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第63話 一本の線

夜更けの宿の卓に、俺は、三枚の紙を並べた。


一枚目。大商会メルクリオの、買い占めの記録。二枚目。ガルディア帝国の、侵攻の采配。三枚目。今、宮廷で、俺の構想を妨害する、票の動き。


時も、場所も、まるで違う。だが、盤面を、その三枚に重ねたとき、俺は、息を呑んだ。


「同じだ」


三つの事件に、同じ「手口」の影が、刻まれていた。物と、人と、金の流れを、先回りで読みすぎる。こちらの次の一手を、まるで頭の中を覗いたように、的確に潰す。ザイルにはできなかった。レオハルトにもできなかった。ヴァルターの用兵とも、質が違う。


「一度や二度なら、偶然です。勘の鋭い商人や、用兵の天才なら、できる」俺は、三枚の紙を、順に叩いた。「でも、これは違う。買い占めのとき、こっちが代わりの仕入れ先を思いついた、その三日前に、先回りされてた。戦のとき、こっちが次に引こうとした補給路を、先に断たれてた。宮廷でも、賛成に傾いた貴族が、一夜で覆る。全部、こっちの『次の一手』を、読んでから、潰してる」


「考える前に、潰されてる、ということ?」ヴィオラの声が、低くなった。


「ええ。まるで、俺の頭の中を、後ろから覗いてるみたいに」


「ずっと、同じ誰かがいたんです」俺は、リーゼとヴィオラに言った。「俺と同じように、流れが見える誰かが。買い占めも、戦争も、宮廷の妨害も、全部、その一人が、陰で、糸を引いてた」


「同じ力、ですって」ヴィオラの顔が、こわばった。「あなたの、その盤面みたいな力を、持つ者が、他にもいると?」


「いる。しかも、ずっと前から」俺は、三枚の紙を、指でなぞった。「その誰かは、力を、人を救うためには使わなかった。買い占めで領を飢えさせ、戦争を焚きつけ、宮廷を操る。同じ目を、人を支配して、利と権力を、奪い集めるために使ってきた」


「待って」ヴィオラが、眉をひそめた。「もし、その『同じ力を持つ誰か』が、本当にいるなら。なぜ今まで、誰にも、気づかれなかったの。買い占めも、戦争も、別々の事件として、処理されてきたわ」


「気づけないんですよ」俺は言った。「物の流れを読む力なんて、誰も、持ってない。だから、誰も、その視点で、事件を繋げて見なかった。買い占めは商人の強欲、戦争は帝国の野心。みんな、そう思ってる。――その三つを、一本の線で繋いで見られるのは、たぶん、同じ力を持つ、俺だけだ」


「あなたにしか、見えない敵、ということね」


「ええ。だから、厄介なんです」


ヴィオラが、商業圏の伝手で、調べを進めてくれた。リーゼは、騎士団の古い記録を、当たった。宮廷の中にも、オルドリックの専横を、快く思わない協力者が、いた。各地から集まった断片を、卓の上で、一つずつ、繋ぎ合わせていく。


浮かび上がってきた輪郭に、俺は、思わず喉を鳴らした。


「三代の王に仕えた賢者、なんて、生易しいものじゃないわ」ヴィオラが、古い記録を、卓に広げた。「オルドリックの名は、もっと、ずっと昔から、大陸の裏に出てくる。商会の盛衰。国の興亡。大きな戦や、大きな飢饉の陰に、いつも、あの男の影がある。――一人の人間が、生きられる年月じゃない」


「長く、この世界にいるんです」俺は、低く言った。「俺より、ずっと前に、この世界へ来た。同じ力を授かって。そして、何十年も、その力を磨きながら、大陸を、裏から、作り変えてきた」


先行転移者。俺の、先輩にあたる存在。


口にすると、それは、ただの推測のはずだった。なのに、すべての辻褄が、不気味なほど、合っていく。


「向こうも、気づいてるでしょうね」俺は、窓の外、王宮の灯を見た。「俺という、同じ力を持つ異物が、現れたことに。あの謁見の間で、俺を見た目。あれは、ただの貴族の値踏みじゃなかった。同類を、見つけた目だ」


「危険だな」リーゼが、剣の柄に手を置いた。「四十年、大陸を裏から操ってきた化け物だぞ。お前の構想を潰すどころか、お前自身を、消しにかかるかもしれん」


「消すなら、もうとっくに、やってます」俺は首を振った。「やらないのは、向こうも、俺に、興味があるからです。同じ力を持つ人間が、自分以外に現れた。それが、何を考え、力をどう使うのか。たぶん、確かめたがってる。四十年、たった一人だった男が」


その孤独は、少しだけ、分かる気がした。報われない裏方として、誰にも理解されずに生きた、前世の自分と、どこか、重なった。


その夜、宿の戸を叩く者があった。


王宮からの、使いだった。深夜だというのに。差し出された一通の書状には、ただ一行。


『顧問官オルドリックが、英雄どのと、二人だけで話したいと。明日、王宮の奥の一室にて』


リーゼが、書状を奪うように見て、眉を険しくした。


「罠かもしれん。一人で行かせるわけには」


「行きます」俺は、書状を畳んだ。「向こうも、確かめたいんでしょう。俺が、何者なのか。同じ力を、どう使う人間なのか。――俺も、知りたい。あいつが、何者なのかを」


リーゼは、まだ何か言いたげだったが、最後は、低く息を吐いた。「……無事で、戻れ。それだけだ」その声に、案じる響きが滲んでいた。


明日、二人の転移者が、出会う。同じ力を持ち、その使い道だけが、正反対の二人が。長い伏線の糸が、ようやく、一つの結び目へと、手繰り寄せられようとしていた。

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