話していた。
「あれは放置できるレベルではありませんね」
バックリアーがワインを置く。
「隔離、監視、処分。いずれにせよ我々帝国府の判断が必要かと」
「え〜、もったいない」
天城莱壽は笑う。
「せっかくなら、社会に混ぜてみようよ」
「...........」
「あの理解不能を、“普通”の中に置く」
「それがどれほど危険か、君も見てみたいだろ?バック」
「学校とか」
「青春ってやつ?」
「最初に彼の手帳?を見たとき、まだ高2だった」
「あと2年弱あるなら、ついでに行かせといても良い」
もちろん拠点はうちの研究所ね、と天城は付け加えた。
それを聞いたバックリアーが眉をひそめる。
「正気ですか」
「正気だよぉ」
「僕も怪物のこともっと見たいし知りたいけど、それで彼が反発するのが懸念事項だ」
「.......この力に気づいていたならとっくに反発していたのでは?」
「うーん、どうだか笑」
天城は軽く笑い、小さい牙を出した。
その頃。
手腕楹咤は、自分が“何になり始めているのか”をまだ知らない。




