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第14話 売る物と、買う物

本作は全70話で完結予定です。

毎日5話ずつ、06:40/11:40/17:40/19:40/21:40 に予約投稿しています。

続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

その翌日、ガロの荷馬車が、また砦に着いた。


「よお、旦那!」御者台から飛び降りるなり、ガロは白い歯を見せた。「言われたとおり、薬草は領都で高く売れたぜ。おかげで懐がほくほくだ。次の儲け話、持ってきてくれるんだろうな?」


「儲け話というか」レンは倉庫の前に、二つの覚え書きを並べて見せた。片方は砦の余り物、もう片方は不足品の一覧だ。「砦から何を売って、何を買うか。それを、ちゃんと決めたいんです」


「決める? 行商ってのは、安く仕入れて高く売る。それだけだろ」ガロは荷台に腰かけ、足をぶらつかせた。「行く先々で、売れそうな物を見繕って、売れたら御の字。売れなきゃ、次の町へ運ぶ。そういうもんだ」


「それだと、博打になります」レンは覚え書きを広げた。「売れるか売れないか、運任せだ。運が悪けりゃ、傷んだ荷を抱えて丸損する。そうですよね?」


「……まあな」ガロが顔をしかめた。「去年は、塩を仕入れすぎて、湿気で固めちまった。あれは、痛かった」


「どこで何が余って、どこで何が足りないか。それを先に読めば、博打が、計算になります」レンは言った。「運じゃなく、段取りで稼ぐんです」


レンは盤面で、近隣の町や村の「物の流れ」を、見える範囲で追った。砦には毛皮と薬草と、鉱石のかけらが余っている。一方、足りないのは塩、鉄、それに来季の種。


「砦の毛皮は、北の村じゃ余ってる。でも、南の鉱山町じゃ品薄だ。運べば高く売れる」レンは指で線を引いた。「その金で、塩と鉄を、いちばん安い港町から仕入れる。帰り道に、種を扱う村に寄る。一回りで、売って、買って、また売る。荷馬車を、空で走らせない」


ガロが、ぽかんと口を開けた。それから、額をぴしゃりと叩いた。


「……行商三十年で、初めて聞いたぞ、そんな段取り。俺はいつも、行きは満載、帰りは空っぽだった。帰りも荷を積めば、稼ぎが倍になるってのか」


「倍とは言いませんが、無駄は半分に減ります」レンは言った。「荷馬車を一度動かす手間は、満載でも空でも、同じです。なら、空で帰る分は、まるまる損だ。その損を、なくすだけです」


「言われてみりゃ、そのとおりだ」ガロが唸った。「なんで、今まで気づかなかったんだ、俺は」


「気づかないものですよ。毎日やってると、それが当たり前になる」レンは続けた。「あと一つ。傷みやすい物は、最初に売り切る。塩漬けや乾物は後回し。荷の傷む順に、捌く順を決める。鮮度の落ちる物から、金に変えるんです。遠い町まで運ぶのは、日持ちする物だけにする」


「旦那の言うことは、半分わからん」ガロが荷縄を締め直しながら笑った。「けど、当たるんだよなあ、これが。よし、その一回り、やってみるぜ」


交易の道筋が、一本、また一本と引かれていく。砦は、ただ物を消費するだけの土地から、外と物をやり取りして稼ぐ土地へと、少しずつ姿を変えていった。塩と鉄が入り、来季の種が確保され、わずかながら現金も貯まり始める。


ミナが、ガロの荷馬車に積まれた色とりどりの布を、目を丸くして眺めていた。「わあ、きれい。これ、どこから来たの?」


「南の織物の町さ」ガロが得意げに言う。「お嬢ちゃん、一つやろうか。端切れだがな」鮮やかな赤の切れ端を、ミナの手に握らせる。ミナは「ありがとう!」と、宝物のように胸に抱えた。


砦に、こうして外の色が、少しずつ流れ込んでくる。物だけではない。よその町の話、見たことのない品、新しい何か。閉ざされて飢えていた辺境が、外の世界と、ようやく繋がり始めていた。


「これで、冬の支度も、なんとか目処が立ちそうだ」レンが帳簿を締めかけたとき、ガロが、ふと声を落とした。荷台から身を乗り出し、あたりを憚るように声をひそめる。


「旦那。耳に入れときたいことがある」御者台に肘をつき、街道の彼方を顎で示す。「東の街道に、傭兵崩れの一団が居ついたって噂だ。バルガスとかいう、札付きの荒くれでな」


「傭兵崩れ?」


「戦が終わって、食いっぱぐれた連中さ」ガロの声に、苦いものが混じる。「剣の腕はある。だが、雇い主がいない。だから、奪う。隊商を脅して、通行料をふんだくる。逆らえば、荷ごと奪われて、命もない。盗賊より、たちが悪い。連中は、れっきとした戦のやり方を知ってるからな」


「砦の交易路も、いずれ狙われると」


「もう、時間の問題だろうな」ガロは肩をすくめた。「東の関を、奴らが押さえちまった。あそこを通らなきゃ、塩も鉄も入らない。冬のあいだ、砦の首根っこを、握られたようなもんだ」


レンの指が、帳簿の上で、ぴたりと止まった。


盗賊は退けた。横領も止めた。だが、外の脅威は、形を変えて、また現れる。次から次へと、まるで終わらない。今度は、谷の盗賊のような、行き当たりばったりの連中ではない。戦を知る、本物の荒くれだ。せっかく引き始めた交易の線が、その傭兵崩れに断たれれば――冬の支度も、振り出しに戻る。ミナに握らせた赤い端切れの、その先の暮らしごと、凍えてしまう。


「バルガス、ですか」レンは盤面の上に、東の街道の線を思い描いた。雪に閉ざされていく、細い補給の道。「ガロさん。その一団の規模と、関を押さえた場所、わかるだけ教えてください。剣で押し返せない相手なら――別の押し返し方を、考えます」

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