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第2話 数えれば、わかる

本作は全70話で完結予定です。

毎日5話ずつ、06:40/11:40/17:40/19:40/21:40 に予約投稿しています。

続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

倉庫の検分を許したのは、ベルクという老兵だった。


「四十年、ここの番をしとる」白髪交じりの髭を撫で、しわがれた声で言う。「流れ者の戯言だ。だが、数えるだけならタダだ。やってみせろ。話はそれからだ」


レンは礼を言い、麻袋と樽の山に向き合った。


数える、と言っても、ただ目で追うだけではない。一つひとつに触れ、帳簿の数字と、目に灯る数字と、現物を突き合わせていく。塩漬け肉、干し豆、麦、塩。木肌の湿り、麻の毛羽立ち、樽の重みが指に伝わる。物の流れには、必ず痕跡が残る。入った量、出た量、残った量。この三つが合わないとき、差の分だけ、どこかに「漏れ」がある。


半刻ほどで、レンは空き箱に腰を下ろし、借りた羊皮紙に数字を並べ終えた。インクの匂いが、まだ乾かずに鼻をくすぐる。


「ベルクさん。塩漬け肉が八樽、麦が二十袋、塩が三俵。帳簿より、消えています」


「数え間違いだろう」


「だといいんですが」レンは羊皮紙を滑らせた。「漏れてる物の種類を、見てください」


ベルクが、しわの寄った目を細める。


「塩漬け肉、塩、麦。日持ちして、運びやすくて、外で高く売れる物ばかりだ」レンは指で順になぞった。「傷みやすい干し野菜は、一つも減ってない。豆も、減りが自然な範囲だ。盗むなら、選んでます。腐る物には手を出さず、金になる物だけ抜いてる。獣の仕業じゃない。これは、商売の目を持った人間の手口だ」


ベルクの眉が、ぴくりと動いた。


「もうひとつ」レンは羊皮紙の隅を指した。「抜かれてるのは、いつも同じ品目で、同じくらいの量だ。一度にごっそりじゃなく、毎回少しずつ。これも、ただの盗みじゃない証拠です」


「なぜだ」


「ごっそり消えれば、誰でも気づく。だから、気づかれない量を、定期的に。帳簿をつける人間が、自分でやってるなら、それができる」レンは声を落とした。「数えられない人間には、できない芸当です。どこまでなら見逃されるか、わかってないと」


ベルクは長く黙り込み、それから低く唸った。四十年、この倉庫で生きてきた男だ。誰が出入りし、誰が帳面を握っているか、痛いほど知っている。その目に、苦いものがよぎった。


そこへ、革靴の音が響いた。


「何の騒ぎだ」


恰幅のいい男が、供を連れて入ってくる。砦の物資を握る代官、オルグレンだった。脂ぎった指に嵌めた指輪が、松明を受けて鈍く光る。汗と香の混じった匂いが、麦の匂いを押しのけた。


「流れ者が倉庫を漁っていると聞いてな」オルグレンはレンを一瞥した。「素人が帳簿に口を出すな。出入りは儂が、きっちり管理しておる」


「では、確かめさせてください」レンは羊皮紙を掲げた。「帳簿どおりなら、それで終わりです。塩漬け肉、帳簿は五十樽。現物は四十二。この八樽は、いつ、誰に出庫されました?」


「……記録のとおりだ」


「記録には、出庫の相手が書いていません」


オルグレンの頬が、わずかに強張った。「兵に、配った分だ」


「兵への配給は、別の帳面ですよね」レンは静かに続けた。「そちらと足しても、八樽は合いません。麦の二十袋も同じです。入荷の印と、消費の印を足すと、二十袋分、行き先がない。記録のどこにも、出口がない物が、消えている」


「言いがかりだ!」オルグレンの声が裏返った。「儂が、横領しているとでも――」


倉庫が、しんと静まった。


レンは、横領という言葉を、一度も口にしていなかった。


オルグレンが、自分で言ったのだ。


兵たちの視線が、ゆっくりと代官に集まる。誰も何も言わない。沈黙だけが、じわりと重さを増していく。オルグレンは弁解を重ねた。あれは予備に回した、いや記帳を忘れていた、そういえば鼠に食われたのだ。言い訳のたびに、数字は別の数字とぶつかり、辻褄を失っていく。塩漬けの樽が、鼠に運ばれるはずもない。


「もういい」ベルクが、低く遮った。四十年、この倉庫を守ってきた男の声だった。「代官殿。あんたの帳面と、現物が、合っとらん。それだけは、はっきりした」


オルグレンは真っ赤な顔で何か喚き、供を連れて逃げるように去った。指輪の光が、闇に消える。後には、汗と香の匂いだけが、嫌な余韻のように残った。


兵の一人が、ぽつりと言った。「そういや、代官殿の荷馬車、夜中に何度か出てたな。儂ら、見ないふりしてたが」別の兵も頷く。口に出せなかった不審が、数字に裏打ちされて、ようやく形になっていく。


ベルクが、レンを見た。長く、品定めするように。


「……樽の数を当てた流れ者は、初めてだ」


その声には、さっきまでの侮りは、もうなかった。むしろ、戸惑いに近かった。四十年かけても見抜けなかったものを、来たばかりの男が半刻で言い当てた。その事実を、どう呑み込めばいいのか測りかねている顔だった。


レンは羊皮紙の角を、指で揃えた。考えるときの、昔からの癖だった。


横領は止まるだろう。代官は、もう迂闊に手を出せない。それで一件落着――のはずだった。だが、レンの胸には、小さな棘が刺さったままだった。


消えた八樽の塩漬け肉。あれが流れていった先は、本当に、この砦の中で終わっているのだろうか。日持ちのする物を選んで、まとまった量を抜く。それはまるで、どこか遠くへ運んで売るための、仕入れのような手際だった。


レンは盤面の隅に、まだ見えない一本の線を思い描いた。砦の外へ、伸びていく線を。

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