8.ありふれた「特訓」と「遺物売買」と「深ダンジョンブレイク」
そこそこ煤けてはいたけど元気が残っているシオンがミカンさんに肩を貸して階段を登る。ボクは魔力低減状態でクラクラしてるところにミカンさんのリュックも担がなきゃならず、途中で拾った枯れ根のような棒を杖代わりにしてた。ようやく0階層セーフゾーンへ辿り着く。
「やったね。セーフゾーンへたどり着いたぞい」
ダンジョンブレイクのときは例外として、ここにモンスターは出現しない。けれど肩にこもった緊張は3割程度しか抜けないでいる。往々にしてモンスターより警戒すべきは人間だったりするからだ。マナーも治安もよいといわれる日本ですら、肩の力を完全に抜いて無警戒にはなれない。
「シオンさん。すいません。ここからはひとりで歩きます」
ミカンさんは右上腕と左腿に大きな裂傷を負っている。傷口はファーストエイドキットに入っている消毒薬で洗浄し、ミニステップラーっていう医療用のホッチキスで閉じ合わせている。その上から局所麻酔ゼリーを塗布して防水フィルムで保護した。この怪我は最後に討伐したモンスターハウスで負ったものだ。
「満身創痍でなにいってんのー。ウチらパーティでしょ。遠慮はなしよ」
ボクたちは短期間で最大の成長を図るための特訓をしているわけで、この程度の怪我は想定内だった。想定外だったのはお宝部屋で獲得したBグレードポーションの服用をミカンさんが頑なに辞退したこと。確かにBグレードポーションっていったら、切断された胴体ですら繋ぎ合わせて修復してくれるといわれる超高級品だ。ショップで買えば1瓶150万円。売れば120万円は手にできる。そんな高級品をこんなかすり傷には使えないとミカンさんは固辞した。塗り麻酔剤なんて気休めみたいなものだから、かなり痛いだろうに。結構ガッツある人なんだねミカンさんは。かすり傷とはいえない深さの傷なんだけど、幸いにも重要な血管はそれている。圧迫で出血を押さえればしばらくは保つだろう。とはいえこれ以上討伐を続けるのは無理だ。本人に無断でフェムトマシンを注入するわけにもいかないし、本日の特訓は終了するしかなかった。こんな事態のためにお気軽に飲める低グレードポーションを用意しておけばよかった。ボクとシオンにはフェムトマシンがあるからつい失念しちゃったんだよね。このへんはボクのミスだな。唯一ミカンさんが用意していたEグレードポーションは、モンスターハウス3つ目の討伐後に使っちゃってた。
どういう事態だったかといえば‥‥3つ目のモンスターハウス討伐で、1体のゴブリンと対峙していたミカンさんに向けて矢を放ったゴブリンがいた。すぐさまシオンに斬り伏せられていたけど、放たれた矢はミカンさんの前方に展開されていたシールドの横から滑り込んだ。幸いミカンさんの胸鎧にあっさり弾かれて‥‥けど上に逸れた矢の後端、矢筈と呼ばれる部分が頬を浅く長く抉っちゃったのだ。ミカンさんが緊急救命用にEグレードのポーションを1瓶持ってたので飲んでもらった。山吹色のポーションは下からふたつ目のEグレード。お値段10万円。下からふたつ目といっても切断級の大怪我でも傷口をくっつけてくれるし出血を止めてくれる。大手術と長期療養が必要な大怪我を、後遺症なしの全治数日に軽減してくれる優れモノだ。ミカンさんはかすり傷だから大丈夫と遠慮したけど、顔が命のアイドルユーチューバーなんだからと拝み倒して飲んでもらった。顔の傷は跡形もなく消え、魔力回復時間にみんなで行っていた素振りによる筋肉疲労と魔力枯渇による精神疲弊まで解消する。腕が吹っ飛んでもくっつけてくれるほど強力な治癒力がちぎれた筋繊維と活性酸素で傷ついた血管や細胞を修復し、血液中に増加した疲労物質アンモニアやアデノシンを分解してくれたわけだ。立ちあがる気力も尽きかけていたミカンさんがブランニュー状態に回復する。おかげでさらに3つのモンスターハウス攻略が可能になった。
「なにごとも。うまい話ばかりってわけじゃないわね。第2階層でゴブリンの倍も危険なヘルハウンド部屋にあたるなんてさー」
「ヘルハウンドと似てるけど火を噴いたりしなかったし、あれは黒妖犬っていったほうが正解かな。イギリスの伝承に出てくる幽霊犬」
真っ黒な毛に赤い目。安物の革鎧なら鎧ごと引き裂く牙と爪。わずかな凹凸に爪をかけて壁や天井を走る高速立体的機動。跳弾のように跳ね回りながら一撃離脱攻撃を仕掛けてくる。詠唱魔法じゃ精度とスピードに欠けるから黒妖犬の迎撃には向かない。ボクも魔剣を抜いての近接戦闘を余儀なくされる。雷魔法の直撃を逃れたのが10匹。シオンが右手方向6匹の塊へ突っ込んでいき、ボクが左手方向3匹を相手にする。ミカンさんは右端の他と離れた位置にいて半身を雷で焼かれた生き残りを相手にする。黒妖犬は半死半生だしミカンさんは魔法シールド活用に上達してきていた‥‥とはいえ、戦闘初心者であることには変わりない。人型と違い姿勢の低い黒妖犬は斬り払う位置が地面スレスレにもなる。そしてスピードが段違い。戦闘経験を積めばそういう差異を自動的に埋められるようにもなる。でもミカンさんは補いきれてなかった。黒妖犬の2回の跳躍突進を捌き切れず、太腿と上腕をざっくりいかれた。