9.ありふれた「蜘蛛」と「カマキリ」と「クズ男」
カミカゼ・タクシー。こんなタクシーはボクの最初に生まれた世界にはなかった。ダンジョン発生で市街地が吹き飛んだ直接被災エリアは半径400m。その後100mの緩衝エリアを設けて防壁が築かれた。壁の中は侵入制限エリアとされ、CIWS:ファランクス自動砲台やロケット砲座が睨みを効かせている。動体を感知し敵性と判断すれば問答無用でゴツい20mm弾を雨アラレとバラ撒いてくる。冒険者が自動判別システムを信頼するなら、自己責任の範疇で歩いて移動することも可能だった。けれどタグが発するのは極めて微弱な電波だ。なんらかの遮蔽が起きれば認証電波は簡単に途切れる。次に起こるのは1秒間に75発の自動追尾射撃。人間が食らうと爆砕され原型を留めなくなる。そんな死の罠の中を車載型識別無線機が発するシグナルだけを命綱にして走り回る命知らずのタクシー。それが『特殊乗用旅客自動車』、通称『カミカゼ・タクシー』だ。車体はアメリカ軍仕様の『装甲強化型ハンヴィー』。ホテル前についた装甲タクシーの中には、不安そうなミカンさんとヨダレ垂らして眠りこけるシオンがいた。シオンを蹴っ飛ばして起こし、いったん部屋に上がって装備を持ってくる。ふたりが到着する前に長丁場も覚悟して着替えの下着類と日用品も用意しておいた。無限水筒のお陰で重い水ボトルを大量携行しなくて済むのがありがたい。戻ったときに宿無しなのは悲しいから、ホテルには1ヶ月分の逗留を申し込み、前払いも済ませておいた。カミカゼ・タクシーのドライバーは怪我で引退した元冒険者さんだそうだ。ボクたちのアップしたYouTube動画はまだ観ていない様子。口止め料なんてどうせ無駄だから渡さない。危険地域へ突入してくれる勇気に、純粋な感謝としてチップを弾んだ。
ダンジョン周囲の緩衝エリアには下水道などから逃げ込んだ『異形』が住みついているらしく、無防備に歩いていたら100%襲われるそうだ。下水道だけじゃなく、そこから這い出した個体がビルの瓦礫に住みついているらしい。だからみんなバスに乗るのか。タクシーはギルドビルやギルドショップのある東口のバス用ゲートからではなく、車両専門ゲートである南口から入った。もうすでにギルド前広場では功を焦った『愚行の人』が大挙して押しかけ、バス便の増発を求めてギルドと揉めているらしい。ギルドはパーティに最低レベル20以上の熟練者を加えるよう推奨している。この辺は全部ルキナからの情報。ダンジョンゲート構造物に到着したボクらが、この大騒ぎの動画をアップした張本人だと気がつく人はいなかった。ボクらはそそくさと荷をおろし、マントのフードを目深に被ってゲートを抜ける。そのままセーフゾーンも足早に突っ切り、第1階層から第2階層へと降りた。第2階層へボクたちが選んだ降り口は、第3階層への階段までいちばん距離があるためまるで人気がない。
「えっと。ダンジョン侵入時が地上時間午前2時。『魔法編』のアップ予定が昼の3時ですからそこから最低でも丸1日、つまりいまから1日半、姿を消したほうがいいと思います。それでほとぼりが覚めるわけじゃないんですけど、狂乱状態に巻き込まれるのは嬉しくないので。なのでダンジョン内時間で9日間過ごします。その間、レベルあげと階層制覇を行うつもりです。目標は10階層制覇か15階層制覇です。野営がきついですけどひとつだけ朗報があります。『無限水筒』を手に入れたので水が無制限に使えるんですよね。amazonで家庭用のビニールプールを買いました。当日配達で夜中に届いてたので使えます。水を持ち運ばなくてもよくなったのでリュックの空きができたおかげです。で。これを野営時に膨らませればお風呂に使えます。ファイアーボールなら詠唱式でもコントロールしやすいので貯めた水をお湯にできちゃうんですよ。3個買ってあるので破れてもオッケー」
「ダンジョンでお風呂って、なかなか粋だね。やるねえダンナ」
倒壊した石積みの建物。下を這う根の圧力か、ボコボコに盛りあがった石畳の道。ありとあらゆる割れ目から生え出す光ファーバー植物。湿気の多い部分には黒緑の苔が生し、羊歯みたいな葉の植物も密生している。天井を突き破って伸び出した巨木の根が建物を押し潰して聳え立つ。あたりは暗雲の立ち込める空模様ほどの明るさ。風が運んでくる苔と埃と霞の匂い。鳥なのか獣なのかもわからない多種な鳴き声。猿の声に似た甲高い喚き。道の先には6階建てビルほどの建物の残骸。都市計画なんて考えたこともない都市デザイナーの仕事なのか。ぐねぐねと曲がりくねった道。だいたい50歩に1回、ハンマーで石畳を叩きエコーロケーションサーチを行う。そのおかげで道の先に待ち受ける罠を感知できた。先頭に立つシオンが握り拳をあげて動くなサインを出した。
