6.ありふれた「苺大福」と「メンバー加入」と「知られざる魔法」
反応速度ではシオンに負ける。遅れついでに床を1発殴ってからロケットスタート。道は1本道。その先でT字路になった。シオンが迷わず左へ走る。
「やめて。なんてこと‥‥」
「残念だがな。その肩の記録装置は没収させてもらう。顔も見られたし、こうなっては帰すわけにはいかないな。たっぷり楽しませてくれたら薬漬けにして人身売買組織に売ってやるよ。それなら生きてはいられる」
下卑た声が流れ聞こえてくる先の角を右に曲がる。100m先に大広間ほどの空洞。その床に置かれた魔導ランタンの柔らかな光が周囲を照らし出していた。奥の壁際で揉み合う男女。床に倒れた4人の男性。そのひとりの胸に食い込んだ斧を抜こうとしている男。遠巻きに男が3人。
「斧を、抜くなー!」
あえて大声で注意を引く。斧を引き抜こうっとしていた男がビクッと固まって顔をこちらへ向けた。腐れ縁ってくらい長く一緒にいるから、シオンはあえて声を出したボクの意図に気がつくはず。シオンのスピードが1段あがった。床石とシオンの靴のゴム底の摩擦で煙があがる。斧を抜こうとしていた男へ疾風のごとく迫り、無防備にさらけ出されている顎をシオンの腰の入った掌底が突きあげた。白い物が飛び散った。男の歯だ。男はのけぞりながら後ろへ吹っ飛ぶ。空中ですでに意識を失っていた。どういう経緯があったのか知らないけど、殺人未遂の現行犯は免れないから容赦なし。シオンも一応は手加減してたみたいだし、脳や脊髄に深刻なダメージは与えてないだろう。ボクは急ブレーキで停止し、斧を打ち込まれた男性の横に膝をつく。胸の横に耳を当て床を金槌で叩いた。超音波エコー画像が脳裏に浮かぶ。斧の先端が鼓動する心臓まであと数ミリの位置にあった。引き抜こうとして斧を抉ったら心筋を突き破っていた可能性が高い。想定したとおりだ。慎重に斧を引き抜きながら胸を抑えた左手からフェムトマシンを注入する。量にして血の1滴くらい。心臓が破れて大出血してたら自己増殖で量を増やしてる暇がないからまとまった注入量が必要だけど、幸い緊急度が低めだったので少量で済んだ。引き抜いた斧を床に置く。生死に関わる損傷だけに限って限定した修復が始まった。切り裂かれた太い血管や神経のみが接合される。ポーションもないのに完全治癒なんてしたら治療法を疑われるから、あえて最低限の治療にとどめた。フェムトマシンが自己崩壊して消える際に、侵入した雑菌やウイルスを道連れにしてくれるので殺菌消毒は完璧。
「な。な、なんだお前らは?」
遅ればせながら声がかかった。奥で女性の腕を掴んで引き寄せようとしていた男だ。その男に腕を掴まれていたのは本日3回目の接近遭遇、星空蜜柑さんだった。
「正義の味方だー。蜜柑さんの手を離せ」
口上はシオンに任せて、ボクは倒れている男たちを回った。ふたりは蜜柑さんのパーティメンバー。身に着けているタクティカルアーマーでわかる。ふたりともかなり重症で意識を失っていた。ひとりは左肩口から右脇腹まで斬り伏せられ、肋骨を断ち切られていた。出血性ショックで意識をなくしている。もうひとりは腕の骨を折られ、頭蓋骨にヒビが入っていた。ハンマーで殴られたのだろう。硬膜外出血を起こしている可能性が高い。このふたりには湯呑み1杯分のフェムトマシンを分け与えた。軽く目眩がする。前歯を折られて倒れている男は薄汚れて擦り切れた量産品のレザーアーマーを着けていて、物盗りの仲間だろうと見当がついた。強盗犯に分け与える慈悲とフェムトマシンはない。ボクは膝を払いながら立ちあがり、遠巻きに立っている3人の男たちを睨みつける。
「えと。暴行傷害強盗の現行犯で私人逮捕します」
見知らぬ相手だけど悪い奴らだから気後れしないでいえた。さすがに体術だけで3人相手はきついし、手加減を誤って大怪我させるのもなんだし。1歩近づきざまに呪文を唱える。
「天裂の電光。貫く電子の刃。崩落の圧壊。神鳴の鉄槌。爆ぜ跳ねる電龍。天冥の裁きよ軋み走り連なり放たれる奔流のカケラ。掌の煌めきと秘まれ」
改良版の雷魔法だ。前はコントロールが難しく最大出力でぶっ放すしかなかった。でも経験を積んで低威力の雷球を保持できるようになり、いまでは手の平の中だけでの放電が可能になってる。腕を大きく広げる。手指を開き、手の平の向きは下。直下に燦く金色の放電現象が生じる。踏み出すべき脚を抜くことで重力を利用した前傾ダッシュができる。される側からしたら、ゆらっと揺れて倒れ込んだ相手が次の瞬間目の前にいるように見えるはず。これを縮地という。左手をいちばん左の男の鳩尾に当てる。手の平と男の腹との間に眩い稲妻が走った。ボクの手は痺れないけど相手は脳天まで感電する。うがっと開いた口の中に稲妻が見えた。悶絶して棒のようにぶっ倒れる男の身体を押しやり、反動で隣の男の胸郭に右手をぶつけた。バリバリっと音まで轟き、ふたり目の男も昏倒する。倒れゆく男の服を掴み、その体重も利用して身体を振った。3人目の男の前に軸足を踏み込む。腕の遠心力も使って腰を回し、上段の後ろ回し蹴りが男の下顎に決まる。4秒で終わった。3人が床で昏倒する。
「な。くそ。なんなんだ、お前ら。化け物か?」
「レディに向かって失礼なー」
