騎士と訓練場
翌日、太陽が頂点に差し掛かる頃に、ユリウスがやって来て、また両手に枷を嵌めらて連れ出された。向かった場所は、メルキュール城門近くの空き地。地面の土は硬く、城壁に沿って藁のカカシが整列している。
ここは騎士団の訓練場──なのだが、どういう訳か、訓練場の中心に〝断頭台〟が置かれ、ロマンはそれに頭を差し出していた。
「もしかしたら次は蘇らないかも……なんて、これでも昨夜は人並みに震えてたんだぞ」
ロマンは跪いて首を垂れて尚、隣で剣を肩に乗せるユリウスを睨んだ。
「ごちゃごちゃ言うな。手っ取り早くていいだろうが」
「自己紹介で首落とす奴なんていねぇよ!」とロマンは憤慨した。
今現在、二人は数十名の騎士に取り囲まれていた。騎士らも騎士らで、著名な芸人の妙技を見物しに来た観客みたいな姿勢だった。石を投げられるよりかはマシだけれど、不快感が無いと言えば嘘になる。
「剣隊長、本当にそいつは不死身なんですか?」
騎士の一人が挙手した。そりゃそうだ。大して罪を犯していない人間、ないし天人を処刑しようとしているのだから、正義そのものである騎士がサイアクを案じて声をかけるのも必然の流れである。
だというのに、当の処刑人はロマンに一瞥をくれ、平然とこう答えた。
「昨日までは不死だったな」
「おい!」断頭台をガシャガシャ揺らすロマン。
いよいよ気が狂ったんじゃないかと、気をもむ騎士たち。
打って変わって、ユリウスといえば落ち着き払って剣を掲げていた。
そうして、ボソリとユリウスは呟いた。
「雫の洞に我らは至る」
銀の閃光が走る。刃は豆腐のように皮と肉を裂き、枝を剪定するように骨を断って、最後は床の木板手前でびたりと止まった。川岸の丸石のようにころころと首が転がって、騎士たちの前に躍り出る。
騎士たちはうろたえない。罪人たちの処刑は見慣れたもんだ。とはいえ、血肉が夜空色をしているのに眉を顰める程度の動揺はあった。
だが次の瞬間、手練れの騎士たちはどよめいた。
肉の断面から夜の火が吹き上がり、首がひとりでに動き出して、繋がったからだ。ぶるんぶるんとロマンは顔を振って、頭の砂を落とした。
「──神の御業か」
騎士の一人が呟いた。
「いいや、神の呪いさ」
ユリウスは拘束を解きながら、忌々し気に呟く。
「剣隊長、なぜ我々にこれを見せたのですか?」
騎士たちは訳も分からず見物していたらしい。
「実際に見てみないと発想は湧いてこないもんだ。お前らには、こいつの使い道を考えてもらう」
ロマンを騎士たちに突き出した。反発する磁石のように騎士たちが飛び退く。
「こいつの事は弓矢や剣、あるいは投石器に乗せる石みたいなもんだと思え」
当然、ロマンは声を上げた。
「おい! 俺は病気の件で手伝うとは言ったが、そんな扱いは了承してねぇぞ!」
「上の決定だ。文句なら教会に言いな」
「じゃあ、今すぐ連れて行け!」
「生憎、お前にそんな権利は無い」
ならば押し通ってやろう。ロマンは大きく足を前に出した。
それよりも早く、まわりの騎士たちが剣を抜いて、ロマンの左足を切り落とし、次に右肩と地面を剣身で縫い付けられた。
ロマンは爆発するような絶叫を上げる。痛みを堪えようと腕がバタつき、どこにも辿り着けず地面に突き立つ。斬りつけた騎士はロマンの背を踏みしめ、一切身動きが取れないよう忠告する。
「止めとこうよ。衝動的な行動で良い結果になる事なんて、滅多に無いからさ。タダで騎士の訓練に参加できるんだ。儲けもんだと考えた方が、得だよ」
その甘く涼やかな声で、騎士の名を思い出した。
「生き返ったら、まず初めにお前のケツの穴に、この剣をぶっ刺してやる!」
カルロは困ったように笑って「えぇ、それはヤダなぁ」と言いながら、剣をわずかに動かして傷口を抉った。再び、ロマンは激痛に悶える。
このクソ野郎!
