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7.ありふれた「呪文」と「ゴブリン」と「慈悲」

ミカンさんは放心したかのようにふわふわ浮かぶ光の玉を見つめた。ダンジョンが出現したり、魔物が跋扈したり魔道具が使えたりしてなければ、狂人の戯言と両断されただろう。浮かぶ光の玉もトリックを疑われたろうね。でもなんとか信じてもらえたようだ。


「魔法‥‥もし魔法が使えるなんて動画をあげたら、とんでもなく閲覧数があがると思います。でもそんなに簡単にできるものなんですか?」


「ミナトやるじゃん。大丈夫ですよ。ウチでもできるくらいだから」


「もし差し支えなかったら、ミカンさんのステータス見せてもらえないでしょうか?」


「ステータスですか。構いませんけど。ステータスってどうやるんでしょう?」


「ステータスオープンっていえばオッケーですよ」


「わかりました。ステータス、オープン!」


ミカンさんの前に半透明パネルが開く。


**************

名前:星空蜜柑

年齢:23歳

性別:女


【獲得経験値:660】

【ステータス覚値:0/0】


筋力:0  敏捷:0

知力:0  精緻:0

生命:0  感覚:0


**************


「経験値が660になってますね。ゴブリン6匹とスライム6匹って感じかな?」


シオンが覗き込んで呟く。


「はい。でも私が倒せたのはスライム1匹だけで、残りはメンバーが倒したんです。ゴブリンは怖くて‥‥」


「人型の魔物って感覚にバイアスが掛かりやすいからですね。心理的抵抗が強い。サブパラメーターも見せてもらっていいですか?」


「サブパラメーターっていうのは6項目を触ったら開く細目さいもくの能力のことですよ。触ってみてー」


シオンの誘導でミカンさんが6項目に触る。周囲に6枚のウインドウが開いた。


**************

筋力 0:握力+02【02】

     腕力+02【02】

     脚力+03【03】

     投擲+02【02】

     打撃+01【01】

     牽引+  【  】

     跳躍+03【03】


知力 0:魔力+05【05】

     思考+02【02】

     集中+04【04】

     空識+01【01】

     記憶+  【  】

     情報+03【03】

     観察+03【03】

     心象+04【04】


生命 0 耐久+  【  】

     免疫+  【  】

     持久+02【02】

     耐撃+  【  】

     抗毒+  【  】

     抗老+  【  】


敏捷 0:瞬発+03【03】

     神経+03【03】

     反射+04【04】


精緻 0:誤差+01【01】

     筋制+03【03】

     環応+  【  】


感覚 0:遠視+  【  】

     微視+  【  】

     動視+02【02】

     暗視+  【  】

     測視+  【  】

     微音+05【05】

     音析+04【04】

     音域+03【03】

     微臭+  【  】

     臭析+  【  】

     微感+  【  】

     振析+02【02】

     味析+  【  】

     毒感+  【  】

**************


「わお。ミカンさん知力の補正凄いねー。頭いい証拠。敏捷性や精緻も高いね。やっぱアイドルってダンスしたりするからかな」


「ボクの最初のパーソナルアビリティボーナスなんてゴミみたいな数値だったのに‥‥」


ぼそっと呟いたので誰の耳にも入らなかったみたい。しょうがないよね。最初の人生、ダノン病なんて難病のお陰で骨と皮みたいになってたし。


「ダンスは3歳からやってたんです」


「音に関してのアビリティも高いですねー。やっぱり歌手だからかな。あ。アビリティって、この+の次についてる数字のことです。その人の個人的な後天的能力なんかが反映されているんですよー」


シオンの指摘通り音に関しての補正がどれも高い。これならエコーロケーションはすぐ習得できるだろう。


「エコーロケーションの練習は休憩時間に集中してやってもらいたいです。薄暗いダンジョンの中を松明やら光球だので照らして進むと、敵性生物に先制権を渡してるようなものですから」


「は。はい。わかりました。がんばります」


「ミカンさんの音感があればすぐ習得できますよー。それまでは暗視装置使ってね」


「あとは素振りですね。初期段階でいちばん有効なアビリティ稼ぎです。最初なんか1000回素振りするだけで筋力から精緻まで軒並みあがります。筋肉痛はポーションで治せます。ボクたちもアビリティあげたいので一緒にやりましょう」


経験値のあがり方からの推測だけど正しいと思う。


「わかりました。よろしくお願いします」


「ひとつ教えてほしいんですけど。その肩の猫型カメラって周囲の照度が低い場合、撮影不能になりますか?」


猫の置物型カメラはベルト固定もしていないのに、ミカンさんの肩に吸い付くように貼りついている。歩いててもズレたり動いたりしている様子がなかった。


「いえ。暗くても問題なく写ります。真っ暗闇でも大丈夫です。ナイトモードなんでしょうか。よくわからないんですけど。画質が荒くなることもなくカラーのまま撮影できます。ただわずかに色が褪せるのと写せる範囲が狭くなるみたいです」


「ではこの光球は消しちゃいますね。暗視ゴーグル、オンにしてください」


ミカンさんがゴーグルを装着するのを確認して光球を打ち消した。どうせ顔出しして注目されるなら、もっとセンセーショナルな話題を提供してそっちに気を引いちゃおう。


「ではっと。ミカンさんのチャンネル名はなんていいますか?」


「『蜜柑のスターライトチャンネル』っていいます」


どことなく恥ずかし気だ。ボクはミカンさんに正対し肩の猫型カメラを正面から覗き込んだ。


「では。『蜜柑のスターライトチャンネル』をご視聴の皆様。朗報です。ダンジョンの裏技教えちゃいます。これであなたもお宝ザックザク。一攫千金のチャンスです」


コミュ障のボクだけど、対面でのやり取りが苦手なだけでカメラの前では焦らず話せる。後ろでシオンがひらひらと手を振っていた。エコーロケーションイメージのいい点は、背後でも視えるってことだ。


「前提として、エコーロケーションが使えるようにならないと、そもそも『お宝部屋』を発見できません。最初は地道に経験値を稼いで、ステータス覚値を獲得してください。あくまで地道にです。焦りは禁物。焦って経験値を得ようと無理すると、あっさり死ねますから。とにかく安全第一。命だいじに経験値を積みあげてください。ステータスパネルはダンジョン内なら軽く開きます。『ステータス覚値』という項目がありますよね。このステータス覚値の最初の1ポイントを獲得するのに必要な経験値は1000です。ただ『ステータス覚値』を得るために必要な経験値はそれ以降、徐々に多く必要になっていきます。最初は1000ですけど、次の1ポイント獲得には1050必要になります。さらに1103、そして1158って感じで必要な経験値が5%ずつ増えていくんですよね。レベルが高くなると1レベルあげるのに1万2万って経験値が必要になります。けど最初のうちは微々たる増加なのであげやすいです」


