23 必死さは、見ようによっては喜劇。
他人の情事を見て、興奮するという方もいらっしゃるそうですが、私には無理。どうしても、その境地には至れないようです。
って、現物は生々し過ぎて無理。男同士だからとかじゃなくて、男女の情事であったとしても、無理。やっぱり想像の世界が一番。
でも、あの騎士が乙女になる瞬間とか──勉強になりました。この光景を糧として、〝白と青の出版〟は更なる飛躍を果たしましょう!
なんて事を考えていたのですが、私は忘れていました。
そう、ここは人里離れた国境の森。
獣やら魔獣と呼ばれる怪物が跋扈する地なのです。
それに気付けたのは、背後から聞こえてきた『グルル⋯⋯』という喉を鳴らす音。
「ウヒャア!」
唸り声に吃驚して、年若い娘として、あり得ない素っ頓狂な声を上げてしまいました。
「誰だ!」
それは当然気付かれますよね。
慌てて駆け寄る隣国の騎士さん。
正に前門の騎士、後門の魔獣って感じ。
なんて、呑気に考えてる場合じゃありません。私は駆け出しました。前でも後ろでもなく、ましてフレイマン様が去って行った左手の方でもなく、右に。
背後で、ドシュッという、剣で生き物を斬る音が聞こえましたが、そんな事、関係ありません。騎士さんに捕まる訳にはいかないのです。
おそらく、いや、確実に、私は秘密を見てしまった。私が見ていたことを、彼は理解しているだろう。
としたら、私は消される。つまり、殺されちゃうに違いない。
死にたくない!
まだ未経験なのよ!
別に経験したいとか思わないけど。
違う。
私の作品を楽しみにしている腐女子の皆様のためにも死ぬ訳にはいかないのよ!
ウッシャア、作家魂!!
でも、作家魂が走る力な訳はなく、必死な心とは裏腹に脚は重くなっていく。心臓が痛い。呼吸が重い。誰か私に空気をください。
ゼァ ハァ ハァハァ ウプッ ハァ
死ぬ……走りすぎて死ぬ……死ぬ…………
殺されるけど、死ぬ。
それでも、必死に脚を前に出す。
くそぉ、いざとなったら、この本が詰まった鞄を盾にして剣の攻撃を受け止めて、横殴りに鞄の一撃。
これだ!
これしかない。
と、思った瞬間。
カプッ
左足に尖った牙の感触。
ふと見ると、足元に極彩色の蛇。
噛まれた…………。
私の意識は暗転した。
◇
私は、ビジリア・ハイレンヒッテ。
バルジノフ国の将校をしている。位としては少尉であり、隣国への第一侵攻部隊、第二小隊を率いる立場だ。比較的、将来を有望視されていると言っても過言ではないだろう。
そんな私にも秘密がある。
攻め入るべき隣国に恋人がいるのだ。
彼の名前は、フレイマン・トレンディウス。隣国の第二騎士団副団長補佐をする最高の男だ。男同士だと怪訝な目で見るのは止めてほしい。それは、彼を知れば理解できる事だから。
そんな彼と戦場での逢引を見られた。
周囲に彼との関係を隠しているのもあるが、戦時下で私と彼が密会をしているなんて、どちらの軍部に知られても問題になるのは、目に見えている。
彼の経歴に、私なんかのせいで傷を付けたくないないのだ。
声の感じからして女か。それも素人だ。熟練した者だったら、あんな声を出したりしない。
声のした方に急ぐと、下草から一角兎が飛び出してきたので、一薙ぎで切って落としておく。
逃げられたか……。
そう思った私の瞳に信じられないものが映った。
目の前を女が走っている。
ピッチ走行?スライド走行?分からないけど、必死に足を前に出しているのは分かる。足も精一杯大きく前に出しているように見える。でも進んでいない。
それに、何故樹が繁っている方に走っているんだ。真っ直ぐ行くか、左に行けば、まだ走りやすいだろうに……。
ああ、枝が引っ掛かってんのか。そんな事にも気付かないくらい、必死に走ってんだな。
そのあまりにも必死すぎる走りに、ちょっと憐れさを感じてきている自分がいる。
しばらく見ていると、女は足を動かすペースを落とした。
遂に限界かな?
いや、また走りだした。
あ、なんか叫んだ。
『ウッシャア、作家魂!!』って、作家なんだ……。何故、このタイミングで叫ぶ?逃げてんだよな。
再びペースが落ちてきた時、ビクッと一度震えて、前のめりに倒れた。
慌てて駆け寄ると、左足に蛇が噛み付いていた。リトルレッドバイパーモドキ?猛毒を持つリトルレッドバイパーそっくりな、臆病で無毒な蛇。
小動物の卵を主食にして、普通は人に噛みついたりしない蛇に噛まれるなんて…………。
リトルレッドバイパーモドキに噛まれて失神するなんて…………。
もうどうしょうもない程に憐れに感じる女を担いで、私は駐屯地に帰ることにした。
「にしても、この女、おっもい鞄を抱えてるなぁ」
【昊ノ燈】と申します。
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