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第6話 荷の消え方が、教えてくれる

本作は全70話で完結予定です。

毎日5話ずつ、06:40/11:40/17:40/19:40/21:40 に予約投稿しています。

続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

レンは倉庫の床に、街道の地図を広げた。


炭の欠片で、東から砦へ伸びる一本の線を引く。隊商が通る道だ。その線の上に、これまで荷が「消えた」地点を、覚えている限り打っていく。


打ち終えて、レンは小さく息を吐いた。点は、ばらけなかった。すべて、砦から二日ほどの、同じ谷あいに集まっている。荷が減った量も、毎回似通っていた。多すぎず、少なすぎず。気づかれないぎりぎりの量を、抜いていく手際。


「盗賊ってのは、もっと行き当たりばったりに襲うものだと思ってました」レンは炭を置いた。「でも、これは違う。狙う場所も、奪う量も、計算されてる。素人の仕業じゃない」


「ここです」一点を指す。「奴らは、いつもここで待ってる」


リーゼが腕を組み、地図を見下ろした。汗と鉄の匂いが、炭の匂いに混じる。


「待ち伏せの場所がわかったなら、討てばいい。兵を出すぞ」


「それだと、空振りします」レンは首を振った。「奴らは、隊商が来る日にしか出てこない。来ない日に兵を出しても、もぬけの殻だ。逆に、こっちが兵を割いたと知れたら、別の場所を狙われる」


「ならば、いつ来る」


「それが、わかるんです」


レンは別の羊皮紙を引き寄せた。過去の隊商の記録だ。出た日、着いた日、消えた荷の量。数字の列を、指でなぞる。


「隊商は、五日に一度。次に砦を出るのは、明後日。谷を通るのは、その翌日――三日後の昼前です」


「ずいぶん細かいな」リーゼの眉が動いた。「外れたら、どうする」


「外れません。というより」レンは炭を置いた。「奴らも、同じ計算をしてる。隊商がいつ谷に着くか、向こうも読んでる。でなきゃ、毎回ぴたりと待ち伏せできない。つまり――俺たちと奴らは、同じ答えを見てるんです。だったら、その答えの上で、出し抜けばいい」


ベルクが、白髭を撫でて唸った。「敵の腹積もりが、数字で読めるってのか」


「腹は読めません。読めるのは、物の流れだけです」レンは正直に言った。「でも、人は腹が減れば動く。奪うために集まった連中なら、なおさら。物の流れを押さえれば、人の動きも、半分は見えてくる」


リーゼは長く、地図を睨んでいた。その目だけが、補給の絶えた砦でただ一つ回り続ける歯車のように、諦めていなかった。やがて、低く問うた。


「で。お前は、何をしろと言うんだ」


「兵を、谷へ出すのはやめてください」レンは身を乗り出した。「代わりに、本物の隊商の道を、こっそり変える。奴らが待つ谷には、囮だけを通す。そのあいだに、奴らの逃げ道と、水場を押さえる」


「囮、だと」リーゼが地図を見直す。「本物の荷は、どう通す」


「北に、古い迂回路があるはずです」レンは線をもう一本引いた。「遠回りで、荷車には険しい。だから、誰も使わなくなった。でも、盗賊もそこは見張ってない。本物の隊商は、夜のうちに、そっちを通します。空の荷車に藁を積んで、谷へ堂々と向かわせる。それが、囮だ」


「迂回路の道幅は、儂が知っとる」ベルクが口を挟んだ。「荷車一台が、やっとだ。だが、通れる」


「十分です」レンは頷いた。「問題は、谷の盗賊を、どう動けなくするか」


「それが、水場か」


「盗賊だって、飯を食い、水を飲みます」レンの声が、わずかに熱を帯びた。「待ち伏せってのは、その場に何日も張りつくことだ。十数人が、谷で何日も。持ち込める水と食料には、限りがある。近くの沢を堰き止めて、谷の出口を固めれば、奴らは飲み水を断たれて、逃げ場も失う。獲物が来ず、水も尽きれば――剣を抜く前に、腹と喉が、音を上げる」


リーゼの口の端が、ほんの少し動いた。笑った、とは言えない。だが、硬さは緩んだ。


「兵を、ほとんど戦わせずに、盗賊を退けると」


「うまくいけば」


「うまくいかなければ?」


「そのときは」レンはまっすぐ彼女を見た。「俺の見立て違いです。煮るなり焼くなり、好きにしてください」


倉庫に、沈黙が落ちた。松明の燃える音だけが、ぱちぱちと続く。


リーゼは剣の柄から手を離し、地図の一点、谷の出口を、指で押さえた。


「ひとつ、聞く」彼女の声は低かった。「なぜ、戦わずに済ませようとする。盗賊だぞ。砦を飢えさせた連中だ。斬って捨てても、誰も責めはせん」


「斬るのは簡単です。でも、こっちの兵も傷つく」レンは彼女の目を見た。「兵を一人失えば、砦の守りが一人分薄くなる。手当てに薬も要る。働き手も減る。勝っても、引き算で見れば、損をすることがある。なら、損の出ない勝ち方を選びたい。それだけです」


リーゼは、その答えをしばらく噛みしめていた。武人の流儀とは、違う物差し。だが、間違っているとは言えない。そういう顔だった。


「……変わった物の見方をする」


「よく言われます」


「三日後だな」


「三日後です」


「いいだろう」彼女は身を翻した。「お前の数字に、砦の補給と、私の兵を賭ける。せいぜい、外すなよ」


扉が閉まり、外で馬のいななきが響いた。


残されたレンは、地図の谷を見つめた。三日後の昼前。そこに、答えが出る。


ベルクが、迂回路の手配に出ていく背を見送りながら、ひとつだけ、まだ気がかりが胸に残った。奴らは、なぜ砦の隊商の日を、こうも正確に知っているのか。五日に一度という周期だけなら、外からでも読める。だが、谷を通る正確な刻限まで当てるには、砦の内側の事情を、誰かが流していないと無理だ。


横領の代官。街道の盗賊。そして、隊商の日を漏らす何者か。


三本の糸が、暗がりの一点で、結ばれている気がした。その結び目の先に、嫌な影が立っている。三日後、盗賊を退けたとしても、この影は消えない。レンは炭で汚れた指を布で拭い、低く呟いた。


「まずは、目の前の谷からだ」

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