致命傷じゃないのは見て取れたけど重症ではある。ミカンさんが痛みと出血と恐怖で竦み、戦闘不能になったときカバーするため、ボクは目の前の3匹を適当にあしらいながら目を離さずにいた。ミカンさんは折れなかった。必死でシールドと剣を駆使し、徐々に黒妖犬の動きに対応できていく。賞賛のため息が出た。シールドで弾き返し、体躯が伸びた一瞬を逃さず剣で貫く。それを見届けてからボクは3匹を斬り伏せる。32匹の黒妖犬を討ち取って得られた宝箱には、なんの変哲もなさそうな金属筒が収められていた。それを手にして首を捻りながらシオンがお宝部屋から戻ってくる。そのときボクは5つ目のゴブリン部屋の宝箱から出た白銀色のポーションをミカンさんの手に押し付けようとしていた。ミカンさんは大怪我2カ所に10ヶ所の擦過傷という満身創痍。白銀のポーションはBグレードを意味し、切断された胴体ですら繋ぎ合わせ修復してくれる高級品。飲めばミカンさんの傷など瞬間修復されるはず。ところがどれほど説得しても、もったいなさ過ぎると固辞されてしまう。ミカンさんは自分でファーストエイドキットを取り出し、応急処置しようとした。ぼーっと見てるわけにもいかないので慌てて手を貸す。気丈な人だ。そんなことを思い返しながらぼんやり歩いていた。ボクも消耗してたみたい。シオンに声をかけられて、はっと現実に引き戻された。
「ミナト。ミカンさんの脚の傷どお?」
セーフゾーンに戻ってきて周囲の明るさが増した。シオンさんの傷の様子も光魔法をいちいち唱えずに見て取れる。
「保護フィルムから血が漏れたりはしていない。でもミカンさん、地上に出たらポーションは飲んでもらうからね。Dグレードなら傷跡も残らないから」
ゼリー状麻酔薬をベタベタに塗って保護フィルムを張ってあるんだけど、麻酔ゼリーは気休めみたいなもの。歩くたびに眉を顰めていることからもわかる。
「Dグレード‥‥」
お金の心配してるなこれは。
「あー。ミカンさん。ボクたちパーティを組んでますよね。パーティには供託金があります。今回のトライで得た魔石なんかの売買益は最初に40%を供託金として預からせてもらい、残りを3等分して各自に分配します。負傷の治療費や必要な装備・備品代なんかは全部そこから出しますので、お金の心配なしにしてください」
「あ。‥‥はい。いいんでしょうか?」
「いいんです」
「いいのよー」
泉が見えてきた。その中心に地上へ戻るダンジョンゲートがある。
「いま地上は何時くらいかな?」
シオンが首を捻った。ボクを見てる。なんだ。あ。懐中時計持ってたんだ。ジャケットの胸ポケットから引っ張り出す。いま13時を差していた。あれ。おかしいな。
「あああああ。しまったあ。螺子巻くの忘れてた。止まってる」
「ポンコツ!」
だって現代人でかつ貧乏庶民あがりなんだからしょーがないじゃん。現代人は生まれたときからクオーツ時計だし。お金持ちじゃないと手巻きのアンティーク時計なんて使わないから竜頭を巻き巻きする習慣なんてないんだもん。
「だ。大丈夫。概算で出せるもんね。えと。最初、ゴブリンの巣を6つ討伐したよね。隠し部屋探しの移動で30分くらいかかってると思う。解錠して雷放出まで5分くらい。突入して殲滅が5分ってとこかな」
「たった5分ですか。もっと長く戦ってたような気がします」
とミカンさん。
「アドレナリン出てるからねー。脳が高速回転して時間がゆるゆるに感じるのよ」
シオンが応える。
「そんなことだろうね。それから魔石集めや宝箱開封で20分。それでざっと1時間だよね。討伐の後は魔力回復のためにだいたい30分休憩した。モンスターハウスひとつにつき1時間半って計算だよね。それを6回。昼食で1時間休んでるから全部で10時間か」
「休憩ったって素振り400回。ミカンさんなんか可哀想に魔法練習とかシールド破壊とか。ぜんぜん休めてないけどねー」
「初期の頃の素振りは面白いようにステータスがあがるからさ。素振り2100回やって握力+2、腕力+2、持久+2、誤差+2、筋制+2のボーナスゲットしたじゃん。ミカンさん火球魔法も練習してもらってかなり使えるようになったし。ミカンさんの魔力が+2されたもんね。ボクも雷魔法でごっそり魔力を消費したから、魔力に+2がついた」
「今回は特訓って覚悟してましたから」
ミカンさんが苦笑いして答えた。
「で。最後の黒妖犬部屋見つけるまで30分。解錠と討伐で10分。ミカンさんの応急手当と宝箱回収で30分かな。魔力回復時間は取らずに戻ってここまで20分って感じ。全部合計すると11時間半か。地上時間なら2時間弱ってとこかな。1度地上に戻って潜り直したのが12時ちょっと前だったから、地上はまだ昼の2時くらい」
「ダンジョン時間って凄いんですね。あれだけ濃密な経験してまだお昼すぎ‥‥」
「経験値ごっさりで、ステータス覚値が23ポイント。宝箱から『火球生成籠手』に『力の腕輪+5』に『敏捷の腕輪+5』に『精緻の腕輪+5』に『白銀のBポーション』に『結界魔導器』と『わけわからん筒』。2カラット魔石が303個と5カラット魔石が32個。そんでドロップキーが2本。1本は試しで使って消えちゃったけどね。お宝ザックザクじゃんよ」
