冥土
「俺らは今からお嬢さんを保護する」
「............」
「君のお母さんはパンドラっていう怪物にな、過去に関わった」
「それで粛清されたんだ」
「.....一応名前を聞こうか」
大柄の男は腕を組み、彼女の名前を聞いた。
名前か。本名はいらない。
「..........カナリヤード・ロックル」
私の最後の居場所だったもの。そう名乗った。
「変な名前だな」
「.......でも、悪くない」
それから私は、大型船でキドナク帝国に連れてこられた。
携帯電話は自宅に置いてきた。今頃事件になっていたりするのだろうか。
帝国に来て3年間は、学校で高校生活の範囲と能力について学んだ。
一つ問題があるとすれば、この国は日本以上に狂っているということ。
学力至上主義ならぬ、能力至上主義。そんなイメージを持っていた。
例えば、私と同じ茶髪の少女。
「おねえちゃんおねえちゃん!また遊んでね!」
小さな女の子。いつも笑っていた。
能力を持っていない、ただの凡族。
名前は、ミナ。
通学路の横にある貧民街で一人で暮らしていた。
私はこの子と話したことをきっかけに定期的に貧民街へ顔を出し、いくつかの凡族に食料を渡していた。
「今日のご飯、パン半分だけなんだ〜」
ミナはそう言って笑う。帝国では珍しくない。
貧民街には一応無料で食事を提供してくれる心優しいおばさんの店主もいたけど、当然限りがある。
能力を持たない人間は能力を使えるまで実験を繰り返すか、学園の卒業後に資源や奴隷のように扱われる。
当時の私は、その光景が嫌だったんだと思う。
だから、この少女を放っておけなかった。
今思うと、関わりすらしなきゃよかったと思う。
「.......これ、あげる」
授業で支給された保存食を渡す。
「え、いいの!?今日も?」
「ありがと!おねえちゃん!」
嬉しそうに笑う。その笑顔だけで、少しだけ救われた気がした。
その顔をカナちゃんに合わせる自分がいた。
そんなミナとの日々もあっという間に壊れてしまった。
「そろそろあそこの街も壊さなきゃかなー」
「通学路の邪魔だし、あそこを汚い奴らの溜まり場にはしたくない」
「そうですか.....まあでも全員殺す必要はないかと思うが...」
今より少し幼いテンハンドレッド・オッド・アルティメットが白衣の男に問いかける。
「あそこに、僕の研究所を建てるんだ」
「そこで成果をあげれば、正式な許可がおりて色んな研究が可能だ」
白衣を見に纏うドクター、天城莱壽は微笑んだ。
「あの汚らしい街は他にもあるんだしぃ〜」
「........嫌です」
気づけば、声が漏れていた。
天城とテンがこちらを見る。
「あれ、リヤくんどしたの?」
「ミナが......いるので」
「うん、だからぁ?」
「だから、壊さないでください、お願いします」
その場で土下座をした。空気が止まる。
テンも含め、周囲の研究員たちが目を見開く。
卒業してすぐの私は、まだ能力も弱く立場も低かった。
だから。逆らうなんて本来ありえない行動だった。
「……へぇ」
天城が笑う。
「初めてじゃない?」
「リヤくんが自分の意思を言ったの」
その笑顔が、気持ち悪かった。
「でもダメ」
「必要なんだよねぇ、研究って」
「——嫌です」
白い火花。
ビリッ。床を電流が走る。
研究員がざわつく。
「おお?」
天城の目が輝いた。
「感情で連動したねぇ!」
その瞬間。
遠くから爆発音が響いた。
貧民街。悲鳴。瓦礫。炎。
「——ミナ!!」
カナリヤードは走り出す。
能力者たちが笑いながら貧民街を破壊している。
「どいてください!!」
瓦礫をどかす。
血だらけになりながら。
爪が割れる。
「ミナ!!」
「どこ!!ねえ!!」
返事はない。
その時。瓦礫の下から、小さな手が見えた。
「——ぁ」
急いで持ち上げる。
小さい。軽い。
ミナの腹部は潰れ、右肩にはパイプが刺さっていた。
「……おねえ、ちゃん」
「しゃべらないでください」
「今、助けます」
助ける?
でもどうやって?
私は医者じゃない。
ドクターのように治癒能力を有しているわけでも、強い能力者のように再生能力が備わっているわけでもない。
なのに。助けたかった。
一つできるとしたら.......
「——命令を与える」
白い火花。
「戻れ」
「壊れるな」
エネルギーが暴走する。
ビリビリビリッ!!
地面が裂ける。
瓦礫が浮く。
周囲の能力者が吹き飛んだ。
「お、おい!?」
「なんだこいつ!」
でも。止まらない。
「死なないで」
「お願いだから」
「——再構築せよ」
その瞬間。
魔法陣のようなものは出ず、ミナの身体がぐしゃりと歪んだ。
「——え」
治そうとした。
戻そうとした。
でも、カナリヤード・ロックルは再構築を上手く扱えなかった。
なぜなら、弱かったから。
ミナの肉体が再構築に耐えきれなかった。
肉が歪む。
骨が軋む。
白い火花だけが暴走する。
「……ぁ……」
ミナの瞳から、光が消える。
白い火花だけが、雨の中で小さく散っていた。
「…………」
カナリヤードは、壊れたミナの身体を抱えたまま動けなかった。
軽かった。
生きている時より、ずっと軽かった。
「素晴らしいね」
拍手をしながら、天城莱壽とテンは近づいてきた。
「リヤくんには才能があるよ」
「君に、僕の研究所での案内と初期実験の業務を与えよう」
「おめでとう」
天城莱壽、テン、周りの能力者は拍手を続けた。
その日から。
他人への優しさが、一番危険であると理解した。
——ブツン。
空気が歪み、目の前の過去が崩れ去るように消えた。
「......忘れてください」
後ろに立っていたカナリヤードがそう言った。
いつもの無表情。
いつもの冷たい声。
でも今の手腕楹咤には、それが“作られた顔”にしか見えなかった。
「......」
言葉が出ない。
実験用のメイド。監視役。人を壊す側の人間。
そう思っていた。
だが——。
目の前にいるのは、自分と同じ。
この国に壊された人間だった。




