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第27話 読みすぎた手

本作は全70話で完結予定です。

毎日5話ずつ、06:40/11:40/17:40/19:40/21:40 に予約投稿しています。

続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

税制改革のあと、領は、目に見えて息を吹き返し始めた。


税が公平になり、悪鋳の貨幣が、まともな銅貨に置き換わっていく。逃げかけていた民が、ぽつぽつと戻り始める。市場には品が並び、工房の槌の音が、朝から晩まで街に響いた。路地裏で物乞いをしていた子供の何人かは、工房で糸を紡ぐ仕事を得た。痩せていた頬に、わずかながら、肉が戻り始めている。


レンが領都へ来て、まだ数ヶ月。だが、街の空気は、確かに変わりつつあった。重税に喘いでいた民の顔から、諦めの色が、少しずつ薄れていく。それを見るたび、レンは、砦でミナたちの腹が満ち始めたときの手応えを、思い出した。規模は桁違いに大きくとも、やっていることの根は、同じだ。詰まった流れを、回し直す。それだけ。


だが、富が回り始めれば、それを堰き止めて吸い上げてきた者は、黙っていない。


ザッハは、すぐに動いた。


「旦那、まずいことになった」ある朝、領都へ戻ってきたガロが、息せき切って商館へ駆け込んできた。荷ほどきもせず、レンの卓に身を乗り出す。「ギルドが、塩を買い占めてやがる。市場の塩が、根こそぎ消えた。値が、三倍に跳ね上がってる」


レンは、盤面を呼び起こした。


確かに、塩の流れが、おかしい。領に入ってくる塩が、市場に並ぶ前に、ギルドの倉庫へ吸い込まれている。それも、尋常な量ではない。ザッハは、領じゅうの塩を、力ずくで抱え込んでいた。


「狙いは、わかりやすいですね」レンは塩の流れを追った。「塩は、誰もが毎日使う。保存にも、料理にも要る。それを握って、値を吊り上げる。民が苦しめば、『税制改革のせいで物価が上がった』と噂を流す。改革を、失敗に見せかける気だ」


「えげつねえな」ガロが舌打ちした。「で、どうする。こっちも塩を買い集めるか?」


「いえ。資本で殴り合えば、ギルドには勝てない」レンは首を振った。「奴らは、何年もかけて溜め込んだ金がある。こっちの蔵は、まだ薄い。買い占め合戦をすれば、先に金が尽きるのは、こっちです」


レンは、塩の流れを、さらに丁寧に読んでいった。


ザッハが、いつ、どこから、どれだけ買い集めたか。盤面に、その動きが、薄く浮かぶ。そして、そこに、奇妙な引っかかりを覚えた。


「おかしい」レンは眉をひそめた。


「何がだい?」


「ザッハの買い占めが……正確すぎる」レンは、塩の流れの一点を見つめた。「こっちが、いつ、どの港から塩を仕入れる予定だったか。その動きを、先回りして潰してる。まるで、俺の手の内を、最初から知ってたみたいに」


ガロが、首をかしげた。「そりゃ、商人だろ。仕入れの先を読むくらい」


「読むにしても、限度がある」レンは盤面を睨んだ。「俺は、塩の仕入れ先を、まだ誰にも話してない。帳簿にも、書いていない。頭の中にしか、なかった手だ。それを、ザッハは、先回りして潰しに来てる。商人の勘じゃ、ここまでは読めない。当てずっぽうで、たまたま当たる確率でもない」


「考えすぎじゃねえのか」ガロが、半信半疑で言う。「ザッハだって、長年この街で商売してる古狸だ。塩の港なんざ、限られてる。当たりをつけて、片っ端から押さえただけかもしれねえぜ」


「それなら、いいんですが」レンは、すぐには納得できなかった。片っ端から、にしては、無駄がなさすぎる。ザッハは、レンが狙っていた港だけを、ピンポイントで潰している。狙っていなかった港には、手をつけていない。まるで、レンの頭の中の優先順位を、そっくり写し取ったかのように。


背筋に、ひやりとしたものが走った。


物の流れを、これほど正確に先読みできる者。それは、レンが、この世界でただ一人だと思っていた力。管理盤と、同じものを、ザッハが、あるいはザッハの背後の誰かが、持っているのではないか。


ふと、以前の違和感が、頭をよぎった。砦で横領を追ったとき、押収した帳簿に書かれてもいない、領都の商人の取引まで、盤面が映し出した。観測したはずのない流れが、見えた。あのときの、出来すぎた感覚。


「俺と同じように、流れが見える誰かが……いるのか」


呟きは、誰にも聞こえないほど、小さかった。


「旦那? どうした、顔色が悪いぜ」ガロが覗き込む。


「いえ、何でも」レンは首を振り、考えを振り払った。今は、目の前の塩だ。背後の影を追うのは、後でいい。「とにかく、買い占めには、買い占めで応じない。別の手で、ザッハの塩を、ただの『売れない荷物』に変えてやります」


「売れない荷物?」


「買い占めってのは、つまり、巨大な在庫を抱えるってことです」レンの目に、いつもの光が戻った。「抱えた塩を、高く売りつけられる前提で、奴は金を注ぎ込んでる。なら、その売り先を、断ってやればいい」


「あてはあるのかい、その売り先を断つって」ガロが身を乗り出した。


「あります。というより、ザッハ自身が、もう作ってくれてる」レンは口の端を上げた。「奴は、塩を高く売るために、わざと市場から消した。でも、塩を本当に必要としてるのは、誰です? 民です。その民に、別の道で塩を届ければいい。ザッハの抱えた塩は、行き場を失う」


「別の道?」


「ガロさん。あんたの足の、出番です」


ザッハの正確すぎる手口。その裏に潜む影。気にはなる。だが、まずは、この経済の殴り合いに、勝たねばならない。レンは、盤面の上に、塩とは別の、新しい流れを描き始めた。背後の謎は、この戦に勝ってから、ゆっくり追えばいい。

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