表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拉致問題  作者: ゆるうる
Case 2:能技劇場
18/22

異彩

「えいくんいいじゃん。その調子だ」

白透看枸は足を組み、笑いながらその様子を見守っている。

「ますますえいくんのことしか見れなくなっちゃうよ」


黒塊(こっかい)手腕楹咤(しゅわん えいた)が数秒止まる。

動いていない。

なのに、観客席だけがざわついていた。


「……なんだ?」

「さっきから避け方おかしくね?」

「読んでる?」

黒塊が揺れる。

それに合わせて、手腕楹咤も一歩だけ動く。

また止まる。


「……は?」

「なんで当たんねぇんだ?」

まるで。互いに“次”を見ているようだった。


「……あ、始まったね」

みるくだけが笑う。

観客は、まだ誰も理解していない。

今この瞬間。

闘技場の“主導権”が、黒塊から移ったことを。

皇帝候補の命令で参加したただの凡族に。


(違うな)

黒塊は速いんじゃない。

“無駄がない”。

だから、次の動きが線のようになる。

黒塊が止まる。

今度は、少女とガイズを一瞬見ている。


(……来る)

理解するより早く。

“選択”が押し付けられる。


右フィールドを見る。少女とガイズが突っ立っている。

そこへ黒塊が一直線に向かう。


(まずい)

(間に合わない)

どちらかしか助けられない。


(トロッコ問題、か)

思考がそこに触れた瞬間。

「殺して殺して殺して」

ガイズの声。

諦めた声だった。

両手を開いている。

死ぬ準備をしている。

それは、元軍人とは思えないほど悲惨な振る舞いだった。


その瞬間。身体が動いた。

「グガッ」

殴る。考えない。狙いはない。

ただ“止める”。


——ハハッ!

受け入れたかのような笑いとともにガイズの身体が吹き飛んだ。

血が散る。だが今の手腕楹咤には、それがただの障害物にしか見えていない。


次。少女。

地面を蹴り、間に割り込む。


「捕まえた」

腕の中に引き込む。少女の瞳が自分を捉える。

「おねえちゃん、名前は」

「.......ぁ、えと、イグナ」

「イグナ・プレッシュ......」

無言で頷く。

同時に。黒塊と正面で向き合う。

銃の形を作る。

エネルギーが収束する。歪む空気。


「死にたく、ない……」

少女がボソッと独り言を吐き、泣きそうな顔を浮かべている。

だが。観客席は笑っていた。

「いいぞガキィ!!」

「泣け泣けェ!!」


手腕楹咤は観客の声を気にも留めず、少女を選んだ事実に安堵していた。

なぜなら、冥土(たにん)の過去の記憶と重なってしまったから。

(これでいい)

(間に合った)

黒塊が止まる。

一瞬。


だがその“視線”はもう、少女でもガイズでもない。

“自分”に固定されていた。

手腕楹咤しか見ていない。


「バンッ!」

あえて、爆撃を起こす。

その間に考えるとしよう。


(まずいな)

思考が一瞬だけ冷える。

一つはこの能技劇場(カーニバル)のルール。

終わる条件はひとつ。


“フィールド上の生存者が減ること”。


つまり——黒塊を止めるまで終わらない。

そして、今の自分はイグナを抱えたまま戦う必要がある。

(片手が塞がれる)

なのに黒塊は、どんどん最適化してくる。


(……なら)

視線が、自分の体へ落ちる。

エネルギー。収束。固定。粘着。

頭の中に、ある生き物が浮かんだ。

糸で獲物を吊るし、自分は自由に動き回る捕食者。


「......蜘蛛、お前、使えるな」

「......えっ......いるのバレたかにいや」

服の中から黒い蜘蛛が顔を見せる。


「てかお前生きてたんだな」

「ひどっ!?そもそもうちと会話できるのにいやしかいないし」

「1対1じゃないと話せないし。にいやが怪しまれるじゃん」

抱えている少女が痛い目でこちらを見ている。

そうだった。蜘蛛と話せるのは自分だけだった。


「今それどこじゃない。協力しろ」

しゃーないなぁ、とため息混じりに蜘蛛は答えた。

目の前を見ると黒塊が消えている。

(右)

理解より先に身体が動く。


——ゴォンッ!!