ズイッとシオンが踏み出す。男がナイフを抜いた。同時に握っていた蜜柑さんの腕を引き、後ろから抱え込む。その首筋にナイフの切っ先が向けられた。
「近寄るな。こいつを殺すぞ」
「あ。卑怯者ー。女を盾に取るなんて恥ずかしくないの?」
「うるせえ。おまえら武器を捨てろ。さ、さもないとこの女が、死ぬぞ」
「情けないなー。あんまり興奮しないで。はいはい。いう通りにするから、ちょっと落ち着いてね」
シオンがまずリュックを降ろす。それから刀ホルダーのバックルを外して刀ごと床に置いた。ずいぶん素直だからなんか考えがあるんだろう。ボクも刀ホルダーごと外して地面においた。ヒップバッグにつけたサバイバルナイフは男から見えないだろうし、そのままにしておく。
「これでいいでしょ。ほら。丸腰よー」
シオンがシナっと腰をくねらせる。
「うるせえ。お前らみたいな化け物、まだ安心できるか。そこにぶっ倒れてる奴のベルトを抜いて自分の足を縛りあげろ。明るいところでしっかり締めろ。見てるからな」
「なんちゅう疑い深い。おじさん、低血糖なんじゃない。イライラしやすくなるんだよ。あ。そうだ。いいものあるわ。ちょっとタイム」
タイムって。シオンがしゃがんで脇においたリュックを引き寄せた。チャックを開けて中を漁る。コンビニ弁当とおにぎりが転げ出す。人質取って脅してる『おじさん』も呆気にとられてぽかんと見てた。
「あったー。日本人の偉大なる発明。苺大福。これでも食べて血糖値あげるといいんじゃない?」
立ちあがりながら包装を外す。ゆっくり大福を差し出すかと思ったら自分の口に持っていった。
「苺がねー。死ぬほど好きなんよウチ」
そういいながら中の苺を吸い取った。強盗殺人未遂犯のオッサンは脳がこんがらかったのだろう、無言で凝視するだけ。この状況って思いっきり隙ありなんだよな。星空蜜柑さんに武道の心得とかあったら、後ろからの抱擁を外して逃げられただろう。でも残念。武道家じゃないのよね。アイドルに求めすぎだ。
「うっまー。甘くてほろっと酸っぱくて。あ。ところでミナト。精緻の誤差のポイントいくつだっけ?」
「ボクは38」
「ウチは39。やっぱウチか。あ。待たせちゃってごめん。おじさん。苺は食べちゃったけど餡とお餅でも十分血糖値あがるからどうぞ。あ。囓ったとこ見た目悪いね」
そういいながら大福を捏ね始めた。ひと回り小さな団子になる。
「なにやってるんだ、オマエ‥‥」
オッサンが呆れてシオンの手元を覗き込む。星空蜜柑さんの背後に隠れていた身体がズレて顔が覗き、彼女の喉に食い込みそうだったナイフの切っ先が宙に浮く。
「なにやってるって‥‥お団子をあげようかなっと。はい。召しあがれ」
いい終わると同時にシオンの上半身がブレたみたいに見えた。元バスケ部のボールさばきは関係ないと思うけど、大リーグで活躍する2刀流選手に匹敵する160km超のスピードで大福が飛ぶ。星空蜜柑さんの後ろに隠れて立つオッサンの顔が半分よりやや多く見えている。その顔のど真ん中。人中と呼ばれる鼻の下の急所にめり込んでいた。人体のツボというか急所というか、叩かれたら激痛が走るポイントだ。オッサン思いっきりのけぞり豚みたいな悲鳴をあげた。腕の拘束が緩み、突きつけたナイフの切っ先も虚空にずれ込む。蜜柑さんがキャッと声を漏らしてしゃがみ込んだ。シオンは投擲動作を完遂せず、投げた瞬間に突進していた。3歩で肉薄し、オッサンの宙に投げ出されたナイフを持つ右腕を自身の右手で払う。ナイフが払われてできた空間に脚を踏み込み、大きく振りかぶった左肘をオッサンの肘関節に落とす。関節が砕けたかもしれない。オッサンの腕は力をなくし、保持できなくなったナイフが吹き飛んだ。肘を押しさげられたことにより、オッサンの上体が前に引き倒される。シオンの上体が伸びあがりながら、打ちおろした肘が引きあげられた。体重の乗った肘がオッサンの顎に吸い込まれる。オッサンの身体が宙に浮き、壁に激突して壊れた人形のように床に伸びた。
「うーん。気持ちいー。決まると快感だね」
残心を決めたまま自己陶酔してるシオンは放っておいて、ボクは星空蜜柑さんの元へ歩む。
「お怪我はないですか?」
「あ。え。は。はい。アタシは大丈夫です。あ。みんなの具合は。良輔‥‥野上さんは。そうだ。ポーション。持ってます。ポーションあります」
「大丈夫です。落ち着いて。野上さんって斧で斬られた方ですよね。防具で止められてましたからかすり傷です」
ホントは心臓にまで達しかけた大怪我だったんだけどね。
「よかった。他のふたりは」
「重症ですけど命の危険はないみたいです。ポーションがあるなら全員に飲ませてあげたほうがいいかもしれません」
話しているボクたちを見てシオンが声を掛けてきた。
「セーフゾーンの街外れに警察の出張所あったよね。ウチ、お巡りさん呼んでくる」
「頼んだ。救急の担架も要請して。3人分」