そうこうしている内に、どんどんの左足と右肩から、命そのものが流れ、顔なじみの〝死〟が近づいていた。
まもなく、復活。
すでにカルロは剣を抜いて、うなじに添えていた。
ユリウスはカルロに退くよう指示して、ロマンの襟を掴んで持ち上げた。
「どれだけ異を唱えたところで、お前に選択権は無い。天人が人権を欲するなら、相応の成果を上げてみせろ」
結局のところ、ロマンに拒否権など無かったのだ。奴隷は奴隷らしく、飼い主の意向に従う他なく、そこから脱するには飼い主が提示した『課題』を達成して初めて、意見の主張が認められる。
疫病の特効薬か、戦争兵器か。
天人の迫害は根が深く、聖クレタ病院を下賜されたシルバでさえ、病院の外に出る際は教会へ申請しなければならない。ロマンみたいな出自不明の天人など、推して知るべし。
神の呪われた者が、大手を振って歩けはしない。
「まずは基本の動きからだ。カルロ、お前の班で面倒を見てやれ。基礎が身体に染み付くまでしごけ。どう戦で使えるか考えるのは、それからにする。他の者は各々の持ち場に着け!」
ユリウスの号令で騎士たちは敬礼の後、一斉にはけて、いくつかのかたまりを作る。ユリウスも翻って、そのかたまりの一つに入っていった。カルロといえば、あからさまに不満げな顔をしていたが、がくんと肩を落とした。どうやら諦めたようだ。
カルロの指示で騎士の一人が木剣を持ってきて、ロマンに投げ渡した。軽く丈夫な木剣は、何本もの裂傷と打撲が刻まれていた。それから、簡単に剣の構え方を教わった。
「その姿勢を維持するんだ」
「……………………………………いつまで?」
「いいと言うまで」
次第にロマンの手が下がって来る。途端、太ももに木剣が打ち込まれた。ロマンは突然の痛みに態勢を崩した。
「なにしや──」
「構えを崩すな!」
再び、木剣が打ち込まれた。細く冷たい怖気が骨の内側から、血肉に染み渡る。この感覚を知っている。看守の機嫌を損ねた時と同じだ。これは下手に逆らわない方がいい。
どれだけの時間を、その構えに費やしただろうか。砂が舞う光景すら鈍重に見え、自分だけ時間の道から外れてしまったかのように思えた。その間も、騎士らの好奇の視線にさらされ続けていた。
◆
あれが、不死の天人か。
ユリウスは重く刺々しい声に顔を顰めた。騎士らもユリウスの背後の人物を見るや、訓練を中止して敬礼する。
「ご足労どうも。オズワルド大司教、貴方がこのような場所に、どのようなご用件で? あのような獣は、貴方がもっとも見たくない存在でしょう」
オズワルドは煌びやかな祭服に腕を通し、グラムを脇に置いて背筋を真っすぐに伸ばし、後ろで手を組んでいる。厳格な教会で弁舌を振るう者の立ち姿だ。
「ユリウスくん、あの者は使えそうかね?」
「昨日、連れ帰ったばかりですから、まだ何とも。今は基礎を教えてはいますが、天人の軍事利用は初めてなので、使い道はこれからです」
不死の天人など使い勝手が悪すぎる。新薬の開発だけに使えばいいものを、戦で使いたいなどと欲張られても困るのだ。もとより、自分は剣しか知らない身なのだから。
そのとき、グラムが前に出て「他の者は下がれ」とユリウス以外をはけさせた。十分に人が避けるのを見届けてから、ようやく喋りだす。その内容にユリウスは息を呑むことになる。
「国王は本格的にコレールを侵略する意向だ」
ユリウスは心臓が一際強く鼓動するのを感じた。
動揺を殺すのに努める。下手にたじろいで部下に勘繰られるのも面倒だし、不安にさせるのも士気にかかわる。今は病で乱れた都の秩序回復に専念してもらいたい。ただでさえ不死の天人まで抱えているのだから。