ミナト **********
【獲得経験値:45470】
【ステータス覚値:00/24】
筋力:2 敏捷:5
知力:10 精緻:3
生命:2 感覚:2
**************
シオン **********
【獲得経験値:45470】
【ステータス覚値:00/24】
筋力:3 敏捷:7
知力:4 精緻:5
生命:2 感覚:3
**************
ミカン **********
【獲得経験値:41590】
【ステータス覚値:00/23】
筋力:2 敏捷:5
知力:6 精緻:4
生命:2 感覚:4
**************
仄暗いダンジョンから秋晴れの心地よい昼さがりへ。ダンジョンを出て循環バスを待つ。10分で来た。ミカンさんを支えながら乗り込みギルド前広場で降りる。ドーム状のギルドショップに入り入口脇に設置された『買取センター』に向かった。整理券発券機の前には『魔石の買取は自動魔石計数機をご利用ください』って表示してある。正面にパネルで仕切られた買取ブースが4個あって、右手の壁際に銀行のATМみたいな自動魔石計数機が6台並んでいた。天井近くに設置されたモニターに現在のブース使用状況が表示されている。AからDまでの4ブースで現在使用中の部屋はない。整理券発券機に表示された次の待合番号は8番。買取ブースは24時間営業で深夜0時にカウントがリセットされるって聞いた。そこから14時間で8組の冒険者パーティがなんらかの買取を依頼しただけってことだ。驚くほど少ない利用頻度。それほどダンジョンでアーティファクトを得ることが稀有なことかよくわかる。それに反して自動魔石計数機の利用者はひっきりなしだ。ミカンさんを待合の柔らかベンチに座らせ、シオンに魔石を預けて現金化してきてもらう。その間ボクは買取センターを出てポーションショップへ向かった。幸いなことにポーションショップは買取センターの隣。冒険者の利用頻度からしてそうなるだろうね。いまのところボクらのパーティはお金に困っていない。Eグレードポーションを12本で120万円。Dグレードポーションを6本で150万円。合計270万円の大人買いをする。支払いはギルドカードに紐づけた電子マネーで。ギルドカードで使う口座はパーティ用口座にしている。パーティメンバーなら自由に使える口座だ。ボクの個人口座から5000万円ほどパーティ用口座に移しておいた。ポーションが6本まとまってセットされてるケースで渡されたので、コンビニ袋に入れて買取センターに戻るとシオンが自分の冒険者タグを持ったままミカンさんの前で話していた。シオンがなにかいいたげなのを制してミカンさんにDグレードポーションを飲んでもらう。有無はいわせなかった。これで10分もすればミカンさんの傷が完全に治るはず。
「スライムの魔石がずっと換金しないで貯めてたぶん397個あって1個2000円。ゴブリンの魔石は2カラットで5000円。黒妖犬の魔石は5カラットで20000円だって。スライムの魔石は7個残して390個、ゴブリンのは3個残して300個、黒妖犬のは2個残して30個売った。総額288万円。3人で割ってひとり96万円だね。スライム分は昨日のも入ってるけどざっくりまとめて。今日12時間働いたから時給にして8万円。時給8万ってヤバくない?」
「よしと。ついでにアーティファクトも不要なのは売っちゃおう」
ボクが整理券発券機に行こうとするとシオンが押し留めていった。
「ミカンさんが自分の取り分はいらないって、受け取ってくれないんよ‥‥」
ミカンさんを見る。困ったような顔をしてペコリと頭をさげる仕草をした。
「ミカンさん。パーティとしてダンジョンにトライする以上、取り分は等分です。96万からパーティ供託分の40%を引いた残り57万6千円は受け取ってもらわないと困っちゃいます」
「でも、私なんてなにもできずに。足手まといなだけでしかなかったのに‥‥そんな大金、受け取れません」
「なにもできないっていうのはいい過ぎです。いまは研修中なだけです。ミカンさんのアーティファクトが担ってくれてる記録は、それだけでも充分すぎる貢献になってます。研修を通して今後レベルがあがれば、重要な役割である後衛を分担してもらえます。ですから遠慮は無用です。パーティとして得た稼ぎはなにがあろうと等分する。それがパーティ存続の基本原則なんです。これを一貫しないとメンバー間の感情的な距離が生じたり、信頼関係にヒビが入ります。パーティの生存率に直結しますから」
そこまでいってようやく納得して収めてもらった。シオンがパーティ間送金で分配する。その間ボクは発券機から番号レシートを発券させた。9番。引き抜くと同時に『9番はAブースにお入りください』の表示が灯る。待ち時間ゼロ。3人でぞろぞろ入っていくとパソコンを片側に乗せたカウンターテーブルの前に柔らかひとり掛けソファが2脚で3列並んでいる。ボクとシオンが前列に座りミカンさんが中列にひとり座る。奥から金髪のギルド職員がタブレットを1台だけ持ってやってくる。学生時代はやんちゃしてたけどいまはまともに就職もしたぞって感じの20代後半。市役所の職員とは違いギルド職員は髪色規定がないらしい。