星空蜜柑さんが立ちあがろうとして大きくよろけた。脚がガタガタ震えている。ずいぶん怖かったんだろうな。それでも必死に脚を踏みしめて仲間のところへ行き、膝枕してひとりひとりにポーションを飲ませていた。見たところギルドショップで買える正規品。ボトルの色が山吹色だから等級はEレベルポーション。結構奮発したね。ひと瓶10万円。低レベルポーションとはいえ、効果は目を見張るものがある。野上さんの胸の傷口に薄皮が張り、大きな赤い治りかけの傷跡になった。顔色にも血色が戻る。出血多量だった人は呼吸が楽になった様子。頭蓋骨骨折の人は意識を取り戻した。意識を回復した男性になにか縛るものを持っていないか聞くと登攀用のロープがあるという。それをお借りして強盗たちの手足を縛りつけた。最後のひとりを縛りあげ、並べて横たえる。数分してお巡りさんと救助隊とシオンが到着した。ダンジョンの中の病人移送手段は担架一択。星空蜜柑さんチームの3人を乗せた担架が特急で運び出されていく。それと入れ替わりに地上からの警察隊とギルド職員が到着した。歩ける盗賊は腰縄で連行され、蜜柑さんを人質に取っていたオッサンは意識が戻らないまま担架で運ばれていく。残ったボクたちと星空蜜柑さんは現場で簡単な事情聴取をされた。
「私のこの魔導カメラが全部記録してます」
蜜柑さんが肩の猫型アクセサリーを指差した。へー。ダンジョン内では電子機器が使えないから外界のカメラは持ち込めない。それにしてはYouTubeでダンジョン攻略動画がアップされているのが疑問だったんだけど。こういう魔導器があるんだね。
「提供していただけますか?」
お巡りさんの依頼に蜜柑さんが頷く。
「あなたたちおふたりも署の方で事情聴取にご協力いただけますでしょうか?」
お巡りさんがボクたちを振り向いてそうお願いしてきたのでシオンと顔を見合わせた。シオンが突っ走ったときからこういう展開になるだろうと予測すべきだった。
「すいません。ボクたち今日冒険者登録したばかりのペーペーなんです。こんな血なまぐさい事件に巻き込まれたの初めてでー。ショックが強すぎて肉体的にも精神的にもパニック寸前なんです。ちょっと今日は限界です。また後日にできないでしょうか」
といってその場を逃れる。バイク無断使用の件があるからホイホイついていけない。冒険者証登録時に住所は登録しちゃってるので嘘の住所はいえないけどボクの方ならホテルを変えちゃえばなんとかなるだろう。シオンの方は家の住所バレちゃうけど、そもそも後ろ暗いことないしね。係の者が後日伺うかもしれないといわれたから満面の笑みで了承しておく。フェムトマシンも予想外に消費したし、魔法も使って精神的にも疲れてた。いまの望みは温かいお風呂と美味しいご飯。蜜柑さんはお巡りさんと真っ直ぐ警察に向かい、ボクとシオンはセーフゾーンの屋台で買った肉串を頬張りながらダラダラ帰った。地上に戻るとまだ午後3時。ダンジョン時差って素晴らしい。シオンがいったんボクの泊まった宿に寄り武器防具を外して預けていく。サクッとシャワーだけ浴びてその日は家に帰った。ボクは浴槽いっぱいに熱々のお湯を溜めルームサービスで頼んだディナーセット4人前を風呂に浸かりながら掻っ込んだ。クッタクタに煮込まれた牛すじ煮込みの気持ちに共感しつつ、頭と身体にタオルを巻いたままベッドに転がってYouTubeでも観ようと思ったけど爆速で寝落ちしてた。起こされたのは夕方6時。フロントからの電話でだった。
『神代様。鷹塚法律事務所の鷹塚様がご面会を希望されておられますが、どういたしましょう?』
「鷹塚さん。えと?」
鷹塚なんて人知らんし。
「あのー。どういったご要件か、聞いてもらえますか?」
『御子息の命を救っていただいたお礼を述べたい。とのことです』
御子息の命を救ったっていえば昼のダンジョンでの一件かな。断ろうかとも思った。でも名乗ってる分胡散臭さは少なかったし、人助けしておいてお礼の訪問を断るってなんか冷たすぎる感じがする。ひと眠りして元気が回復したせいもあり、会う気になった。ロビーに併設された喫茶ラウンジで待っててもらう。化粧はしないんだけど口紅くらい差さないとかえって不自然ってシオンにいわれてるので、コーラルピンクの紅だけ差してロビーに降りる。ラウンジに入っていくと銀髪ですぐわかったのだろう、壮年の男性が立ちあがり深々と一礼した。全身が埋もれちゃいそうなソファーに座って珈琲を頼む。ゼニアとかロロ・ビアーナとか、100万円を超えるだろう超高級スーツを隙なく着こなしている。ハリウッド級バイプレーヤーの名優國村隼さんに似た貫禄。
「鷹塚弁護士事務所で筆頭弁護士を務めさせていただいております、鷹塚龍臣と申します」
名前に「鷹」と「龍」なんていう運気上昇のシンボルがふたつも入っている名前だ。名刺ももらった。
「神代湊です」
鷹塚さんはテーブルに手を突き、額を天板ガラスにぶつける勢いで頭をさげた。
「神代様がいらっしゃらなければ、息子の生命はありませんでした。息子‥‥昇の命を繋いでくださったこと、家族一同、生涯忘れません。おかげさまで息子も回復に向かっております。神代様は私たち家族にとって、生涯の恩人です。心より、深く御礼申しあげます」
「いえ。いえ。いえ。あの。通りがかっただけですから」
「いえ。神代様は最高クラスのポーションを息子に惜しげもなく使ってくれました。息子の脚は車体に挟まれて切断寸前だったと聞き及んでおります」
「あ。え。脚の切断ですか?」
星空蜜柑さんのパーティで脚を怪我した人はいなかった。思い当たるのはシオンを救出したときの救急隊員だ。
「はい。助手席に座っていた仲間の隊員は意識がありました。脚が千切れそうだ、という貴女様の言葉を聞いております」
