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第13話 痩せた畑

本作は全70話で完結予定です。

毎日5話ずつ、06:40/11:40/17:40/19:40/21:40 に予約投稿しています。

続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

砦の畑は、見るからに貧相だった。


霜の降りた黒い土に、枯れかけた畝が並ぶ。土の匂いは湿って重く、踏むと、靴の底に冷たくまとわりついた。レンは畑の畦に立ち、盤面で土地の「流れ」を読んだ。


どの区画に、どれだけの人手が割かれ、何が植えられ、どれだけ採れているか。土が、どれだけの「力」を残しているか。数字が、いびつな偏りを描いていく。前世で倉庫の在庫を読んだのと、やることは変わらない。ただ、棚に並ぶのが樽ではなく、土と作物だというだけだ。


数字を追ううち、レンには、この畑が痩せていく理由が、はっきりと見えた。


「ここの畑、痩せてるんじゃない。使い方が、間違ってる」


「何だと?」


鍬を担いだ老農夫が、胡散臭そうに振り返った。日に焼けた、頑固そうな顔だ。土と、汗の匂いが染みついている。


「同じ作物を、毎年同じ場所に植えてますね」レンは畝を指した。「麦の後に、また麦。豆の後に、また豆。それだと、土が痩せる。作物は、土から決まった力を吸い上げる。同じものを植え続ければ、その力ばかり吸われて、土が空になる」


「先祖代々、こうしてきた」老農夫が鍬を地に突いた。「それで、なんとか食ってきたんだ」


「なんとか、ですよね」レンは静かに返した。「毎年、収穫がじりじり減ってませんか。同じ手間をかけてるのに、採れる量が落ちてる」


老農夫の眉が、ぴくりと動いた。図星らしい。


「植えるものを、年ごとに変えるんです」レンは続けた。「麦の次は、豆。豆の根は、土に力を戻す働きがある。その次に、また麦。土を休ませながら回せば、同じ畑から、もっと採れる。元手は、要りません。植える順番を変えるだけだ」


「豆が、土に力を戻す? そんな話、聞いたことがない」


「俺も、なぜそうなるかまでは、うまく言えません」レンは正直に認めた。豆が根で養分を作る仕組みなど、この世界で説明しても通じない。「でも、豆を植えた後の畑は、麦がよく育つ。昔から、そういう土地は、あったはずです。心当たり、ありませんか」


老農夫が、はっと顔を上げた。「……言われてみりゃ、休耕の後の畑は、確かに実りがよかった。たまたまだと思っとったが」


「たまたまじゃありません。理由が、あったんです」レンは頷いた。


倉庫の配給と、同じ理屈だった。物を貯め込むのではなく、流す。畑も、地力を一度に使い切るのではなく、休ませながら回す。レンの目には、土の「力」もまた、増えたり減ったりする在庫の数字に見えていた。


老農夫は、しばらく黙ってレンの引いた図を睨んでいた。「……理屈は、わからんでもない。だが、ほんとに採れるのか」


「いきなり畑全部でやれとは言いません」レンは譲った。「この一区画だけ、来季、俺の言うとおりに植えてみてください。それで増えなければ、二度と口は出しません」


倉庫のときも、配給のときも、同じだった。大言壮語より、小さな実証。人は、目の前で結果を見るまで、信じない。


「それと、人手の割り振りも、もったいない」レンは畑の図を指した。盤面が、どの区画に何人が入っているかを映している。「広いだけで実りの薄い北の区画に、人を多く割いてる。逆に、日当たりのいい南の区画は、手が足りてない。よく実る土地に人を厚く、痩せた土地は薄く。同じ人手でも、配り方で採れ高が変わります」


「お前さんは、畑も、倉庫の樽みたいに数えるんだな」老農夫が呆れたように、しかしどこか感心した声で言った。


「数えれば、無駄が見えますから」レンは笑った。「無駄を一つ潰すごとに、誰かの腹が、一つ満ちる」


「ふん。やってみせろ」老農夫は鍬を肩に戻した。だが、その口元は、わずかに緩んでいた。


その横で、ミナが土をいじって遊んでいた。「ねえおじさん、あたしも畑、手伝っていい? お野菜、いっぱい採れたら、みんなお腹いっぱいになるんでしょ」


「ああ。来年の今ごろには、きっとな」レンはミナの頭に、軽く手を置いた。「お前が大きくなる頃には、この畑、見違えてるさ」


レンは盤面に、来季の作付けの図を描いた。人手をどう配り、何を、どこに、どの順で植えるか。冬を越えた先の、増産の道筋が、おぼろげに見えてくる。


老農夫が、去り際に振り返った。


「なあ、流れ者。あんた、どこで畑を覚えた。その手、土仕事の手じゃねえ」節くれの指で、レンの手を指す。「なのに、土のことを、おらより知っとる」


「土を、いじったことはありません」レンは正直に答えた。「ただ、物が増えたり減ったりする仕組みを、ずっと見てきた。畑も、それと同じだった。それだけです」


「ふん。妙な男だ」老農夫は鼻を鳴らし、しかし今度は、はっきりと笑った。「だが、おらの畑を、馬鹿にせんかったのは、あんたが初めてだ。痩せた土地だと、皆が見下す。あんたは、使い方が悪いだけだと言った。……気に入った」


その背を見送りながら、レンは図を引き直した。来季の作付け。人手の配り。だが、図を引くほどに、胸に冷たいものがよぎる。


増産が実るのは、来季――早くて、半年先だ。今、目の前にある冬は、それでは越せない。畑が食料を生むより前に、蓄えが尽きれば、その先の春は、来ない。


「畑の前に、まず、この冬を越さなきゃならない」レンは図を巻き取った。冷たい雪の匂いが、北風にはっきりと混じり始めていた。

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