「こんにちわ。ダンジョン内発見物の買取をご希望ですね。担当します『大羅』と申します。ギルドカードのスキャンをお願いしてもよろしいでしょうか?」
ボクの『神代』は日本で2787位の名前。全国にざっと4800人いると推定される。でも『大羅』さんは62699位。全国でおよそ20人しかいないとされている希少名だ。ボクたちは順にポータブルギルドカードリーダーでギルドカードを読み取らせた。
「『神代』さま、『長内』さま、『星空』さまですね。よろしくお願いします。本日の買取査定はどのようなお品物でしょう?」
「えと。『ポーション』と『火球生成の籠手』と『結界魔導器』と『秘密の部屋のドロップキー』の4つですね。あとこれがなんなのか過去に同一物の発見があるかどうか鑑定をお願いしたいのですけど」
「え。4つ。いや。一度に5つでうきゃ?」
なんか噛んでた。ボクはカウンターのベルベットで表面処理されたマットに品物を並べる。最後に銀色に輝く筒を置いた。大羅さんは目を丸くして立ちあがる。鼻先を品物に押しつけんばかりに顔を近づけ凝視した。と思ったら、風を起こす勢いで腰を戻し背後を振り返った。
「課長。稲洲課長。お願いします」
呼ばれた課長と思しき年配女性がやってくる。来るなりカウンターの上の品物を見て絶句していた。
「間違いなく結界魔導器だわ。これは魔法の籠手ね。嵌っている石の属性は?」
稲洲課長が大羅さんに問いかける。彼女はまだ見たばかりだし触って試してもいないからわかるわけがない。代わりにボクが答えた。
「ダンジョンで試しました。ファイヤーボールが撃てましたよ」
「そうでしたか。『火球生成の籠手』は確か昨年ブラジルで出土してます。少々お待ちください」
稲洲課長の意向を受け大羅さんがパソコンを操作した。モニター画面の向きを変えボクたちに見えるようにしてくれる。いまカウンターに置かれた籠手とまったく同じものがモニターに映り、1億円で売られていた。
「もしお譲りいただけるのであれば市場価格の8割で買い取らせていただきます。これは全世界共通の買取率です。結界魔導器は市場価格が400万ですから320万で。ポーションはBグレードで市場価格150万ですので120万円になります。そしてドロップキーは‥‥売買に出される機会がほとんどないのですけど、今年のはじめに1度出品されました。その時の買取金額が8千万円になっています」
「では総額1億6440万円ってことですね。問題ないです。買いあげお願いします。それで、これなんですけど。ただの水筒みたいなんですけど、宝箱から出たんですよね。ただの水筒が出るっていうのもおかしいし、なんだかわかるでしょうか?」
ボクがあっさり了承したのを見て顔を見合わせていた職員さんたちの目が、銀色の水筒に注がれる。シオンが筒を手に取り蓋を捻じ開けた。蓋を反転してコップにし、中の液体を注いで見せる。
「ただの水だと思うんです。飲んでも美味しい水の味しかしませんし」
得体のしれない筒に入っていた液体を飲んでしまう女子高生を珍獣でも見るような目で眺めながら、稲洲課長が額に皺を寄せて応える。稲洲課長はボクやシオンの身体を守っているフェムトマシンの能力を知らないし、シオンの免疫ステータスが常人の4.7倍の32もあることなんて知らないし、抗毒耐性が常人の3.2倍の24もあるって知らない。
「これはおそらく、つい半年前にニューヨークダンジョンから出土して報告された『無限水筒』だと思われます。もう飲まれたというなら毒や他の溶液という可能性は低いでしょうけれど、試料を預けていただけるのでしたらギルドで責任を持って分析させていただきます。いかがでしょう。また、これは買いあげを希望されるのでしょうか?」
「あ。他にも出てるんですね。やっぱ無限って名前がついてるんだ。いえ。これは売りません。ダンジョンで常にきれいな水を飲めて使えるなんて超貴重ですもんね。ちなみに前に出た水筒はいくらで売り買いされてるんでしょう?」
「2億円から始まってオークション形式で値が決まりました。最終落札価格は8億2千万円です」
「ひえええ。8億ううう」
シオンが興奮して蓋に注いだ水をごくっと飲み干した。8億2千万の水は美味しかろう。
「教えていただけますでしょうか。神代さん。こんなに多数の宝物をどのようにして発見収集されたのか。それとも企業秘密なのでしょうか?」
シオンが口座への振込を確認している。ギルドから買いあげ代金が入金されたようだ。
「1億6440万円の入金確認しましたー。パーティ供託金6576万円をパーティ口座に移して残り9864万円をー、3等分でひとり3288万円の収入よっほー。時給がさらにアップよ」
「隠すつもりはない話です。なので今夜YouTubeに『ダンジョン裏技攻略』をアップする予定です。そこにやり方を紹介してます。あ。さすがにダンジョン採鉱や薬草摘みしか知らない素人の人が、欲にかられて不用意に行うと死人が出ます。なのでギルドからも注意喚起してくれるとありがたいです」