そんなんいったっけ。独り言の癖は直したいと思ってるんだけどなあ。
「救急隊員の方のお父上だったのですか」
「はい。機関員として運転席にいたのが息子の鷹塚昇です。神代様が超高級ポーションを使ってくれなかったら脚を失うどころか、恐らく失血死していたでしょう」
「あー。そんなたいしたものじゃないです。ポーションというか‥‥ポーションの類似品みたいなものですし。コンビニ弁当40食くらいの価値ですし‥‥」
「謙遜する必要などございません。息子の命を繋いでもらったことに間違いないのですから。ポーションの代価を支払ってすべてを済ませようなどという、賤しい考えは持ち合わせておりません。いま神代様が懸念されているのは、緊急事態のためにバイクを無断使用した件ではないでしょうか。パトカーが来る前に現場を離れたのは、その件が頭にあったからではないかと推察するのですが」
「え。あ。またなんか呟いてましたか、ボク」
「救出映像は観させていただきました。長内さんの救出で右腕を痛めた様子が映っています。圧壊した救急車の前部に潰された運転席を左手1本で押し拡げ、体格のいい男性2名を車内から引き出したんですから神代様も限界近かったでしょう。壊れたバイクに追加の弁償費用を入れるときに、犯罪行為だと自覚していらっしゃる独白を呟かれたと」
確かにフェムトマシンの出血大サービスでクラクラしてたけど。
「はあ‥‥」
「幸い私の生業が弁護士でございます。その件に関しましては私共の方で対応させていただけないでしょうか」
「対応‥‥どういうことでしょう?」
「職業柄、警察にも検察庁にも伝手がございます。表彰モノの人命救助ですから不起訴あるいは起訴猶予に持ち込むことは難しくないでしょう。バイクの所有者にお金が渡ったかどうかの確認を含め、示談成立の言質を取る必要があります。それらすべてにつきまして、代理人として交渉させていただけないでしょうか。同時に神代様はまだ未成年ですから、私共が未成年後見人となることで色々な手続きが簡単になると考えます。いかがでしょう。前向きにご検討いただけますでしょうか」
「はあ‥‥」
即答しなかったのはルキナからの情報を脳内で読んでいたからだ。鷹塚法律事務所は日本の法律事務所で、所属弁護士数200名を超え国内10指に入る有名事務所だった。堅実・誠実・実直・公正と評する声が多く、異常なほど評判がいい。ルキナはメインサーバだけじゃなく社員個々のパソコンにまで侵入し精査して、珍しく悪いことをせず誠実な仕事をする事務所だと結論づけていた。
「ちなみに、どうやってこのホテルに泊まっていることを調べたんですか?」
「多摩センターの事故後に神代様が立ち寄られたコンビニの監視カメラ映像から歩いていかれた方向を割り出しました。次にその時間帯、周囲を流していたタクシーのドライブレコーダーから映像を提供してもらいました。3台のタクシーが神代様の姿を捉えており、その内のひとつがホテルに入っていく神代様の姿を写しておりました。さらに翌朝ホテルに呼ばれたタクシーから神代様の乗ったタクシーを割り出し、そのタクシーの記録からこのホテルが判明しました。一連の情報収集には警察関係者にも協力してもらっております」
味方にしたら心強いけど、敵に回したら怖い存在ってやつだな。
「わかりました。バイクの件も未成年後見人の件もお任せします。ただし息子さんに使ったポーションの料金は必要ありません。代理人に関しては正規の料金をお支払いします。今後なにかお願いすることがあたらその件に関しても正規の料金を徴収してください」
鷹塚さんは渋ったけど相談料・着手金なしの報酬と実費だけ受け取るということで合意し、後日契約を結ぶことになった。
「あと。『様』づけはやめてください。敬語で話されるとものすごくくすぐったいので、なしってことで」
そんな経緯で押しかけ顧問弁護士をゲットしてしまう。鷹塚さんの帰りを見送る。慣れない対人交渉で魔法50連発くらい疲れたので、コーヒーのおかわりと季節のフルーツタルトを追加注文した。高級ホテルの客にはあるまじきダラケ姿でタルトを貪っていたら、鈴のような声で名前を呼ばれた。
「神代さん!」
アイドル風冒険者装備を外し私服姿になった星空蜜柑さんだった。蜜柑なのに青系統が好きみたい。ブルーグレイとモスグリーンをざっくりパッチしたダボデニムジャケットに黒のキュロット。生足が眩しい。
「あの‥‥きちんとお礼をいえてなかったので。それと‥‥お願いがありまして。いま、お時間をいただいてもいいでしょうか?」
連絡先は交換してあった。ただ今日のさっき別れたばかりなのにもう来るとは。
「あ。はあ。どうぞ」
蜜柑さんがおしとやかに座る。この雲みたいなソファにおしとやかに座るのは難しいんだけど彼女は完璧にこなした。蜜柑さんの注文した紅茶が運ばれてくる前にタルトを平らげる。紅茶が運ばれて来てウエイターさんが去るやいなや、彼女は真剣な表情でボクを見つめる。すっと立ちあがりきっちり90度のお辞儀をした。