「道の先。くの字の曲がり角。右に1個。左に2個。偽装された穴みたいのみっけー」
シオンが囁くように報告してくる。
「確認した。あれたぶん『土蜘蛛』の巣穴じゃないかな。地上で『トタテグモ』っていって、巣穴に蓋をして隠れて寄ってきた獲物に襲いかかる小さな蜘蛛がいる。それの魔物版。大きさが熊くらいあるけどね。そばを通ると蓋を跳ねあげて飛びかかってくる。熊ほどは重くないけど成人男性程度の重さはあるそうだから、のしかかられたら押し倒されて巣穴に引き込まれちゃう。で、頭から丸齧りされる」
「うげー。蜘蛛苦手だー」
「私も苦手です。‥‥でも頑張ります」
「クモ類なら脳が大きいのが特徴。頭と胸が一緒になった頭胸部のほとんどが脳みそだって。なのでそこを斬れば倒せるらしい。外骨格だけどそこまで硬くないからちゃんと刃を立てれば斬れる。ただし真正面に立つと体重で押し倒されるから、サイドステップでかわしながら斬らないといけない。体勢が崩れて刃を立てづらいから注意して。動画で見た感じだと、慌てすに社交ダンス程度の優雅なサイドステップでもかわせる」
「とはいってもさー。普通に現代日本で人生を送ってきて、自分より大きな巨大人食い蜘蛛に襲われる経験なんてないからねー。恐怖のあまり脚が竦んじゃうんだよね」
「どんな経験も最初の1回がある。ミカンさんも怖いだろうけど、最初の1歩だと思って経験を積んでほしい。もちろんボクとシオンが全力でカバーするよ」
ミカンさんが喉を鳴らす。剣の柄にかけた手がかすかに震えていた。
「じゃあ、まずボクとシオンで左の2カ所にいる土蜘蛛を退治する。それからミカンさんに右の1匹を倒してもらう。いくよ」
ボクとシオンは言葉を必要とせず、アイコンタクトと口と手の動きだけで対応のすり合わせをした。こういうびっくり系は相手のペースでびっくりさせられると身構えていても数ミリセカンド反応が遅れる。わざわざ相手に有利な状況で勝負する必要はない。ボクはシオンとミカンさんを引き連れて道を外れる。左のふたつの巣穴に向かった。瓦礫の上をほとんど音を立てずに歩く。土蜘蛛は前脚と後ろ脚を目一杯伸ばしても5m。その範囲に入らなければ飛び出さないだろう。7mまで近づく。シオンと目で合図しあい、火の魔法の呪文を唱える。ユニゾンで唱え終わった。バレーボールほどの火球が土蜘蛛の巣の蓋に飛んでいく。蓋に当たって丸く広がり燃え溶かした。蓋は蜘蛛糸でできている。表面に植物や苔や土などを練り固めてカモフラージュしたものだ。表面が一瞬炎に包まれたけど蜘蛛の糸は燃えない。燃えずに溶けた。溶けて巣穴に滴り落ちた。獲物をびっくりさせるはずが自分たちが驚かされ、巨大な黒い毛むくじゃらが慌てて巣穴から伸びあがる。頭の周りにズラッと並んだ赤い目。10本脚に見えるけど2本は脚と同じような太さの触肢だ。キシキシと軋むような音は蜘蛛の鳴き声か関節の軋みか。相手の驚きが収まるまで待ってあげるほどボクたちはお人好しじゃない。ボクもシオンも火球を放出すると同時に刀を抜いている。シオンは左の一匹を。ボクは右の一匹を狙う。バタバタ走るんじゃなく足を滑らせるように接近し、直前で方向を変える。振りあげた歩脚が振りおろされた。けど、そんなところをいつまでもウロウロしているほど、ボクもシオンも悠長な性格じゃない。凶悪な爪が地面を抉ったとき、ボクとシオンは土蜘蛛の横に立っていた。つき合い長いからなあ。動きがシンクロしてる。
剣術でいうところの刃筋を立てる動き。剣の軌道角度に対して刀身が限りなく同じ角度になるようコントロールする技術。精緻ステータスの3つの項目『誤差』、『筋制』、『環応』がすべて影響する。狙った場所に限りなく近い位置に動きを収斂させる『誤差』。刀身だけでなく脚運びから全身の溜めや捻りを最適位置に動かし、かつぶれを抑え込む『筋肉制御』。動作の始まりから終わりまでの各瞬間に動作がもたらす結果をマイクロ秒の間隔でフィードバックし修正を加える『環応』。すべてがぴったり嵌ったとき、ただの刀でも鋼鉄が切れる。免許皆伝とはいかないけど、師範代クラスはいってるボクの斬撃は魔剣じゃなくても土蜘蛛の甲殻をバターのように斬り裂けるはず。まして使ったのは魔剣『霧雨』。土蜘蛛の頭胸部は24ピースに斬り分けられた。横の巣穴ではシオンがもっと細切れにしている。双剣だから手数が違う。蜘蛛は筋肉の収縮と体液の水圧で脚を曲げ伸ばしして動く。総じて蜘蛛は体液が多い。盛大に噴き出した緑色の返り血を避けて、ボクは巣穴の後ろに移動した。土蜘蛛は脚を丸めてひっくり返りぷるぷると震えている。でも、昇華するまで10秒は臨戦態勢を崩さない。分散脳といって複数の脳を持つ魔物も多く、脳を破壊したからといって即時に攻撃が止まるってものでもない。倒した相手と同時に、周囲にも広く意識を飛ばした。異常なし。道向こうの土蜘蛛に動きはない。