ボクたちはギルドショップを後にした。ギルド前広場のタクシー乗り場で空車を拾い、ホテルへ向かってもらう。ダンジョン内での12時間、汗かいたり返り血浴びたり埃やら煙やらにまみれたりしまくった。ボディシートを大量消費して身体拭きは怠らなかったけど、それでもダンジョン帰りの女3人がタクシーの狭い密室に詰め込まれれば濃密にメス臭いと思う。運転手さんが発情したみたいに真っ赤になってた。ホテルに着いたのはちょうど3時。ダンジョン内時間で深夜まで夕食も抜いて攻略していたボクたちは、赤ずきんちゃんを狙う狼くらいお腹が減っていた。ホテルに無理をいって神戸牛ステーキをメインに和洋中ゴチャ混ぜの満漢全席風ルームサービスを頼んだ。ミカンさんが最初にお風呂を使い、ひとりがあがるたびにお湯を張り直す。2番手がシオン、最後にボクがダンジョンの垢を落とした。さっぱりして思い思いにくつろぎ、続々と運ばれてくる料理を貪る。食後の怠惰な時間。エスプレッソを啜りながらYouTubeを観たり、ダンジョンから出土したアーティファクトの情報を漁ったりする。スマホをいじっていたシオンがソファで寝落ちした。さっきまで怪我人だったミカンさんには、体力回復のためにベッドを使ってもらう。疲れと満腹で抵抗できるわけもなくミカンさんも沈没。残ったボクが眠気と戦いながらフロントへ電話し、食い尽くした料理の片付けをしてもらう。部屋が片付いてホテリエの人たちがさがった後、ボクはデスク前の椅子に座って眠気に抵抗してみる。
ネットには無限水筒の詳細な情報はなかった。そうなると実地で検証するしかない。蓋を開け、筒を傾けると透き通った水が流れ出してくる。ギルドに分析は頼まなかった。原子吸光光度計やガスクロマトグラフ質量分析計には負けるけど、ボク自身の感覚ステータスもかなりなレベルになってる。微臭感知力は22で常人の3倍。臭気解析能力も同じく常人の3倍ある。味覚分析能力は30もあって、常人の遥か上を行くミシュランシェフの舌のさらに倍はある。数字にしたら常人の4.2倍。毒感知能力も24で常人の3.2倍。この能力を使えば簡易試薬検査なんかより遥かに質の高い検査ができるはず。蓋をコップ代わりにまずはひと口。お。美味しい。程よく冷えて喉に気持ちよい。無味無臭の純水とは違いカルシウム、マグネシウム、ナトリウム、カリウムなどのミネラル成分が程よく含まれていてまろやかで飲みやすい。日本の水と同じ軟水だな。トリハロメタンや有機フッ素化合物などの有害物質の味はしないし、鉛や水銀など重重金属の気配も感じない。ポーションの成分である薬草の香りがする。もしかしたら疲労回復に優れた水なのかもしれない。
筒を再度傾け、水平近く保持する。ちょろちょろと流れ出す状態にして吐息ほどの微量な魔力を流してみた。水の量が変わる。ちょろちょろがさらさらになった。ミニキッチンに行き、シンクの上に口が上向くように立てて保持する。魔法発動ほどの魔力を流すとゴボボっと水が溢れ出した。結構な湧き水レベル。うーむ。念のためにバスルームに行く。雷魔法発動で持っていかれる魔力分を一瞬で流す。手の中で瓶が消火栓放水並みの高圧水を噴出させる。当然ものすごい反動が起きて瓶が手からすっ飛んだ。浴室を飛び出し、前室となる洗面台スペースを横切る。袖壁に作りつけの棚に向かって一直線。棚の中に収まっていたのは予備のバスタオルやバスローブだった。ボクがよくビビとかに怒られる開けたら開けっ放しというズボラさが幸いして、瓶はタオルの山に突っ込んだ。おかげでホテルの備品や壁を壊さずに済む。8億2千万円の瓶も壊れなかった。眠くて判断力が落ちてるのかもしれない。デスクに座って瓶に蓋をし、ため息をつく。ふと思い立ってamazonページを開きお目当ての商品を見つけた。当日特急配送で買いあげ。このまま18時まで起きてようかななんて考えていたけど、眠気は最強の暗殺者のように背後から覆い被さる。魔の手が喉じゃなく意識を掻っ斬った。抵抗もできず、ボクは机に突っ伏して爆睡。フロントからの電話で起こされる。絹多萌絵ちゃんの来訪が告げられた。スマホで時間を確認すると18時ジャスト。さすが。腕のいい動画編集マンは締切も守り抜く。
「お疲れさまです。いろいろとっ散らかってますけど、どうぞ」
部屋に入ってきた萌絵ちゃんは、ソファでだらしなく大股開けて寝ているシオンに目をやり慌てて目を逸らせた。シオンが寝ているソファとは別に、窓際にあるシーティングエリアのテーブルセットに座ってもらう。ミカンさんが値落ちする前にカメラから抜き出したUSBメモリを手渡した。
「忘れないうちに新しい動画素材渡しておきます。魔法に関しての動画素材が入ってます。おまけで黒妖犬との戦闘も入っているので盛りあげに使ってください」
「黒妖犬って‥‥冒険者キラーって呼ばれてる危険な魔獣ですよね」
「そうなんですか。確かに敏捷性が飛び抜けてるし、ダマスカス鋼並みの爪で壁や天井まで駆け登りますね。人間相手しか経験してないと4足疾駆型の動きにはついていけないかも。でも、ミカンさんはそんな魔物と1対1で対峙できるまで成長してます。怪我しても怯まない精神力も称賛に値します。ぜひ格好よく見せてあげてください」