「先ほどは事情聴取や仲間の救急搬送などで、しっかりお礼を伝えることができませんでした。神代さんと長内さんが助けに入ってくれなかったら、私たち全員殺されていたと思います。神代さんと長内さんの勇気ある行動には敬意と感謝しかありません。ほんとうにありがとうございました。どれだけ感謝しても足りないと思います。このご恩をどうお返しすればよいかわかりません。ですが、まずはきちんとお会いして感謝の気持ちをお伝えしなければと思いました」
「あ。いえ。あ。そうですか。いえ。お礼なんていいんです。とにかく。座ってください」
星空蜜柑さんが座る。あ。浅く座るのが優雅な座り方のコツか。膝と足首がくっついて。いや余計なこと考えてる場合じゃない。ここまで改まってお礼をいわれたら、ボクからもなにかいわないといけないような気がする。
「もう。ほんとに。お礼もお返しも必要ないですから。それにしても、あんな浅い階層にあんな凶悪な集団がいるなんて。マジに治安どうなってるんでしょうね」
「警察の方がいってました。あの連中は普段から素行の悪い恐喝常習の不良パーティだったようです。初心者パーティから魔石や収穫物、ときにアーティファクトを巻きあげて生計を立てている最低の冒険者です。被害が少ないと泣き寝入りする人達が多いみたいで。味をしめて少しづつ行動がエスカレートしてたようです。このところ通報が重なり、警察も警戒していたようですが‥‥ダンジョン内の行いは証拠が摑みずらく、検挙できずにいたって話してました。今回も最初から私たちを殺そうとする意図ではなかったと思います。ただ私を護衛してくれてた野上のパーティが暴漢たちと実力伯仲する程度に強かったことで、争いがエスカレートしてしまいました。しかもその一部始終を私の魔導カメラが記録してましたから、証拠隠滅をしようと暴漢たちも躍起になったみたいです。幸い野上も安田も由比も重症ながら命に別状はないそうで、1ヶ月程度の入院とリハビリで復帰できそうです」
「それはよかった。あ。ほんとにお礼はもう充分ですから。で。えと。‥‥お願いってなんでしょ?」
星空蜜柑さんは紅茶で喉を潤し、居住まいを正してボクを見つめる。
「生命を救っていただいた上にずうずうしくお願いまでするのは失礼だとわかっているのですが‥‥単刀直入に申します。先程の強盗犯たちの逮捕劇をYouTubeの私のチャンネルにアップさせてもらえないでしょうか」
星空蜜柑さんがテーブルに指を突き、深々と頭をさげた。
「逮捕劇‥‥あのとき撮影できてたんですか?」
「魔導機構ですのでどういう原理かわかりませんがレンズという物がなく、3D画像のように空間全体を撮影できるんです。ですので半径6m以内ならどの位置にでも擬似的にカメラを動かして画像を採取できます」
「すごい機能。ここのダンジョンが出すアーティファクトってかなり実用的ですね」
「私はYouTubeアイドルとしてデビューしてまだ日も浅く、最近は再生数も伸び悩んでいました。女性冒険者は多いですけど、アイドル冒険者って少ないんです。地上のカメラはダンジョン内では機能せず、アーティファクトとして出土する魔導カメラを使わなければダンジョン内の映像を記録できません。比較的多く出土するアーティファクトとはいえ、それでも希少なため高値です。私もこの魔導カメラのためにほとんど全財産を使いました。これで収益化を図れなければ私は破綻です。そんな状況のときにあんなセンセーショナルな事件が起きました。それを最初から最後まで録画できたなんて奇跡みたいです。そんな貴重な事件映像を使わないなんて、あまりにもったいなくて‥‥。ですが。動画をアップすると当然、神代さんと長内さんのお姿が世の中に拡散されることになります。ダンジョンに潜る人の中にはプライバシーを侵されたくないと感じる方も多くいらっしゃいます。おふたりのお考えはわかりませんが、使わず御蔵入りさせるのはあまりにも惜しい動画です。もしおふたりが顔バレをご心配でしたらモザイク処理も可能です。あの一連の逮捕劇を私のチャンネルで使わせてもらえないでしょうか?」
怒涛のお願いだな。うーん。どうしよう。顔を晒されてもあんまり困らないかなあ。鷹塚さんがボクの緊急避難的窃盗の後始末してくれるっていってたし。星空蜜柑さんとはなにか因縁が生じてそうだし。量子力学の量子もつれ現象みたいな因縁の糸は身をもって体験してたりするし。どの宇宙へいってもボクの死から数日でシオンが死ぬ確率が高いのもそのひとつだ。そのときスマホが振動した。さっき登録したばかりの鷹塚さんの個人携帯からだった。星空蜜柑さんに断って電話に出た。
「はい。神代です」
『鷹塚です。せっかくご休息されているところに申し訳ありません。先程任せていただいたバイクの件。持ち主と連絡がつきまして、破損代として渡した金額で問題ないとの言質をもらえました。それで示談成立です。すぐに担当検事に報告しまして、内々ですが起訴猶予となりました。細かな手続きが残っていますがこちらで処理できます。まずはご報告まで。また明日にでも正式な状況をご連絡いたします』
やること素早すぎ。さすがプロ。お礼をいって電話を切る。これで顔を晒しても犯罪者扱いされることはなさそうだ。ボクはもう一度星空蜜柑さんに断ってシオンに電話した。星空蜜柑さんのお願いを伝えてシオンの意見を聞く。スピーカーモードにして星空蜜柑さんにもシオンの声が聞こえるようにした。
