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拉致問題  作者: ゆるうる
Case 1:実験
11/20

過去

次の日。現在の時刻は朝8時30分。ドクターこと天城莱壽(てんじょう らいす)はキドナク帝国首相であるオブバース・バックリアーとモニター越しに連絡をとっていた。


「明日の能技劇場(カーニバル)で彼を出すー?」

「ほんとに言ってんのー?」


『そうですドクター。エルティーナ嬢の命令です』

「うげっ、エル嬢かぁー」


「まあいいよ。彼にとっても感情の増幅、エネルギーのデータ、そして戦闘する良い機会になる」

「Chance」


『それ、エルティーナ嬢の真似ですか?』

「バレたー?笑笑」

少し驚きつつも、了承した。



* * * * * *



夕方。今日はいつもより実験が早く終了した。

いつものように部屋へ戻る途中。

手腕楹咤は突然立ち止まった。


視界が揺れる。

白い火花。

ビリッ。

頭痛。昨日に似た電流。


次の瞬間。


目の前の景色が変わっていた。

綺麗な夕焼けが広がる。

知らない学校。知らない音楽室。

そこにギターの音が響き渡る。


「だからその名前キモいって!」

知らない少女と少年。

そして。その中央で笑っている、小柄で茶髪。

でも今とは違いポニーテールで髪を結んでいる少女。

今より幼い。無表情じゃない。でも見間違えるはずがない。

「.......カナリヤード?」


少女がこちらを見る。

目が合った。


ブツン。

映像が切れる。

「——ッ」


どうやら現実に戻ったようだ。膝をつく。

呼吸が荒くなる。

目の前を見ると、カナリヤード・ロックルがこちらを見下ろしていた。


「.......今、何をしたんですか...?」

いつもの無表情。

だが。ほんの少しだけ声が揺れていた。


「.......知るかよ.....」

頭に電気が走った。昨日の雷の実験で感じた痛みと似ている。

知らない記憶。知らない感情。

カナリヤードは沈黙しているが、こちらをずっと見ている。


「......あなた、雷に打たれて記憶干渉までできるようになったんですか」

「..............」

自分でわかるはずもなく。沈黙を続けていると、また景色が歪んだ。



「——ぁ」

視界の奥。さっき見た夕焼け色の音楽室。

古い扇風機の音に、窓際の譜面台。

安っぽいエレキギターを持っている。


「だからさー、〇〇ちゃんの名前長いって!」

「名前変えなよ」


「別に、なんでもいいよ。市役所いかないと変えられないし」

「でもずっとキモい名前だと関わってるこっちも嫌な思いするんだけど?」

「.......ごめん」


「別にいいだろー、3人のバンドに関係ねえし」

「えぇーでもー」


「カナ、〇〇が困ってるんだから強要するような口調やめろ、うざい」

「俺だって外人でもないのにリヤードなんて名前だぜ?糞食らえって感じ」

リヤードはため息を吐いた。


「はああああ?リヤードまじむかつく」

なんだか口論になりそうな雰囲気。


「と、とりあえずあの曲一回合わせてみよ...!」

そういうと、3人の音程やリズムを合わせる時間が始まった。


リヤードのドラム。

カナのベース。

安っぽいアンプのノイズ。

最初はバラバラだった。けれど。


「——そこ、テンポ速い......気がする」

「え?」

「.......今」

カナリヤードが小さく呟く。


もう一度合わせる。

すると今度は、不思議なほど綺麗に重なった。

夕焼けの音楽室。古い窓。埃っぽい空気。

その中でだけ。

3人は顔を見合わせ、喜びを分かち合った。


「……すご」

「今のちょっと良くない!?」

カナが笑う。


「文化祭いけんじゃね?」

「やば、青春っぽー!」

笑い声。その輪の中で、カナリヤードも少しだけ笑っていた。

本当に少しだけ。

でも。

その視線は、2人ではなく。

“音”の方を見ていた。


——ブツン。

ノイズ。

視界が乱れる。

「ッ……!」

現実へ引き戻される。

頭痛。吐き気。白い火花。


壁に手をつく。腹のナイフからビリビリという音が聞こえる。

「はぁ……ッ、はぁ……」


「……やめてください」

目の前。カナリヤードが立っている。

今までで一番低い声だった。


「それ以上、勝手に入ってこないでください」

「だから.......知らないって言ってんだろ......なんか勝手に......」


頭痛が酷い。白い火花が視界に散る。

カナリヤードは数秒黙ったあと、小さく息を吐いた。

「ドクターに報告します」

「……好きにし...なょ、ろ」


丁寧なのか荒いのかよくわかんない口調で返す。

そう返した瞬間。


——ビリッ。

また視界が歪む。

「ッ!?」


今度は音楽室じゃない。

夕方ごろだろうか。雨が降っているのは変わっていない。

傘も差さず、制服姿のカナリヤードたち3人が歩いている。


「文化祭明日だね〜」

「せやな」


「そういえばバンド名決めてなくない?」

カナは少し後ろを向き、カナリヤードにも聞こえるよう問いかけた。


「適当でいいだろ。3年4組とか」

「雑すぎ。てかなんでクラス名」

「リヤードさー、中途半端だから告っても振られるんじゃない?」

「お前ふざけんなよ」

その2人のやり取りをみながら、カナリヤード・ロックルは下を向いて歩いていた。