「心します」
萌絵ちゃんが首から外したネックレスの異様に大きなペンダントヘッドを開いた。ケースになっている。中には赤いラベルが貼られたUSBメモリが収まっていた。そのUSBメモリを抜き出し、代わりにボクから受け取った黄色いラベルの貼られたUSBメモリを収めた。再び首に戻す。
「全人類がひっくり返るような情報です。カバンなんかに入れて盗まれたら切腹モノですからね」
確かにこの世界においては、無限水筒の1万倍くらいは価値ある情報だろうと思う。萌絵ちゃんがペンダントヘッドから抜き出した方のUSBメモリを手渡してくる。
「オフライン編集の初稿です。確認お願いできますでしょうか?」
ボクはノートパソコンを壁の大型モニターに繋ぎ、USBメモリをセットする。シオンは蹴っ飛ばし、ミカンさんは優しく揺り起こした。全員でモニターの前に座る。萌絵ちゃんがノートパソコンを操作し、編集した『ダンジョン裏技攻略‥‥誰も知らなかったダンジョンの秘密教えます編』を流した。コミュ障の癖でつい長々と喋ってしまうボクの説明が上手に短縮されわかりやすさを増している。エコーロケーションで隠し部屋を探すときの映像には壁の透過画像に似たCG画像が重ね合成され、音波が拡がっていくイメージが表現されていた。マジで萌絵ちゃんプロフェッショナル。ほとんど文句のつけようもない編集だった。そもそもボクの説明が不十分で分かりづらかったところが数カ所あり、萌絵ちゃんの追加質問を受けて言葉を足してもらった。ミカンさんは数カ所、アングルやアップ具合に修正を入れる。シオンは追加で頼んだお茶請けのみたらし団子を「うみゃうみゃ」いいながら頬張っていた。
「アップは日本時間、本日深夜0時です。予告編となるショート動画は21時に投下します。これはInstagram、TikTok、Xにも流します。シュート動画は各国の冒険者ギルドにも送付します」
そういい置き、またもや萌絵ちゃんはお茶もお茶請けにも手をつけず風を巻いて去っていく。いま編集しているものの価値を誰よりも理解していた。自分が編集した動画が世界を激震させる。その興奮と使命感に燃えていた。残ったボクたちはルームサービスでディナーを取った。昼の3時にフードファイト並に食べたというのにもうお腹が減ってきている。ボクとシオンはガッツリ、ミカンさんは体型を気にしてか軽めに夕食をいただいた。
「明日の今頃は世界中で大騒ぎよねー」
シオンがいった。
「そうかもね。絹多さんが宣伝告知まで頑張ってくれてるし。ちょっと発表を急ぎすぎたかなって気も‥‥しないでもないんだけど」
「私が無理いって急かしたんでしょうか?」
ミカンさんが心配そうにボクを見た。
「いえ。そうじゃなく。実はボクとシオンにはなんていいますか‥‥超絶に頭がいい仲間がいまして。ネットの裏側まで入り込めちゃうような天才レベルの奴なんです。いわゆるハッカーっていうやつですね。悪いことは、ほとんど‥‥たまに‥‥少しだけ‥‥ときどき‥‥しかしてないんですけども。いろいろグレーな部分もあって、あまり表には出られないんですよ。その仲間が世界のダンジョン全体をいろんな情報から統計的に調べた結果、第2のダンジョンブレイクが起こるという予測を出しました」
「ダンジョンブレイク。あの2年前の‥‥」
ミカンさんの手が止まる。
「そうです。前回は表層の、レベル的に低い魔物の湧出が主でした。でも今度のはもっと奥深くから、上位種の魔物が溢れてくる可能性が高いって予測されたんです。ただ、いますぐってわけじゃなく。半年とか1年後の話なんですけど。ダンジョンブレイクを防ぐために各国政府が民間人のダンジョン立ち入りを許可して魔物を大量に間引き、蓄積された魔素の濃度を低いレベルに保とうとしてるわけなんですけど‥‥民間人によるダンジョン攻略が予想より浅いレベルで足踏みしてるのが原因だと思われます。浅いレベルの魔素は期待通りに祓われてます。ですけど、深いレベルの魔素は蓄積する一方です。深いレベルの高密度な魔素を蓄積させないようにするには、民間の冒険者が全体的にレベルアップして深い階層へ降りられるようにする必要があります。このことを政府やギルドにわからせたいんですけど、現状で深く潜っているのは各国の軍隊だけです。分析の基になった情報がその軍隊のものだったりするわけで‥‥。当然、軍事機密だったりするんですよね。なのになぜかあっさり手に入れて基データに使ったりしちゃってますから、ややこしいことになっちゃうんです。だからといって見て見ぬふりもできません。それで人々の『欲』を利用させてもらいました。大金が得られるとなればダンジョンに挑む熱意が桁違いにあがります。必然的にレベルもあがります。そうなれば深いところへ挑戦するグループも増えるでしょ。友人から緊急連絡でそんな予測と対処法を告げられたとき、ちょうどミカンさんと出会って同行をお願いされたので渡りに船と利用させてもらいました。すいません」
「いえ。謝る必要なんてないです」
「あのときねー。ミカンさんのパーティ入りを了承するビデオ電話を繋いでいたとき。あれルキナからの割り込みだったのね。ウチもその理由、初耳だなー。あのときダンジョンブレイクの話ししたらややこしくなっちゃうから、話さなかったのはわかるけどさ」