「‥‥凄い。こ。怖くないの?」
倒した土蜘蛛が昇華していく。赤い光の粒子が散乱して消えてから、静かに納刀した。
「慣れです。経験を積んでいくと、動きのいい悪いや相手の実力が醸し出す圧迫感なんかが感じ取れるようになります。いまの土蜘蛛はボクやシオンの戦闘能力からしたらかなり格下でした。対峙しただけで感じ取れます。なので心理的な余裕ができました。後は舐めて油断しないよう自分を戒めながら丁寧に行動するだけ。ミカンさんもできますよ。なのでその第一歩。自分より大きな相手の威圧感に負けない経験を積みましょう。相手が向けてくる殺意や死に物狂いの足掻きを真正面から受けて怯まないように。もちろんボクとシオンがついてます。それにミカンさんの装備してる防御シールドは危険が迫れば自動展開してくれます。身体に危害が及ぶことはまずありません」
地面に残された5カラット相当の魔石を拾ってシオンに放り投げる。シオンがもう1個の魔石を拾い、一緒に袋にしまう。
「『まず』なんですね」
「シールドでも防げない事態が起こったときにはボクとシオンがフォローします。ミカンさんは敵よりもまず、自分自身の恐怖心と戦わなくちゃなりません」
「そそ。泥舟に乗ったつもりで安心してねー」
「泥舟‥‥ですか。‥‥それは、心強い」
ミカンさんがにっこり笑った。筋肉の緊張が半分弛む。シオンがあえて冗談をいったのがわかるので突っ込みはなし。
「では。7mまで近づいたら火魔法を撃ち込みます。歩きながらゆっくり魔素を練ってください。残り10mで剣を抜くと同時に詠唱開始です。火魔法を撃って蓋が溶け落ちたら土蜘蛛がびっくりして頭を出します。そこに正面から突っ込んで、直前で右か左にサイドステップします。脇を取れたら後は頭胸部を斬るだけです。突き刺したぐらいでは即死しないので滅多斬りにします。落ち着くなんて無理でしょうから、刃の向きと刀の軌道を合わせることだけに集中してください。刀身が寝ると甲殻に弾かれます」
「はい」
ボクたちはミカンさんを中心に5m間隔で列を作り、残る巣穴に接近する。ミカンさんが立ち止まり詠唱を終えた。テニスボールほどの火球だったけど、中心が白く輝き温度は充分だ。紙風船のようにふわっと飛んで巣穴の蓋の上に落ちる。ミカンさんの魔素練りがタイトで、魔力があがり過ぎてたみたい。蓋の上で結束が破れて広がらず、蜘蛛の糸を溶かしてそのまま巣穴の中に落ちた。ギシャッっていう土蜘蛛の悲鳴が聞こえる。蓋を跳ねあげて飛び出した土蜘蛛の頭頂部が炭化していた。左の触肢も焼け焦げている。ノコノコとやってくる間抜けな獲物を虎視眈々と待ち構えていたのに、まさか自分が焼かれるとは思ってもいなかったろう。土蜘蛛は大きな脳いっぱいに感嘆符を渦巻かせ、フリーズしていた。でもミカンさんもそれに負けず、土蜘蛛のあまりのグロさに硬直している。数cmの普通サイズでも怖がる人がいるのに、人間より大きな異形の顔をドアップで見せられたらトラウマになる。ヨダレの滴る顎を覗き込んだんだから、脳がフリーズしないほうが異常かもしれない。どっちもどっちでお互いがお見合い状態。我に返ったのはミカンさんのほうがコンマ5秒速かった。土蜘蛛の焼けた左半身の方向に身体を翻す。意図してか偶然か。結果として左側の目を焼き潰されている土蜘蛛はミカンさんを見失った。ミカンさんの顔色は青を通り越して白い。それでも目の前から消えたミカンさんを探して頭胸部を捻ろうとする土蜘蛛の脳天にミカンさんの剣が振りおろされた。事前にしっかり注意喚起していた成果か、きれいに刃が立っている。やや浅めだったけどスルッと土蜘蛛の頭部に刃が通った。断末魔の土蜘蛛が暴れ、歩脚の1本がミカンさんの位置に振りおろされた。それをしっかりカバーしていたシオンが斬り飛ばす。ミカンさんの2撃目はやや焦りが出て、土蜘蛛の甲殻で滑った。ミカンさんが腹の底から気合の雄叫びを漏らした。うーん。雄の叫びと描いて雄叫びか。女でも雄叫びっていうのかな。AIに聞いてみたいんだけど、電子的存在の超AIであるルキナはダンジョンに入れないから聞けないのが残念。なんて与太を考えてる場合じゃないんだけど。勝負は決してた。土蜘蛛の頭部がきれいに斬り飛ばされる。噴き出した血液がバシャバシャ音を立てる。ガリガリ地面を引っ掻いて足を縮めた土蜘蛛がボクの方に転がってきた。虫嫌いなんよ。脚で蹴って止める。ミカンさんがべたりと座り込んだ。