「スライム1匹やっつけたら経験値10入るよー」


後ろからシオンが補足してくれる。


「そうです。スライム1匹で経験値を10ゲットできます。だから100匹倒すと『ステータス覚値』を1ポイント得られるんですね。『ステータス覚値』はステータス6項目に自由に振り分けられます。頑張って経験値を6803稼ぐと、ステータス覚値が6ポイント得られます。これを知力に3ポイント、感覚に3ポイント振り分けてください。最初はどうしても筋力とかに振りたくなるものですけど、こっちのほうが効率的です。感覚に振り分けると視覚や聴覚がまとめて底あげされます。『微音』、『音析』があがることでエコーロケーションの習得が楽になります。その後に知力に3ポイント程度振ってください。エコーロケーションに重要なのはサブ項目の『空識』と『情報』と『心象』です。『空識』は空間認識能力のこと。『情報』は情報処理能力のこと。『心象』がイメージ構成能力です。この3つが3ポイント程度になれば、耳で聞き分けた情報を脳でイメージ構築できるようになります。地道な反復訓練も併用すればもっと早くできるようになりますよ。練習方法は『エコーロケーション』あるいは『反響定位』で検索してください」


ボクとシオンはエコーロケーションの応用で壁の奥の構造を知るやり方を紹介した。壁を叩きながら通廊を歩いて隠し扉を見つける実演を披露する。第1階層ですら数え切れないほどの隠し部屋が未発見のまま眠っていることを教えた。シオンが壁を叩きながら先を進む。説明役はバトンタッチした。


「エコーロケーションが使えないうちは、ひたすら壁を叩いて音の変化を聞くって方法もあるよー。運よく秘密の部屋の隠しドアを叩けたら、音が変わるからわかるのよね。かーなり行きあたりばったりだけど。エコーロケーションなら周囲100mくらいの範囲が一度にスキャンできるからずっと楽。といってるうちにー。はーい。隠し部屋発見。通路前方80m」


シオンが片手でやったねポーズ。ボクたちは隠しドアの前に立った。シオンが親切に壁の打音とドアの打音の違いを実演して見せる。


「音で視るってどんな感じなんですか?」


ミカンさんが聞くのでシオンに説明を譲る。ボクは跪いてドアをノックし鍵穴の場所を探った。


「えーとね。最初の頃だとね。壁に耳をつけて聞いてると、なんていうのかなー、周囲の一部分がもそっと鈍くなる感じっていうか。音って硬い物質の中を伝うときは圧倒的にスピードが速いの。空気中を伝うときの10倍以上。なのでー。岩盤から空間に出るときガクッと遅くなるのね。空洞のある方向から返ってくる反響がベタッと遅くなる感覚かな。頭の中でそれを立体化してくれるのでモヤッとした図形が視えたりする」


ボクは岩目に偽装された鍵穴を見つけ出す。鍵穴を露出させた。


「この鍵の構造は簡単なので、ピッキングの技術さえあれば誰でも苦労せず開けられまーす。技術がない人は、お近くの鍵屋さんに出張解錠を頼みましょうねー。手に入る魔石の利益だけで出張解錠費用は元が取れますよ。ちなみにー。『特殊開錠用具の所持の禁止等に関する法律』ってのがあってー。正当な理由なくピッキング解錠に用いられる特定工具を所持・隠匿携帯することは違法ですからね。よい子は真似しちゃだめだぞー」


鍵穴を手で覆い、身体で隠すようにフェムトマシンを流し込んで解錠する。ミカンさんの猫型カメラは魔道具で、空間すべてを記録しちゃうから隠しても意味ないんだけどね。解錠シーンは手元を映さないよう、あとでミカンさんにお願いしなくちゃ。


「はい。開きましたー。ここで注意です。エコーロケーションで中の状況をよーく観察することー。往々にしてっていうか、だいたいすべてっていうか。中はモンスターハウス状態になってるからねー。不用意に突入したらスライムの餌になっちゃうよ」


「モンスターハウスってなんですか?」


ミカンさんが聞いたのでボクが答える。


「罠の一種です。お宝部屋の前にボスが一匹じゃなく、大量のザコモンスターが押し込まれてる状態の部屋のこと。1階層ならほとんどがスライムみたいです。ざっと100匹前後います。もしかしたら1階層に棲息する他のモンスター‥‥巨大ミミズとか巨大昆虫のモンスターハウスとかがあるかもしれませんけど、ボクたちは確認してません」


「そ。弱っちくても数集まったら致命的なのね。なのでウチらは魔法を使います」


「魔法‥‥」


シオンがゴニョゴニョとミカンさんに耳打ちした。動画の構成について相談したようだ。シオンがカメラに向けてシナを作る。


「魔法の使い方については別動画でまとめます。この『お宝部屋編』の後にアップ予定ですよー。そっちも観てねー」


そこまでいってシナを解き、人格崩壊かってくらい事務的に言葉を続けた。


「で。ミナトが魔法準備。ウチがドアの開閉を担当」


はいはい。ボクは火炎魔法の詠唱に入る。シオンがドアをガバっと開き、ボクの魔法が飛び込んでいく。シオンがすかさずドアを閉めた。鈍いゴウって音が響く。


「えっと。中にはスライムが100匹前後密集してます。突入して1匹ずつ斬り捨てて勝てるならそれでもいいんですけど。レベルが20あたりまでいかない初心者の方だと、だいたいは全身を多数のスライムに包みこまれて窒息死します。レベルっていうのは便宜的ないい方で、『ステータス覚値』を20ポイント集めたって意味です。魔法が使えないうちはガソリンを投げ込んで火をつけたくなるでしょう。けど危険です。火力調整が聞かないので大爆発したりしたら、自分たちが焼かれちゃいます。落盤しちゃう可能性もありです。なので。そうですね。殺虫剤を噴霧するのがいいかも。ボクたちはやったことないんですけど、YouTubeでスライムにはナメクジとかに効くカルバメート系の殺虫剤が有効っていわれてるようだし。スプレーでちまちま撒いてると押し寄せるスライムに圧倒されたりします。農薬散布なんかに使う背負式で手押しポンプ式の散布機なら持ち込めるので、詰めて大量に撒くのがいいかも。人体にも毒性があるから防毒マスクを忘れずに。魔法の場合は火力を調整できるし、マナを消費したら自然に炎が消えるのでいろいろ楽なんですよね。とまれ、どんな方法を選ぶにせよ、ダンジョンでの行動は100%自己責任です。他の人に迷惑かけるような行動は慎重に」