「ごめんて。ダンジョンが深部からブレイクしたら、いま深部に潜ってるビビたちが命を落とす可能性が高い。それ伝えたらシオンが猪突猛進で30階層まで突撃するっていいかねないしさ。タイミングが難しかったんだよ」
「ウチらが突入してダンジョンの奥でビビたちに会えたとしても、民間人がダンジョンブレイクの危機を訴えて軍を避難させるなんて無理ゲーに近いくらいわかるわよ。わかってても突入しちゃうかもだから、許すけどねー。そっか。どんなに口うるさく警告しても、実力がつく前に無謀な突入をして犠牲者が出る。なのに発表しちゃうから、ちょっとミナトらしくないかなーって思ってたんだ。でもダンジョンブレイクが起こって‥‥しかもウチらですら手こずりそうな魔物が溢れ出すこと考えたらなー。犠牲者の桁が違うわけね。そういうのなんていうんだっけ‥‥トロッコ問題っていうか、冷たい方程式っていうか。難しい選択だなー。そいえば。前にダンジョンブレイクの話、途中まで聞いたよね」
「うん。各国がダンジョンを封鎖して少人数の軍と学者のチームでちまちま調査してたら、3か月でダンジョンブレイクが起こった‥‥ってとこまで話した。世界各国で死者・行方不明者233万人。ところが『コロンビア』のボゴタって都市のダンジョンと『ナイジェリア』のラゴスって都市のダンジョンと『コンゴ』のキンサシャって都市のダンジョン。この3箇所だけはダンジョンブレイクが起きなかったんだ」
「へー。なんで。街が小さかったのかな?」
「いや。ボゴタなんて約800万人住んでる。コロンビアは麻薬シンジケートの私兵が大挙して侵入したらしい。ナイジェリアとコンゴは都市スラムに住む貧困層が鍬や鎌だけでゴサゴサ潜り込んだって。治安が悪すぎて警察とかが有効に封鎖できなかったんだね。で。当然。相当数の侵入した住民たちが犠牲となった。正確な犠牲者数は把握されてない。一説によると3万人ともいわれてる。犠牲者も多かったけど、生還者も多数いたんだ。それが希少な鉱物や薬草や魔石を持ち帰ったわけ。魔石をなんだかわからないからぶっ叩いてみようって短絡な人がいっぱいいたらしく、爆発事故が相次いだのね。魔石って頑丈だから金槌で叩いても壊れない。けど特大のハンマーを使って全力でぶっ叩くと割れて爆発する。そこから魔石がなにかのエネルギー源だってことはわかった。でもどう取り出して利用するかがわからなかったわけ。だから最初は魔石より鉱石や植物が高値で売り買いされたみたい。特に薬草はありえない速さで傷を修復してくれる。そうこうしてるうちにガンを治す種類の薬草が見つかって大ニュースになったし。コロンビアやナイジェリアやコンゴでダンジョンブレイクもなくダンジョン産物で活気づいてた頃、それ以外の各国では軍や警察が相当の犠牲を払ってダンジョンブレイクを鎮圧しようとしてた。日本は2か月。ヨーロッパやアメリカは3か月。ロシアや東南アジアが5か月。アフリカと中国は半年かかったっていわれてる。ようやく落ち着いた頃、SNSに『コロンビア』『ナイジェリア』『コンゴ』でダンジョンブレイクが起きてないことを伝える動画がアップされたのね。続く動画で魔石が『熱電変換物質』として原子力に匹敵するエネルギー資源だってことが報告されたんだ」
「『熱電変換物質』ってなんですか?」
ミカンさんが首を傾げる。
「物質の片方に熱を加えると熱の高い物質中の電子がエネルギーの高い状態になって、エネルギーの低い状態の方へ移動する。すると電子が偏って両端で電位差が生じ、外部回路に繋ぐと電気が流れるって仕組み。1960年頃から研究され知られてる技術で、1977年に打ちあげられた宇宙探査機ボイジャーのエネルギー源としても使われてたりするね。魔石の場合、電子の代わりに電子によく似た『魔素』が移動して電位差を作るんだけど、効率がとんでもなくいいわけ」
「コツコツ研究してたYouTuberさんがいたってことかしら?」
「じつは、いまだにどこの誰がアップしたのかわかってないんです。わかってるのは『akuroido』ってハンドルだけ。動画は1ヶ月後に削除されてるし。『akuroido』ってアガサ・クリスティーの『アクロイド殺し』から取ったんじゃないかっていわれてる。『アクロイド殺し』って、小説を記述している語り手がイコール犯人っていう叙述トリックの傑作っていわれてるもの。なんか示唆してるような気がするんだけど誰も正解を出せてない」
「なんだろねー。ウチがそんな知識あったら、顔出ししまくってYouTuberデビューしてからーの芸能界へーとか。承認欲求マシマシで晒しちゃうけどなー」
「シオンは歌はいいんだけどダンスがね。あんだけ運動神経いいのに不思議だ」
「ふん。今度ミカンさんに教えてもらうからいいもん」
「え。歌が歌えるんですか。じゃあ今度ご一緒に『歌ってみた』撮りましょう」