「こ。怖かった‥‥」
シオンが納刀しながら近づき肩を叩く。
「映画館並みの巨大スクリーンで見たって、リアルの生々しさには及ばないもんねー。でも。立派でしたよ。カッコよかった」
ミカンさんが鼻を啜って立ちあがった。鼻の奥で涙ぐんでいたのだろうか。
「魔石を拾ってください。記念すべき土蜘蛛初討伐の証です。記念に持っていってもいいですよ」
「いえ。こんなところで満足しているわけにはいかないですよね。戦った記憶と記録が記念品です」
ミカンさんが魔石を拾いあげる。シオンがリュックから魔石袋を取り出す。魔石を受け取ろうとミカンさんに手を差し出した。
「シオンさん。私が魔石の袋を持ち運びます。シオンさんは先陣を切るポジションなんですから、身軽じゃないとだめです」
シオンがあっさり「あっそう。じゃあ。よろしくー」といって袋を渡してる。どこからか、ボクが持ってもいいんじゃないかという声が聴こえてきたような気がするが‥‥。ボクはホラ。『影の黒幕』で頭脳労働担当なんだから。そんくらいの特権があってもねえ。って『ボク内のボク専用弁護士』が反論してくれた。休憩を挟もうかと提案してみたけど、ミカンさんは大丈夫だといい張った。経験値は土蜘蛛1匹で180。3匹で540。収穫は5カラット魔石3個。ミカンさんの剣を拭きあげる間だけ時間を取り先を急いだ。
第3階層への階段へ向けて第2階層の巨大空洞内を進む。途中ゴブリン部屋を5つ発見した。それぞれ46匹。36匹。43匹。39匹。41匹。洞窟型ダンジョンは閉鎖環境下であり一酸化炭素中毒が怖いけど、開放型の空洞内なら通気が取れるので火炎魔法が使える。雷魔法に比べて圧倒的コスパがいいので最初は火炎魔法を使った。ミカンさんにも練習で火魔法を同時に撃ち込んでもらったりもする。なんだけど、ゴブリンの皮膚は火傷に強いのかもしれない。思った以上に生き残りが多かった。モンスターハウスの居住空間がスライムに比べて大きいせいもあるのかも。次からはコスパの悪い雷魔法に戻した。全部で205匹。経験値20500。魔石2カラット205個。ドロップキー3本。宝箱からは『不破断の籠手』『結界魔導器』『万能毒消し』『氷魔法の実』『睡眠魔法の実』が手に入った。といっても宝箱から取り出した段階では単なる『綺麗な文様入りで表面が薄紫に光る籠手』『深紫の薬液入りのポーション』『薄青いガラスの珠』『ラベンダー色のガラスの珠』だったわけで。後々、9階層のボス、ケルベロスを倒して手に入る『鑑定の腕輪』で鑑定してわかったことだ。
2階層をうろついて経験値稼ぎする案もあった。でもYouTubeでセンセーションを起こしちゃったからもう少し深く潜ったほうがいいという判断で、うろつき案は却下になる。真っ直ぐ3階層への階段へ向かった。それであまり嬉しくない遭遇が起きてしまう。3階層への階段目前、通路を塞いで動かないヒュージマンティスに遭遇。なんと捕食したゴブリンを頭からむさぼり食っていた。魔物同士で殺し合った場合、死体は昇華せず死体として残る。どういう原理なのか法則なのかもわからないけど。頭蓋骨を喰い破る硬い音が響き、遠くからでも存在がわかったのはありがたい。カマキリは静止して周囲に溶け込む待ち伏せが上手い。ボクたちはずいぶん手前で建物の影に身を潜め、顔をくっつけんばかりに近寄せた。声を潜めて戦術を伝える。
「単体なら2階層最強の魔物に当たっちゃいました。ヒュージ・マンティスです。立ちあがり身長3m超えの巨大カマキリ。じっとして動かず、ゆらゆら身体を揺らして距離を立体視しながら待ち伏せます。でも、走り出したらびっくりするほど速いです。そのうえ飛びます。いちばん恐ろしいのは前脚の鎌です。わずか0.05秒で突き出され、トゲトゲつきの鎌に挟まれて引き寄せられます。鎌の速さはボクやシオンでも見切りが難しいでしょう。力も強いです。パワーショベルに押さえつけられるほどの力ですね。捕まったら逃げられません。あとはあんなふうに生きたまま喰われます」
ミカンさんが額に汗を浮かべて頷く。シオンも生きたまま喰われる自分を想像したのか、しょっぱい顔している。
