死願
「えぇー?まだ面白くなりそうなのにぃ〜」
天城が笑う。
「彼の能力、かなり興味深いよ?」
「感情や記憶、それらをエネルギー経由で覗けるかもしれない」
「これは前例がないんだ。あのパンドラでもそんなことできるか」
「..........」
カナリヤードは答えない。
手腕楹咤は床に手をついたまま、荒い呼吸を繰り返していた。
頭の奥にまだ残っている。
割れる皿。怒鳴り声。震える、小さな身体。
あれが、今目の前にいる女——。
「……あんた」
思わず口から漏れる。
カナリヤードの肩が僅かに止まった。
「日本にいたのか」
沈黙。
「……それ以上喋れば、口を縫います」
冷たい声。でも以前より少しだけ弱い。
「図星か」
——ビリッ。
白い火花が散る。
カナリヤードが一歩下がる。
「……また漏れてるねぇ」
天城が目を輝かせた。
「いいねぇ」
「感情で出力が上がってる」
「怒り」
「恐怖」
「共感」
「あるいは執着?」
「人間らしくなってきたねぇ、君」
手腕楹咤は拳を握る。
すると、また知らない感覚が流れ込んだ。
「ハッ......」
音楽。夕焼け。笑い声。
そして。
『……リヤードってさ、ほんとは優しいよね』
「——ッ」
今度は、知らない少女の声だった。
文化祭の日。3人のロックバンドは大成功を収めた。
たくさんの歓声。たくさんの拍手。スマホのライト。
狭い体育館が熱気に包まれていた。
「やば、超盛り上がってたじゃん」
「お前ギター走りすぎなんだよ」
笑いながら話す2人。
カナリヤード・ロックルは、その少し後ろを歩いていた。
昔からそうだった。
歩くときはいつも、半歩後ろ。
そしてこの日以来、変わったことがある。
それは——
「なあお前聞いたか?」
「あぁ、カナちゃんとリヤードが付き合い始めたって話だろ?」
「え、マジ?」
「文化祭終わったあと告ったらしいぜ」
心臓が止まったみたいだった。
「……あ」
前を歩く2人を見る。
楽しそうに笑っている。
雨の日。音楽室。帰り道。
全部、急に遠くなる。
自分だけが、そこにいないみたいだった。
「……おめでとう」
そう言った。
ちゃんと、作って笑えたと思う。
「ありがとー!」
カナが笑う。リヤードも頭を掻きながら少し照れていた。
それでよかった。それでいいはずだった。
なのに。
胸の奥だけが、
ずっと痛かった。
夜。ファミレスでカナとリヤードは話し合っていた。
「そもそも、〇〇ちゃんをバンドに誘ったのはあんたに告るための材料の一つだし」
「そうなん?ウケるー」
「まあ、俺とお前があんなTHE キラキラネーム・代表!みたいなやつ誘うわけないよな」
「陰キャで口数少ないし」
2人は笑い合った。そんなことをカナリヤード・ロックルは知る由もない。
「.........」
無言で自宅のドアを開ける。
「おかえり。あんたのバンドよかったじゃん」
「ロックはいいわよね。あんたの歌は下手くそで何言ってるかわかんなかったけど」
私は目を大きく見開いた。表情が揺らいだ。
お母さんが私を褒めてる...?
「.......ぁ」
「で、ちょっとカップラーメン買ってきてくんない?」
「夜ご飯作るのめんどい」
「.........わかりました」
お金を渡され、荷物を軽くして外を出た。
夜22時30分。カップラーメンとグミを買った袋を持ち、橋の上で突っ立っている。
車の音。川の音。冷たい風。
欄干を見つめていた。
「……なんなんだろ」
自分でも分からなかった。
嫉妬?
孤独?
怒り?
違う。
もっと空っぽだった。
お母さんが褒めたのもよくわからない。
どうせ道具なんだ。必要とされない。
「…….......」
スマホを見る。
メッセージ通知。
『今日はありがとね!』
『また3人で練習しよー!』
3人。
その文字が、やけに苦しかった。
帰れば、母親がいる。
学校へ行けば、クラスメイトがいる。
隣には、あの2人もいる。
なのに。
私は、帰りたい場所がどこにもなかった。
いや、ないことに気づいた。
カナリヤードは、静かに欄干へ足をかけた。
目をつむり、靴と靴下を脱ぎ、上に立つ。
夜の橋の下にポチャン、と水音が響き渡った。
周りを見ている人は誰もいない。
死後の世界にいける。そう思っていた。
「...........」
目を開けると、知らない岸に上がっていた。
今の時間は夜中の3時くらいだろうか。
死ねなかった。
「...........」
濡れた制服が重い。
足元から水が垂れる。
水面に反射して自分が映る。暗い顔をしていた。
裸足で砂利や石が痛い。
寒い。なのに。
涙は出なかった。
ふらつきながら、カナリヤードは自宅のアパートへ戻った。
電気がついていない。
「……ただいま」
返事はない。
ドアを開ける。
鉄の匂いがした。
「——え」
暗い部屋。
床に広がる赤。
倒れている母親。
そして。
見たことのない紋章を腕につけた、黒い服の男たち。
「..............」
「え、え、え、え、え、え、えあ、」
黒い服の男2人は茶髪の少女をじっと見つめている。
「この女には一人娘がいると聞いていたがこいつか」
「そのようですね、ワン兄さん」
倒れている母親。
いつもうるさかった人。
怒鳴る声。
割れる皿。
コンビニ。
カップラーメン。
色々思い出すはずなのに。
「............」
何も出てこなかった。
悲しくもなかった。
自分でも、それが少し怖かった。




