17 町は芝居の舞台のように
ゾンビ達の夜のオヤツに、偶にはメルフェデアのワッフルでもと思って、注文をしに城外に出ている時だった。
違和感半端ない集団が目に入った。
メイド服の軍団。
ワイワイキャイキャイと騒ぐ様子は、まるで修学旅行の女子高生。
なんとなく見たことあるメイドさんがいるなぁって眺めていると、確実に見覚えのある二人が。
「ミラ様、アンさん、何してるんですか?」
つい、声をかけてしまった。
「あっ、ナタ──」
「きゃ~、ナタリア様〜」
「きゃ~きゃ~、三人お揃いになったわ〜」
「きゃ~、こっちに、こっちにナタリア様〜」
「いい……いいわぁ」
捕まった…………。
ミラ様の声を打ち消す叫声。
「ねっ、ねっ、これ付けて」
「きゃ~、似合う〜〜!」
なにこれ?
路上で羞恥プレイ?
気が付けば、衆人が見る中での着せ替え人形。恥ずかしい…………。
ミラ様とアンさん、助けてください。貴女方のところのメイドでしょ。笑ってないで、助けてくださいよ。と、恥ずかしさに戸惑っているうちに、メイドさん達は次の店に突撃。ふと見れば、飾り立てられた私の衣装代をヨハンさんが支払いをしていた。
「まるで、どこぞの女騎士みたいですね」
「ええ、鎧こそ着けていませんが、歌劇にでも出てくる女騎士そのもの。ナタリア様は、その様な格好も似合うのですね」
ミラ様とアンさんが、串を頬張りながら褒めてくれる。嬉しくはないが…………。
そんな二人も、歌劇に出てくる姫と王子様の様な姿。
「皆、元気ですね…………」
そうとしか言えない。
「そうね、皆んな楽しそう」
「ええ、お嬢様。キラキラとして、歌劇の第三場の舞台みたいですね」
確かにそう、元気にはしゃぐメイドさん達は『町の若い娘たち』。屋台を巡るアンクルさんは『町の風景の盛り上げ役』。屋台の人や通行人達は『エキストラ』。ヨハンさんは『お忍びのお姫様の執事』。そして、ミラ様とアンさんは『お忍びデートする令嬢と王子』。
素敵な舞台。
でも、第三場って?
不意にミラ様の口調が変わる。
「この世はすべて一つの舞台、 人間は男も女もすべて役者にすぎない」
えっ、何?と思う間もなく、アンさんまで。
「それぞれに登場し退場し、人生のさまざまな役を演じ、舞台は七場に分かれる。まずは赤ん坊、乳母に抱かれて泣いたりおっぱい戻したり。次は泣き虫小学生、鞄を背負って朝日に眩しい顔をして、カタツムリが這うように、いやいやに学校通い」
あっ、これ、歌劇の中のセリフだ。あぁ〜なんていう劇だったかな……。たしか、コメディーっぽい話。知ってる。知ってるの。私も続けたい。あ〜あ〜あ〜〜、何だったっけ?
ヨボヨボ爺さんが何とかって、あったような……。
次を紡ぐのは、意外な人物。
「その次は恋人、ふいごみたいに溜息ついて、涙ながらに詩をつくる、恋焦がれる彼女の眉を讃えて。今度は軍人さん──でしたかな?妻と何回か観に行った事がありまして、ファンなんですよ、デルフェンチャンの」
と、執事長のヨハンさん。
「若き喜劇王ですね。私も好きですよ」
「いやぁ、第六場に差し掛かろうという爺がお恥ずかしい。で、ミラ様、続けても?」
「ふふ、まだまた現役ですよ、ヨハンさんは。どうぞ、続きをお願いします」
「では、今度は軍人さん、誓いの文句を並べて豹なみに髭生やし、名誉欲しさに、猪突猛進、あぶく同然の功名求め、大砲の口もなんのその。次なる役は裁判官、賄賂の鶏肉詰め込んでまんまるまるの太鼓腹、眼光鋭く髭厳めしく、口にするのはご尤もな格言と月並みな判例ばかり。はてさてお役目ご苦労さん。舞台は第六場。痩せ衰えてスリッパひっかけたパンタローネ爺」
あ、ここは知ってるとばかりに、セリフを奪うのは、メイドさんの一人。
「鼻に眼鏡、腰に巾着袋、 穿いているのは、オンボロロンのダブダブズボン、細い脛はヨレヨレヨボヨボ。太く響いた大声も、いまや子どもに戻って、キーキーヒューヒュー音を出すばかり」
さらに続けるは、別のメイドさん。
「いよいよ大詰めの最終場面、この奇妙奇天烈、波乱万丈の一代記の締めくくりは──」
他のメイドさん達も声をあわせる。
「「「赤子に還って忘れられ、歯なく、目なく、味なく、何もない──イエーー!」」」
何故かハイタッチ。
スゴイなハイデンマルク家。
ノリ良いなハイデンマルク家。
人生を舞台の七つの場面に見立てた芝居のセリフを諳んじれるなんて。
そうそう、結局、私は参加できなかった。
ただ、アンクル料理人と一緒に肉串に齧りつくだけ。
「皆んな、本当に舞台俳優みたいですね」
「ええ、それに、あそこにも──」
ミラの指差す先には、大きな鞄を引き摺る女性。
◇
私の名前は、ルビー・モテンス。
今は、取り敢えず王都を離れて、田舎に逃げようと急いでいるところ。
理由は簡単。
彼氏が結婚した。
でも、彼が結婚することは事は分かっていた事だし、そんな事は問題じゃない。
だって、彼はこの国の第二王子で、私はしがない男爵家の次女。
それでも良いと思っていた。
だってそうじゃない?