そこまでいったとき横からシオンがしゃしゃり出て話を奪っていった。


「ここでスライム全滅したぞーって飛び込みたくなるでしょうけどー、そういうせっかちな人は遅かれ早かれ痛い目を見ます。わかりやすくいうと死にます。密封された部屋の火災はバックドラフト現象が起きたり、室内が一酸化炭素で充満してたりするのね。バックドラフトへの対処法はググってねー。一酸化炭素中毒に関しても同じ。ウチらは魔法シールド発生魔導器を持ってるので、シールドを張って安全確保。風魔法を打ち込んで一酸化炭素を吹き散らす方式でやってますー」


ミカンさんにシールドを起動させ慎重にドア開けを試みる。バックドラフトは起きず、風魔法も実演してみせた。


「これで安全確保」


全員で中に入る。床に無数の魔石が散乱している。拾い集めると103個あった。ステータスパネルを開く。2940だった経験値が3970になっていたからスライム103匹討伐で間違いなさそうだった。振り分けていないステータス覚値が3に増えている。ミカンさんの660あった経験値が1690になっていてステータス覚値が1ポイントついていた。


「ミカンさんは歌い手なだけに音関係のパーソナルアビリティボーナスが高いので、最初から知力に振っていいと思います」


ボクがそう告げるとミカンさんは即決で知力をあげる。


「さあ。お宝お宝〜嬉しいな〜♪」


シオンが歌いながら奥の部屋のドアを調べる。


「罠なし鍵なし邪魔もなし〜♪」


どういう歌なんだ。シオンがドアを開けた。奥の小部屋に台座に乗った宝箱が1個。


「宝箱には簡単なトラップが仕掛けられてる場合が多いです。ボクたちが昨日開けた宝箱には全部罠が仕掛けられてました。単純な機構の毒針投射機と毒ガス噴霧器です。他にも別の種類の罠があるかもしれません。ボクたちが経験したのは針と毒ガスだけ。正体不明の罠があったら開けないで放置しましょう。エコーロケーションのテクニックを使うことで開ける前に罠の存在を見極められれば回避は簡単になります。毒針投射機は毒針の軌道に入らないよう位置をずらせて開ければいいですし、毒ガス噴霧器は噴霧が始まる前にサッと開けてサッと取ってすぐ宝部屋のドアを閉める。それで対処可能。この宝箱は毒ガスみたいですね。底にボンベがあって鍵穴みたいなところまでチューブが伸びてる。正面に立つと浴びちゃいかねないので横に立ちます。ふたりは部屋から出といて。シオンはドア閉めお願いね」


ふたりが部屋を出たところで深呼吸して息を詰め、横に立って蓋を開けた。ひと目見てH.R.ギーガーがデザインしたヘアドライヤーかと思ったけど深く考えてる余裕なし。フェザー級プロボクサーのパンチ並の速さで手を伸ばし、がっしり握ると部屋を飛び出した。ドアを抜けて靴底が擦り減るくらいのスライディングで止まる。後ろでシオンが全力でドアを閉めた。


「なんだった。なんだった?」


シオンが目をお星さまにしたワクワク顔で覗き込む。


「なんだろう。ドライヤーかな?」


落ち着いたところでよく観察すると、握りがあってその上に乗った筒状部の先端に穴がある。全体は乳白色。


「これ‥‥銃じゃないですか?」


ミカンさんがいう。そういわれると銃としてのデザインに見えなくもない。でも引き金がないし。弾倉もない。撃鉄もないし、スライドもしない。


「魔道具なんだから魔力を通して起動させるんじゃないかなー。ウチはドライヤーに1点」


なるほど。魔力を流してみた。見た目はなにも変わらないけど、起動した振動みたいな感触が手の平に伝わる。


「あ。なんか作動した感じ」


ボクが呟く。するとシオンがどれどれーといいながら、上から下から角度を変えてガン見した。


「あれ。握りの下。そんな穴あった?」


ひっくり返して握りの下を見る。直径1cmほどの穴が開いていた。さっきまではなかった穴だ。持ちあげて穴を覗き込む。真っ暗でなにも見えない。


「魔道具だから魔石セットするんじゃない。その穴、スライムが落とした魔石のサイズに近そうよ」


シオンから魔石を1個手渡される。穴に軽く押し込むと、確かにサイズぴったりだ。先端の尖部分を押し込んだところでスルッと吸い込まれるように穴に消えた。


「吸い込んだ」


「やっぱ銃かなあ。撃ってみれば?」


「引き金もないんですけど‥‥」


「魔道具なんだからー魔力を流すんでしょ」


シオンにいわれるまま壁に向けて構えた。魔導ランプを点灯するくらいの微弱な魔力を握りに伝える。カッカーンと金属バットで金属球を打ったときのような音が響いた。先端を向けていた壁がボコッと、直径20cm近くひび割れる。直後に中心が破裂した。微塵に砕けた壁の石材が礫となって飛散する。


「わ」


「きゃ」


ミカンさんの手のシールドが自動的に発動した。部屋の床から天井までシールドが覆う。無数の礫がシールドを叩き、バチバチッと反応光を輝かせる。お陰で全員が無傷で守られた。


「やっぱ銃かー」


シオンが悔しそうにいう。いや、ドライヤーか銃かで賭けしてたわけじゃないから。


「ミカンさんのシールドのおかげで助かった。ミカンさんの心の危機感に反応して自動展開するなんて。性能よすぎだ」


「びっくりしましたー。あの。このシールド。切っちゃってもいいんでしょうか?」


ミカンさんが聞いてくる。


「はい。もう大丈夫です」


シオンが寄ってきてボクが脇におろした銃を奪い取る。


「魔力流すなよ」


ボクは慌てて注意した。


「わかってるしー。それにしても。銃。銃なのよね。火薬の臭いもしないし。魔素の匂いがかすかに。弾は。魔石を撃ち出したの?」


「うーん。魔石そのものを撃ったって感じじゃなかったんだよね。なんか魔素の流れっていうか、内部の魔法陣を走る魔力の流れが圧縮魔法に似た感触っていうか‥‥」


ボクは歩いて壁の弾痕の前に立った。10cmほどが大きく抉れ、その周囲が浅く噴き飛んでいる。触ってみるとヒヤリと冷たい。白っぽくなってるのは霜か。


「凍ってる。弾痕にも火薬の臭いや硫黄の臭いはしない。焦げた臭いも金属臭もない。まるきり無臭だ。空気を圧縮して撃ち出したって考えるのが筋道な感じがするんだけど、銃本体は熱くなってない。こんな破壊力を生むためには500から1000気圧に圧縮しなくちゃいけない計算になる。でもそんなに圧縮したら3000度とかになっちゃうんだよね。銃身が溶けちゃうかもだし。少なくとも触って熱くないなんて‥‥はずがない。っていうか、普通、銃身が破裂するよなあ」


