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職人馬鹿と最強の家族 ~左大臣の無茶振りから始まった都一の車大工~  作者: 紡木 結


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五百年の檜と、計算高い職人馬鹿

いつもお読みいただきありがとうございます!

今回は、裏の木場での丸太選び。藤太の職人としての「目利き」と、兄譲りの「商売の計算」が光るエピソードです。

俺の突拍子もない提案を聞いた瞬間、親父の箸がピタリと止まった。


囲炉裏の薪がパチパチとはぜる音だけが、静かな母屋に響く。母さんが少し心配そうに様子を窺う中、親方は椀を置き、丸太のような太い腕を組んで目を閉じた。

数秒の重い沈黙。やがて、親方の口から「ふん」と、微かな、しかし確かな感心の吐息が漏れた。


「……土台の堅牢さはそのままに、上屋うわやを柱と薄板で組む、か。おまけに、重い金箔や飾り金具ではなく、絵師の筆で貴族の『見栄』を満たしてやろうとはな」


親方はゆっくりと目を開け、ニヤリと、滅多に見せない職人としての獰猛な笑みを浮かべた。


「悪くねぇ。いや、むしろ上出来な考えだ。ただ軽くするだけなら素人でも思いつくが、貴族どもが何より重んじる『風雅ふうが』の心を逆手にとって価値を上げる。それなら、惣太郎の奴も大見得を切って交渉できるだろうよ」


俺の職人としての理屈と、兄上の商売を助ける視点が見事に噛み合った瞬間だった。親方の中で、俺に対する評価がただの「見習い」から「次代の作り手」へと一段引き上げられたことが、その声の熱からありありと伝わってくる。


「だがな、藤太。壁の板を薄くするということは、それだけ箱全体の強度が落ちるということだ。それを支える骨組みとなる柱には、微塵の狂いも許されねぇ」


親方は立ち上がり、仕事着の帯をきつく締め直しながら俺を見下ろした。


「飯が終わったら、裏の木場きばへ行け。あの山のように積まれた材木の中から、柱に使うための、最も軽くて目がきつく詰まった最高のひのきを四本、お前の目利きで選んでおけ。……俺を唸らせる木を探してこい」


そう言い残すと、親方は再び背中で語る職人の顔に戻り、足早に工房へと戻っていった。

手元には、まだ温かい菜飯と汁が残っている。親方の言葉が胸の奥に心地よい熱を灯し、これまでにない重要な仕事を任されたという重圧と高揚感が、体の内側から静かに湧き上がってきた。


冷たい井戸水で手早く食器を洗い清めると、俺は母屋を出て裏の木場へと向かった。


工房の裏手は、日当たりの良い表とは違い、湿った土と、長い年月をかけて熟成された古い木の香りが濃密に立ち込める聖域だ。うず高く積まれた材木の中から、俺は職人の目と手触りを頼りに木を選び出していく。

表面の木肌を撫で、指の関節で叩いた時の音の響きを聞き、少し持ち上げた時の密度の違いを腕の筋肉で測る。


やがて、木場の最も奥、大切に安置されていたひと際目を引く巨大な檜の丸太「四本」にたどり着いた。


「……こいつだ」


樹齢五百年は優に超えているだろう。その大木は、年輪が恐ろしいほど均等に、そしてぎっしりと詰まっていた。これだけ密度の高い極上品なら、細く切り出しても決して強度が落ちることはない。


しかし、俺は丸太に触れた手をふと止めた。


(これを四本すべて牛車の柱にするのは、あまりに勿体ない……)


極上の素材というものは、ただ闇雲に使えばいいというものではない。素材のポテンシャルを極限まで引き出し、無駄なく使い切ってこそ本物の作り手だ。俺の脳内で、職人としての直感と、兄上の背中を見て育った商売の勘が猛烈な勢いで結びついていく。


(この巨大な一本を、縦に十字に四分割……つまり『四割り』にして柱をとれば、木の反る方向が四本とも完全に揃う。それを箱の四隅に配置し、反り合う力を利用して屋根の骨組みで押さえ込めば、薄板を張っても絶対に歪まない、最強の骨格が出来上がるはずだ)


そうすれば、残りの三本は手付かずのまま残る。あの立派な三本なら、兄上がどこかの大貴族の屋敷を建てる際の大黒柱として高く売り捌き、工房に莫大な利益をもたらすことができる。


俺は迷うことなく、工房の隅にあったコロ(丸太を転がすための道具)を持ってきた。

全身から汗を噴き出させ、足の裏が土にめり込むほど踏ん張りながら、その巨大な檜を「一本だけ」親方が待つ仕事場へ転がして運び込む。


ズシンッ……!


重い地響きを立てて、太い丸太が工房の土間に置かれた。

墨壺すみつぼの手入れをしていた親方が、怪訝そうに振り返る。親方は俺が運んできた巨大な丸太一本と、汗だくの俺の顔を交互に見比べた。


「……藤太。俺は確かに『四本』選んでこいと言ったはずだが?」


親方の声には、命令に背いたことへの明らかな苛立ちが混じっていた。

工房の空気が、ギリッと音を立てて張り詰める。いくらさっき褒められたとはいえ、寸分の狂いもない柱を四本揃えるには、素直に丸太四本を使うのが大工の常識なのだ。


いくらなんでも、こいつをそのまま牛車の柱にするつもりじゃねぇだろうな、と親方の鋭い眼光が俺を射抜いた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


極上の素材を見ると「どうすればこの素材の良さを一番引き出せるか」を考えてしまうのが、職人のさがですね。藤太が思いついた「一本の木を十字に割って反りを相殺する」という構造は、理にかなっているだけでなく、非常に贅沢で難易度の高い木取りです。


親方の命令に背いてまで一本の丸太を持ち込んだ藤太。親方の雷が落ちるのか、それとも……?

次回、藤太の職人としての腕と口車(?)が冴え渡ります!

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