さっきまでいた場所が抉れ飛ぶ。


「うわっ、近っ……!」

蜘蛛が服のポケットの中で震える。

「にいや、あれ完全に読んでるよ!?」

「......せやな」

イグナを片手で抱えたまま後ろへ跳ぶ。

だが黒塊は止まらない。

着地地点へ、最初からそこにいたみたいに拳が置かれる。


「チッ……!」

衝撃。空気が歪む。

(速いんじゃない)

(先回りしてる)

黒塊の視線。筋肉。重心。

全部がこちらの“次”を追っている。


「……なら」

手腕楹咤の視線が、観客席へ向く。

張り巡らされた照明ワイヤー。

広告用ケーブル。実況モニター。


「にいや?」

服の中から蜘蛛が顔を出す。

「蜘蛛ってのは」

指先に、青白いエネルギーが集まる。

細く。鋭く。糸みたいに伸びていく。

「巣の上で狩るんだろ」


——ビシュッ!!

放たれた光が、天井の鉄骨へ突き刺さる。

次の瞬間。身体が前へ“引かれた”。


違う。ワイヤーじゃない。

自分のエネルギーを、“糸みたいに固定した”。

そのまま空中を振り子のようにに駆け抜ける。

下では黒塊が、こちらを追うように首を動かしていた。


「ッ!?」

少女を抱えながら。

観客席がどよめく。

「跳んだ!?」

「なんだ今の!?」


空中へ跳ぶ。一拍遅れて、地面が爆ぜた。

黒塊の拳。

さっきまで自分がいた場所を、粉々に砕いている。


その様子を見ていた、特別観覧席。

「この戦闘技術、何者だ……」

「それねー?僕すごいでしょ」

えっへん、と腕を組み笑顔を浮かべる。

「お前じゃない」

「厳しー、だから結婚できないんだよ?」

「…………」


「悪かった悪かった。機嫌なおしてエル嬢」

会話は遠くで流れている。

誰がどこにいるかも、もう曖昧だった。


バックリアーは視線だけを向ける。

ただ観測している。

「……面白いですね」

低く、誰にも聞こえない声。


「おねえちゃん、ちょっと我慢してね」

手腕楹咤は、蜘蛛の糸でイグナを瓦礫へ固定すると、黒塊が砕いた場所へ降り立った。

青白いエネルギーが全身から微かに漏れている。

その間にも。

黒塊は“止まっていない”。

止まって見えるだけだ。

実際は違う。


“分析している”。


少女の位置。呼吸。筋肉の動き。

そして——

手腕楹咤のエネルギーの流れ。


(……まずい)

思考が冷える。


(これは、“学習”じゃない)

(“予測”に入ってる)


黒塊の身体がわずかに揺れる。

次の瞬間へ、()()()するみたいに。

観客の歓声が、少し遅れて耳へ届く。


「なんだあいつ」

「調子乗ってね?」

「凡族のくせに」

怒り。苛立ち。熱狂。

それを賭けたもの。

空気が濁っていく。

その瞬間。黒塊の“核”が脈打った。


(……ッ)

吸っている。

観客の感情を。

歓声も、恐怖も、怒号も。

この空間に溢れるエネルギー全部を。

黒塊の視線が動く。

少女。観客席。


そして——

それが“最も濃い場所”。


(誘導してる)


次の瞬間。

黒塊が跳んだ。

観客席の一角へ。


「え?」

「こっち来てるぞ!?」


——ドゴォォォォッンッ!!

観客席のバリアを壊し、席の一部が吹き飛ぶ。

悲鳴。破片。混乱。

「ふざけんな!」

「演出じゃねぇのかよ!!」


黒塊は、その歓声と恐怖を“吸う”ように立っていた。

(吸ってる)

(この空間全部を)


その瞬間。

手腕楹咤は見た。

黒塊の中心。

心臓のように脈打つ、高密度の青白いエネルギーを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