奈落
黒塊の高密度の青白いエネルギー。
手腕楹咤は、そのエネルギーの脈打つ鼓動を感じ取っていた。
(なら)
(上回ればいい)
意識を沈める。
エネルギーが集まる。
今までとは違う。
“使う”んじゃない。
“押し付ける”ように。
空間が軋む。エネルギーがより溢れ出す。
観客のざわめきが止まる。それは何か未知の物を見るように。
黒塊の動きが早くなり、自分に飛び込んでくる。
(今か)
咄嗟に銃の形を両手で作る。
黒塊が来るより早く。
より強く。意識して。
目を見開き、少し口角を上げる。
「——二丁拳銃、だ」
それを見ていた少女・イグナは息を呑む。
「バァァァンッ!」
ドゴオオオオオオン!!!
強力な爆撃が黒塊を覆い尽くし、燃え続ける。
手腕楹咤の能力は、完全に具現化された。
——ビリビリビリッ!
「いった.....」
両手で莫大なエネルギーを放出した影響か利き手である右手が痙攣する。
「グォォォォォォッ......!」
燃え続けながら、ゴン、ゴンと足音を立て、手腕楹咤に向かって歩いてくる。
「まだ、動けるのか」
一歩も動かず、黒塊がただただ目の前に来るまで待っている。
そして、目の前に来て攻撃を行おうとすると。
「悪いな。これ停止させないと終わらないらしい」
これ、と言って黒塊を指差す。
「ドンッ」
燃え続ける黒塊に、ドンッという声に合わせ左手でデコピンをした。
——バゴォォォン!
吹き飛ばされ、スタジアムのバリアに叩きつけられた。
「グォォッ......」
黒塊のエネルギーが消える。
観客席が静まり返る。
黒塊は崩れた。
だが——消えてはいない。
地面に沈んだ黒が、微かに脈動している。
誰も、すぐには声を出さない。
音だけが遅れて戻ってくる。
* * * * * *
静寂の中。
まず動いたのは、カナリヤードだった。
「……理解できません」
小さく呟く。
「再現不可能」
「予測外」
「分類不明」
その言葉は、彼女自身を混乱させていた。
「.......この人なら」
そこで言葉が止まる。
カナリヤード自身、続きを口にできなかった。
一方、観覧席。
天城莱壽はワインを回しながら笑う。
「いやぁ……いいねぇ」
「想定より“外”に行った、か」
バックリアーは目を細め、ニヤける。
「評価を更新します」
「想定より危険な存在のようですね、、、」
エルティーナは椅子の背に寄りかかり、バックリアーと同じ表情をした。
「……なるほどな」
「“凡族”って、そういう意味だったわけ」
そして。
白透看枸は、少し退屈そうに頬杖をついたまま。
「やっぱりね」
「えいくん、そういうのやると思ってた」
視線の先。
少女はまだ、地面に座り込んでいた。
手は震えている。
何が起きたのか、理解できていない。
ただひとつだけ。
少女は、手腕楹咤の目を見る。
その瞳は、何かを倒した人間の目じゃなかった。
もっと深い。
もっと暗い。
まるで——
どこか底のない場所を見つめているような。
『凡族ノォォォォォォ勝利ダァァァァァァッ!!!!!』
しばらくし、司会者であるシャーク・スキンの声がスタジアム全体に響き渡った。
「うおおおおおおおおお!」
「これで10万だああああ!」
「黒いバケモンに勝つのか、、」
「すげーよ!!!」
歓声が戻る。
熱狂が戻る。
だが手腕楹咤には、それが妙に遠く聞こえていた。
自分は今、何を越えてしまったのか。
黒塊の残骸が、微かに脈打つ。
まるで、奈落の底から呼ぶみたいに。




