継雷
翌日。皇宝邸のさらに奥。
金と銀で建てられた30m級の巨大な城。
その城の名はエンペラーキャッスル。
帝国の象徴であり、限られた皇族と演出用メディアしか入れない聖域のような場所。
玉座の間。パーティー会場でもあるその場所で、四代目皇帝候補であるエルティーナ・イーヴン・アルティメットは足を組み、ワインを揺らしていた。
長い金髪に白い軍服。腕には金の輪。
革のサンダル。まだ20代。
その目は冷たい目をしている。
「測定不能、ね」
向かいには表向きの首相であるオブバース・バックリアー。
昨日で40歳を迎えた若き首相は深く頭を下げる。
「ドクター天城の施設より報告がありました」
「ただの日本人の凡族ですが、エネルギーが枯渇しないと」
エルティーナは少々目を大きく開くと、
「枯渇しない...?」
「凡族で?」
「はい」
「興味深い」
「Interesting」
バックリアーは表情を変えない。
「エネルギーが枯渇しないとは、パンドラぶりに聞く言葉です」
「......その名をここで出すな」
「なにー?うちのことー?」
玉座の間の奥。小さめの黒箱から声がした。
バックリアーは目を伏せる。
エルティーナは舌打ちした。
「黙れ」
「ちぇっ」
「この凡族を使えば、あなたを正式な四代目皇帝にすることも可能かと」
バックリアーは目を瞑りながら想像する。
「より高度で頑丈なエネルギー供給」
「物資生産」
「魔法陣研究」
「兵器運用」
「すべてが加速します」
「勝手に話を進めるな」
「Not」
エルティーナは人差し指を顔の前に向け、椅子に深く座り直す。
「.......失礼いたしました」
「皇位を凡族に左右されるほど、安いものにする気はない」
そう言いながらも、興味だけは隠せなかった。
「ワンとミメーシスに勝ち」
「お母様が遺した皇位継承権を奪い返す」
「凡族はテンに見張らせろ」
「逃がすな」
「使えるならとことん使う」
「使えないなら壊す」
「Break」
バックリアーは静かに頷いた。
「承知しました」
深く頭を下げる。
「それと」
「明後日の能技劇場、そいつを出場させろ」
「お試し期間だ」
「Trial」
「重ねて承知いたしました」
オブバース・バックリアーは静かに踵を返した。
玉座の間を出る。重い扉が閉まる。
静寂。
薄暗い廊下を一人歩く。
誰もいない。
監視の目もない。
そこでようやく、バックリアーの表情が崩れた。
「……測定不能、枯渇しない、か」
口元がわずかに上がる。
懐から金色の古びた鍵を取り出す。
黒い扉。皇宝邸のさらに奥。
誰にも知られていない地下室。
鍵を差し込む。
ガチャ。
中は暗い。
壁一面に貼られた資料。
写真。血統図。
能力研究記録。
その中央。
手腕楹咤の写真。
今日撮られたばかりの監視映像だった。
「ようやく見つかった」
低く呟く。
机の上には、一冊の古い記録。
表紙にはこう刻まれていた。
【次期帝国計画】
バックリアーは静かに椅子に座る。
「今の皇帝候補じゃダメだ、思想が全て先代に劣る」
「次の時代、新しいリーダーが必要だ」
暗闇の中で笑う。
* * * * * *
同時刻。天城莱壽の研究所・実験室。
「起きなさい」
冷たい声。薄く目を開ける。
カナリヤードが立っていた。
「次の実験です」
まだ終わらない。終わる気配もない。
手腕楹咤は、自分の人生がもう元に戻らないことを理解し始めていた。
『エネルギーが無限にある...というより枯渇しない...』
『やはりパンドラに似ているねぇ』
そう言い終えると、2時間ほどエネルギー耐久テストを行い、脳内と臓器に電流が走った。
痛み。また痛み。
「別の実験室にご案内します」
手錠をかけられ、たどり着いた場所は学校の体育館のような縦と横が広い大きい部屋。
「ここで立っていてください。手錠はそのままです」
そうすると、カナリヤードは空気に流れるように消えた。
彼女の能力だろう。
しばらくの間、体育館に似た実験室で立っていると雨が降り始めた。
ここは室内で窓はない。人工的に降らせている雨だろうか。それに雷も近くで落ち始めた。
ゴロロロロ、という音とともに4つの雷光がどんどん自分に近づいてくる。
「え....あ」
逃げようとしても手錠のせいで上手く移動できない。
----ゴロゴロゴロッ!!!
4つの雷光が自分に落ちた。青白い火花と黄色い雷が合わさって緑色に変化していく。
腹のナイフには変わらず青白い光が散っている。
雷の爆音が耳を鳴らし、神経系が損傷していく。
感覚が麻痺した。でも意識だけが切れない。
『神経伝達速度、正常』
『再生開始まで約1分』
「おっけ、じゃあ電力強めてみる?」
別部屋で様子を観察している天城莱壽がAIに命令する。
さっきより強い雷が自分を襲う。音も大きくなっている。
「......あ...っ、、」
『んー、おっけ〜。これで終わりでいいよー』
突如ドクターがそう言うと、緑の雷光がスッと消えた。
自分の焼け焦げた体を見ると、左腕の皮膚に木の枝のような赤い模様が浮かんでいる。
神経が損傷しているため痛覚はわからない。
「警戒を緩めてはいけません」
「ぁ.......っ」
直後、自分の首に刃物が刺さり、雷で飛ばなかったはずの意識が飛んだ。
別の実験室で目を覚ますと、今日の実験はこれで終わりとカナリヤードから告げられた。
まだ頭に強い電流がビリビリと流れている感覚がある。痛い。
部屋に戻ってくると、いつも玄関前で帰るカナリヤードが中に入ってきた。
どこからか持ってきた水を持ち、机に置く。
「飲んでください」
「......毒か」
「その質問、好きですね」
淡々としている。
でも、なぜか今日は目を見てきた。
「......」
理由はわからない。でも違和感が残る。口にしまっておくが。
カナリヤードは少し手腕楹咤の顔を覗くと、無言で部屋を出ていった。
監視カメラの死角。扉の外。
カナリヤード・ロックルは自分の手を見つめていた。
血がついている。その血は、もちろん手腕楹咤のもの。
その血を親指でなぞる。
「......なぜでしょう」
ここにきて、謎に痛みが走った。
その痛みはなにか、理解できるはずもなく。