『ウチはべつに構わんよー。家にマスコミとかYouTuberとかが押しかけてきたらママとパパに迷惑がかかっちゃうから、そこだけ注意してくれればいいんじゃない?』
あくまでもシオンはシオン。生まれついての能天気娘。この世界での匿名性はメリットが大きい。けれど匿名性の利点を守ろうとするあまり悪い奴らをやっつけたことさえ秘匿しなきゃいけないとしたら、なんとも息苦しい感じがする。シオンの家族を巻き込むのだけはNGだから、ルキナに頼んでシオンの実家を同定しようとする動きに干渉するウイルスを造らせればいいかも。ボクやシオンが同定されたとしても、長内詩音と神代湊の普通の高校生活が出てくるだけでスキャンダラスなことはないから困らない。
「シオンにも異議がないみたいなんで映像を使っていただいていいですよ。お巡りさんに事情聴取を受けたときに声に出して伝えた個人情報なんかは、カットしてもらえればいいんじゃないかな。ダンジョン内では苗字もないただのシオンとミナトって呼び合ってますので、呼び名はそのまま流してもらってもいいです」
「ほ。ほんとうですか。ありがとうございます。ほんとにほんとに。ありがとうございます。すいません。ちょっと電話を1本掛けさせてください」
そういって星空蜜柑さんはスマホを操作した。どうやら動画の編集マンに電話しているようだ。
「星空です。映像使用の件許可いただきました。作業を進めてください。ほんとに急がせて申し訳ないんですけど。アップロードは明日の13時で告知しても大丈夫でしょうか。助かります。では本日分はミナトさんたちが助けに来てくれる直前まで。それで最後に明日の告知を差し込んで‥‥。はい。明日の分は最高にエキサイティングにお願いします」
細々した指示はあとでスタジオに寄る、といって星空蜜柑さんは電話を切った。
「腕のいい編集さんに頼んでます。最高にかっこいい演出をしてくれると思います。ネットニュースに知り合いがいますので告知してもらいます。過去最高視聴数を記録できると思います。ミナトさんもシオンさんもぜひ明日の13時のアップを御覧くださいね」
『いえーい。たのしみー。明日はそれ観てからダンジョンに潜ろうか?』
「なんか照れくさいんだけど。まともに観られるかな」
ポリポリ鼻を掻いたとき星空蜜柑さんが姿勢を正した。つられて目をやると表情が真剣。
「あの。その。ほんとうに厚かましくて、ずうずうしいのですけど‥‥実はもうひとつお願いがありまして。聞いていただけないでしょうか?」
『なーにー?』
「ダンジョン攻略配信としてこれから各階層の実況や攻略法、私の成長過程などを動画化して毎日アップする予定でした。そのために複数の編集さんの確保もしていたんです。それが1回目でこの事態になってしまいました。野上たちが復帰するのに1ヶ月はかかります。彼は私の幼馴染で、信頼できる仲間でした。いまから人となりも知らない別のパーティに同行してもらうのは、リスクが高すぎて‥‥。資金の半分以上は毎日配信を謳ってクラウドファンディングで集めたものでした。その約束を破ることになってしまうのも口惜しいです。野上たちが復帰するまで配信を止めずに済むよう、どうか私をシオンさんとミナトさんのパーティに参加させてもらえないでしょうか?」
ボクが一瞬応えられずにいるとシオンが話し出す。論理より直感がモットーのシオン。
『いーんじゃない。ウチらもまだ初心者だし。レベルあげとかいろいろ準備するのに1ヶ月は掛かるだろうし。その間、レベルあげを焦って事故るより、蜜柑さんのペースに合わせて安全性重視でやるくらいがちょうどいいと思う』
うぐ。無数の宇宙を行き来するうちに、慣れから無意識に戦闘を舐めてしまう傾向は自覚してる。いくつもの宇宙を渡り歩くうちに漠然と浮びあがってきた法則があった。メンバーの同位体がその属する世界において死亡し、ジュラに保存されてる人格情報を転写できるようになる時期の相関関係だ。ルキナの世界で出会った順と強く相関している。ボクとシオンは関係性が強くだいたいボクが死んで2〜3日でシオンが死ぬ確率が高い。ラウリたちと出会ったのはルキナの世界の10日目。ダンジョン内だと時間密度が6倍になるから60日目がピークになる。ビビとは山城遠征で出会ったから24日目。ダンジョン内時間では144日目だ。誤差やゆらぎを考えてもラウリたちの死に立ち会うまでまだ50日程度の余裕はある。確かにシオンのいう通り焦らなくても大丈夫だろう。
「シオンも異存がないようですね。わかりました。では暫定で1ヶ月間ご一緒しましょう。ただ、ボクたちはばらばらになった昔の仲間と再会するっていう目的があるんです。皆それぞれあちこちの国のダンジョンに潜っているので、順番に探していきます。いろいろタイミングとか事情とかがありまして‥‥50日後に最初の仲間と会えるよう、30階層のボス攻略を目指してます。その間に命を落とさないよう、しっかりした実力をつけていかなければなりません。なので星空蜜柑さんはただ護衛されるお姫様役ではなく、積極的に攻撃参加できる攻略メンバーとして成長してもらう必要があります。もちろん可能な限り護ります。成長のお手伝いもします。そのうえで、自ら手を血で汚して戦い、魔物を殺す気概を持っていただく。それが参加の条件になります」
星空蜜柑さんが居住まいを正した。
