第17話 奪う者の、弱点
本作は全70話で完結予定です。
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「あいつらが、あと何日もつか。それを、まず読みます。話は、そこからです」
砦の倉庫で、レンは羊皮紙に数字を並べた。ベルクとリーゼが、卓を挟んで覗き込む。ランプの灯が、羊皮紙の上で、ゆらゆらと揺れた。獣脂の焦げる匂いが、狭い倉庫に籠もっている。
「バルガスの一団は、ざっと三十。馬も合わせれば、毎日それだけの腹を満たさなきゃならない」レンは指を折った。「人ひとりが一日に食う量は、だいたい決まってる。麦に換算して、これくらい。馬一頭の飼葉は、人の何倍も要る。三十人と、十数頭の馬。合わせて、一日にこれだけの兵糧が要る計算です」
レンは羊皮紙に、四角を一つ描いた。それを毎日、少しずつ削っていく絵を描き足す。
「奪うってのは、つまり、毎日この四角を、外から埋めるってことです。埋まる日もあれば、埋まらない日もある。でも、腹が減るのは、毎日、必ずだ」
「奪えば、いくらでも手に入るだろう」リーゼが問う。
「それが、奴らの思い込みです」レンは首を振った。「関を通る隊商は、毎日来るわけじゃない。冬場なら、なおさら減る。奪える日と、奪えない日がある。なのに、腹は毎日減る。入りは不安定で、出は一定。この差が、必ず奴らの首を絞めます」
「では、関を通る荷を、減らせばいい」ベルクが膝を打った。
「そのとおりです」レンは別の線を引いた。「砦の隊商は、しばらく関を通らせない。ガロさんにも、しばらく東を避けてもらう。代わりに、噂を流す。『南の道に、大きな隊商が通る』と。バルガスの兵を、そっちへ釣り出す」
「釣られて、関が手薄になるのか」
「手薄になれば、奪える荷はもっと減る。釣られて空振りすれば、その日の兵糧は、まるごと無駄足だ」レンは盤面を睨んだ。「奴らの蓄えは、せいぜい十日。奪いが途絶えれば、十日待たずに、内側から崩れます」
「なぜ、十日とわかる」ベルクが訝しんだ。
「関に積まれた荷の山を、斥候に数えさせました」レンは答えた。「それと、奴らが毎日食う量。山の大きさを、一日の消費で割れば、何日もつかが出る。倉庫の在庫が、あと何日で尽きるか読むのと、同じです。敵の兵糧庫だろうが、味方の倉庫だろうが、引き算は変わらない」
ベルクが、唸った。「敵の腹の中まで、勘定するのか。恐ろしい男だ」
「恐ろしくなんかありません。ただ、数えてるだけです」レンは苦笑した。
リーゼが、卓の上の地図を見つめた。「十日。それまで、砦は耐えられるのか」
「耐えられるように、采配は組み直しました」レンは越冬の数字を示した。「補給が途絶えた前提で、もう一度、食い延ばす計算をやり直した。きついですが、十日なら、もちます。問題は――こっちが先に音を上げるか、向こうが先に音を上げるか。我慢比べだ」
「我慢比べなら」リーゼの口の端が、わずかに上がった。「奪うしか能のない連中に、負ける気はせん」
策は、その日のうちに動き出した。
砦の隊商は東を避け、ガロは南へ回された。「悪いが、しばらく東の関には近づかないでくれ」とレンが頼むと、ガロは肩をすくめた。「商売あがったりだぜ、旦那。けど、まあ、命あっての物種だ。乗ったよ」
同時に、行商や旅人を通じて、「南の道に、大荷物の隊商が下る」という噂が、街道に撒かれていく。情報という、目に見えない餌だった。本物の荷を一切通さず、嘘の荷の影だけを、敵の前にちらつかせる。
「噂なんかで、戦慣れした連中が動くのか」ベルクが半信半疑で問うた。
「動きます。腹が減ってれば、なおさら」レンは断言した。「飢えた者は、確かな今日の飯より、もしかしたらの大金に飛びつく。冷静なら見抜ける罠でも、腹が減ると見えなくなる。判断を鈍らせるのは、剣じゃない。空きっ腹です」
レンは、関に通じる街道を、頭の中で何度もなぞった。どこで噂が届き、どこで兵が割かれ、どこに穴ができるか。盤面の上で、敵の動きを先回りして読む。前世で、需要を予測して在庫を配ったのと、やることは何も変わらない。違うのは、読む相手が、客ではなく、飢えた略奪者だというだけだ。
「うまくいくと思うか」夜、ベルクが釜の前でぽつりと問うた。湯気が、白く立ちのぼる。
「いきます」レンは答えた。「奴らは、強い。剣の腕も、戦の心得もある。でも、ひとつだけ、欠けてるものがある」
「何だ」
「自分たちが、一日に何を食ってるか。それを、数えていない」レンは静かに言った。「奪うことに慣れた者は、足し算と引き算を忘れる。明日も奪えると思い込む。その油断が、いちばんの弱点です」
「敵将を、見くびるのは危ういぞ」リーゼが、釘を刺した。「バルガスは、戦場を渡り歩いた男だ。兵糧が尽きかければ、奪い方を変えてくるかもしれん」
「そうかもしれません。だから、油断はしません」レンは頷いた。「奴がどう動いても、根っこは変わらない。奪わなきゃ、食えない。その一点を押さえてる限り、こっちが先に崩れることはない。あとは――奴が、どんな悪あがきをするか。それを、見届けるだけです」
倉庫の外で、雪が、しんしんと降り続けていた。関のバルガスたちは、今ごろ、暖かい焚き火を囲んでいるだろう。奪った酒でも、飲んでいるかもしれない。
自分たちの兵糧が、もう、ゆっくりと、確実に減り始めていることに、気づきもせずに。