それはグラムとオズワルドも承知しており、グラムは色を変えずに続けた。
「そのとき、あの天人も投入することになるだろう。騎士団全体の強化と、徴兵で兵力を増強する。じきに忙しくなるぞ」
オズワルドは二人を通り過ぎ、わずかに顔を横に向ける。
「徴兵制度は廃れたシステムだが、機能させることはできる。ロゼ騎士団の騎士になれるのだから、若者たちは喜んで受けるだろう。志願者もいる筈だ」
ユリウスは右手で口元に添え、頭を支えた。
騎士団への応募は倍率が高く、一員として迎えられるのは、ほんの一握り。入ったからといって、その日から騎士を名乗れる訳でもなく、騎士の補佐を行う従士として、まずは鎧磨きから始まるのだ。しかも、給与も騎士の半額近い。
しかし、オズワルドは「ロゼ騎士団の騎士になれる」と云った。前代未聞の待遇であるのは間違いない。その上、徴兵で集めるなんて馬鹿げている。今現在所属している騎士たちから、山から吹きあがる炎の如き猛反発を受けるのは明白である。
「対策は考えてある。そう不安がるな。部下が見ているぞ」
そう指摘され、ユリウスは口角を引き締めた。老獪な聖職者を前にすると、底なしの奈落に足首を掴まれているような感覚が常に付き纏う。その感覚がユリウスは苦手であった。
「騎士として迎えたとしても、戦に出せるようになるまで五年はかかります。本来は従士として二年、昇格試験で三か月、各種行政機関の守衛で半年。この期間は優秀な奴であった場合の話です。包丁や鋸を持っていた連中を騎士にするなら、それ以上の時間が」
そこで、オズワルドは横目でユリウスを捉えた。視線が交差するや、ユリウスは口を噤んだ。その瞳に確かな信頼の色が見て取れたからだ。
「あくまでもコレールを威圧するための増員だ。キミたち剣の隊であれば、首都であっても二日で落とせると私は考えているよ。大切な市民の血を異教徒にくれてやるものか」
深い皺が刻まれた顔を鋭く歪め、彼は熱を帯びる拒絶を口にした。敬虔な信徒ほどコレールという異教の国は悍ましく、恨めしく思うものだ。信仰の揺らぎは秩序の揺らぎに他ならない。天秤を傾ける訳にはいかない。故に、教会の代弁者たる騎士団も敗北は許されないのだ。
それもこれも、エポックの特効薬が完成次第の話だそうだ。アヴニール山脈を越えた先は、エポックで満たされている。下手に狩りもできず、川の水も飲めない。どれだけ気を付けていても、誰かは感染してしまう。一人一人に気を配るのは現実的でないのを、誰もが理解していた。
ユリウスはオズワルドとグラムを見送って、腕を組んで頭を捻った。
鉄剣の風切り音が続いている。
湖の湿気を含んだ空気を斬るとき、重みのある音になる。他の騎士に言っても可笑しな奴だと苦笑された。このまま老いていけば、この音を聞けなくなる日が来るのだろうか。
つぶった目の奥に、黄金に染まる平原が見えた。
ルラックル大陸を縦断するバッセ山脈の合間から、橙色の陽光が草原を駆け、艶やかな顔を覗かせる夜空を抱きしめていた。こねたパン生地のような雲は慎ましく雨を落とし、銀色の鎧にこびりついた血を流してくれる。涙を拭う母の手のように、優しく。
それから、こつこつと燃ゆる肺の中身をどっと吐き出し、雨と草原に紛れた血の匂いを一気に吸い込むと、視界が弾けるように広がって、同じく息も絶え絶えの仲間の姿が目に入る。剣に寄り掛かって首を上げる姿は、確かな気高さを宿していた。
妙な異音を聞いて、ユリウスは、ゆったりと瞼を開けた。
若い男が何か苦痛を感じているときの声だ。
自然と、ユリウスの足は別の輪へ向いていた。
