表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/22

第17話 奪う者の、弱点

本作は全70話で完結予定です。

毎日5話ずつ、06:40/11:40/17:40/19:40/21:40 に予約投稿しています。

続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

「あいつらが、あと何日もつか。それを、まず読みます。話は、そこからです」


砦の倉庫で、レンは羊皮紙に数字を並べた。ベルクとリーゼが、卓を挟んで覗き込む。ランプの灯が、羊皮紙の上で、ゆらゆらと揺れた。獣脂の焦げる匂いが、狭い倉庫に籠もっている。


「バルガスの一団は、ざっと三十。馬も合わせれば、毎日それだけの腹を満たさなきゃならない」レンは指を折った。「人ひとりが一日に食う量は、だいたい決まってる。麦に換算して、これくらい。馬一頭の飼葉は、人の何倍も要る。三十人と、十数頭の馬。合わせて、一日にこれだけの兵糧が要る計算です」


レンは羊皮紙に、四角を一つ描いた。それを毎日、少しずつ削っていく絵を描き足す。


「奪うってのは、つまり、毎日この四角を、外から埋めるってことです。埋まる日もあれば、埋まらない日もある。でも、腹が減るのは、毎日、必ずだ」


「奪えば、いくらでも手に入るだろう」リーゼが問う。


「それが、奴らの思い込みです」レンは首を振った。「関を通る隊商は、毎日来るわけじゃない。冬場なら、なおさら減る。奪える日と、奪えない日がある。なのに、腹は毎日減る。入りは不安定で、出は一定。この差が、必ず奴らの首を絞めます」


「では、関を通る荷を、減らせばいい」ベルクが膝を打った。


「そのとおりです」レンは別の線を引いた。「砦の隊商は、しばらく関を通らせない。ガロさんにも、しばらく東を避けてもらう。代わりに、噂を流す。『南の道に、大きな隊商が通る』と。バルガスの兵を、そっちへ釣り出す」


「釣られて、関が手薄になるのか」


「手薄になれば、奪える荷はもっと減る。釣られて空振りすれば、その日の兵糧は、まるごと無駄足だ」レンは盤面を睨んだ。「奴らの蓄えは、せいぜい十日。奪いが途絶えれば、十日待たずに、内側から崩れます」


「なぜ、十日とわかる」ベルクが訝しんだ。


「関に積まれた荷の山を、斥候に数えさせました」レンは答えた。「それと、奴らが毎日食う量。山の大きさを、一日の消費で割れば、何日もつかが出る。倉庫の在庫が、あと何日で尽きるか読むのと、同じです。敵の兵糧庫だろうが、味方の倉庫だろうが、引き算は変わらない」


ベルクが、唸った。「敵の腹の中まで、勘定するのか。恐ろしい男だ」


「恐ろしくなんかありません。ただ、数えてるだけです」レンは苦笑した。


リーゼが、卓の上の地図を見つめた。「十日。それまで、砦は耐えられるのか」


「耐えられるように、采配は組み直しました」レンは越冬の数字を示した。「補給が途絶えた前提で、もう一度、食い延ばす計算をやり直した。きついですが、十日なら、もちます。問題は――こっちが先に音を上げるか、向こうが先に音を上げるか。我慢比べだ」


「我慢比べなら」リーゼの口の端が、わずかに上がった。「奪うしか能のない連中に、負ける気はせん」


策は、その日のうちに動き出した。


砦の隊商は東を避け、ガロは南へ回された。「悪いが、しばらく東の関には近づかないでくれ」とレンが頼むと、ガロは肩をすくめた。「商売あがったりだぜ、旦那。けど、まあ、命あっての物種だ。乗ったよ」


同時に、行商や旅人を通じて、「南の道に、大荷物の隊商が下る」という噂が、街道に撒かれていく。情報という、目に見えない餌だった。本物の荷を一切通さず、嘘の荷の影だけを、敵の前にちらつかせる。


「噂なんかで、戦慣れした連中が動くのか」ベルクが半信半疑で問うた。


「動きます。腹が減ってれば、なおさら」レンは断言した。「飢えた者は、確かな今日の飯より、もしかしたらの大金に飛びつく。冷静なら見抜ける罠でも、腹が減ると見えなくなる。判断を鈍らせるのは、剣じゃない。空きっ腹です」


レンは、関に通じる街道を、頭の中で何度もなぞった。どこで噂が届き、どこで兵が割かれ、どこに穴ができるか。盤面の上で、敵の動きを先回りして読む。前世で、需要を予測して在庫を配ったのと、やることは何も変わらない。違うのは、読む相手が、客ではなく、飢えた略奪者だというだけだ。


「うまくいくと思うか」夜、ベルクが釜の前でぽつりと問うた。湯気が、白く立ちのぼる。


「いきます」レンは答えた。「奴らは、強い。剣の腕も、戦の心得もある。でも、ひとつだけ、欠けてるものがある」


「何だ」


「自分たちが、一日に何を食ってるか。それを、数えていない」レンは静かに言った。「奪うことに慣れた者は、足し算と引き算を忘れる。明日も奪えると思い込む。その油断が、いちばんの弱点です」


「敵将を、見くびるのは危ういぞ」リーゼが、釘を刺した。「バルガスは、戦場を渡り歩いた男だ。兵糧が尽きかければ、奪い方を変えてくるかもしれん」


「そうかもしれません。だから、油断はしません」レンは頷いた。「奴がどう動いても、根っこは変わらない。奪わなきゃ、食えない。その一点を押さえてる限り、こっちが先に崩れることはない。あとは――奴が、どんな悪あがきをするか。それを、見届けるだけです」


倉庫の外で、雪が、しんしんと降り続けていた。関のバルガスたちは、今ごろ、暖かい焚き火を囲んでいるだろう。奪った酒でも、飲んでいるかもしれない。


自分たちの兵糧が、もう、ゆっくりと、確実に減り始めていることに、気づきもせずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