「まあ。そっちはそっちでやってください。で。話を戻すと。なんで『コロンビア』『ナイジェリア』『コンゴ』でダンジョンブレイクが起きなかったかっていう原因を考えると、大量の一般人によるダンジョン探索の有り無しって共通項がわかる。魔石が効率のいいエネルギー源だっていう知識も後押しになって、インド政府がまっさきにダンジョンの一般解放を始めたんだ。アフリカや中南米もすぐに続き、世界中の国が『ダンジョン攻略民間委託』を開始したわけ。日本も『エラプション予防法』を国会で成立させて冒険者ギルドを設立した。それがダンジョンが出現して7ヶ月後。ダンジョンブレイクで溢れ出した魔物を討伐していく中でドロップキーの存在も認知され、宝箱の存在も知られるようになるわけね。だいたいそういう経緯」
「ウチが病気で入院したりしてた頃にそんな事が起きてたわけね」
「え。シオンさん入院してたの?」
「2年半前から。なので浦島花子状態です」
病院話に花が咲く。食事も終え、食後のお茶もまったりと飲む。このまま泊まっていってもいいんじゃないかと勧めたけど、ミカンさんは辞退した。入院してる野上さんたちのお見舞いに寄ってからプロダクション事務所に行って報告するという。仕事絡みならしかたない。7時になってミカンさんが帰る。
「さてさて。大騒ぎになるかな。家の周りにマスコミが押し寄せたりして」
「ボクたちとミカンさんに関して、個人情報や住居の所在を特定しようとする試みは全部ルキナが干渉してくれる。マスコミだけならいいけどボクたちの知識を独占しようと非合法組織や国家の諜報機関なんかが寄ってくる可能性もあるからね。さっき帰りしなにミカンさんにもいったけど、シオンも明日の移動はタクシーにしてね」
「おっけ、おけ。大騒ぎっていえば思い出したけど、あの『うるさ元気』なジュラはどうしてるの。地上では妖精形態で現れるの難しいんだろうけど、ダンジョン内で1度も出てこなかったよね。どっかお出かけ?」
「いや。寝てるっていうか、省エネ休眠モードっていうか。ボクが魔法陣を解析し終えないと強力な重力魔法が使えないだろ。なんでジュラのご飯である重力が食べられないわけ。明日のダンジョンアタックで暇見て解析するつもり」
「あー。なるほど。静かでいいけどねー」
「シオンとダブルだと、もっとかしましいけどね」
「かしましいだとー。漢字知っていってるのかなー。漢字の『女』が3つ重なって『姦しい』だよ。女性差別よねー」
とかブツブツいいながらタクシー呼んで家に帰っていく。急に静かになった。なんとなく寂しい。明日もダンジョン特訓を続けるつもりだから食料を用意しておくことにした。まずは天の恵み。無限水筒を手に取り、リュックの中の隠しポケットにしまう。外側の簡易ポケットなんかに収めて飛んだり跳ねたり戦闘したりして落っことしたり盗まれたらボクの人生最大金額の落とし物になってしまう。無限水筒で水を確保できたことはリュックの省スペースにも繋がる。ダンジョンで水の確保は難しい問題なので、水のペットボトルを何本も持ち運ぶことになる。そのスペースがまるまる空いた。そのぶん食料を倍近く持ち運べる。栄養補助バーがメインだ。歩きながらや小休憩でカロリーを補える。フルーツミックスやチョコ味など味の種類も豊富で飽きが来ない。それとしっかり食べる用のフリーズドライ系パック食品。ラーメンからリゾット、炊き込みご飯まで種類も豊富。そしてやや重量は増すけどレトルト系のハンバーグやハムステーキなどの肉製品と野菜の煮込みみたいな副菜類。自衛隊さんの御用達らしくボリュームが半端ない。ボクとシオンは問題ないけどミカンさんはウエストサイズの増加を心配するかも。とまれダンジョンで修行してバキバキレベルアップしてくとお腹減るから大丈夫だろう。ミカンさんもシオンもダンジョン装備をボクの部屋に置いてあるので、みんなの分も荷造りした。荷造りも終えてまだ夜の8時。アップロード時間までまだ4時間もある。ソファに埋まって壁の大画面テレビでYouTubeでも観て時間潰し。と思ってYouTubeを開いたとこまで覚えてるんだけど。突然大音響で響いたadoの『踊』のサビパート。寝落ちしてたボクの横っ面が張り飛ばされた。
「起きろミナト姉ちゃん。全世界が大反響っていうか狂乱状態だよ。YouTubeの動画を削除して独占しようとする動きもあるし、みんなを拉致・尋問しようって動きもある。日本の公安やらCIAやら国防情報局やら中国の国家安全部やらもう世界各国の情報部とか、それよりもっと危ない組織とかが動き出してるよ。っていっても、こっちの情報を探る動きは片っ端からイタズラ満載で修正してる。こっちはぜんぜん余裕だけど、そっちはあと1時間もしないうちにダンジョンに潜ろうとする人でラッシュアワーの10倍くらいの大渋滞が始まるよ。潜るならいまのうちに潜ったほうがいいと思う。直接ダンジョンゲートまで行ってくれるカミカゼ・タクシー手配しておいた。星空蜜柑さんを拾ってシオンを拾ってホテルに着くから直接ダンジョンゲートまで行っちゃうのが吉」
時計を見るとまだ深夜1時過ぎ。みんなせっかちだなあ。
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電脳『ルミナ』イメージ
イラストはChatGPTによる作成です。