「はい。お姫様になるつもりはありません。足手まといにならないよう精一杯頑張ります」
「では早速明日から潜りましょう。朝の8時にこのホテル集合でよろしいですか。軽食を食べてダンジョンへ向かいましょう」
細かな条件などは明日からということにして、星空蜜柑さんが帰っていく。余計な荷物を負ったような気もする。でも、この出会いがどこかの誰かが仕組んだ出来事のようにも感じる。予定調和感が強い。それならそれでいい。どこかの誰かの干渉がよい方向に転ぶなら、歓迎はしないまでも拒絶まではしない。もし悪い方向へ貶めるものなら、そのどこかの誰かはあとで泣くほど後悔させられるだけだ。
『じゃ。蜜柑さんの動画視聴数があがるように、ミナト考えてねー。じゃあねー。任せたー』
全部丸投げかよ。ま。いいさ。とんでもなく視聴数があがるアイデアの種はある。ボクは部屋に戻ってパソコンを開く。この世界のダンジョン攻略には、この2年間見落とされていた巨大な穴がある。それを教える動画を作ればYouTubeの記録を塗り替えるようなメガヒット動画になるはず。その穴を確認する。干し草の中に落ちた針を探すのは難しいけど、干し草の中に針が落ちていないことを証明するほうがもっと難しい。なんていいながらもしっかり8時間寝てシャワー浴びてしゃっきりした朝7時。ルームサービスでコーヒーを頼む。スマホでテーブルに立てられた案内からQRコードを読み取り、ルームオーダーシステムを開いて注文を打ち込む。送信したと同時にフロントから内線電話が掛かってきた。星空蜜柑さんがすでにホテルに来ていることを告げられる。ボクが起きたことをルームサービスシステムのオーダー入りで監視してたってわけね。慌ててロビーに降り星空蜜柑さんを部屋に誘う。ルームサービスを追加注文し、ふたりで朝食プレートを食べながら世間話をした。8時になってシオンがあくびしながら部屋に入ってくる。フロントも顔パスで通ったみたいだ。
「おっはよー。蜜柑さんごきげんよー。パパとママを説得してきたぞ。身体が本調子に戻ったら学校へ復学してっていうのがパパとママの考えだったけど、それだと休学扱いで留年するから高校は辞めて退学するってことにした。その代わりダンジョンで経験値稼いで知力をアップして、来年8月の高卒認定試験を受けることにする。その流れで大学受験すれば東大も夢じゃないって説得したよ。これで堂々と冒険者できるー」
シオンがボクのスマホを勝手に操作してモーニングセットを注文した。スマホをボクに投げて返し、シオンはソファであぐらをかく。
「あ。そうだ。シオンが来たら決めておこうと思ってたんだ。星空蜜柑さんの呼び方。ダンジョン内での戦闘時には呼び捨てで申し訳ないですけど『ミカン』でいいですか?」
「はい。もちろん。呼び捨てで構いません。よろしくお願いします」
「ダンジョンで戦闘が起きたら丁寧にさんづけで呼び合っている暇なんてなくなります。1語でも短いほうが生存確率があがります。なのでボクたちのことも『ミナト』『シオン』で呼び捨ててください」
「戦闘時以外でも呼び捨てで構いません」
「いや。まあ。それはちょっと落ち着かないので。ミカンさんと呼ばせていただきます」
「よろしくー。ミカンさん」
「こちらこそよろしくお願いします。シオンさん。ミナトさん」
シオンがにっこり手を振って、ボクのモーニングプレートから厚切りハムをパクっていった。
「そいえばー。昨日、ミカンさんの動画観ましたよー。1階層でスライムと遭遇3回。2階層に降りてゴブリンと2回戦闘してた。あのペースだとレベルアップまで遠いよね。ウチらならもっと効率的にアップできるからお得よ」
その動画はボクも観た。1階層2階層の遭遇率が低いのはよくいわれる話だ。編集で繋いではいたけど盛りあがりに欠けた印象だった。
「昨夜にアップした動画は今朝の時点で再生数約5000回です。私自身が初心者なので、初心者向けのダンジョン攻略体験動画にしかなりません。もっと深い階層で本格的な戦闘ができるようになればもう少し見応えのあるものになるんでしょうけど。現状ではまだまだ再生数が少ないです。でも今日の13時にアップする動画は前宣伝もしっかりやってますし期待できます。まだ字幕も入ってない粗編集段階ですけどお持ちしました。観ていただけますか」
ミカンさんがUSBメモリを取り出す。受け取ってボクのパソコンに差し込んだ。昨日の日付のついたフォルダにある動画ファイルをクリックする。最初に『このコンテンツには暴力映像が含まれる』との注意書きが表示された。第2階層からの階段をあがったところで強盗パーティに絡まれるところから、ボクとシオンが突入して問答無用で全員ぶっ倒すまでがほとんどノーカットで収められている。映像はまるで映画の戦闘シーンみたいだった。カメラが普通じゃありえない位置に入り込んで映像を記録してる。さすが魔導カメラ。揉み合う男たちの身体と身体の隙間を抜けてカメラが移動したりする。ボクとシオンの動きはモーションブラーがかかってた。特殊効果フィルターなのか元が速いからなのか。とにかく臨場感抜群だ。これ相当に腕のいい編集マンだと思う。映画監督の能力を併せ持たないとここまでダイナミックなカメラワークを使えないだろう。
「わー。すごー。ね。ね。ウチらカッコよくない?」
