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『佐治 恵美子』の忌避 ③

それは、ただの勘でしかない。


(今でも凪沙はあれを見ている)


いつからだろうか。

彼はあれを見ることを私達に報告しなくなった。

今朝の彼の言葉とて誤魔化しの方便だ。

きっと今でも“懐かしい”映像が泉のように湧いていて彼が生まれてくる前の人生のピースは着々と日々集まってきている。

(わかっては、いる)

頭を振って白く高い天井を仰ぎ見ると、ぐにゃりと貧血でもおこした時のように身体中の重量が床へと抜けて軽くなり、危うく重心すら失いそうになった私は急いで椅子の背もたれにしがみつく。

そのまま右の手の平で霧をかき分けるようにテーブルを探すと、ようやく身体の重さを思い出しながら椅子に滑り込むように座った。

「はぁ」

胸に開いた左手をあてるとその温かさが心臓に伝播する。少し前に流し込んだコーラのせいで身体の中心が冷えてしまっていたのか。数十秒そのままの姿勢を保ち手の平の熱が完全に胸元と同化したことを確認すると、ようやく安堵の息を吐いた。同時に頭の中の靄が少し晴れた気もした。

(凪沙が私に嘘をつくようになったのは私のせいなのだ)

私はそれを認めなければならない。


私が育った場所は「街」というより「町」だった。

地図上では東京とさほど離れてもいない小さな港町だ。

晴れていてもいつも薄曇りの空気を感じさせる静かな町並みが幼い頃から大嫌いだった。

町の隅々まで澱んだ空気に侵されているようで、思いきり深呼吸もできない。いつも浅い呼吸を繰り返していたからか、生まれ育った町についてあまり記憶にも残っていないのが正直なところだ。

我が家は両親と姉と私の4人家族で、父は役所で働く公務員、母は専業主婦、姉は私と3歳差だ。父が30歳の時に小さな駅舎からどうにか徒歩圏内の小規模な住宅地にこれもまた小さな一戸建てを購入した。その時私は2歳だった。それは何とも平凡な、この国の当時の平均家庭モデルそのものだった。

姉は短大に進学し2年間家を離れたが、卒業すると地元に戻りこれまた小さな水産加工会社に就職した。短大で学んだ英語があの小さな会社で果たして何かの役に立っているのか、未だに不明だ。入社してしばらくすると、あの狭い町で結婚相手を見繕い、2年間の交際を経て寿退社した。今は、実家とは駅を隔てた反対側にできた新興住宅地に家を購入し、二人の娘と暮らしている。何かと「小」の字が相応しい町で文字通り穏やかで小さな幸せを守りながら暮らす姉を馬鹿にするつもりは毛頭ない。

一方、私といえばテレビドラマで繰り広げられる所謂“都会の生活”に憧れた。この町は昼間でも薄暗いのに、東京では夜でも明るいなんて信じられない。美しいビル群の夜景とファッショナブルで健康的に見える生活、東京湾ひとつ分しか離れていないのに何故にこうも違うのか。煩悶しながら観るドラマの最終回に、いつも知らず涙が溢れた。

そして川沿いにある地元の平凡な高校を何事もなく卒業すると、晴れ間の太陽を求めるようにその川を渡り上京した。


現在暮らしている東京のマンションから実家までは車で4時間もかかることを幸いとして、殆ど帰省することはない。両親が孫の凪沙に最後に会ったのはいつだっただろうか。中学卒業の頃に写真を送ったが、あれはメールで済ませただけで会ってはいない。となると、最後と呼べるのは祖父の葬式の日だったか。あれは寂しい町が更に凍える冬の日だった。


あの瞬間に私が放った言葉が、きっと今でも両親の心には抜けない棘となって刺さったままだ。

でも、私も忘れない。

あの日、凪沙が酷く怯えて私のカットソーの裾を密かに握りしめてきたことを。


「帰ろう」

声を出して勢いをつけながら立ち上がる。パンプスの踵の音をわざと響かせて歩けば、まだ私は頑張れる気がした。


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