うーむ。と悩んでいたらシオンにどくようにいわれた。振り返るとシオンが銃を構えミカンさんがシールドを全開で張り巡らせている。


「実験だよ。実験」


ボクは慌ててシールドの奥に退避した。シオンがダーティーハリー並みに片手で構えてる。


「それ結構反動強いよ。腰入れて両手で構えたほうがいいと思うよ」


おーそうか。と意外と素直にジョン・ウイック並みに腰の入った両手保持姿勢を取る。近接戦闘でより実戦的なC.A.R.システムと呼ばれる身体に引きつける構えだ。カッカーンと魂が虚空に吸い込まれていくような快音。最初に壁を抉った弾痕の右上10cm近く離れて、ふたつ目の弾痕が大穴を開けた。破砕された破片がミカンさんのシールドを星空のように輝かせる。


「確かに重いね。マグナム並みだー。感覚は掴んだわ」


シオンが次弾を発射する。カッカーン。腰を入れて軸が安定し命中精度があがる。ボクの最初につけた弾痕にピッタリ重なって着弾。性格的にボクは陰険なスナイパータイプ。シオンは近接コンバットタイプだ。ハンドガンの扱いはシオンのほうが上手い。


「す。凄い。シオンさんどこでそんな射撃技術を‥‥」


別の宇宙で別の世界で死線をくぐりながら身につけた技術だ。けど、話しても信じてもらえないだろうなあ。なので適当に誤魔化しておく。


「サバゲーです」


「サバゲーって。サバイバルゲーム?」


「ちょっと連射してみるー」


連射。部屋が崩壊することはないだろうけど、破片の飛散は散弾銃レベルになりそうだ。


「ちょ待って。念のためボクの防御魔法も重ね掛けしておくよ。詠唱魔法だから最小範囲になるから。みんなもう少し集まって。よし。そんなもんかな。じゃあ。いくよ。画すモノ。理の断絶(ことわりのだんぜつ)。覆い慈しむ紡がれた繭。万物を退ける無色の盾となりて我が身を護れ」


ミカンさんのシールドの内側、3人を包むギリギリの防護球体が展開された。ミカンさんの展開するシールドより淡い青。シオンが叫ぶ。


「ファイヤー!」


カッカーンではない。カカカカカカカーンと発射音。前面の壁が真っ白に氷結しながら爆散する。ミカンさんのシールドに、ビル爆破解体レベルの破砕片が衝突した。あたりが明るく浮びあがるくらいの光が瞬き、シールドが粉々になって消える。いくつかの砕片がボクのシールドにも衝突して弾き返された。ミカンさんの展開したシールドは衝突した物体の速度を一瞬で0に変換する反発タイプ。物質の持っていた運動エネルギーは、内部へ働く破壊エネルギーとなって衝突した物体を粉々に砕く。その一部が光となってシールドを輝かせる。ボクのシールドは衝突した物体の運動エネルギーを歪ませて方向を変える省エネタイプ。魔力消費のレベルが違う。ミカンさんのまだ未発達な魔力量では、すぐ底をつく。ミカンさんがシールド発生機を装着した右手を抱え込むように膝を突いた。


「腕が痺れて‥‥目眩が」


「シオン。連射中止。ミカンさんが魔力切れしてる」


ボクは座り込んだミカンさんの横に膝を突き身体を支えた。


「あ。ごめーん。魔力切れは少し休めば回復するから安心してねー。でもこっちの魔力銃も弾切れみたい。魔力流しても反応しないわ。最初ミナトが撃って‥‥ひーふーみー。ウチの連射7発で弾切れしたから10発だね。スライムの魔石1個で10発。あの威力だからコスパいいんじゃね?」


「威力ありすぎだよ。魔力半分で十分だろ。それなら20発撃てるんじゃないか。とりあえず部屋を出よう。粉塵被害受けそう」


ミカンさんに手を貸して立たせる。肩を貸して一緒に部屋を出た。


「ウチ、フェザータッチの魔力制御って苦手なんよねー。どーする。誰が持つ?」


シオンが服をパタパタ叩きながらいう。


「とりあえずボクが持ってるよ。照準とか精度とかがもっとわかれば、中距離からの援護もできそうだし。ミカンさんの魔力量や魔力制御があがったらミカンさんの遠距離支援武器にしてもいい。よし。通路でお尻が冷えるけど小休憩にしよう」


リュックから銀色のサバイバルシートを取り出し、少し拡げて通路に敷いた。ミカンさんには壁にもたれるように座ってもらう。


「あ。ありがとうございます」


「ミカンさん。飲み物用意しますけど紅茶でいいですか?」


リュックからコンパクト筒型携帯コンロを取り出し、キャップ兼用のマグカップを外す。底に捩じ込まれてる筒鍋を外して上に乗せる。


「紅茶ですか。あ。はい。紅茶好きです」


「シオンも紅茶でいいね?」


「ウチは甘けりゃなんでもー」


1リットル紙パック入りの紅茶ラテを出して注ぐ。ハチミツもたっぷり入れて混ぜながら温めた。シオンは自分の携帯コンロをセットして、レトルトの『お肉ゴロゴロクリームシチュー』を温め始める。ミカンさんにもカップを出してもらい紅茶ラテを多めに分けた。ミカンさんはカップを両手で持って熱々の紅茶ラテを啜る。


「ああ。染みます」


「魔力と脳の糖不足の関係はわかりませんけど、血糖値あげると魔力は回復するんです」


「魔力を使わないと糖尿病になっちゃいますけどねー」


シオンが茶化す。


「魔力切れするほど魔力を使うと、魔力ステータスが面白いくらいあがるんですよね。魔力回復には血糖値アップとリラックス。コーヒーやエナジードリンクにはカフェインも入ってて交感神経を刺激しますから、魔力回復のリラックス効果が少なくなっちゃうんですよ。この紅茶はカフェインレスです。このへんの小ネタも動画に使えますか?」