「いかがでしょうか。これに字幕を入れて公開しようと思ってます。許可いただけますか?」
「はあ。シオンに異存はないみたいですし、ボクにも異存はないです。でもこの映像、かなりショッキングですけど、負傷するシーンとかボカシ処理入れるんですよね?」
「あ。いえ。去年、YouTubeの規制基準が変わって暴力シーンは大幅に緩和されたんです。でないとそもそもモンスターを討伐する映像が配信できません。ダンジョン探検動画など、最初から最後までボカシだらけになって意味をなさなくなってしまいます」
「なるほど」
そんな話をしてシオンの頼んだモーニングセットが届くのを待ち、シオンが食べ終わるとそれぞれ冒険者装具に着替えた。
「ではダンジョンに入る前に足りない装備品の買い込みと、ミカンさんの武器防具を整えにいきましょう」
「え。私の武器ですか?」
「昨夜にアップされた映像を見てもミカンさんのお友達が魔物と戦闘するだけで、ミカンさんはスライム1匹殺しただけ。ゴブリンみたいな人型の生き物を倒す経験をしておかないと、いざってときに腕が縮みます。その1瞬が生死の分かれ目になるんです。人喰鮫みたいな生き物で、こちらを殺したり犯したりするために襲ってくる怪物ですけど生き物です。斬れば血が噴き出して内臓が溢れます。それに怯んで固まったら他の敵に惨殺されます。なので最低限シュートソードくらい使えるように特訓します。それと、あと防具ですね。いまのステージ衣装みたいな服装では露出部分が全部弱点になります。刃がかすっただけでバックリ切れますよ。そうでなくともダンジョンで行軍したら擦過傷だらけになります。まずは最低限露出部分がなく、防刃性能が高く動きやすい防具を揃えましょう。あ。お金はボクたちが立て替えます。コンテンツの視聴者数を爆アゲする方法は考えましたのでその収益で返してもらえばオッケーです」
「爆アゲ‥‥ですか。卵を割らなければオムレツは作れない‥‥っていうことですね。わかりました。同行をお願いしたときから覚悟しています」
ボクたちはギルドショップで鋳造じゃなくかなり上質な鍛造のショートソードを買った。さらにボクたちの着けているボディーアーマーと同じ胴鎧にフィールドジャケットとフィールドパンツのセット。アメリカ軍正式採用のコンバットブーツ。レッグポーチ、ウエストポーチ、ヒップバッグ。リュックと寝袋。皿にもなるフライパンや折り畳みできるシリコンコップなどのキャンプ用品をひと揃い買い求める。携帯食料としてビーフジャーキーや乾燥野菜を棒状に固めたスティック、栄養補助スティックなどを買い込む。そしてなにより重要なのが水だ。ダンジョン内の湧き水も飲めないことはないけれど、水質検査などほとんどされていないので持ち込んだほうが無難。ウエットティッシュや汎用のロープなどの雑貨も買い込むとリュックがパンパンになる。準備万端に整ってボクたちはダンジョンに潜った。0階層を通り抜け、1階層に降りる階段の脇で立ち止まる。
「これ使ってください」
ボクは昨日の初ダンジョンアタックで手に入れた魔導暗視ゴーグルをミカンさんに渡した。さらに防御シールド付き手甲も譲る。
「これアーティファクトじゃないですか。こんな高価なもの‥‥」
「気にしないでいいですよ。ミカンさんが戦闘に参加できるようになるまでの安全策です。最初はスライム大量退治を繰り返して経験値稼ぎします。ほどよく経験値を稼げてステータスがあがったら次の段階へ進みます。戦闘が始まったらミカンさんは最初にこのシールドを展開してください」
「はい‥‥」
「起動はただ念じるだけです。階段に入ったら魔導暗視ゴーグルも起動してください。ボクたちは明かりを使いません。エコーロケーションっていう方法なんですけど。音を使って反射音で周囲を探知して動きます。ステータスの感覚の値をあげていけばミカンさんもできるようになります」
「わかりました」
ボクたちは階段に入った。下りながらミカンさんに話しかける。
「ところでミカンさん。魔法って使ったことあります?」
「え。魔法‥‥ですか。アニメや小説で聞きます。子供の頃は魔法使いアニメが大好きでした。使ったことっていえば、こういう魔導器具は原理が魔法じゃないかっていわれてますから、魔導ランタンを使ったくらいでしょうか」
「やっぱりそうなんですね」
階段の下に達し、上から降りてくる別パーティがいたのでメイン通路から外れ角を曲がった人気のない通路に移動する。そこでボクはミカンさんの魔導暗視ゴーグルの起動を止めてもらい、光魔法の呪文を唱えた。ボクの手の平から光の玉が浮きあがり周囲を照らし出す。
「え。あ。これって‥‥?」
ミカンさんが目を丸くしてた。シオンがそんなミカンさんを見て首を捻っている。
「ボクもまさかこの世界に魔法が知られてないとは思ってもいませんでした。ダンジョンの外で発動させるのは至難の業だから誰も気づかなかったんでしょうね。呪文は単なるトリガーで、ちょっと精神統一してイメージさえ強く念じれば誰でも発動できるんですよ」
「えー。そうなん。みんな魔法、知らないんだ」
「そう‥‥なん‥‥ですか?」
「そうなんです。なので。ミカンさんのチャンネルで『ダンジョンで魔法を使おう』コンテンツを流します。これなら爆アゲできるでしょ」