腕を組んで訓練の様子を見守る。ゆっくり、ゆっくりと剣を振り上げ、下ろす動きは、ただ剣を振り回す以上の体力を要する。その中で一人だけ赤い髪の男だけが、剣を構えたまま微動だにしていなかった──いや、今にも崩れ落ちそうになりながら、疲労を噛み締めて、必死に態勢を維持していた。
ロマン。
自分が名づけることになった不死の天人。
病に勝利し、自由を掴むと誓った青年。
深い赤の髪は乱雑に散り、黄色い瞳は強張った瞼の裏で憤りと悔しさを宿している。無駄の無い肉付きではあっても、戦う者としては不十分と言わざるを得ない。結局は、不死の運用方法が確立され、そこで剣が不要になれば、この時間も無為になってしまう可能性すらある。
だが、
「誰か、こいつと手合わせしてみろ。相手は不死だ。より実践的な訓練ができると思えば得だろう。誰かいないか?」
剣を握った男を戦士にするのが、戦士であるオレの仕事だ。
◆
今現在、ロマンは当惑していた。
断頭台は取り払われ、他の騎士が円状に取り囲むことで境界が作られている。何の境界かと聞かれれば、決闘場と観客席を隔てる境界線と言う他ないだろう。
必死に訓練を耐え忍び、今か今かと終了の合図を待っていた。ところが、ユリウスが不機嫌な面持ちで現れ、自分たちの輪を睥睨するや、決闘を命じてきたのだ。
しかも、相手は然るべき場所で、然るべき訓練を積んできた相手である。自分のような素人が相手取れる訳がない。決闘と言ったけれど、ユリウスの言い回しから、兵器としての利用法の模索ではなく、技や道具の実験を行うよう聞こえた。
実際、そうなのだろう。
相手は若輩の青年で、実験を試みると言うより、自分の優秀さや才能を主張する場としているように思えた。その身の内に燻る期待と可能性を抑えきれておらず、瞳をらんらんと輝かせている。ロマンには、少し眩しく見えた。
「構え!」
その号令が轟くや、両者ともに構えた。
相手の装備は鉄剣と鉄盾と鉄鎧だが、自分の装備は木剣と鉄盾のみ。ユリウス曰く、万が一の安全を考慮した結果らしい。欠片ほどの勝ちの目すら潰されている。
合図役の騎士は深く息を吸い込んだ。それに合わせ、両者の耳に野次馬の声が届かなくなる。
「──始め!」
火ぶたは切って落とされた。しかし、両者は動かない。相手は拍子抜けしたのか、眉頭を僅かに動かした。ロマンが衝動的な人物であっても、武装に差のある相手に突っ込むほど浅はかではなかった。
相手との距離は六メートルほど。右に身体を滑らせると、相手は左に進むので一定の間隔を保たれる。
先に動いたのは、ロマンだった。
こちらの防具が麻の服と革の足具だけなら、その軽さを生かして動き回った方が有利に運ぶと考えたのだ。狙うは左肩。鎧に身を守られているとはいえ、重心を動かされてしまえば、技術も何もないだろう。木剣を脇腹に添え、踏み込みに合わせて突きを放つ。
「甘いな、不死の怪物!」
だが、相手は左半身を下げて回避し、右足を前に大きく出した。そのままロマンの左側につくが早いか、迷いなく鉄剣が振り下ろされた。咄嗟に盾を構えて防御する。
ミシリと腕の関節が悲鳴を上げた。たまらず飛び退く。
その瞬間、相手の盾による打撃がロマンの右頬を打ち抜いた。続け様に、裏拳の要領で繰り出された二撃目が顔の正面を捉え、
「頭を下げて、押せぇ!」
誰かの、痺れるような怒声が轟いた。その声に反応したのか、はたまた生存本能の発露によるものか定かではないが、ロマンは盾の表面に付着した血で顔を滑らせ、相手の懐に踏み入ってみせた。