「なので狙いをつけられる前にまず目を潰します。光魔法の応用で。光球をギュッと圧縮して飛ばし、目の前で圧縮解除します。すると光が爆発したみたいに放射され、直視した目を眩ませます。魔法版の閃光グレネード弾ですね。ボクが魔法を唱えながら正面から。ミカンさんとシオンは先に横手に移動して待機してください。ボクが接近しながら手を上に挙げて指を折ります。3、2、1ってカウントしますので、ゼロのタイミングで目をつぶって手で目を覆ってください。光の爆発は0.3秒で収まりますから、シオンが突入します。ミカンさんは支援をお願いします。火魔法で羽を狙ってください。羽を焼いて飛べなくする狙いです。たぶんカマキリはパニックして暴れまわるでしょう。撃ち出した火球の軌道を途中で曲げたり、カーブして回り込ませたりの練習だと思ってください。突入していくシオンやボクに当たらないよう軌道調整してくださいね。カマキリに当たらなくても問題ありません。逃げられたらそれはそれで。単体でたいした経験値にもなりませんから。慌てず冷静に軌道をイメージしてください」
ボクはシオンに目を向ける。シオンが小さく頷いてミカンさんの肩を叩き、連れ立って離れていった。建物伝いに迂回してカマキリの左横に回り込む動きだ。ボクのいる位置からカマキリまで約30m。シオンたちが脚を忍ばせて半分ほどの距離を詰める。待機位置にした半分倒壊した壁に身を潜めたのを確認してボクは立ちあがった。特に身を隠そうとせず道沿いにカマキリに近づいていく。ゆっくり歩きながら魔素練り。シオンたちが待機する壁の横を通り過ぎるとき詠唱を始めた。
「燦然たる軌条。太陽の雫。白陽の波動。闇を祓い標となりて導く。光灯れ。繋がりの力。握り包む暗黒の渦。点への回帰。特異への歪み。内破する崩壊。狂える重力の収斂。玉響の凝縮の果てに弾けよ」
玉響と唱えたあたりでカマキリが気づいた。首だけがグルンと回りこちらを見つめる。その動きでゴブリンの首がちぎれた。うわお。スプラッタ映画だ。唱え終わり。カマキリに向けて差し伸べた手の平からパチンコ玉ほどの光球が飛び出す。速くもなく遅くもない速度でカマキリの顔へ向けて飛んでいく。ボクは伸ばした手を上へ。指を3本立て、1秒ごとに指を折る。手離されたゴブリンの死骸が湿った音を立てて地面に落ちた。カマキリの鎌が身体に引き寄せられる。ボクとカマキリの距離5m。カマキリの体長3m。鎌を伸ばし後脚を伸ばせば届く距離だ。最後の指を折った。目をつぶり左手で目の前を塞ぎ、ヤマ勘で右にサイドステップする。そこまで庇っても瞼の裏が白くなった。同時に身体の横を重いものが通り過ぎる。とんでもない速さ。風圧で押される。カマキリの巨大な鎌先がさっきまでボクがいた地面を抉っていた。同時に左手でコンバットブーツの靴底が地面の砂埃を踏む音。
「‥‥顛動する赤光。灼熱の軋轢‥‥」
ミカンさんの火魔法詠唱が聞こえる。目を開けてカマキリを視た。引き戻した捕獲肢を大きく広げ、威嚇のポーズを取っている。全複眼が強い光で真っ白になり、動きを捉えるためのコントラストを検知できなくなっている様子だ。ただカマキリには胸のあたりに耳のような器官があり超音波を捉えるという。普通のカマキリの場合、天敵であるコウモリの接近を感知するための器官だ。けれどこんな巨大なカマキリを捕食する天敵って、ラドンとかギャオスとかワイバーンとかかな。余計なことを考えてる間に、シオンが飛んだ。その下をミカンさんの火球が走り抜ける。聴覚器官があるとしても視覚ほど精密なものではないようだ。シオンの動きに反応はしたけど鈍い。シオンの双剣が鎌の付け根の関節に食い込んだ。カマキリの右前脚の鎌が吹っ飛ぶ。と同時にミカンさんの火球が上手くカーブして巨大カマキリの羽を焼いた。魔素練りがうまい。かなりな威力だ。片羽が燃えあがり、巨大カマキリは甲高い歯ぎしりみたいな音を立てて身体を右に傾ける。斬り飛ばされた右前脚を庇ったのか。闇雲に残った左前脚を振る。ボクは踏み込みダッキングでかわして伸び切って止まった左前脚を唐竹割りに斬る。左の鎌も落ちた。ミカンさんの2発目がカマキリの背中に着弾しもう一枚の羽も焼く。飛ぶこともできず武器もなく。逃げ出そうと後退しかけたカマキリの首をシオンの剣が切断した。ドザザッとカマキリの身体が崩れる。起きた風で燃えた羽のタンパク質独特の臭いが漂った。経験値たったの250。5カラット魔石1個。割が合わない討伐だ。巨大カマキリが捕食していたゴブリン分の経験値はカウントされない。律儀なダンジョンだこと。
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名前:ミナト
【獲得経験値:66760】
【ステータス覚値:06/30】
筋力:3 敏捷:6
知力:11 精緻:4
生命:3 感覚:3
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名前:シオン
【獲得経験値:66760】
