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「最高の牛車を作る」 ~平安最強の車大工、左大臣の無茶振りから始まる技術革命~  作者: 紡木 綸


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一人の職人として

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

今回は、藤太と親方の「化かし合い」ならぬ「認め合い」。

ただの技術だけではない、プロの職人だけが気づく「数ミリの計算」と、父をも圧倒する藤太の冷静さに注目です。

俺は、親方の鋭い眼光を真っ向から受け止めた。ここで目を逸らしたら、俺の言葉はただの「生意気な口答え」に成り下がる。


「……五百年の檜は、一本一本が国の宝です。それを四本も使って柱をとるのは、素材への敬意に欠けます。この巨大な一本を縦に十字に四分割——『四割り』にして柱をとれば、木の反る方向が四隅で完全に揃います」


俺は地面に指で円を描き、それを十字に切った。


「屋根のはりでその反り合う力をがっちりと押さえ込めば、年月が経つほどに組み木は締まり、決して揺るがない骨格になる。これなら、極限まで薄い板を張っても車は歪みません。……それに、残った三本を兄上が大貴族の屋敷の大黒柱として売り捌けば、工房の半年分の稼ぎになります。これは『節約』ではなく、職人の知恵と商いの算段です」


一気に言い切った。


親方は持っていた墨壺すみつぼを、ゆっくりと作業台の上に置いた。

無言のまま丸太に近づき、分厚く、無数の傷が刻まれた手で五百年の時を刻んだ緻密な木口こぐちをなぞる。その指先が、俺が頭の中で描いた「十字の割れ目」をなぞるように動いた。


「……木がどう反るかを見越して、あえて一本から四本の柱をとる、か。四方柾しほうまさにも劣らねぇ贅沢な木取りだ」


親方は独り言のように呟くと、ふっと天を仰いだ。そして、大きな手で顔を乱暴に擦り、これまで一度も聞いたことがないような、深い深い溜息をついた。


「まったく……お前って奴は。職人としての腕を磨けと言ってきたが、まさか惣太郎の商売の算段まで頭に叩き込んでやがるとはな。親の俺でも恐れ入る強欲さだ」


口調は荒いが、親方の顔には隠しきれない喜びと、誇らしさが満ち溢れていた。

今、この瞬間、俺は親方の中で「教えられるだけの下っ端」から、「対等に言葉を交わす一人の職人」へと変わったのだ。


「よし、分かった! お前のその目論見、乗ってやろうじゃねぇか。だがな、藤太。この五百年の大木を、寸分の狂いもなく四つに割り、均等な柱に仕立てるのは至難の業だぞ。少しでも刃筋が狂えば、お前の企みは全て水泡に帰す」


親方は壁に掛けられていた、身の丈ほどもある巨大な大鋸おがを手に取り、俺の前にドンと突き立てた。


「お前が言い出したことだ。この丸太に墨を打つのも、最初に刃を入れるのも、お前がやれ。俺が相方あいたとして引いてやる。……やれるか、職人大工・藤太」


親方の目は、燃えるような熱気を帯びていた。師弟ではなく、一人の相棒として俺を見ている。

俺は小さく頷き、震える拳を握りしめて墨壺を手にした。


樹皮を剥がされ、白く滑らかな木肌を晒す五百年物の檜。

「コン……カン……」

木の小槌で叩くと、場所によって響きが異なる。音が甲高く、硬く跳ね返ってくる箇所。そこが最も年輪が密に詰まり、強度が頂点に達している部分だ。俺はそこを上屋を支える主柱の寸法に割り当てた。


墨壺から墨糸を引き出す。

ピンと張った糸を指で弾き、真っ白な木肌に黒々とした直線を打ち付けた。

その際、俺は図面の寸法通りではなく、あえて「数分すぶ」だけ外側に墨を打った。


「……挽きひきしろを読んだか」


背後で腕を組んでいた親方が、低く唸った。

分厚い鋸の刃が木を削り取る厚み。それを見越さずに引けば、完成した材は必ず数ミリ短くなる。見習いなら必ず陥る罠だ。だが、俺は刃が木を喰う物理的な量までを完璧に支配していた。


親方の顔からはすでに「親心」すら消え去り、一人の優れた職人に向き合う男の顔になっていた。

親方は大鋸の片側の柄を握り、俺も反対側の柄を握る。


「まずは長さを落とす『玉切り』だ。大鋸は力で引くもんじゃねぇ。お互いの呼吸を読み、鋸の重さで挽き切るんだ。……俺に合わせろよ、藤太」


「エイ……ホウ」「エイ……ホウ」

大鋸を浮かせたまま、父と呼吸を合わせる。何度も繰り返してきた儀式。

だが、今日ばかりは空気が違った。親方の「ホウ」という声がいつもより僅かに早く、無意識の力みを含んでいる。


五百年の大木。失敗が許されない重圧。そして、親方が俺を「相棒」として認めたという異例の事態。親方の指先から伝わる微かな震えが、俺の腕まで響いてきた。


十回の掛け声が終わり、いざ刃を当てようとしたその瞬間——。


「……親父。お茶を一杯、飲んでからにしてくれませんか」

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


「挽きひきしろ」——鋸の刃の厚み分だけ木が削れることを計算に入れる。この細かな描写こそ、本物の職人小説の醍醐味だと思っています。親方をも超える藤太の冷静さと、それを見抜いて笑い飛ばす親父。この二人の信頼関係が、後の「最強の家族」への第一歩となります。


さて、お茶を飲んで落ち着いた二人が、ついに五百年の大木に刃を入れます。

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