「じゃあ名前を合わせてみない...?」

「カナとリヤード.....私の名前、は、使えるもんじゃないから、、」


「いいと思うが、こいつの名前組み合わせるのはなんか気に入らない」

冷ややかな目でカナの方を見ながら、リヤードはそう言った。

「うちもこんな男とましてや名前組み合わせるのは嫌」

カナとリヤードは互いを睨みつける。


「じゃあ、ロックバンドだからロック入れよ」

「カナリヤード・ロック...?」

「ひっでえ造語」


「じゃああと一文字入れよう、〇〇ちゃんの名前一文字」

「ル......」


「カナリヤード・ロックル......ね、文化祭のバンド名」

「ダサいけどまあいいじゃん」

名前組み合わせるのは気に入らないんじゃなかったのか、と思ったがカナリヤードは心にしまった。

カナが呟き、3人は苦笑いを浮かべた。


——ブツン。

現実に戻った。


「ッ……はぁ……」

膝が崩れる。頭痛。耳鳴り。

白い火花が視界に散る。


「……また」

息を整えながら前を見る。

カナリヤードは動いていなかった。

無表情なことに変わりはないが、指先だけが微かに震えている。


「…………」

数秒の沈黙。


「今のは……」

小さく呟く。

「……見たんですか」

「知るかよ……勝手に入ってくるんだよ……」

「…………」

カナリヤードは目を伏せた。

ほんの一瞬だけ。

今までの“監視者”ではなく、年相応の少女みたいな顔になっている。


でも。次の瞬間には消えていた。

「……忘れてください」

「は?」


「今見た記憶を、忘れてください」

声は淡々としていた。けれど。

どこか祈るようだった。



* * * * * *



その後。

カナリヤード・ロックルは手錠をかけた手腕楹咤を連れ、実験長の部屋を訪れた。


「あれっ、どしたのリヤくん」

「今日の実験は終わりだよー」


「夜分遅くに失礼します。この凡族のことなんですが」

そう言い、カナリヤードは記憶干渉について話し始めた。


「記憶干渉ぉ!?!?なにそれ最高じゃん」

「脳じゃなくてエネルギーに触れている感じなのかぁ!?」

病気の診断をするかのように、モニターを見ながら言った。


「てか、リヤくん普段こういうこと報告しないよね」

「いつも淡々と業務をこなす。やることだけやる主義」


「.......それは」

カナリヤードの言葉が詰まる。


「いやー?珍しいなと思っただけだよ?」

「ね?君もそう思うよね?」

なぜか自分に話を振ってくる。


「知りません」

「ドライだなー。またドリル突っ込んじゃうよ?」

「..............」

下を向き、無言を貫く。


「多分、昨日の雷が影響してるんじゃないかなぁー。エネルギーがリヤくんの過去に触れたみたいな?」

「それに彼はエネルギーが枯渇しない」

「詳しくは知らんけど」

両手を広げて、どうでもいいような表情を浮かべる。


「まあもう1回やってみるか」

「.......は?」

手腕楹咤の顔が上がる。


「記憶の実験だよ。実験」

「君、他人の記憶まで触れられるとか面白すぎるんだもん」


天城は椅子から立ち上がると、

こちらへ歩いてくる。白衣を揺らしながら。

「位置エネルギーは高さ」

「運動エネルギーは速さ」


「じゃあ能力エネルギーは?」

天城は笑う。


「その人の存在、核だよ」


「生き方」

「感情」

「記憶」

「本能」

「恐怖」


「人間そのものが圧縮されたエネルギー」

「それが能力エネルギー」


モニターを見つめながら、

天城は嬉しそうに続ける。


「だから能力者は、“心”が壊れると能力も不明瞭になる」

「逆に言えば、強烈な感情はエネルギーを爆発的に増幅する」

「その破壊の先にあるのが、再構築。国のなかでもごく一部しか使えないけど」


「そして君は——」

天城がニヤつく。


「その核が、壊れても減らない」

「だから、他人のエネルギーにまで侵食した」

「……僕の仮説だけどねぇー」


そう言いながら、天城は手腕楹咤の額へ触れた。

「やめ——」


目を一瞬つぶると

「記憶を与える」

「——再構築(さいこうちく)せよ」


瞬間。また白い火花が散る。

前の再構築で発現した青色のものではなく、黄色の魔法陣。

空間が歪む。

「ッ——!?」

脳が焼ける。

知らない感情が、無理やり流れ込んでくる。

寒い。痛い。苦しい。悲しい。

自分の感情じゃない。

景色が切り替わった。


夜。雨。

狭いアパート。

「——だから、やめなさいって言ってるでしょ!?」

女の背筋が凍る怒鳴り声。

幼いカナリヤードが立っている。

小さい。細い。

俯いている。


「ごめんなさい……」

「謝るくらいなら普通にしなさい!」


ガシャアン!!

皿が割れ、キッチンが破片まみれになる。

身体が震える。

怖い。

怖い。

怖い。


「あーあ、あんたなんか産むんじゃなかった。あの男が忌々(いまいま)しいパンドラの箱に関わるから」


「——ッ!!」

現実。手腕楹咤が床へ倒れ込む。

「はぁっ……はぁっ……!」


呼吸が荒れる。すると。

「……もう十分です」

カナリヤードが低く呟いた。

天城が目を細める。

「ん?」

「リヤくん、止めるの?」

「…………」


沈黙。でも。

その視線だけは、ずっと手腕楹咤へ向いていた。

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