【ステータス覚値:00/30】
筋力:5 敏捷:8
知力:5 精緻:6
生命:2 感覚:4
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名前:ミカン
【獲得経験値:64480】
【ステータス覚値:00/29】
筋力:2 敏捷:6
知力:7 精緻:6
生命:3 感覚:5
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「ついに第3階層到着ですね。ここは天井が高いです。暗くてよく見えないけど」
ボクたちは人気のない西階段から2階層へ降り、3階層への階段が近い東階段へ向けて2階層を横断してきた。2階層から3階層へ降りる階段はひとつだけで、3階層の南端に降り立つ。4階層への階段はエリアの中央部やや北寄りにあり、そこまでは分岐しまくる峡谷型迷路だった。巨大な空洞中の地面を巨人の斧が縦横に断ち割ったかのようだ。天井ははるか高みにあるはずだ。光ファイバー植物で覆われ、発光すれば黄昏並みに明るいはず。でもいまは夜の時間帯なのか光が弱い。月夜レベルの暗さだった。峡谷の底で上を見あげれば、左右の壁は垂直に切り立ち上部は闇に溶け込んでいる。10m以上あるはず。峡谷の底は幅6メートルほどの通路になっている。白い。石灰岩だろうか。岩壁にはところどころ不規則に四角い穴が開いていてそれが窓にも見える。ただの四角い穴の場合もあれば、その奥が部屋状の空間を持っているものもあるらしい。じっと見つめていると窓の奥の闇が動くような気がしてくる。
道はゆるく曲がりながら北へ伸び、途中複雑に分岐していた。ところどころ地面を割って背の高い木生シダが生え出し、峡谷の乾いた風を受けてさわさわと葉擦れの音を落としてくる。地面や壁の小さなヒビさえ見逃さず雑草が伸び出している。こんな場所の植物はどうやって水を確保しているのだろう。天井の割れ目から水が漏れ出してくるのだろうか。岩壁に耳を当てハンマーで叩く。近場に危険な動きはない。3階層の地図は丸暗記してある。2階層からの階段からおおよそ北方向。巨大空洞の真ん中やや北東寄りに4階層への階段がある。距離にして10km。歩いて約3時間の距離。その先はいよいよ階層ボスの部屋だ。歩き始めたところで、シオンが顔中を口にするほど大きなあくびを漏らした。ミカンさんにもシオンのあくびが移る。
「あと5分歩いたらキャンプに最適な場所があるはずです。そこでキャンプしましょう。寝不足でダンジョンに潜ったし、疲れてパフォーマンスが悪いまま進むのって地味に危険ですもんね」
「それ賛成。お腹も減った」
シオンが大きく伸びをする。
「この先の分岐を右に行って100m歩いたところにかなり大きな空洞があるはずです。湧き水も出るし、入口が狭くて奥がだだっ広いから入口さえ見張れば安全確保しやすいって。第3階層探索のベースキャンプとして使うのに最適なロケーションらしいですよ。お宝で出た結界魔導器があるんだから、それも使いましょ」
腰に着けた革ポーチから懐中時計を引っ張り出す。今度はちゃんとネジを巻いてあるもんね。時計の針は午前9時を差している。ダンジョンに入ったのが表の世界の午前2時。そこから7時間経ってる。第3階層ダンジョンは昼夜の概念があるようだけど、普通のダンジョンはつねに薄暗く昼夜の区別がない。だから適切なタイミングで休憩を取らないと、知らないうちに疲弊しているって事態になる。分岐を右に曲がったところで野太い笑い声が聴こえた。先にあるドア1枚分ほどの入口から、ゆらゆら揺れる光まで漏れている。
「あら。先客いるよ。不用心だねー。音も光もだだ漏れさせてる。徘徊魔物を引き寄せちゃうのに」
シオンが眉を顰めた。
「どうする。別の場所にする?」
ボクが聞くとミカンさんが応えた。
「他にキャンプに適した場所があるんですか?」
「いや。ここが最適。4階層への階段を通り越した奥の奥にもうひとつあるみたいだけど。もの凄い遠回り。4階層のボスをやっつけて先へ進んだほうが楽なくらい」
シオンがやれやれって顔をした。
「場所の使用に優先権があるわけじゃないし、混ぜてもらっていいんじゃない。ミナトの人嫌いは治らないね。なんていうんだっけ。呉越同舟だっけ。呉越同舟だから協力しあわなきゃいけない、ってもんでもないし。マナーを守って距離を取ればいいんじゃない。ウチはお腹減ったよー」
「おっけー。じゃあここでキャンプしよう」
