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第18話 じわじわと、効く

本作は全70話で完結予定です。

毎日5話ずつ、06:40/11:40/17:40/19:40/21:40 に予約投稿しています。

続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

三日が過ぎた。


レンは毎日、斥候を関へ送り、盤面に映る傭兵団の「流れ」を更新していった。奪った荷の量、消えていく兵糧、痩せていく馬。数字は、レンの読みどおりに動いていた。物の流れは、嘘をつかない。関の中で何が起きているか、外から数えるだけで、手に取るように見えた。


「南の噂に、釣られましたね」斥候の報告を聞き、レンは羊皮紙に印をつけた。雪をかぶった斥候の肩から、冷気が漂う。「バルガスが、十人ほどを南へ出した。三日かけて空振りして、昨日、手ぶらで戻ったそうです。その間、関は手薄。奪える荷も、なし。釣り出された十人は、三日分の兵糧を、ただ歩いて消費しただけだ」


「自分から、蓄えを減らしに行ったようなものだな」リーゼが、低く笑った。


「兵糧は、どうなってる」リーゼが問う。


「三十人分の腹は、毎日、容赦なく減ってます」レンは盤面の数字を示した。「奪いが止まって、三日。蓄えは、半分を切った。馬の飼葉は、もっと早く尽きる。あと数日で、奴らは選ばなきゃならない。馬を食うか、引くか、無理に攻めるか」


策は、静かに、しかし確実に効いていた。


レンは決して、兵をぶつけなかった。リーゼの隊は、関の遠巻きを固め、退路と水場だけを押さえる。手を出さず、ただ、奪わせない。それだけで、奪うことで生きる集団は、内側から軋み始めた。


「ただ、油断はできません」レンは付け加えた。「追い詰められた相手ほど、何をするかわからない。関の見張りは、緩めないでください」


「わかっている」リーゼが頷く。「兵には、決して深入りするなと言ってある。退路と水場を押さえて、ただ待て、とな。退屈な役目だが、文句は出ていない。お前の采配の意味を、皆、わかってきている」


四日目、関の中で、小競り合いが起きたと斥候が伝えた。


「兵糧の分け前を巡って、揉めたようです」斥候は雪まみれの肩で報告した。「腹が減ると、人は苛立つ。仲間割れです。バルガスが力で抑えたが、こっそり脱ける者も、出始めたと」


「来ましたね」レンは静かに言った。


略奪というのは、勝ち続けている間しか、まとまらない。奪える限りは、頭目のもとに人が集まる。だが、奪えなくなれば、結束を保つものが、何もない。義理も、忠義も、給金もない。あるのは、その日の取り分だけ。それが尽きれば、ばらばらになる。


「武力で集めた群れは、武力が空回りした途端、崩れます」レンはリーゼに言った。「あいつらは、剣では負けてない。一度も、斬り結んでいない。なのに、負けていく。腹が、そうさせる」


「皮肉なものだ」リーゼが、雪を見ながら呟いた。「剣を頼みに生きてきた連中が、剣を振るう前に、腹で負ける。兵糧とは、それほどのものか」


「それほどのものです」レンは静かに答えた。「どんなに強い兵も、三日食わなければ、立っていられない。十日食わなければ、戦どころじゃない。勝敗を決めるのは、最後は、いつも兵站です。前線で剣を振る者の足元を、ずっと下で支えてる。誰にも見えないところで」


リーゼは、関の方角を見つめていた。その横顔に、深い影が差している。


「父の隊も、こうだったのだろうか」ぽつりと、独り言のように。「飢えて、退けず、ばらばらに……」


「いいえ」レンは、はっきりと言った。「父上の隊は、最後まで、ばらばらにならなかったはずです」


リーゼが、こちらを見た。


「奪う者の群れと、守る者の隊は、違います」レンは続けた。「バルガスの連中は、奪える間しか、まとまらない。取り分が尽きれば、散る。でも、父上の兵は、飢えても、最後まで父上のもとに残った。退けと言われず、見捨てられて、それでも踏みとどまった。それは、父上が、奪う頭目じゃなく、守る指揮官だったからだ。兵が、最後までついていきたいと思える人だった。崩れたのは、父上の隊じゃない。父上を飢えさせて、見殺しにした、上のほうです」


リーゼは、長いこと、何も言わなかった。雪が、二人の肩に、静かに降り積もる。


「……お前は」やがて、掠れた声で言った。「会ったこともない父のことを、まるで見てきたように言う」


「数字を読むのと、同じです」レンは雪の関を見つめた。「飢えても散らなかった隊。それだけで、その指揮官がどんな人だったか、だいたいわかる。立派な人だったんだと思います。リーゼさんが、誇っていい人だ」


リーゼは、ふいと顔を背けた。だが、背けた拍子に、目元を手の甲で拭ったのを、レンは見ないふりをした。その背筋が、さっきより、わずかに伸びている。


その夜、レンは盤面で、関の兵糧庫を確かめた。残りは、もう三日分もない。馬の飼葉は、すでに底をついている。痩せた馬を、食い始めているかもしれない。追い詰められた獣が、最後に何をするか。それは、数字には映らない。だが、想像はついた。


「明日か、明後日には、何か動きます」レンはベルクに言った。「このまま黙って飢え死にを待つほど、バルガスは大人しくない。最後に、暴れるはずだ」


「来るなら、受けて立つ」ベルクが、節くれの拳を握った。


五日目の朝。斥候が、息せき切って駆け込んできた。


「関に、動きが! バルガスが、残った兵をまとめて――こちらへ、討って出るようです!」


倉庫の空気が、ぴんと張りつめた。飢えた獣が、最後の力で牙を剥く。追い詰められた略奪者の、捨て身の一撃が、迫っていた。

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