市街
翌日、朝9時。
キドナク帝国、北のノクスと呼ばれる街。
巨大モニターに映る派手な広告と街中に流れる陽気で軽快な音楽。
『さぁ、今週も始めますゾォー!』
『能技劇場、開催まであと6時間デス!』
『帝国の腐れ民どもヨー!』
『いくら賭けるか決まったかーイ!!!』
歓声。拍手。屋台。酒。笑い声。
帝国の人間たちは、祭りでも待つような顔をしていた。
その頃。天城莱壽の研究所。
「起きなさい、凡族」
手腕楹咤は、冷たい声で目を覚ました。
「..........ぁ」
まだ頭痛がする。
爆発。白い火花。
カナリヤード・ロックルの過去。
全部が脳内に気持ち悪いくらい残っている。
カナリヤードは無表情のまま、拘束具を机に置いた。
「本日は外出します」
「ご準備を」
「.......外?」
「あなたには、本日能技劇場へ参加していただきます」
沈黙。
「.......は?」
カナリヤードは淡々と告げる。
「帝国民への公開実験」
「もとい、数少ない娯楽です」
「……意味わかんねえんだけど」
「簡単ですよ」
「人間と人間」
「人間と人外」
「能力者同士」
「それらを戦わせる催しです」
「勝者、及び賭けに勝った者には賞金」
「敗者には死」
「あるいはそれ以下」
「…………」
理解した瞬間。
背中が冷えた。
「しかも」
「今回は、あの皇帝候補が直々に観覧されるそうです」
「.......皇帝候補?」
「ええ」
「あなたのような凡族に興味があるようで」
「まぁ、説明は追っていたします」
「外に行きますよ」
そう告げると、カナリヤードは部屋を出た。
扉が閉まる直前。ほんの少しだけ、こちらを見る。
「……?」
いつもと何かが違った。
声色か。視線か。
それとも。
昨日。あの過去を見てしまったから、そう感じるだけなのか。
いつものように手錠をかけられ、廊下を歩く。
普段とは違う道を通り、玄関口へ来た。
最初研究所に来たときとは別の道のようだ。
他の研究員がこちらを見ている。
「例の凡族」
缶コーヒーを飲みながら、呟いている。
「賭け誰にするかね〜?」
「でも今日凡族の他にもう1人出るんでしょ?」
「10万はでかいぞ」
「凡族はどうせ死ぬでしょ」
「不死身なんじゃないの?」
色んな会話が頭に入ってくる。
カナリヤードに連れられ、車に乗る。
しばらく車で待機していると、天城莱壽も同行するようで普段より着飾っていた。
「君、試しに運転してみる?」
「...........」
「ちゃんと喋りなさい。あなたは人形ですか」
「......手錠されてるのに運転なんかできねえよ。それに免許なんて持ってない」
「手錠は可動域を増やします。それに免許というルールはこの国にありません」
「1回やってみてください」
「は?」
「事故ったらドクターが再構築すればいいので」
「ね?」
「ね?じゃねえよ」
天城がゲラゲラ笑う。
「いやー、やっぱ君面白いなぁ」
「普通この国の人間、そこツッコまないもん」
何を言っているんだ...?
「あと、僕の再構築はそんな万能じゃない」
ニコニコしながら言い放つ。
「...........」
「まあ安心してよ」
「歩行者を轢いても、多分そこまで怒られないから」
「なんなんだよこの国……」
そう言われ、初めて運転席に座った。
しかし、なぜか自分に運転技術が備わっていた。
アクセル、ブレーキ、バック......