ボクたちはあえて足音を忍ばせずに入口を入った。魔物と勘違いされて攻撃されたくない。笑い声がピタッと収まる。4mほどの通路を抜けると大きな体育館ほどの空洞に出た。左右に長い楕円形の空洞で、正面奥の壁から流れ出した湧き水が地面を侵食し小さなプールを作っている。泉の右奥に何枚ものブルーシートが敷かれ簡易テントが3つ設営されていた。テントの奥には物資を収めているのだろう多数のプラスチックケースが無造作に積まれている。ブルーシートの一部が切り取られ丸く石が並べられて簡易竈が設けられていた。盛大に炎が立ちあがり6人の男たちが食事をしている。濃厚なにんにくの臭い。ウイスキーとジンの匂いも混じる。
「こんばんはー。おじゃましまーす」
シオンの元気いっぱいの声が響き渡る。男たちが一斉に振り返った。うーん。第1印象はかんばしくないな。挨拶に応える輩がひとりもいない。
「あー。っていうか。お邪魔はしません。ボクたちはこっちの隅で邪魔にならないよう静かにキャンプしますので。お気になさらず。お気遣いもなしで。よろしくお願いします」
ボクはフォローした。フォローになってないかもしれないけど。男たちはボクたちの風体をようやく認識して女3人のパーティだとわかるととたんに舐めた物言いになる。
「おやおや。お嬢ちゃんたち。3階層は物騒だぜ。俺達が守ってやろうか?」
手前のバイキングみたいな髭モジャがにやけて声を掛けてくる。
「あ。すみません。ボクたちただ休みたいだけなんでお構いなく。あと。ボクたちそこそこ強いんで守ってもらわなくても結構です」
挑発しないようトーンに気をつけたつもりだったけど、何人かの男たちがムッとした顔になった。ボクたちは男たちといちばん距離のある隅に向かった。体育館並みに高い天井がその隅では2mほどに低くなっていて、設営がしやすいというのもある。距離が開いたので男たちの会話までは聞き取れない。と男たちは思っているようだけど、あいにくボクたちはステータスの感覚が高い。地獄耳なのである。
「おいおい。まさかこんな場所であんな上玉揃いに出くわすとはな。お近づきになっちまおうぜ」「そこそこ強いってよ。オマエじゃ敵わねえんじゃないか?」「ここは下手に出て、まずは酒でも飲まそうぜ」「回りくどいことしなくても、ここはダンジョンだぜ。やっちまえば素直になるさ」「いうこと聞かなければ、殺しちまえばいいってか。おいおい。俺は犯罪者になるつもりはないぜ」「そうだな。俺も人殺しにはなりたくない」
野蛮人が2人。酔っぱらいの粋がりが2人。ギリギリ常識内に踏みとどまってるのが2人って感じかな。問答無用で強盗や強姦魔に豹変することはないだろうと見切りをつける。荷物を降ろしたシオンは竈の作り方をミカンさんに教えている。ボクは折り畳んでヒップバッグに収めていたタープを取り出す。タープって広げると2m50cm✕2mの大きな1枚布だ。なのに重量がわずか240g。大きめオレンジ1個分しかない。野外で上に張れば屋根になる。ボクたちはこれを目隠しに使った。床や天井が石灰岩っぽいので強力なアンカー類は剥離脱落しかねない。なので接着剤で天井にフックを貼りつけた。ここは風もないし金具に掛かる負荷はタープの自重だけ。床にも金具を接着しタープをピンと張る。これで目隠し完了。着替えとか覗かれても困るしね。
シオンたちが造った竈で火を起こす。各自の携帯鍋を火にかけ水を満たす。キャンプではしっかり美味しく栄養を取るように心がけている。なのでメニューはレトルトながら牛肉ハンバーグ。レトルトご飯は食べる前に容器の紐を引けば自動加熱してくれる。酸化カルシウムと水が反応して出る熱で水を蒸気化し容器内を循環させ、温める技術だそうだ。だからダンジョンに持ち込める。お湯が湧いたら半分をカップに移す。コンソメスープの素と乾燥野菜を山盛りで入れる。乾燥野菜にはキャベツ、にんじん、玉ねぎ、大根、小松菜、ほうれん草、ネギ、ゴボウ、とうもろこし、かぼちゃ、じゃがいも、ピーマン、トマト、椎茸、舞茸などが入っている。ビタミンと繊維質がこれでもかってほど摂れる優れもの。低温蒸気加熱減圧乾燥加工っていう特許技術だそう。なにより美味しくて食感もしっかり。長期探索に欠かせない糧食だ。湯煎のお湯で日本茶も入れた。無限水筒を手に入れてもダンジョンでの水の貴重さが身に沁み過ぎてる。タイミングバッチリで全部同時にできあがった。熱々をいただきます。うっまー。脳のどこかの快楽中枢がビリビリ痺れた。