第二王子よ、王族よ。実際に結婚できたとしても、品位?品格?教養?知識?王子妃教育?無理よ!
そんな事、出来るわけがない!
それに、今の状態が最高!
いつも、『お前は真実の愛の相手だ』って、王子様が囁いてくれるの。ドレスだって、宝石だって、買ってくれるし、旅行にだって連れて行ってくれた。
姉だって、母だって持っていないような宝石で飾り立てたドレスで旅行。まるで、私はお姫様。
あ〜『真実の愛』最高!
──とか、思っていた時もありました。
結婚してから一週間、彼が会いに来る事はありませんでした。きっと、新婚生活が楽しいんでしょう。
真実の愛とか言っておきながら、やっぱり男は男。王子様だって所詮は男、真実の愛なんて、現実の前では無力なんだと、勝手に怒ったりもしました。
でも、彼が来てくれた。
ふふ、一週間で飽きる奥様よりも、やっぱり真実の愛なのね。一週間で飽きられた奥様、本当〜にお可哀想〜〜。
まさにお忍び、隠れるように入ってきた彼は、少し疲れているようでした。
「会いたかった!でも、大丈夫?疲れているようだけど」
心配する私に、いきなりガバッと抱きつく彼。
ああ、きっと奥様って人は鬼のような人なのね。こんなにもやつれてしまって…………。あぁ、私の王子様。
彼は、耳元で一言。
「やらせろ!」
「へっ?」
何て言った?
「やらせててくれ!」
「へっ?」
や……ら……せ……て……く……れ……?
何を?
って、あれの事?
久しぶりに会った第一声が『やらせろ』?
第二声も『やらせてくれ』?
何言ってんの?
抱きしめられたまま、私の下腹部に擦り付けるようにあたるのは、ギンギンのアレ。
はぁ?
昼間っから?
本気?
ともあれ、真っ昼間から獣のように腰を振るだけ振った彼は、出すだけ出して帰っていった。
服を脱ぎきる時間さえも与えられなかった私は、乱れた服のまま、呆然と見送った。
それから二日経って、彼が再び訪れた。
前回同様、いや、前回以上に隠れながら。
そして、嵐のように致したら、再び隠れるように帰っていく。
それが三度、四度と続いた。
毎度毎度、乱れたドレスを直しながら私は、呆然と──いや、悲しみに──いやいや、怒りに包まれていた。
何?
私は、何?
娼婦?──いやいや、娼婦の方がまだマシよ。会話もなく、愛を囁くでもなく、包み込むでもなく、ただやられる。体の準備が整うどころか、服を脱ぐ間さえも無く。
忙しく、痛いだけのアレ。
お姫様じゃなかったの?
あーーー、あんなの王子様じゃない。
と、言うか──怖い。
彼が来るのが怖い。
逃げよう!
逃げるしかない!
私は、鞄に荷物を詰め込んで、引摺りながら部屋を出た。
彼の目が届かない遠くまで!
【昊ノ燈】と申します。
作中の芝居の台詞は、シェークスピアの「お気に召すまま」の有名なところを使用させていただきました。
お気付きの方は、素晴らしい!