「使えます。それだけでもショート動画に切り抜けます」


シオンの鍋からシチューを分けてもらう。食べて飲んで、ちょっとはしたないけど通路の端であたりを憚りながら小用を足す。こればっかりはダンジョン探索の非文化的側面。ウエットティシューを拡げて次に通る人が踏まないように目印にするのがマナーらしい。ありがたいことに1時間くらいでダンジョンに吸収される。


「あの‥‥。ワガママいって申し訳ないんですけど、いったん地上に戻っていままでの動画素材を編集さんに渡したいんです。魔法の話。秘密の部屋の話。宝箱の話。魔導銃の話。もうこれだけでも内容過密です。いま編集に渡せば今日の深夜にはアップロードできます」


恐る恐るといったていでミカンさんが切り出した。これが3階層4階層と潜ったあとだったら帰路の長さを考えて渋るところだけど、まだ1階層の階段脇だ。たいした時間ロスじゃない。シオンを見るとアヒル口をしてる。これは「まあ、いいんじゃない?」って意味だ。0コンマ2秒だけ考えて、ボクは了承した。


「オッケーです。戻って編集さんと連絡取って素材渡しがてら簡単な打ち合わせして。2時間ってところでしょうか。ただダンジョン内時間で12時間ロスしますから、この後予定してたスライム大量討伐しての経験値稼ぎはパスしましょう。経験値稼ぎは‥‥ちょっと荒っぽいですけど、2階層に降りてゴブリン秘密部屋の攻略に変更します。かなり尚早ではあるんですけど‥‥モンスターを殺せるかどうかって天性の資質みたいなもんだって思ってます。慣れればできるってものでもないので、遅かれ早かれぶっつけ本番で試さなきゃいけないと思います。ミカンさんが今後もダンジョンを攻略していけるかどうかの試金石になります。フォローはしますけど実行するのはミカンさんです。覚悟してくださいね」


「試金石‥‥」


ボクたちはセーフゾーンへの階段に向かって戻り始めた。ボクが先頭になる配置だったので、エコーロケーションを使って帰路の安全を確かめてる間にシオンが引き継いで解説してくれる。


「ゴブリンって人型でしょ。スライムや獣とは違ってウチらに近い生き物なのよねー。ダンジョンを攻略していくと、そんな人に近い生き物を殺さなければならなくなる。善良で真面目な人ほど心理的抵抗が強いの。恐怖とはまた違って、真っ当に生きてきた人にとって本能的なブレーキになっちゃうみたい。相手が殺そうとして迫っているのに、自分が自分を制止して固まってしまう。そのときにー。人として教え込まれた『良心』っていうハードルを超えられるかどうか。それが超えられなければー、遅かれ早かれダンジョンで死にます」


「人型‥‥」


「怪物的だけどー、人に近い知能もあるし。原始的ですけど言葉も話すわけ。家族的な集団も作ったり。幼体、つまり子供もいるんよ。ネットで観る限り幼体ですら襲ってくるのね。コミュニケーションはぜんっぜん取れませーん。捕獲しても絶対に手なずけられないって。ウチらのことが高級食材にしか見えてないみたいだしー。殺さなければ、殺されて喰われちゃう。魔界の生き物にとって、人間を含むこちら側の生き物はぜーんぶ、麻薬に近い身体強化物質なんだって。だから好んで喰うわけ」


「もし、私がゴブリンも殺せないなら‥‥今後ずっとお荷物にしかならないってことですね」


「残酷だけど‥‥ダンジョンってそういう場所なの」


ミカンさんが固唾を呑む。人には向き不向きがある。それを早いうちから知れたなら無駄死にせずに済むかもしれない。ボクたちはぞろぞろと地上へ戻った。ダンジョンでは約3時間過ごした。地上に戻ると30分しか経ってない。まだ10時半だった。ミカンさんが復活したスマホで電話を掛ける。30分後に待ち合わせになった。ダンジョンゲート循環バスで戻り、ギルド前広場に面したカフェに入る。待ち合わせの編集さんはは25分で到着した。


「は。はじめ。まして。絹多萌絵きぬたもえと申します。星空さんとはアイドルグループ時代から。お。お付き合いさせていただいてます。お付き合いといっても。その。セクシャルな関係じゃなくてですね。仕事仲間として。あれ。なにいってんだろ。あたし。あ。ミナトさん。多摩のご活躍からずっと注目していました。まさか自分がミナトさんの活躍を編集できるなんて。編集マン冥利といいますか。頑張ります!」


絹多萌絵さんは『萌絵ちゃん』と呼びたくなるほど小さな女の子だった。身長140cm。小学5年生の平均身長だ。黒縁の大きな丸眼鏡をしてずりさがりを押しあげるのが癖になっているらしい。


「あ。よろしくお願いします。強盗さんたちとの顛末の動画観せてもらいました。格好よく編集してくださってありがとうございます。でこれからお渡しする素材ですけど。内容は濃いと思います。いちばんセンセーショナルな話題は魔法についてでしょう。まだ世界中で誰も気づいていないみたいなんで大ニュースになると思います」


「ま。ま。魔法。『葬送のフリーレン』とか『ハリーポッター』とか『魔女の宅急便』とかみたいな魔法ですか。つ。つ。使えるんですか。マジですかああ?」


眼鏡が完全にずりさがった。


「光魔法。火魔法。風魔法。水魔法。雷魔法。盾魔法。その他諸々。ただし。この地上で使おうとするとトラックを素手でぶん投げるくらい重く感じるので、事実上は無理ですね。でもダンジョンの中なら軽く使えるようになります。自身のステータスと相関しますけどね。それとダンジョン内のお宝部屋について。手当たり次第とか虱潰しらみつぶしに調べる方法もなくはないですけど、エコーロケーションっていう技術を使えばピンポイントで見つけ出せます。お宝部屋へ入るドアが壁に偽装されて隠しドアになってます。ドアが見つかればどこかに偽装された鍵穴があります。見つければ簡単な解錠技術で開けられます。ここまではたいした危険もないですけど、ここからが命懸けになります。お宝部屋の前室はだいたいモンスターハウス化してるんです。ボクたちの入ったお宝部屋は全部そうでした。モンスターハウスっていうのは、部屋の中に多数のモンスターが詰め込まれた部屋のことです。一種の罠ですね。なのでレベルが低い冒険者が無闇に突入すると犠牲者が出まくります。ですから、これでもかっていうくらい警告入れてください。経験豊富な冒険者と行くか自身が経験豊富な冒険者となってから行くか。欲にかられて強行突入するとパーティ全滅すらありえます。慎重に攻略してモンスターハウスをクリアすれば、奥のドアからお宝部屋に入れます。そこに宝箱があるはず。だけど宝箱には罠が仕掛けられてます。ボクたちが開けた宝箱にはすべて罠がありました。単純ですけど致命的な罠です。それを回避すれば中のお宝‥‥アーティファクトが手に入ります。ボクたちもまだ数個しか開けてないので、どんな物が入っているのかの全体像は掴めてません。あと。これもお渡しする映像に収められていますけど、さっき開けた宝箱から『銃』が見つかりました。ダンジョン内でも使える銃です。これも世界初なんじゃないかな。スライムの魔石を入れたら軽い魔力を流しただけで壁に大穴を穿つくらいの威力で射撃できました」