あの実験以降1回も外に出ていなかったのもあり、謎の爽快感を得た。
窓を開ける。風が吹き込む。白と黒の髪が揺れた。
街並みが流れていく。
人々。
店。
信号。
笑い声。
その全部が、自分とは無関係な世界みたいだった。
それでも。牢獄の外の空気は少しだけ気持ちよかった。
後部座席。カナリヤード・ロックルは、その横顔を黙って見つめていた。
30分ほど運転して近くに車を停める。
「じゃ、僕は専用の観覧席に行くとするよ」
「リヤくんは、彼にノクスを案内しとってー」
「承知いたしました」
カナリヤードは一礼をし、ドクターの後ろ姿を見ていた。
「キドナク帝国は、大きく4つの区画で構成されています」
カナリヤードは前を歩きながら、淡々と説明を始めた。
「東側、オーロラ」
「天城莱壽様の研究所、エネルギー発電所、軍事開発区域が集中しています」
「西側、ヌーン」
「空港、港、鉄道など、外部との物流等を担う区域に加えて、帝国唯一の学園があります」
「あなたはここから東側まで歩いてきたわけですね」
「学校があるのも相まって、あそこだけは帝国っぽくないですよ」
「海外向けに作られた“表の顔”なので」
「……は?」
「観光映像や報道用の街並みです」
「誰も入店できず購入もできないスーパー、誰も住んでいないマンションもあります」
入店も購入もできないスーパー。最初に帝国に拉致され、歩いているときに見た覚えがある。
改めて聞いてもゾッとする。
「南側、トワイラ」
「デス・パイル、死者の墓地......未知のダンジョンのようなものがあります」
「能力者の失敗作や不要になったものを処理する、ある意味ゴミ箱のようなものです」
「.......デス?ダンジョン?」
「デス・パイルについては公衆の面前で軽く語れる場所ではありません」
「いつか、お話します」
含みのある言い方をすると、カナリヤードは何事もないように続ける。
「そして現在我々がいる北側、ノクス」
「皇族区域のエンペラーキャッスル、そこに隣接する帝国府」
「能技劇場を開催しているスタジアムがあります」
「帝国で最も栄えている街です。ここを首都扱いする国も多いでしょう」
その瞬間。
巨大モニターから歓声が響いた。
『さぁ!本日の処刑対象はこちらァ!!』
街の人間たちが笑っている。
手腕楹咤は、この国の栄え方がどこか壊れている気がした。
目の前ではそのモニターの内容に反し、子供が水を操って遊んでいる。
空には、カバーのかかった大量の物資を運ぶ複数の能力者。
その下では、酒を飲みながら笑っている人間。
路地裏を見ると、壁にもたれ死んだような目をしている痩せ細った男。
同じ街とは思えなかった。
「……なんだこれ」
「能力格差です」
カナリヤードは即答する。
「能力が強い者ほど上へ行く」
「弱い者は下へ落ちる」
「それだけの話です」
弱肉強食、その4文字が思い浮かんだ。
大きな通りへ出た瞬間。
巨大モニターが視界を埋め尽くした。
『今日の能技劇場!!』
『3名の参加者!』
『いくら賭けるゥ!?!?』
歓声。
爆発音。
血飛沫。
映像の中では、巨大な獣の頭を能力者が吹き飛ばしていた。
観客席が揺れるほど沸いている。
「…………」
近くの看板。
『今週の処刑対象』
『対象者一覧』
『パンドラなんかクソ喰らえ』
赤黒いポスターには、笑顔の皇帝候補3名が書かれている。
その横には。
『凡族にも働く権利を!』
と、落書きされた紙が破られていた。
「気持ち悪……」
思わず口から漏れる。
「この国は、あなたが思っているよりずっと気持ち悪いですよ」
「...........」
「あっちに屋台があります。何か食べましょう」
そういい、指を指した方に歩き出す。
屋台には唐揚げやリンゴ飴など、お祭りの屋台でありそうなものから骨や動物の頭など到底理解ができないものまで売ってあった。
特徴的なのはなぜか屋台の看板が日本のものと酷似している点。
完全なるパクりとは言わないが、真似しようとしているのは伝わってしまう。
何か飲むものを探そうと、レモンサワーの屋台にやってきた。
ふと横に知ってる香水の香り。
振り向くと知っている白髪に黒い瞳。信じられない人間がいた。
「........み、るく?」
そう問いかけると、白透看枸はレモンサワーを持ちながら笑った。
「あっ、えいくん!」
「ひさしぶりー」
とてもよそよそしい笑みを浮かべている。
まるで、この国の光景に最初から慣れていたみたいに。