そのまま太腿に身体をぶつけ、全力で持ち上げる。さらに、途中で脚を解放し、無防備なうなじ目掛けて木剣を叩きつけ、痛恨の一撃をお見舞い──できなかった。
「まるでコレールの獣みたいだったぞ。生き汚いな、不死」
ぬるりと青年の声が唇を撫でる。ロマンは、それに言葉を返せなかった。
「こふっ!」
喉に剣が突き立っていたからだ。銀色の刃が首の中心を貫通し、半ばまで突き刺さっていた。ごぼりと口と傷口から血が溢れ、底冷えする死が足先から食らいつく。ロマンは壊れたカラクリのように崩れ落ちた。
相手の青年は態勢を崩して尚、右手の剣を逆手に持ち替え、全身を翻して突きを放ったのだ。その一撃は見事にロマンの首を穿ち、致命傷となった。
「素人には負けられないんだ。呪わないでくれよ」
そう言って、倒れ伏しそうになるロマンを支えた。あえて剣の柄を握ってだ。
「っ──ぁ──」
何をする、と叫びたかったが、喉を潰され、代わりに傷口から空気が漏れるばかりであった。
そうして、また〝死〟がロマンの視界を黒く染めた。
◆
アルカン・シエル。
これが僕の名前であり、誇りそのものである。
アルカン家は代々騎士の家系で、母も祖父もロゼ騎士団に勤めていた。家は上流階級ばかりが住むエリアのほぼ中心にあり、侍女の数は町一番。幼い頃から剣と教会の教えを学び、国の剣となるべく日夜鍛錬に励んだ。
多くの者は親からの期待を煩わしく思うだろうが、僕は違った。
教会の剣は神の指先。
絶対の正義。揺らがない真理を騎士の紋章に見たのだ。
成人の儀を終えると同時に、ロゼ騎士団の入団試験に臨み、難なく合格できた。大した喜びもなく、当然だと思えたのは、それまでの研鑽に一切の怠慢が無かったお陰だろう。
たとえ上流の生まれだろうと特別扱いはしない。その扱いに不満などあるものか。たとえ騎士としての英才教育を受けていたとしても、騎士団に入ったからには、皆が同じ教会の剣となり、都の盾となり、市民を癒す雫となる。
騎士団に入団した瞬間から、僕はボンボンのシエルではなく、従士のシエルとなった。
そして、この場で僕は騎士団の中でも、特に強い騎士なのだと証明するのだ。
呪われた天人を圧倒し、神の指先が付いた穢れを払ってくれるわ!
「ん?」
シエルは妙な違和感を覚えた。
肩甲骨の間、背後から冷たい何かが突き抜け、鎧、服、皮、肉、骨を超えて、心臓を掴まれて引っ張られるような感覚だ。
軽率な悪戯で大惨事を招いた時のような──思い出した。そうだ。この感覚は。
カッと天人の首が光った。
誰もが復活の始まりだと思ったが、まもなく皆が、その小さな異常に気づいた。
天人はだらだらと血を流しながら、口角を持ち上げて、突き刺さる剣身を直に掴む。その様子をジッと見つめ、シエルは剣を手放さず見守っていた。その時だった。
傷口から吹きあがる火が、白く染まり始めた。
熱が上昇している。火が炎となり、炎が透明になる。
ドロリと何かが落ちた。
「っ!」
思わず後ずさった。肩から指先まで蝋で固められたように動かないのは、その光景に驚愕するあまり緊張が過ぎた所為か。
地面に落ちたのは剣──否、熔解し、半ば液状になった鉄だった。ちょうど傷口の入り口と出口で剣身が溶け落ち、地面の土を灼熱で焼いている。
ゆるりと、天人は面を上げた。
歯が軋むほど食いしばり、その瞳に刃を宿して。
シエルはまた一歩後退る。
「キミ、それは何だ。何をした?」
天人は足元で冷えて黒くなりつつある鉄塊を一瞥し、眉を顰めた。
「……なんじゃこりゃあ」
「はぁ?」
シエルはあんぐりと顎を落とした。
たぶん、これまでの人生で最もマヌケな顔をしていたと思う。