「え。あ。待ってください。エコーロケーションって?」


萌絵ちゃんは眼鏡を鼻に乗せ直し手帳を開いてメモを取る。


「特に視覚障害の方が使っているテクニックです。音の反響を聞いて周囲の障害物などを感知します。日本語では反響定位っていいます。コウモリやイルカも使ってる技術ですね。使えると薄暗いダンジョンで重宝しますよ。精度があがると壁の中の部屋空間を感知したり、隠しドアを見つけたり、宝箱の透過映像を見ることができて罠の構造を調べられたりします」


「魔法の存在に、エコーロケーション技術。そしてモンスターハウスに宝箱のアーティファクト。信じられない‥‥」


「それで繰り返しになりますけど留意してほしい点があります。まず。この攻略は未熟な人が行うと重大な事故につながります。そのあたりの警告はくどいくらいしっかり入れてほしいです。それと‥‥鍵開けのときはちょっとズルしてますので手元のアップはなしで。それとこれ。光魔法と火魔法と風魔法の呪文を書き出しておきました。難しい漢字にはルビをふってあります。ただ魔法の発動にはちょっとしたコツがありまして、この動画だけじゃわからないはずです。次にダンジョンから戻ったときに魔法に関しての動画素材を渡せると思いますので宣伝だけお願いします」


萌絵ちゃんは最敬礼せんばかりに緊張してUSBメモリを受け取った。


「ミナトさんたちはこれから休憩ですか?」


「いえ。もう一度ダンジョンに入ります。魔法発動に関しての動画素材を記録して、不都合がなければ夕方まで経験値稼ぎをしてこようかと」


「夕方というのは18時ってことでよろしいでしょうか。疑問等があればお聞きしたいと思いまして」


「わかりました。18時までには地上に戻るようにしますね」


ボクたちと携帯電話番号を交換し、ラインもグループトークルームを作る。絹多の萌絵ちゃんはコーヒーも飲まず、ずっと待たせておいたタクシーに再乗車して去っていった。ボクたちは珈琲を飲み干してから、おもむろにダンジョンへ向かう。ミカンさんの表情が硬い。セーフゾーンで集落を外れ手近なイグルーのひとつに入った。そこでミカンさんを立たせ、体内での魔素練りイメージのレクチャーを行う。まずは暴走しても安全な光魔法の呪文を暗記してもらう。スムーズに口に出るようになるまで反復練習してもらった。それからイグルー空間の真ん中に立ってもらい、ボクが後ろから手を回してミカンさんの下腹部に手を当てる。魔力を送り込むと身体の中に温熱球が湧くような感覚が得られるはず。


「では。これから魔素練りのレクチャーを始めます。魔素練りっていうのは自分の身体の中に魔素の流れを循環させて、精度や純度や強度をあげていくイメージトレーニングです。人間の体の中には7つのチャクラがあるとされてます。チャクラとは生命エネルギーの循環ループにある結節点、ノードみたいなものです。下から上に7つあるといわれてます。第1のチャクラはムーラダーラっていって股間の会陰奥。生命力の源泉です。第2はスワディシュタナ。子宮あるいは前立腺奥の東洋医学でいう丹田と呼ばれる場所。感情や情緒の中枢です。第3はマニブラ。鳩尾の奥、太陽神経叢って呼ばれる神経の集合体ですね。個性や自意識や欲望の中枢です。そして第4のチャクラが胸の奥。つまり心臓ですね。愛の宿る場所です」


そこまで説明しながらミカンさんの身体を撫であげていく。最初に下腹を撫でた瞬間からミカンさんは頬を上気させこらえきれずに腰をくねらせた。魔力を送り込まれて尾骨の芯に性的エクスタシーが走り抜けたはず。魔素に慣れていないから反応が強い。魔素練りを極めると手もなにも使わず性的絶頂を味わい続けたりもできる。話題が18禁になりそうだから解説はしないけどね。


「第1から第4までのチャクラ位置はわかりましたよね。その位置に対応した臓器があるわけじゃないのでアバウトです。ボクは学者さんじゃないので経験則に過ぎませんけど、臓器というよりそのあたりに集中した神経叢のネットワークと考えてます。なので各チャクラの神経叢の中を魔力がもやっと流れて近くの臓器を撫でていくみたいなイメージを浮かべてください。普段はこの4つのチャクラ間で生命力である『気』と微量の魔素がゆったり流れ回っています。魔素ってダンジョンに入ると匂う、柑橘系のオゾンみたいなあれです。匂いのイメージに意識を集め、第1のチャクラの周りを包み込むように回転させます。チャクラってそもそも『輪』とか『円』とかの意味で、回転を内包します」


もう一度ボクは指を滑らせミカンさんの恥骨に当てる。


「あっ‥‥」


ミカンさんが思わず息を漏らした。いやー。エロい。ボクの中にあるオトコの気質がドキドキし始めたぞ。ボクの指先がゆるっと回り、フライバイするボイジャーのように上のチャクラへ移る。回転して登って拡散して収斂する。ミカンさんは軽く絶頂したと思う。4回繰り返して感覚を身体に刻み込む。