食べ終わって汚れた紙皿やご飯パックの容器などを束で買ってあるコンビニ袋に片づけて奥の壁際に置く。ほんとにこれはダンジョンに感謝なんだけど、ゴミは1日放置すればダンジョンに吸収される。環境に対しての後ろめたさがなくなって感謝しかない。排泄に関してもそう。タープの陰、あっちのパーティから見えない壁際で用を足す。これも1日経てば大でも小でも綺麗さっぱり消える。さすがに他の人がいるところで携帯プールにお湯を溜めてお風呂に入るのは憚られる。装備を外して男たちに見えないようにブラウスやレギンスパンツを脱ぎ、携帯ウエットティッシュで身体を拭いて済ませる。顔を拭いて歯を磨き全員が寝袋を用意した時点で結界魔導器に魔石をセットしタープの前に置いた。これで洞窟全体が効果範囲に入り入口から迷い込んでくる魔物もいなくなるはず。見張りの必要がなくなる。ボクたちはお休みをいい合い寝袋に潜り込んだ。
しゃりっ。
ゴム底が砂埃を踏む音。ふわっと目が醒めた。懐中時計を見る。11時。1時間も寝てない。寝不足はさすがに自称『仏のミナト』でも不機嫌にしてくれる。寝袋のチャックを静かに開きするりと抜け出す。最低男たちに下着姿を見せるなんて泥棒に追い銭ってやつだ。レギンスパンツとブーツを履く。上はスポーツブラだけだ。このくらいなら拝ませてあげよう。音ともいえない音を感じて横を向くとシオンもレギンスパンツとブーツを履いていた。ミカンさんはまだ寝ている。気配は3人。足音を殺しているようだけど、酔っぱらいの忍び足なんて象の行進みたいなものだ。ランタンの光が酔っ払いの覚束ない足取りで大揺れに揺れる。空洞を横断してタープの前までやってきた。3人ともランタンをさげているのか、明るすぎて眠り姫でも起きてしまいそうだ。
「寝てるか?」
ミカンさんはまだ寝てるけど。
「結界魔導器なんて物まで持ってるなんてお嬢様のお遊び冒険だろ。安心して爆睡してるさ」
「俺は銀髪の姉ちゃんな。ああいう澄ました顔をヒイヒイいわせるのがたまんないんだ」
ボクは革の手甲を着けながらタープの陰から進み出た。拳の保護はだいじだ。
「ヒイヒイ」
最初に声を掛けてきたバイキング髭モジャはボクが好みらしい。気色悪る。まあ、お望みだからサービスしてヒイヒイいってあげた。
「うわあ。起きてやがったぜ」
「夜這いご苦労さま。お望み通りヒイヒイいってあげたから、満足だろ。怪我のないうちに武器持つのだけは許してあげるから、この場所から出ていってくれないかな」
「なにいってるんだオマエ?」
「平和的解決っていうのを説いてるんだけど」
ぞわり。と。ボクの発した殺気で空気が歪んだはず。なんだけど酔っ払いは鈍感すぎた。
「わけわからんことをいう生意気な口は、しゃぶらせて封じてやらんとなあ」
仲間の方を向いて卑猥なことをいってる。顎もこめかみもストマックもレバーもがら空きだ。こんな輩には後の先なんていう上品な技術を使う価値がない。2歩。ゆるりと踏み込んだ。身体の回転を思いっきり乗せたボディーブローを叩き込む。拳が手首までめり込んだ。もっと腹筋鍛えたほうがいいぞオッサン。顎なんてヒットさせて気持ちよく昇天させてやらない。髭モジャは身体をくの字に折ってゲロを吐き始めた。眼球がこぼれ出しそうに突出してる。息できなくてヒイヒイ喉を鳴らしてた。これを機に女性蔑視は悔い改めなさい。
「な‥‥」
残ったふたりも単音節しか発せられなかった。ボグッ。メリッ。湿った肉にめり込む音が2回響いて残るふたりも転がっていた。白目を剥き、泡を噴く。完全に失神していた。物音を聞きつけてミカンさんがむにゃむにゃいう。空洞の向こうから残る3人が駆けつけてきた。仇を討つつもりかなと思ったけど、地面に転がる3人を見て戦意は持てなかったみたいだ。
「すまん。こいつら、酔っ払って。まさか本当に襲うとは‥‥」
酒の匂いのしないお兄さんが必死で謝ってくれた。
「ボクたちはあと8時間ここでキャンプします。それまでここを出て絶対に戻らないでください。あなたたちの荷物に手は着けません。謝罪も結構です。それより安眠したいので近づかないこと。入ってきたら骨の2、3本は覚悟してください。3分時間をあげます」
気絶してる男2人は強烈なビンタで起こされてた。ボクがぶちのめした髭モジャはポーション飲まされてかろうじて立ちあがった。武器を持ってもう1度突っかかってくるかなと用心はしてたけど杞憂だった。男たちが必死で荷物をまとめ空洞を出ていく。2階層に戻るのだろうな。この空洞を出たら、結界魔導器の作用範囲から出ることになる。戻ってこようとしても、改めて精神干渉を受けることになるからかなり難しいはずだ。人気のなくなった空洞で、ボクたちはのびのび8時間休憩を取る。お風呂にも入った。『ダンジョン風呂』。最高でした。
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イラストはChatGPTで生成してます。