「第1から第4まで登ったら、また1段ずつおろして循環させます。特に丹田のあたりがホワっと暖かく感じられたらさらに上へあげる準備ができてます。第5のチャクラ、アジナは喉にあってコミュニケーションや自己発現の中枢。そこからさらに上に登り、第6のチャクラ、ヴィシュダは眉間にあります。脳の奥にある視床下部が大体それにあたります。直感や洞察、そして本能。生命活動と知的活動を統合する場所です。第7のチャクラはサハスラーラと呼ばれて、頭頂にあります。高次意識との接点であり第5の力の受容体とも呼ばれています。最初はゆっくり回転を意識して。螺旋の動きで意識を集約させ頭頂のサハスラーラに達したら、そこで第5の力‥‥意志のパワーが付加されます。生命体だけが魔法を使えるのは意志の力が作用するからです。そこからヴィシュダにおろしたとき、意味を付与します。火の魔法のイメージ。飛び方の軌跡イメージ。威力や魔力量なんかを規定してイメージします。それと同時に喉のチャクラを通して詠唱を加味します」


ミカンさんの喉を押さえると同時にミカンさんが光呪文の詠唱を始めた。エクスタシー責めの最中でも我を忘れないミカンさんは、なかなか自制的な人だ。


「詠唱は魔力の一部を自分以外の空間に作用させ魔法の媒介として変質させる言葉です。決まり文句で脳が自動的にイメージしやすくしてくれます。慣れてきたら自分のイメージしやすい言葉でもいけますし、無詠唱でも可能は可能です。詠唱を混ぜ込んだら準備完了。魔素の流れを縦ラインから外して手の平に集めてください」


ボクはミカンさんの手に手を添えて上向かせる。軽く魔力を押し当ててやるとミカンさんの練った魔素が宙空で光の玉になった。線香花火の先端部にぶらさがる『火玉』みたいにゆらゆらプルプル不安定だ。


「‥‥できた」


ミカンさんが信じられないという目で、自分の手の上で光を出す儚い球体を見つめる。


「いまのプロセスを何度も繰り返して練習すると身体が覚えて自動でいろいろできるようになりますよ。これにて魔法講座は終わり。魔法はイメージです。光魔法。火魔法。風魔法。その3つは昔から使われている呪文を教えておきます」


ボクはそれぞれの魔法を実演してみせた。詠唱はクリアに聞こえるように気をつけて発音する。萌絵ちゃんが字幕も入れてくれるだろう。


「これら以外の魔法は、魔法を極めたいと思う皆さんの切磋琢磨におまかせします。さて、今日の最大の目的は経験値稼ぎ。第2階層に降りてゴブリンを討伐させてもらいます」


「だれにいってんのそれ?」


シオンがツッコミを入れてくる。


「視聴者さんにだよ。っていうか編集点をつけてるのさ。絹多さんが編集しやすいようにね」


朝の通勤ラッシュに似たダンジョン潜りラッシュは過ぎていた。最短経路で快適に第2階層へ降りることができる。第2階層の主なモンスターはゴブリン。単体でうろついていることは少なく、ほとんど3体のグループで徘徊してるとされる。主な武器はマチェットや鉈。稀に弓使いがいる。大蜘蛛が減り、代わりに地面に穴を掘って身を潜める土蜘蛛が増えてくる。稀に上位種であるヘルハウンドやホブゴブリンと遭遇することもあるらしい。そうなったら初心者パーティはひたすら逃げるしかない。ボクとシオンは逃げないけどね。階段を降りきると目の前には地下とは思えない光景が広がっていた。天井高20mほどか。広大な空洞空間だった。もやに溶け込んでかすみ、果てが見えない。遥か先まで広がる巨大な空洞内に無数の崩壊した遺跡建物群が密集していた。天井に光ファイバー植物が密生し、夜明け直後ほどの明るさを作り出している。遺跡建物群は崩壊が顕著だった。あちこちで天井を突き破って伸び出した巨木の根のようなものが、クラーケンの触手群のように建物に絡みつき崩壊に拍車をかけている。地面は石畳だった。地下に繁茂した根でもあるのか、ぐねぐねと隆起したり陥没したりで歩きにくそうだ。道路にも建物にも、わずかな隙間や崩壊のひび割れから光ファイバー植物が伸び出し発光していた。弱い風が奥から吹き流れてくる。


「うわー。荘厳だねー。平面図で見るのとじゃ大違いだー」


シオンが感嘆の声を発する。


「床がボコボコに盛りあがったり石畳が剥がれたりしてるから気をつけて。魔物との戦闘による負傷者より転倒して骨折する負傷者のほうが多いんだって」


第1階層より明るいとはいえ、夜明け直後レベル。天井からの光だけじゃなく地面の光ファイバー植物によっても光が供給されているから、方向性がバラバラで影のでき方もまちまちだ。シオンなら蹴つまずいても空中一回転して着地できるだろう。でもミカンさんはまだそこまでいってない。階段から北に向かって長めの石畳が伸びていた。両側は小ぶりな建物が主で隠し部屋のありそうな大きさじゃない。道の正面に見える建物はシティホールほどの大きさがあり、隠し部屋があるならそこだろうと見当をつけた。ミカンさんは暗視ゴーグルを外して行動してる。歩きにくそうだ。天井から滝のように降り注いだ根の束が、市庁舎風建物の正面右側を圧壊させている。でも、なんとか残った左側から中に入れそう。中は光ファイバー植物の群生が少なく薄暗い。ミカンさんが暗視ゴーグルを掛けた。入口ホールに立ち、石壁をミニハンマーで叩く。ふわっとエコーロケーション映像が浮かぶ。あった。建物の左ウイング。奥の角。通路を慎重に進む。床に積もった埃を掻き乱して無数の足跡がついていた。小学生程度の大きさの足跡。間違いなくゴブリンだ。ゴブリンの巣。モンスターハウスが簡単に見つかる。壁に耳をつけ中からの音を聞く。あっさり感知した。焚き火の音。鍋を掻き回す音。土器をガチャガチャ並べる音。マチェットを研ぐ音。弓の弦を鳴らす音。足音。いびき。会話。咀嚼音までは捉えられなかったけど、盛大なゲップと放屁の音は聞きたくないのに聞こえてしまった。生活音を抑えようなどと考えてもいないようだ。静かに眠っている者は感知できなかったけど。起きて動いているゴブリンが45匹までカウントできる。シオンとミカンさんを呼び寄せた。頭を寄せ合いヒソヒソ声で打ち合わせる。


「起きて動いてたり盛大にいびきを掻いて寝てるゴブリンが45匹います。ゴブリンは非力とはいえ全員をいっぺんに相手するのはリスクが高すぎます。なのでここはボクの雷魔法で頭数を減らします。その後、シオンを先頭にボクも突入して残敵を掃討します。ただし1匹だけはミカンさんに倒してもらいます。これができないとダンジョン攻略組冒険者は無理だと諦めてください。では突入準備を。ミカンさんは最小限の魔力でシールドを起動してください」


ボクは人差し指の第2関節で壁を叩き、その反響でドアと鍵穴を見つけ出す。サクッと解錠。開ける前にシオンを見る。いつものニコニコ顔じゃなく真顔で頷く。ミカンさんを見る。持ちあげた左手を中心に直径1mほどのシールドが展開されていた。


「ミカンさん。静かに剣を抜いておいて。入る順番はボクが最初。魔法を撃ったらシオン。最後にミカンさん。行きますよ」


ドアに向かう。静かに深く息を吸う。


「天裂の電光。貫く電子の刃。崩落の圧壊。神鳴の鉄槌。爆ぜ跳ねる電龍‥‥」


こっちは稲妻魔法だ。いまの魔力値なら3分の2は持っていかれる。ドアを引く。音もなく開いたドアから1歩中へ。あちこちに篝火が焚かれ、大型体育館並みのスペースでも十分に明るい。ボクの周囲の空気が帯電していくみたいだ。歯に銀を詰めている人がこの呪文を唱えたら口の中で放電が起こって吹っ飛ぶかも。幸いブランニューなボクの身体には虫歯なんてない。


「‥‥天冥の裁きよ軋み走り連なれ」


目の前が真っ白になる。突き出した手がビリビリに痺れた。手の平の皮が火傷を負ったけどフェムトマシンが修復してくれる。部屋中を落雷級の放電が龍のように駆け巡った。ゴブリンの群れの半数25匹が直撃を受けて黒焦げになる。オゾン化した空気を切り裂くようにシオンが駆け抜け、生き残ったゴブリンを次々に屠っていった。ボクが続くと左側にいて稲妻直撃の難を逃れた1匹が、マチェットを振りかざして突っ込んでくる。その後ろによろよろと立ちあがろうとしてるゴブリンが3匹。1匹は弓を持っていた。最初に突っ込んできた1匹の斬撃を柳の枝のようにゆらっと避ける。下手で魔剣ナイフを背後のヒップバッグから抜き放った。抜きざま、軌跡のままにゴブリンの左腕を斬り飛ばす。そのまま踏み込んで身体を回転させゴブリンの腰後ろをすくいあげるように蹴り飛ばした。小柄なゴブリンは宙に浮いてミカンさんの前に叩きつけられる。ミカンさんが小さく喉を鳴らした。脚が竦んでいるようだ。ゴブリンがよろよろと立ちあがる。ボクを見て、ミカンさんを見て、その背後のドアを見る。ドボドボと血を噴き出す左腕を見る。戦闘狂のゴブリンとはいえこの状況では逃げを選んだ。悲痛な叫び声をあげ、ミカンさんに突進した。血まみれで、鼻からも口からも血を流していながら殺意満々の目で睨みつけ突進してくる緑の生き物。ミカンさんはゴブリンの凄絶な異形に圧倒された。


「いやぁ」


悲鳴を漏らしながら胸で腕を交差させ、目をつぶって身体を丸めてしまう。さがった頭にゴブリンのマチェットが振りおろされた。


「ミカン。目を開けて剣を前に!」


魔力の乗った喝は精神に働きかけて気つけの効果がある。ミカンさんはハッと顔をあげ右手の剣を突き出した。その切っ先にゴブリンの身体が吸い込まれていく。惰性で振りおろされたマチェットがミカンさんのシールドで弾き返された。ゴブリンはそのままミカンさんに体当りし、脚が竦んでいたミカンさんがもつれ合って倒れる。上になったゴブリンは死んでいた。それを見届けてボクは身体を翻し、いまいた位置に飛んできた矢をかわす。鎌を持った1匹が大振りした斬撃をダッキングでかわし、手にした魔剣ナイフを投げつけた。奥にいた弓ゴブリンが次の矢をつがえて狙いをつけようとしてる。でもボクのほうが先手だった。魔剣ナイフが弓と弦を断ち切って弓ゴブリンの眉間に突き刺さる。それを見届けることなく、背中の魔剣『霧雨』を抜き放った。遅れて駆けてきたゴブリンを一刀両断に斬り捨て、身を翻して背後に取り残した鎌ゴブリンも逆袈裟に斬りあげる。残心。戦闘態勢を崩さず、周囲を感知する。動きはない。他にボクやミカンさんを狙って迫るゴブリンはいないし、襲ってきた3匹は完全に事切れている。弓ゴブリンが昇華していくところを見ながら魔剣ナイフを回収。シオンを見ると攻撃できるゴブリンはすべて殲滅していた。残るは雷を食らって半死半生で悶えているゴブリン3匹にとどめを刺す仕事だ。ミカンさんを見やると、のしかかられたゴブリンの死骸が昇華し身体を起こせるようになったようだ。半身を起こして床に座り込んでいる。


「ミカンさん。まだ仕事が残っています。立って剣を取ってください」


「は。はい」


よろよろと立ちあがりボクの方へ歩いてくる。顔から鎧までゴブリンの返り血でドロドロだった。この世界では、いったん本体から放出されたものは昇華と一緒に消え去らないようだ。


「雷に焼かれて瀕死のゴブリンが3匹います。彼らを不要に苦しめる必要はありません。慈悲を与えます。あそこの1匹にとどめを刺してください。心臓を刺しても瞬間で絶命はしません。脳を破壊してこれ以上苦しみを感じないようにします。できますか?」


ガタガタ震えていたけど、ミカンさんは剣を落とすことができた。残りの1匹はボクが。最後の1匹はシオンが苦しみから断ち切った。45匹分の経験値、4500が加算された。


ミナト***********

【獲得経験値:8470】

【ステータス覚値:7/7】

**************


シオン***********

【獲得経験値:8470】

【ステータス覚値:7/7】

**************


星空蜜柑**********

【獲得経験値:6190】

【ステータス覚値:4/5】

**************


5カラット相当魔石が45個。1個2万円の相場で90万円。それと奥の扉を開ける鍵がドロップしていた。宝箱の中身は『感覚+5の腕輪』。これはミカンさんにあげる。そろそろステータス覚値を振り分けようかと話し、休憩がてらそれぞれ振り分け方を考えた。まだまだ討伐は続ける。雷魔法でごっそり持ってかれた魔力が回復次第、次の隠し部屋を探すことにした。ミカンさんはショックが大きかったようでぼんやりしてるけど、続けられるか聞くと頑張ると答える。1時間後。ミカンさんはその発言を心底後悔したそうだ。なむあみだー。


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